http://yamaiga.com/tunnel/yuhidera/ の公開中コメント一覧

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コメント
31,9852019-06-16 07:26:09/tunnel/yuhidera/main5.html10
今日本中にある無数の長大トンネルも利用価値がなくなったら埋められてしまうのでしょうか
31,6082019-04-29 23:19:08/tunnel/yuhidera/main5.html10
御所隧道(仮)と続けて読みました。
地図に載ってない方の隧道は比較的容易にアクセスできそうなのに、地図に載っている方は埋められている…ここ読んでるとそういうこともあるんだなーと思えるようになってきましたが…。

途中まではぶるにゃん氏とお父様のやり取りで、夕日寺隧道の写真を見せた際に「こんな綺麗な隧道じゃない」と言われたとのことで違和感を感じていましたが、10年ちょっと前の時点での写真を見て納得しました。

遠く離れた地の農道・林道という失礼ながら地味な役割の通常なら一生知りえないような場所のことをこうして知り感じることができ感謝します。
31,5682019-04-21 22:01:48/tunnel/yuhidera/main5.html10
金沢在住で、夕日寺隧道の情報は知っていたものの、結局勇気がなく行く事が出来なかった。(熊が良く出る為…)
今の夕日寺隧道が見れたのは本当に嬉しいし、恐らく内部まで見れたのは奇跡に近いのでは?!
ありがとう♪よっき様!!
31,5652019-04-19 18:16:43/tunnel/yuhidera/main5.html9
北口に積まれた大きな土嚢(1トン袋)をどうやって積んだのだろうか
トンネル内からフォークリフトで積むのは上下の可動部が天井につっかえて無理に見える
何らかの機材で北口トンネル外から積んだ後に機材を旧峠越えで脱出させたと見るのも無理に見える
旧峠を越えて脱出できるのは作業員がスコップと余りの資材を担いで程度ではないか
…まさか設置場所に空の袋を持って行って広げて土砂を詰めたとか
31,5622019-04-18 23:16:10/tunnel/yuhidera/main5.html9
終戦直後に、犠牲者を出しながらも隧道を堀った人の苦労は
悲願という言葉では現せない重いものだったでしょう。
今回のレポが無ければ人々の苦労を知ることも叶いませんでした。
実際に現場に足を運んで書かれた詳細なレポと写真のお陰です。
ありがとうございました。
31,5572019-04-18 00:04:03/tunnel/yuhidera/main5.html10
相変わらず机上調査がすばらしいです。こういうフォローができるのはよっき先生だけ。
31,5562019-04-17 21:53:13/tunnel/yuhidera/main5.html10
紹介されているサイトが数年間未更新だったり、あるいは行方不明となっているサイト、結構あります。
20年継続している山行がはそれだけでも大したものと言えましょう。
ヨイショでなく膨大な資料を収集し読み込んでレポートを書き上げるというのは集中力と論理構成力が無いとまず無理。ところどころにウィットやユーモアもあり、それらみんなが面白いです。
なお、車中泊は本当に注意して下さい。血栓で死ぬときがあります(震災関連死というのはそれが多い)。ライトバンやワンボックスのような車で簡易ベッドを使うか、テント泊が良いと思うのですがどうされているでしょうか(私はそれで死の淵を2回彷徨う。スゲえ痛いッスよ。腹に蹴り食らう方が楽という位)。
31,5552019-04-17 19:41:23/tunnel/yuhidera/main5.html9
>31,540
ひょっとして、看板に「隊道」って書いたり、変なつっかえ棒をした関係者さんですか? それなら傷つくのもわかりますけど。
ほかにも土嚢のことで文句言ってた人がいるけど、理由が書いてないから何を咎めているのか理解できない。そんなもん元に戻せば問題ないでしょ?
31,5542019-04-17 16:35:05/tunnel/yuhidera/main5.html10
ここに隧道に関する記述がありますね。
http://www.yhdr.jp/blog/satoyama2010.html
31,5532019-04-17 15:50:45/tunnel/yuhidera/main5.html10
私が幼稚園児だった頃まで使われていたんですね。
31,5522019-04-17 14:58:18/tunnel/yuhidera/main5.html10
なかなか味のある廃でした。埋められる前とずいぶん雰囲気が変わるものですね。リンク先のサイトも面白い管理人さんでした。。。素敵隧道。。プ
31,5512019-04-17 10:44:13/tunnel/yuhidera/main5.html10
興味深く拝読しました。特に机上調査のいつもながらのきめ細かさ、道と道に関わる人々への愛情、素晴らしいです。
ヨッキさんとその他この隧道をWEBの大海原に送り出した方々のおかげで、夕日寺隧道(仮)の存在は死してなお生き続けるのでしょう。結びの言葉も素晴らしかった。感動。(お)
31,5502019-04-17 03:49:14/tunnel/yuhidera/main5.html10
『長江谷物語』より転載の隊道(笑)写真ですが、車輪部さんのレポートにある写真と比較すると南口ではないかと思います。
31,5492019-04-17 02:51:25/tunnel/yuhidera/main5.html10
コンクリートで封鎖ではなく土嚢を積んでいるということは、近い将来に復旧させる計画があるのではないでしょうか。
31,5482019-04-17 00:27:16/tunnel/yuhidera/main5.html8
“関係者の思惑” といえば・・・ 和歌山の庄川越のレポでは
あえて踏み込みませんでしたね?
“人の意思” には 光も有れば 影もある・・・・・・
31,5472019-04-16 22:44:49/tunnel/yuhidera/main5.html10
どきどきした。面白い
31,5462019-04-16 21:04:47/tunnel/yuhidera/main5.html8
今の気持ちを一言で言うと


