http://yamaiga.com/rail/senzu2/ の公開中コメント一覧

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コメント
31,9622019-06-13 18:15:19/rail/senzu2/main25.html10
昔の人はスゲーな!
31,9472019-06-11 15:23:46/rail/senzu2/main25.html10
沢間からここまで、一気に読んでしまいました。
嶺線林道という文字を目にした瞬間、塩那と同じにおいがしました。こういうものを作りたい、実現できるかもしれない、というエネルギーがある時代だったのかもしれませんね。
31,9062019-06-06 14:13:51/rail/senzu2/main25.html10
「千頭森林鉄道奥地攻略作戦」で臨場感あふれる探査記録を楽しく読ませて頂きました。
 私は静岡大学ワンダーフォーゲル部OBです。昭和47年頃、光岳を下って柴沢小屋に出て、そこから寸又峡温泉までの36kmを歩きました。(先輩にこれから36km歩くぞと言われました)
 当時左岸林道は全線開通していたかどうか分かりませんが、途中で何度かトンネルを通過したので、少なくともどこかで軌道跡を歩いたことは間違いないと思います。
 いくつかのトンネルでは出入り口に崩落した土が積もっており、天井に手が届くくらいまでよじ登ってトンネルの中に入り、出てきたことを覚えています。完全にふさがっているトンネルはありませんでした。
 この探査記録の中にも土に埋もれかけたトンネルの写真があり、それを見たとき当時のことが思い出され、感激しました。
 当時は23才で(今69才)、若くて馬力がありました。光岳を朝3時頃出発し、寸又峡温泉に着いたのは夕方5時過ぎでした。温泉街の子ども達がバスを見送ってくれ、その純朴な顔立ちも忘れられません。
 怪我には気をつけてください。これからもご活躍を期待しています。
31,8892019-06-03 16:47:57/rail/senzu2/main25.html8
隧道あと4本探せ!
といってもこんな辺境からそのまた奥にかけて
ちょっと俺が行ってみてくると言える場所ではないし
31,8632019-06-02 08:09:20/rail/senzu2/main25.html10
いつものことながら緻密な机上調査、興味深く拝読しました。
栃沢以奥にレールが敷かれていたかどうかですが、開設時期から考えると、資材不足から栃沢まではレールを引けたが、その先は将来レールを引く前提で二級線規格の道床工事を行い、牛馬道として利用したという事になるのではないかなと推測します。
これからも濃いレポを楽しみにしています。
31,8622019-06-02 02:39:51/rail/senzu2/main25.html8
釜ノ島より奥は自動車用林道で上書きされているとなると、
仮に林鉄時代には隧道が有ったとしても車道化の際に
破壊され消滅している可能性が高いということかな。
だとすると現地探索では痕跡さえ見付けられない恐れが強く、
明らかなやり残しが有るにもかかわらず
9年も再訪していないのはそのせいということなのか・・・
林道は軌道跡と違って登山者に多く踏まれているというのも
モチベーションが上がらない原因かもしれませんが、
登山者ではないオブローダーの視点からの千頭を読んで見みたいものです。

しかし流石に9年(7年)も活動を続けていれば新しい資料に出会う機会もあるのですね。
おかげでレポ執筆に漕ぎ付けたものの、まだまだ謎は尽きませんね。

しかしここで、ヨッキれん氏の著書「廃道踏破 山さ行かねが」に記載されている
“幻の中央自動車道”が出てきたのには流石に噴いた。
31,8612019-06-01 23:21:09/rail/senzu2/main25.html10
いつも素敵なレポートをありがとうございます。
左岸林道現役時代に、奥大井や南赤石幹線林道の自動車での走行にいそしんでいた者です

隧道の数ですが、千頭ー千頭堰堤間で既に「林業機械化情報」と「現地探索」に二本のずれがあります

一方で、千頭ー栃沢間で、「橋本正夫氏」と「現地探索」の数が一致することから、未探索区間の隧道は2本と考えて良いのではないかと

因みに林道に足繁く通っていた昭和50年代末期、よもや左岸林道が廃道になることは、とても想像出来ませんでした
31,8602019-06-01 22:07:42/rail/senzu2/main25.html10
こういった調査こそが、現地の探索の価値をすごく上げていますよね。

トンネルの数は、沢間〜大間〜千頭堰堤は、電力会社由来の古い箇所ですから、現役中に開削されたトンネルも多いかもしれないし、現在も道路として利用されているようですから痕跡をとどめないところもありそうですね。そうすれば、3本くらいの差は納得ですね。
それ以降については、1951年時点との差は2本となるわけですから、出現頻度だけ見れば、未探索エリアに2本ある(あった)としても不思議ではないですよね。そうだとすれば、探索範囲で明確に現存するものはすべて確認できたということなのでしょうが...
31,8592019-06-01 16:17:22/rail/senzu2/main25.html8
よっしゃ帰還編!
31,8572019-06-01 11:41:34/rail/senzu2/main25.html10
まだ続きが有るってのがスゴイ。
31,8562019-06-01 10:29:07/rail/senzu2/main25.html10
机上調査ありがとうございます。最後の希望を抱いて時代の流れに逆らって。。。当時はそれを最良と信じる人たちがそこにいたからですね。
31,8522019-05-31 23:28:58/rail/senzu2/main25.html10
机上調査面白い!こういう仕事を生業にできたらどれだけ幸せか。
31,8512019-05-31 23:17:19/rail/senzu2/main25.html10
凄い濃い内容
しかし、東京営林局の部内誌のインタビュー中の、「事業の縮小となって大根沢奥は廃道となり」の廃道という言葉がひっかかる。
廃線じゃなくて廃道という言い方が。
31,8502019-05-31 19:21:39/rail/senzu2/main25.html10
素晴らしい!単なる探索で終わらずに帰還後に資料で確認する行為は、今後も佳き手本になるでしょう。
31,8492019-05-31 19:09:17/rail/senzu2/main25.html10
いやはや凄いの一言ですねぇ。現地の踏破も資料の発掘も,名実ともに日本きってのオブローダーですね。

