http://yamaiga.com/rail/kounotani/ の公開中コメント一覧

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コメント
56,2642025-03-04 16:54:21/rail/kounotani/main.html10
読みました。
56,2652025-03-04 17:42:40/rail/kounotani/main.html10
更新日時が3月4日じゃなくて5日になってますよー。
56,2662025-03-04 17:43:13/rail/kounotani/main.html10
更新日時が3月4日じゃなくて5日になってますよー。
56,2672025-03-04 19:56:15/rail/kounotani/main.html10
3番手だ。
56,2712025-03-05 13:54:47/rail/kounotani/main.html10
良いスタートですね
56,2722025-03-05 14:47:07/rail/kounotani/main.html10
とても気になります!続編楽しみにしています!
56,2732025-03-05 17:07:13/rail/kounotani/main.html10
ファーストわるにゃんには触れないんです?
このレポを読んで行ってみようと思う人がいたら
被害を被るのでは
56,2742025-03-05 17:53:06/rail/kounotani/main.html10
ダム=洪水調節って当てはめ方は自分も以前は思ってました。が、山いがを読むようになりダムにも興味が湧いて、ダムにも色々な用途や役割がある事を知りましたよ。
件の人死にが出た緊急放流ですが、詳細に調査した所事前放流も危険周知放送もちゃんと行われたってウィキペディアに書いてありました。
なんてったって上流の大台ケ原に豪雨が降ったってんですから水位の上昇たるやハンパじゃなかったでしょう。
亡くなった方々にムチ打つようで恐縮ですが、そんな天気の中下流の河原のキャンプ場でキャンプしてたんですからもはや自殺行為。
救助された人の話では緊急放流時の警告放送は聞こえなかったっていう事らしいですが、本当に聞こえなかったのかそもそも聞く気が無く認知できなかったのかは分からない所。
自然の中でレジャーを楽しもうってんなら、最低限の観天望気能力を備えつつ自分のいる地形をちゃんと認識しないと。
行政側も河原にキャンプ場を作らせるのはどうなんでしょうかねぇ。
56,2752025-03-05 17:54:11/rail/kounotani/main.html10
資料見つかりませんね……
「川上村」と「軌道」関連で調べても殆ど見つけられませんでした。
幾つか見つかった記述も、「神之谷」のものではなさそうで……(汗)
当時の現地の状況のヒントになるくらいでしょうか……
せめて事業主体が判れば……

林業地帯 : 奈良県吉野林業地帯と徳島県木頭林業地帯の歴史と現状
1956
https://dl.ndl.go.jp/pid/2480304/1/59
このほか川上・上北山両村に各一ヶ所トロツコ軌道の施設があるが、上北山村の場合、石当り三〇円(距離三千米)の出来高制で、



川上村史 通史編
1989.3
https://dl.ndl.go.jp/pid/9576544/1/254
また北村林業部(社長は北村又左衛門)は、入之波の自己所有山林(原生林)を開発するために森林軌道を敷設し、昭和十五年までこの軌道によって出材事業を継続した。



奈良県立図書情報館

��3291 森林軌道(伯母谷事業分區) 森林軌道終点及土場(伯母谷事業分區)
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/page_thumb49871.html

��3291 雑木丸太木馬搬出状況(奥入之波事業區)
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/page_thumb49872.html

��1331 小橋杉林及修羅出シ 吉野郡川上村神ノ谷
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/page_thumb9419.html

��55 肩上ケ曳キ運搬 吉野郡川上村神ノ谷
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/page_thumb4006.html



新・旧山林大地主の実態
1955
https://dl.ndl.go.jp/pid/2474211/1/6
6 コマ:

第十四図南都銀行川上支店
山林大地主の銀行で、本店は奈良市の目抜き通りにある。

第八図北村本邸玄関のノレン
吉野郡上市町、北村又左衛門本邸の玄関のノレン

第五図吉野川上村字高原部落
吉野川からこの部落まで徒歩四十分、半里の坂道をのぼらねばならない。
谷間は吉野川支流の小川で、小川にそいトラック道が開発された。
もとは木馬道であつた。


https://dl.ndl.go.jp/pid/2474211/1/7
7 コマ:

第十図山守巡視のしるし
山林地主石橋某の山林を、山守梅本某が巡視したしるしに杉の幹に書きしるしたもの。
日附は昭和二九年六月三三日とある。

第九図川上村字大滝鎧掛の土倉紀念碑
土倉翁造林頌徳の九文字を高さ二十数間、ほとんど直立の岩壁にきざんだもの、林学博士本多静六の書で、文字の深さ七〜八寸から一尺におよぶ。
右下方の老人は現在の大滝郵便局長。石橋山

第十二図朝仕事の割振りをうける直前の山林労働者
川上村字東川(ウノカワ)における山林労働者が労働組合事業部から仕事の割振りをしてもらう直前。
ワラジばきが目立ち、この部落の貧困を物語つていちる。
他の高原部落などでは、老人をのぞきだれもが地下足袋をはいている。

