橋梁レポート 紀美野町樋下の謎の未成橋 前編

所在地 和歌山県紀美野町
探索日 2015.7.29
公開日 2015.8.01


日本にはまだまだ未成であるが故に“奇妙”な姿を晒してしまっている橋が沢山あるようだが、部外者にとっては中々に気付きづらいものも多い。
今回紹介する未成橋も、読者さまからの情報提供だけが頼りであった。
この情報が無ければ、私だけでは絶対に辿り着けなかったであろう。
それどころか、この探索自体が行われなかっただろうし、また偶然に発見される可能性も極端に低かっただろう。
そういう、マイナー立地な未成橋である。


【位置図(マピオン)】

この情報を2014年4月に提供して下さったのは、和歌山県在住の道路愛好家R-hit氏である。

山行がにおける和歌山県初レポートを記念し、未成道ネタを一件投下致します。

この未成橋は2013年2月6日に、かの「珍百景」という番組で紹介されたものではありますが、その存在は地元でもほとんど知られておらず、ネット上にもそれを扱ったレポートを見たことがありません。(私の検索スキルが乏しいせいかもしれませんが)

番組内では「何らかの原因で工事が中断された。町役場に問い合わせたが、当時の担当者がいないので詳細は不明。」と述べられていました。

場所は、和歌山県紀美野町樋下(ひのした)地区の、和歌山県道19号線【美里龍神線】の沿線になります。

…なるほど、あの某有名番組ですな。
自分では見ていないので、こういう情報提供は凄く助かるのである。
未成橋といわれれば、心が動かないはずもない。

とはいえ、さすがに和歌山県紀美野町は自宅からは遠く、おいそれと行ける場所でもなかったが、2015年7月にある仕事で和歌山方面へ行く機会があり、最終日にだいぶ時間が余ったので、帰り道がてら生涯初の紀美野町への進入と本情報物件の探索を実行することにしたのであった。
生憎土地勘がまだ皆無のうえ、仕事の疲れで探索眼も衰えた状況でのレポートではあるが、奇妙な未成橋の姿は一見の価値があるので、某番組を観ていなかったという方に是非ご覧頂きたい。


それでは、間近なところに自転車を降ろして、探索開始!



現れた橋の奇妙さに、思わずフリーズした。


2015/7/29 11:25 《現在地》

近くに車を止め、自転車に跨がってやって参りましたのは、国道370号美里バイパスの終点である平成大橋前の交差点。
地名で言えば、和歌山県紀美野町樋下である。

情報によると、問題の未成橋へは、この写真に見える白いコンクリート鋪装の道か、或いはここから300mほど離れた和歌山県道19号から入る事が出来るようであったが、とりあえず広い道から入った方が分かり易いだろうという余り根拠の無い理由から、この真新しいバイパスをスタート地点にしたのであった。
このまま未成橋のある道を通り抜け、県道19号へと出るつもりである。

それはそうと、7月29日という日付から当然と言えば当然なのだろうが、この日の和歌山県はとても暑かった。
気温が35℃以上あったうえ、内陸部のこの辺りはほとんど無風で、自転車を漕いで探索をするのは、例え短距離であっても中々にしんどかった。
しかも、そんな活動(仕事です)をかれこれ5日も続けた末の最終日であったから、私はもう大概に茹で上がっていたと思う。


これは自転車乗りの勝手な想い込みかもしれないが、私が新しい土地と親密になる為には、まずは最低限自転車でその土地を走らねばならない。
或いは、徒歩で歩かねばならばい。

今回初めて訪れる紀美野町が、一体何を特産としていて、どんな歴史を経てきていて、どんな地形的特徴を持っていて…といったことへの予備知識は全然なかったが、とりあえず自転車で走り回りさえすれば、それで分かった“気になれる”というのが、私の持論だ。
“気になれる”というのがポイントで、それだけで地域が全て理解できるとは思っていないが、“気”になれればそれだけで居心地がよいことがとても重要だ。

…と、なぜかいきなり話しが脱線しまくっているが、直射日光に朦朧となった頭を微動だにさせずに自転車を走らせると、すぐに写真の場面が現れる。
上に見えるのは国道370号美里バイパスの大原大橋であるが、未成橋へ行くにはこの橋の下を潜って進む。



11:29 《現在地》

え?
ここ、入るンすか?


……。

地図を見る限り、ここで間違いないらしいが、情報ではこういう廃道じみたものがあるという話は無かったぞ…。

いや…、普段の私だったら、この程度は喜々としてつっこむところだろうし、そうあるべきなのだろうが、35℃オーバーかつ披露蓄積のこの身体で、オブローディングはちょっと気が引ける。

でも、ここまで来たから未成橋は見たいし、遠くはない筈だから頑張ろう!