合掌。
31,5452019-04-16 20:10:43/tunnel/yuhidera/main5.html10
パイプですが、内側から埋め戻した人が最後に外界へ戻るための出口だったのでは? と思いました。
31,5432019-04-16 09:43:35/tunnel/yuhidera/main5.html10
人知れず眠っていた隧道の物語を知り、私も嬉しかった。よっきれん、有り難う。
31,5422019-04-16 03:51:00/tunnel/yuhidera/main5.html9
第4回の『写真の地点は「大休場(おおやすんば)」と呼ばれている広場で、古碑と解説板(内容は*こちら*で紹介した)があった。明治初期までここに茶屋があったそうだ。』の《こちら》のリンクが 404 Not Found ですよ ^^;
#それにしても Apache/1.3.42p2 って、ちょっとヤバいんじゃw
31,5412019-04-16 03:43:19/tunnel/yuhidera/main5.html10
尾根から下っていく旧道が刈り払いされていたのは、北口に1トン土嚢を積んだ かにクレーンが帰っていったからではないでしょうか。
31,5402019-04-16 02:23:40/tunnel/yuhidera/main5.html1
うーん、何だろうなぁ
バカな封鎖看板だと言ってみたり、補修工事が素人普請だと馬鹿にしてみたり、土嚢を勝手にどかしたり。それでいて、最後の締めには臭いセリフを書いてみたり。

全体を通して上から目線が鼻につく。
31,5392019-04-16 01:03:57/tunnel/yuhidera/main5.html8
北口の閉塞が雑なのは、トン土嚢を内側から積んだので、坑口の上の方まできっちり積み上げられなかった可能性がありますね。
外からトン土嚢を積んでしまうと、トン土嚢を積むのに使用した重機が南側に帰れなくなるので。

とはいえ、土嚢の作り方をみても北側が雑なのは間違いないですね。南口のトン土嚢はきっちりパンパンにしてあって型崩れしていないのに、北口のトン土嚢はだいぶ中身が少ないです。
31,5382019-04-16 00:37:28/tunnel/yuhidera/main5.html10
お疲れさまでした!
31,5342019-04-14 20:21:06/tunnel/yuhidera/main4.html10
なずこ 〜
青森の田舎では おでこ のことを なずき と言ってますね。頭部のことをそんな風に言うのかも。
31,5332019-04-14 18:30:58/tunnel/yuhidera/main4.html10
都会の道もいいけれど、私はやはりこういう藪に埋もれた廃隧道が好ましく、また、山行がらしいと思います。
北口開口確認は胸熱です。期待してます。(お)
31,5302019-04-14 01:09:22/tunnel/yuhidera/main4.html10
Web上に幾つか探索記事がありましたが、探索記事ではない夕日寺自然体験実行委員会のサイトに竣工年の情報がありました。

ゆめのたね(夕日寺自然体験実行委員会):里山里海ブログ

2010.8.13 後谷
http://www.yhdr.jpblogsatoyama2010.html#20100813
>昭和24年のトンネルの竣工
>10数年前の災害で農道が随所で寸断され、トンネルも危険な状態となった

2013.5.9(木) 久しぶりのウシロ谷!
http://www.yhdr.jp/blog/treasure2013/0509.html
>トンネル跡の近くには「夕日寺2号線」の道路標識

2号線の標識……埋まっちゃったんですねぇ……

車輪部 素敵隧道レポート
http://sharinbu.zero-yen.com/ishikawa/ana/list01.htm
http://sharinbu.zero-yen.com/ishikawa/ana/yuuhi/yuuhi1.htm
http://sharinbu.zero-yen.com/ishikawa/ana/yuuhi/yuuhi2.htm
http://sharinbu.zero-yen.com/ishikawa/ana/yuuhi/yuuhi3.htm

道路狂のホームページ
https://web.archive.org/web/20040906095224/http://shiro-sb-hp.hp.infoseek.co.jp/gosho/goyutsu.htm

るくす
31,5282019-04-13 14:34:01/tunnel/yuhidera/main4.html10
一方新しいgooglemapは使われてない道はことごとく消されてしまいましたね、地図としては正しいんだろうけどちょっと悲しいですね。
31,5272019-04-13 11:46:25/tunnel/yuhidera/main4.html9
>地理院地図を始とする全ての地図が、過ちを犯している。隧道と共に、これらの道がいまもあるもののように描き続けている

現実には廃道となったこの道も、書類上では『現役の車道』として存在しているのでしょう
轍が消え、人の往来が絶え、踏み固められた路盤が草木の下に消える事がその道にとっての終焉とするならば、行政上の書類・資料からも消え失せた時が道にとっての死なのかもしれません
31,5262019-04-13 08:14:14/tunnel/yuhidera/main4.html1
いくら遺構の残留を望んでいたとしても、土嚢をどかして開口させるのはやり過ぎでしょう。
埋まっているトンネルに水や泥などの流動物が貯まっていたら、まさに堰を切った状態となり一気に溢れだす可能性もあります。
長期安定していることにより現状が維持出来ているような場所もあります。
後世に残すという考えがおありでしたら、このようなことは謹んでください。
廃道界イチの有名人である貴方の今後の行動に期待します。

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