第十四図川上村山林労組業務所
族館を買取つたもので、資金は川上村出材石数に応じて歩合金を徴集してつくつた。
二階は八畳二間で、階下は四つに区切り、立派な事務所である。
道路をへだてて南都銀行支店と向いあつている。

第十一図吉野山林労働者のいでたち
腰へは、メンツ(弁当)包みをまき、尻には、鹿皮の敷物(二千円ぐらい、大台ケ原山で密猟したものを売りにくる)、水筒、ナタ、鋸カケヤ、ロープ等仕事に必要な道具をつけてゆく。
二十六才の労働者。


https://dl.ndl.go.jp/pid/2474211/1/116
116 コマ:

奈良県の山林大地主と交通路の開拓
-主として川上村の土倉庄三郎および竜門村の阪本仙二のこと-
川上村大滝の林業家土倉庄三郎と道路の開拓・河川の浚渫

吉野の山奥に道路を開通し、また吉野川を浚渫して、筏を流す便をはかり、吉野林業の開発のために、もつとも熱心に奔走したものは、明治年間、吉野の林業家ととして、もっともひろくその名をしられた川上村字大滝の山林大地主土倉庄三郎であった。
かれは明治六年、吉野郡内樋口から五社峠をこえ、川上郷をつらぬいて、伯母ヵ峯から北山郷に通ずる街道を開道し、かつ吉野川底を浚渫石割して、筏流しの便をはかることをまず企てた。
従来の小径は、山腹をよぢ、河原をつたい、一斗の米を背負うて、二泊ののちようやくいたりつくほどのけわしい路であったのを改修して、六尺ないし九尺の車道をつけようとするのである。
しかし、これには、莫大な工事費を要し、とうてい郷内二十三ヵ村ではやりきれないので、かれは、各村の有力者と協議の結果、郷内における山林の価額を評価して、所有者おのおのがその二十分の一にあたる金額を出しあうことにきめた。
こうして、とうとう明治十六年にいたってようやく工事をおえた。
工事費十余万円を要し、道路の延長八里余に達した。
いわゆる東熊野街道で、現在は郡道となっている。
ついで、またかれは、大和五条から吉野郡の上市町にさかのぼる道路は、西は紀伊、東は伊勢へ通ずる要路なるにも


https://dl.ndl.go.jp/pid/2474211/1/117
117 コマ:

かかわらず、はなはだ、道が狭くて、難所が多かったので、かれは、堀内三席、大北源次郎の両人とその改修を企て、明治十二年いらい東奔西走して、沿道の林業家を説得につとめたが、建野知事からもすすめられて、上市の北村又左衛門もこれに助力することになり、明治十七年 (一八八四年)ようやく工事に着手し、二十年六月に落成した。
路程五里余、その経費一万一千余円のうち、地方税の下付はわずかに二千八百円、他は悉く有志の寄付によつた。
さらにまた、明治二十五年には、川上村から大台ヶ原山をへて、紀州口牟婁郡の船津村にいたる延長十二里の林道をきりひらいた。
他方また、吉野川上流入入ノ波から奥の水路を浚渫すること約二里半におよんだ。
土倉の伝記記者によれば、これらはすべて、川上村の有形無形の生活ぶりを革新する一大動力を形成したものであつて、川上村の杉檜がますます需要をますにいたったたのも、吉野山奥幾万町歩の山林の価格が幾十倍騰貴したのも、みなひとえに、これらの街道や水路の開通したたまものであり、じつに吉野林業の発達史上、みのがすことのできない一大転機をなしたものであった、と評している。
吉野山奥幾万町歩の山林の価格が幾十倍騰貴したといっているところに、注意されたい。
よろいか大正十二年、上市町から出た時の貴族院議員、北村宗四郎と川上村とが協力して、大滝の対岸、鎧掛けの岩壁に、土倉翁造林頌徳記念の九文字を彫りつけた摩崖碑がつくられ行人の目をそばだたしめずにはおかぬ。
碑面にはあきらかに、造林頌徳とあるが、道路開通、河川浚渫の事業に対する頌徳の意味もふくんでの頌徳碑に相違あるまい。
一字の大さ六尺四方、刻字のふかさ七〜八寸から一尺におよび、碑の高さは十三間に達する。



るくす
56,2762025-03-05 17:56:24/rail/kounotani/main.html10
奈良の森林鉄道といえば鳴川山林道だけど、知名度の割に探索記録がネットにあんまり転がってないのよね。レールや木橋が残っているうちに訪れてみたい。
56,2772025-03-05 21:12:12/rail/kounotani/main.html10
大迫ダムだけに大迫力。
多分全世界で8471人が思いついたクソギャグ。
56,2782025-03-06 11:16:12/rail/kounotani/main.html10
続きが楽しみです。
56,2822025-03-06 16:46:50/rail/kounotani/main.html10
何だか失われた技術とか、先人の技量を見た思いです
56,2852025-03-07 11:58:37/rail/kounotani/main.html10
神之谷における林道設置時期に関する資料がありました。
しかし……ホントに軌道の資料がないですね……