少しばかり覚悟を決めて突入したのではあったが、思ったほど苦労はしなかった。
路面には古いコンクリート鋪装が残っていて、奔放に育った夏草も道の両側から視界の妨げになる程度で、進行を大きく鈍らせることはなかったし、何より道が結構な勾配の下り坂になっていたことが、あっという間に私をこの日当たりの良い夏草のエリアから次の場所へ送り出してくれたのである。

改めて写真を見ると分かるが、この草むした区間には、路面の鋪装があるだけでなく、山側に谷積みされた石垣による擁壁と、谷側にも申し訳程度のデリニエータが立っていた。
特にデリニエータの存在は、比較的最近までこの道が活躍を続けていたことを物語っているように思う。




夏草の下り坂をぐいっと下って底を打つと、そこには一筋の谷が通っていた。
道は一旦この谷に沿って進むようで、急な下りから緩やかな上り坂に転じた。

なお地図を見れば分かるとおり、今回通り抜けようとしているこの道は、結構大きな貴志川という川に沿っている。
だが出会った谷はその貴志川ではなく、小さな(おそらくは無名の)支流である。
そして、もう間もなく道はこの支流を渡って、再び貴志川沿いに進路を反転すると思われるのであるが、その支流渡河の地点に問題の未成橋はあるらしかった。

いよいよ、(というほど探索開始からの時間は経っていないが、情報を得てからは1年余りを経過している) ご対面であろうか。

…ドキドキしてきた。



11:33 《現在地》

あ〜 これは何かあるね〜〜…。


遺構を探していて、そしてそれがニョッキリと出てくる時の、あの何ともいえない高揚感と緊張感が、

すっかり汗と埃で汚れきった私の顔を怪しくニヤつかせた。


だって、こいつは…

こいつは“ガチ”の未成橋。



最初に目に飛び込んできた、橋の北側(右岸)部分からしてもうこの有り様だ。

利用者を完全に突き放した、利用させる気のないお姿に一瞬で惚れた。

一瞬は橋脚の上から唐突に橋が始まっているのかと思ったが、良く見れば、橋の起点となっているコンクリートの柱は橋脚ではなく、本来は半面を地中に没して隠されるべき橋台の姿をしていた。
つまり、この向かって左側には築堤を用いるなどして、現道よりも高い位置に路盤を建設しなければ、この橋を利用はできないのである。
或いはせめて、梯子や階段でもあれば橋上には立てるだろうが、そういうものは生憎用意されていない。




というわけで、橋上に立てるか否かの可能性を託された、残る南側(左岸)であったが…

こっちもとりつく島はなし!!

わざわざ橋台を建造するために、そこにあった山の斜面を綺麗に削り取ってしまったために、右岸同様に橋台は孤立しており、これまた橋上へ立つための通路とはなり得なかった。

ああ、何という孤高なお姿だ。

だが、橋という道路の一部であるべきものは、本来孤高であってはならないもの。

それは確かに川に渡された“橋”の姿を為しているのに、我々が川を渡る為の“橋”としての機能を享受することは出来ない。
いったい何者を転落から護ろうとしているのか謎すぎるガードレールが、本当にシュール&キュート!



しかしこの橋の先は、どうするつもりだったんだろう…?

私の目にはもう、ここには隧道を掘るより選択肢がないように思うのだが…。

そもそも、この橋は何をしたかったのか。
今架かっている、老朽化した小さな橋の代替である可能性は高いが、橋の高さがだいぶ違うので現道との接続には不便そうだし、橋の付替には留まらない、道全体の付替を企図していた可能性が高い。

このように想像するのは楽しいが、想像止まりである。
いつ誰がどんな目的でこの橋の建設を行ったのかは、冒頭にも書いたとおり判明していない。
きっとそんなに古いものでは無さそうなので、この橋の計画や建設に携わった人は存命のはずである。
時間や余力があれば、自分の足で関係者を捜して聞き取りをしてみたかったのだが…。

経験的に、未成道というのは大抵、探索をしただけでも本来の目的程度は透けて見えるものだが、こいつはポツンとここに存在する橋一つという規模の小ささもあって、その辺りが非常に謎のままになってしまっている。
まあ、それも魅力ではあるのだが…。



…これ、なんとかならんかな?

それをしたからといって、来歴の謎の解明に繋がる可能性は低そうだったが、折角架かっているのに渡る事の出来ない橋を、なんとか私が渡ってやりたいという気持ちがあった。

でも、生憎この高低差をよじ登るような、便利な道具もないし…。

これはやはり、下から眺めるだけしかできない、高嶺の花なのか……。




な〜んて思っていたら、気付いた時にはもう、橋の上にいた。

なぜそんなことが出来たかというと、この写真にヒントがある。

遠目には、全くとりつく島のないコンクリートの垂壁と思っていた橋台だが、実はその表面には、釘を少し太くした程度の金属の突起がポツポツと突き出していた。

これはおそらく、コンクリートを流し込んで固める際に使う型枠を固定していた釘で、完成すればこの部分は土の中に還るので、こうして人目に触れるはずのないものだ。
もちろん、そんな部分に体重をかけて人がよじ登る事なんて想定されていないので、小指より細いものに体重を預けて3mからある高さを登るのは危険な行為であったろう。



しかしともかく、

私は念願の橋の上に立った!!


橋の上に立ってはじめて気付いた、この橋の更に意外な一面とは……。




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