その47県道29号旧線 保呂羽山 後編2002.9.26撮影
 秋田県平鹿郡 大森町


 旧県道を、保呂羽山山頂直下の峠に上り詰めた私は、ここからさらに上へと足を伸ばすことにした。
まずは、登山道となっている無名の林道へ、その後は、真夏のスキー場ゲレンデへ。

その両方で、美しい景色が私を待ち受けていた。



 峠傍から北へ分かれるのが、山頂付近に伸びる無名の林道である。
入り口は年季の入ったゲートで閉じられており、一般車両は立ち入れない。
しかし、脇に立つ登山道を示す案内板には、「ゲートのよこをとおりぬけて」と書いてある、
ズバリ、それでいいのでせうか?
車は駄目だけど、歩きならいいのでせうか?

なら、チャリもいいのでせうか?



 スタートからコンクリート舗装の林道は、そのまま一気に高度を上げる。
チャリには、いきなりの辛い洗礼だ。
その勾配は15%前後あり、峠までは比較的楽だっただけに、むしろ堪える。
  登山道として現役の道は、下草も刈られ、日焼けしたコンクリートは殆ど自動車の往来が無い雰囲気だが、廃道とは成りはてていない。
しかし、厳しい登りだ。



 いくらか勾配が緩んだ途端に、今度は玉の大きい砂利が私を苦しめる。
つづら折りと言うほど急でもないコーナーを繰り返しながら、さらに高度を上げていく。
平日ということで、天気はよいが歩く人もいない。
強烈な日射に大粒の汗を吹き出しながら、たいした距離はないはずの林道に喘ぐ。

正面の青々と茂る森の中に、標高438mの丘のような山頂が隠されている。



 起点から500mほどで、50m以上高度を上げて、日陰の広場が現れた。
ここから登山道は歩道となって左の稜線上に伸びている。
山頂までは、地図上500m足らずだ。
歩く趣味はないので、引き返そうかと思ったそのとき、林道はまだ行き止まりでないことに気が付いた。

もう登るのはうんざりしていたが、引き返したらもう二度と来なそうだと思ったので、我慢して、進んでみることにした。




 穏やかな稜線上を緩やかに登る下草ボウボウの林道を進むと、程なく前方に巨大な塔が出現した。
これは確かに麓からも見えていた電波塔だ。
しかし、大きいな。
まだ結構遠いのに、見上げる様なのっぽだ。
きっと道はあそこまで行って終わりだろう。
そんな予感を確かめるため、私はさらに進んだ。




 銀の尖塔が終点ではなかった。
奥にはもう一つ、さらに巨大な紅白の鉄塔が聳えているではないか。

登山道からも外れ、諸車通行止の道の果てに、聳え立つ二つの塔。
なんとも、気持ちの良い眺めではないか。
子供の心がよみがえってくるのを、感じた。



 ミニチュア版の東京タワーの下、やはり道は行き止まりとなった。

苦労と引き替えに暑い…いや、アツイ景色を発見した私だった。

引き返し、旧県道へと戻るのに時間は掛からなかった。




 さて、一旦旧道の峠に戻り、今度は、やはり峠付近から南へと分かれる砂利道に入ってみる。
こちらには、地図上ではスキー場が描かれており、現県道などを見下ろすことが出来そうなのだが…。
視界は開けるどころか、再び上り坂が始まってしまった。




 しかし、今度は幾らも行かないうちに登りは終わり、代わりに一軒の廃屋が現れた。
至る所に立ち入り禁止と書かれた2階建てのロッジ風建築物は、まだしっかりとした様子だが、この放置ぶりではいずれ崩壊するだろう。
スキー場の関連施設なのだろうか。
ヒントとなるようなものは、辺りに見あたらなかった。




 廃屋の脇にも道は続いている。
これまでよりも一回り狭く、下草伸び放題の廃道寸前の道を進むこと100mほどで、突然視界が開けてきた。

あの先に見えるのは、一体?!

地図にもない何かが、急接近していた。




 そこは、一面のゲレンデの中腹だった。

一面のススキが、山を登る風に一斉に揺れる。
当然だがゲレンデに人影はなく、リフトの支柱だけが、寂しそうに佇んで見えた。
まだ空は夏の青さだが、秋は近いと感じた。



 道は、ゲレンデの中に建つ奇妙な建物にぶつかり終わった。
ここから見える眺めは、感動的だった。

写真を見て頂ければ、敢えて説明することもないだろう。

形は天文台の様な建物だが、小さすぎるし。
入り口であろう階段の入り口には鍵が掛かった扉があり、内部へは入れない。
或いはただの展望台なのだろうか?
しかし、手が込んでいる。
込みすぎている。
周辺にも何の案内もないし。

謎だ。



 広場の隅に立ち、ゲレンデを見下ろす。
下は結構急な斜面になっている。
里の田圃が金色に輝いて見える。
幾重にも重なり合う山並みが、淡いグラデーションを描きながら、出羽富士と呼ばれし麗峰に視線を誘う。






 保呂羽山と、鳥海山とは、直線なら40kmほどしか離れていない。
しかし、ご覧の通り、途中には幾多の山が立ちはだかり、容易には近づけない。
特に、鳥海山の手前に小高く写る八塩山を越えていく道「主要地方道32号線」は、未だに砂利道の残る、県内有数の“険”道である。


ただ走るだけでも、情緒豊かな旧県道の保呂羽越え。
しかし、その峠から気の向くままに足を伸ばせば、こんなご褒美が待っていた。
昔から愛されてきた里山が、また一人ファンを増やしてしまった。




 寄り道を終え、旧道を坂部へと下る。
坂部川の源流に落ち込んでいく下りは、大小屋側よりも急坂だ。
見通しの悪いヘアピンカーブが、完全1車線のまましばらく続く。
チャリで下るにはエキサイティングだが、対向車の接近に気が付くのが遅れれば大変だ。
まあ、結局旧道では一度も車に会わなかったが。




 峠から1500mほどで沢沿いの田圃の上端へ達して、下りも終わりに差し掛かる。
現道と合流まで、あと1kmほどだ。




 振り返ればそこに、ずんぐりむっくりとした保呂羽山が、親しげに私を見下ろしている。

見上げる山…、険しくて厳しくて…、
そういう山は多いし、本来山とはそういうものなのだろうが、
この保呂羽は、ちょっとだけ優しいような。
なんとも居心地の良い山なのである。

幾重にも重なる山並みの一角、決して目立つ山座ではないが、心に残った。




 間もなく現道にぶつかり、約5kmの旧道峠越えが終わった。

写真は、現道から旧道入り口を覗いた。


2004.3.23作成
その48

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