書名:資本主義的林業経営の成立過程 : 吉野林業の展開と現状
出版:1966
https://dl.ndl.go.jp/pid/2510212/1/54
第�供�48表 林道開設経過表(自動車)
神之谷 昭和34年(1959)

第�供檻歓沺\郛綢爾砲�ける林道網
https://dl.ndl.go.jp/pid/2510212/1/55
神之谷線1959〜1963

神之谷の車道林道は昭和34年に設置されているので、軌道が使用されていたとすれば遅くとも同年までになるかと思います。

また、当時の川上村の「林道の設置」に伴う労使の軋轢に関する資料もあったのでご参考まで。


書名:国民経済 1月(11)
出版:1957-01
https://dl.ndl.go.jp/pid/2692753/1/23
量産化に伴うスピード化、特に林道の建設は労働ともっとも鋭く対立する

https://dl.ndl.go.jp/pid/2692753/1/34
もっとも顕著に林道をめぐってあらわれる。
量産化が林道を主軸にして進行するから当然である。

奥地林道がひらかれれば、それだけ仕ごとが増える
しかし里山に林道をつければそれだけ仕ごとは減ってゆく



るくす
56,2862025-03-07 12:20:18/rail/kounotani/main.html10
すごい
写真が全部「美しい」
56,2872025-03-07 20:15:07/rail/kounotani/main.html10
懐かしいねぇ,長JIS氏のレポからもうそんなになるんだね。そのダム,何年か前に堰堤の修理のために完全に水が抜かれて,堰堤の下にユンボやらが居たなぁ。そこらは結構,林業関係の遺構が色々とありそうですね。
56,2882025-03-08 00:54:48/rail/kounotani/main2.html10
地質図を見ると、確かにトロ道の中盤が石灰岩質ですね。
この谷の林業が管流しではなく軌道や木馬を選んだのは伏流区間の存在が理由として挙げられそうですが、石灰岩地質が軌道を産んだという関係性が成り立つとすれば面白い話だなと思いました。
56,2902025-03-08 20:10:21/rail/kounotani/main2.html10
ヤマイガを読むようになってから石垣の美しさがわかるようになりました
56,2932025-03-09 18:11:44/rail/kounotani/main2.html10
“白い崖” といえば、
川上村の大迫ダム付近では “屏風岩” と呼ばれる石灰岩の巨大な壁が有名ですね。
ここはさしずめミニ屏風岩といったところでしょうか。
56,2952025-03-10 07:14:24/rail/kounotani/main2.html10
大阪の配信チケット買いました。がんばってください。
56,2972025-03-10 14:30:16/rail/kounotani/main2.html10
玉ヒュンです
56,2992025-03-11 20:04:28/rail/kounotani/main2.html10
うむ。これだけきれいな石垣を作るほど丁寧な仕事をする人?会社?だったら、
廃線時にはレールも枕木も綺麗さっぱり取り去って引き継ぐよねぇ。
ヨッキれんも「こりゃ何も残ってね〜な」と思いながら探索してたんだろうけど、
これでなにか残ってたら感動だな。
56,3012025-03-12 01:22:24/rail/kounotani/main3.html10
「続く」じゃなく「やべえ」で終わっていて笑ってしまった
56,3052025-03-12 07:55:10/rail/kounotani/main3.html10
>スパーダー●ン
スパイダーマン?
56,3062025-03-12 09:17:55/rail/kounotani/main3.html10
龍どころか魔物が棲んでいそうな淵ですね…コワー
56,3082025-03-12 23:18:11/rail/kounotani/main3.html10
> 足元で暗闇が、おいでおい〜でしてる〜〜♪ で〜かけ〜〜……たくない!!!

チョーさんは道路趣味の先駆者だった!
56,3092025-03-13 00:45:33/rail/kounotani/main3.html10
えっぐ
飛ぶしかないですね
56,3102025-03-13 19:29:12/rail/kounotani/main3.html10
「対岸の林道が見えてたんだ〜」と思ってたらまさかの地図に無い道、
急勾配の石垣部分は階段でしょうか?
 今のところ写真には痕跡写ってないようですが、
かつては吊り橋でトロ道と接続してたとか?

 それと同時にトロ道、何か行く手が妙に明るいような………
「やべぇ」は、まさか…途切れてたり?………





56,3112025-03-14 00:20:35/rail/kounotani/main3.html10
ホントにもう(笑)。
4月アタマの16時57分にナニやってんだ(笑)。
まあ、奈良なら(シャレじゃないよ)東北よりほんのチョット日没が遅いからまだ大丈夫か。
56,3122025-03-14 06:12:34/rail/kounotani/main3.html10
がんばれ!

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