廃線レポート 八幡舘インクライン  その2
2005.2.6

斜面のたたかい
2005.1.30 8:16

 目指すインクラインは、現在地から直線で300m程度の距離にある。
ここまで接近したのだから、この先に道はないものの、強引に山林を切り開いてでも進むことにする。

八幡舘山の北稜が甲子川に高角度で落ち込んでいる。
水面間際は、特に浸食を受け、垂直の崖になっている。
我々は、高度を稼ぎつつ前進する手段に出た。
頭上には高圧鉄塔の電線が渡っており、点々と斜面に存在する鉄塔へは、管理歩道があるはずだ。
それさえ見つけられれば、意外に容易に進めるかも知れない。

写真は、道無き急斜面にへばり付いて撮影。
歩き始めてすぐのこと故、どうにも実感が湧かなかったが、今思えばもの凄く危険な場所であった。



 私、ふみやん氏、パタ氏、細田氏の順序で、50度は下らない傾斜のある雑木林をへばり付くように前進した。
思うように前進できず、何処へ進むのかもよく分からない状況。
このまま断崖に沿って進んでいっても、高度を上げなければ、結局は工場の敷地内に降りてしまうことになるだろう。
それは避けたい。
なんとか、山上を目指す事を考えながら、対岸の工場から響く始業ベルに緊張させられる。
もしこんな斜面にへばり付いている姿を見られれば、テロか何かと勘違いされて通報されかねない。
(このことが、街のどこからも目立ってしまうズリ山斜面を直登しなかった最大の理由である。)

ひとしきりして、再び頭上を見ると、何やら石垣がある!

石垣がある!!


 夢中になって私は斜面を登った!

そして、頭上に見えた石垣に立った!!

この石垣は、現時点でも謎の存在である。
斜面の途中に2畳ほどの平坦部が、石垣によって築かれているが、その周辺には特に道などの痕跡はない。
ただ斜面にポツンと存在する石垣と、それによる狭い平坦部。
石と石の間にはコンクリが使われ、上面もコンクリート製である。
全体に苔生してはいるが、まだまだ頑丈そう。

写真では、石垣の上から川面を見下ろしている。
人影はふみやん氏だ。
もの凄い急傾斜がお分かり頂けるだろう。



 全く謎の石垣なのだが、唯一大きな手がかりと言えるのが、その上に設置されたご覧の“ I 鋼材”による工作物である。
一見レールなどにも見えたが、よく見るとそうではない。
何かが倒れているわけではなく、元よりこのように台の上に置かれていたもののようである。

正直言って、ぜんぜん分かりません。
見当もつかない。
なんだ、斜面の途中の石垣と、その上にポツンと置かれた、この鉄骨は?






 足元の石垣がなんなのかは全然分からなかったが、この先の進むべき道は、何となく示された。

石垣のすぐ先からは、斜面がすっかりと裸にされている。
そして、その向こうには鉄塔が置かれた平地が見えている。
あの鉄塔のある場所は小稜線の上で、そこまで行けばさらに今後の見通しが立てられそうな予感がする。
いま居るこの斜面を真っ直ぐ上に登っていっても、おそらく八幡舘の山頂には至るだろうが、出来ればインクラインを発見したい。
裸の斜面を横断するのは、かなりリスキーではあるが、この急斜面をロープも無しで登るのも同じくらい危ないだろう。
どうせ危ないのなら、まずは鉄塔を目指して、この斜面を水平移動することに決めた。

4人は、下界から万一目撃されることを心配しながら、斜面に躍り出た。



 斜面上の積雪は20cmほど。
地表は殆ど見えない。
すっかり木々が払われ、丸裸にされた斜面からは、眼下の工業地帯が見下ろせる。
すなわち、逆に我々の姿もまた、街から見えていることになる。