今となっては,事実の掘り起こしは,図書館という「フィールド」での仕事になりそうに思えます。また,当時ここで働いていた人の話などを聞ければ,更に別の楽しさも味わえるんでしょうねぇ。(ぜ
31,8482019-05-31 17:53:53/rail/senzu2/main25.html10
うーん、残りの隧道が気になる…そして帰還編が楽しみです。
はじめ氏と無事合流してホッとさせてください。
「賛歌、千頭森林鉄道」買いました。
とても興味深く読め、また写真が心に響く。永久保存決定です。
31,8472019-05-31 17:02:51/rail/senzu2/main25.html10
奥が深いですね
現地探索と机上調査
大学の研究みたいですね!
31,8452019-05-30 22:48:27/rail/senzu2/main24.html8
第21回に
>この山域にはかつて、おぞましすぎるシングルケーブルの吊橋が存在していた記録があるのだ。
とありますが、これは構造的には千頭駅と川根両国駅との間あたりの対岸支流にある
小長井の吊橋と似た物なのでしょうか
http://blog.livedoor.jp/shizuokak/archives/4050486.html
31,8432019-05-30 16:48:25/rail/senzu2/main24.html10
おつかれさまでした!
帰路の左岸林道の様子も楽しみにしています
31,8302019-05-25 08:22:52/rail/senzu2/main24.html8
NHKの「ニッポンぶらり鉄道旅」という番組の
「“里山のぜいたく”を探して 大井川鐵道」という回に
無想吊橋など千頭の吊橋に似た構造の現役橋が出てるようですね。
次の再放送はBSプレミアムで 2019年5月30日(木) 午後0時30分 だそうで。
31,8292019-05-24 15:11:31/rail/senzu2/main24.html10
いつか林道の終点まで,制覇して下され♪別に林鉄に限定することないスペクタクルの連続です。
31,8282019-05-24 10:08:32/rail/senzu2/main24.html10
他の山歩き系WEBみて来て思ったのですが、毎回、苦行、ルーチン作業を出るだけ省き、あまり恐怖を覚えずにみられるレポートにして頂きありがとうございます。
31,8252019-05-24 00:14:06/rail/senzu2/main24.html10
「これが後に言う“釜ノ島の退き口”である」

…と言ってもいいようなドラマチックな撤退。本当にお疲れさまでした!
というか、撤退戦も重要なドラマなので、気の遠くなるほど遠い帰り道のレポも期待しております(鬼)
(無事帰還されていることを知っているが故の軽口です。ご容赦を…)
31,8222019-05-22 23:54:38/rail/senzu2/main24.html10
↓これで引き返しに納得できました 

>この先についても高確率で最後まで林道に呑み込まれていると考えられたこと。
31,8212019-05-22 23:49:01/rail/senzu2/main24.html10
まだ終点にはいってないんですね
31,8192019-05-22 21:11:45/rail/senzu2/main24.html9
>>この寸又川左岸林道へは、左の写真の目印も何もない路肩からよじ登ってきた。
前回軌道跡からエスケープした時は人が歩けそうな所に見えたのに
こうして林道から見た画像を見せられたら本当に何も無い斜面を攀じ登ってきたのか
一般登山者から見ると突然変な所から現れる沢屋さんだってこんな所登って来ないぞ

それと結果論だがこの翌日に夢想吊橋へ行っておいて良かったのだな
夢想吊橋を後の機会へ回していたら壊れる前に再訪できただろうか?
柴沢は…今どうなんでしょ
31,8182019-05-22 18:07:45/rail/senzu2/main24.html10
舗装された道でも一般の方はそう簡単に歩ける距離ではないから、ここまでたどり着けただけでもすばらしいですよ!
31,8172019-05-22 12:54:47/rail/senzu2/main24.html10
読み応えありました。良かったです。今から30年程前に登山を終えて光岳から柴沢へ下りました。季節外れのこともあり他の登山者は無く1人っきりでした。元々不便なこちらへの登山者は少数だったと思います。林道、当時と比べて荒れていますね。このレポートの写真の状況ですと車は無理と思いますが当時は調査用の車がたまに走っていて車種は普通のライトバンでした。37キロと聞いていた林道、南ア全山縦走してきた登山者にも心と体にしっかり手ごたえありました。また当日に千頭までたどり着けない。途中で夜をやり過ごさないとならない。一人っきりの場合、夕暮れの時間があまり好きになれません。ヨッキさんも同じような感触を文の中に拝見してチョット嬉しかったりしました。
31,8162019-05-22 12:33:19/rail/senzu2/main24.html10
命あっての廃道レポ
31,8152019-05-22 11:40:35/rail/senzu2/main24.html10
御疲れ様です。
もし次回探索されるのでしたら、副次的効果として“道路レポート「寸又川左岸林道」”の記事も新たにできそうですね・・・

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