はっきり言って、見られたら何か咎められるかも知れないという気持ちがあった。
後ろめたさがあった。
ただ山肌を歩いているだけなのだが…。

慎重、かつ速やかに、我々は次の鉄塔を目指した。


 非常に足場が悪く、ペースは上げようもない。
一人でも踏み外せば、大変な事態が想像される。
特に、目指す鉄塔直前の、写真の崖は恐かった。
雪のために足元がはっきりとせず、踏み抜く恐怖があった。

今回は、斬り込み隊仲間のくじ氏が都合により参加しておらず、私は独り先頭を歩いた。


入山から26分を経過した午前8時41分。
なんとか危険な斜面を突破し、当面の目的であった稜線上の鉄塔に立つことが出来た。




稜線上のたたかい
2005.1.30 8:41

 大釜1号線97番鉄塔。
八幡舘山が北に幾筋が降ろす稜線の一つに乗っかっている。
鉄塔の周辺は下草が刈られており、地肌も露出している。
しかし、どのようにしてここへ来るのか、よく分からない。
我々のように、道無き斜面をへつって来るのが、正規のルートだというのだろうか?
この場所から、工場の敷地内へ降りるような道も、見られなかった。
しかし、工場はここから一望できる。
まるで、企業スパイの気分で、普段は見ることの出来ない工場内部を、見下ろしてみた。

それにしても、稜線上は風が猛烈に強い。
気温も、日の出の頃よりもさらに下がっている気がする。
そう言えば、今日はこの冬一番と目される大寒波が、午後から東北を覆い尽くす予報になっていたな…。
 
 


 新日鉄釜石工場の偉容。
この写真内だけでも相当の工場が見えるが、これでも全体の三分の一以下の範囲しか見えていない。
また、現在は、余り形には特徴のない建物ばかりであるが、高炉が燃えていた当時の釜石製鉄所では、それこそ雑多な施設が競うように集積していた。
現在は大きな煙突は少なく、それも高炉とは比べものにならぬほどに規模の小さなものに過ぎない。

衰えたとは言え、釜石市街の中心部にこれだけの工場を稼働させ続けている新日鉄は、やはりすごい。
既に釜石鉱山が採鉱を止めて久しく、製鉄精錬の一線からは退いたものの、世界一と評される金属加工技術を発揮し、いくつもの特許と企業秘密に守られた精緻な金属製品を作り上げている。

なお、写真奥に写るピラミッド状の建物が、釜石駅だ。


 我々4人は、かなり緊張していた。
しかも、いつになく不快な緊張感だった。
目指すインクラインの場所も、うっかり車中に地図を忘れてきたために、自信を持って何処とは言えない状況である。
おそらくは、このまま斜面を進めばいずれはぶつかるのだろうが、いつ下界から発見され、下手をすれば通報されるかも知れないという緊張感はとても不快で、現時点まで目立った発見もない為に、テンションも下がりがちだった。
気温は氷点下に下がっており、その上この吹き荒ぶ風に身をあてていれば、否応なく熱意も冷める。


やばい。
はっきり言って、面白くない。
没ネタか?
パタ氏が、あの稜線まで行って何もなければ諦めだと断じた。
いつもなら、まだまだ諦めなんて、と思う私も、この時ばかりは、素直にそれに従う気持ちであった。
見たところ、あの目の前の稜線に立つだけでも、相当に大変な斜面歩きになりそうだったし、やはり通報の恐怖は、神経に悪すぎた。
これって、神経質?




 足元に視線を戻す。

鉄塔が立っている場所の、僅か10mほど下手にも、石垣が存在している。
この石垣の大きさや、造りは、先ほど斜面の途中で目撃したものに似ている。
やはり、石垣の上はコンクリで均されている。
今度は鉄筋の構造物はない。

果たしてこれら石垣がなんなのか、やはり分からぬままではあるが、一カ所だけではないことから、鉄塔の跡かも知れない。
現在の鉄塔が初代と言うことは、おそらくあるまい。
明治期より電気を利用して精錬が行われていた記録があり、そのための送電設備は、行くたびか代替えが行われてきたはずだ。
現在の送電線に沿うように、古い時代の鉄塔の土台が残っていたとしても、何ら不思議はない。

あくまでも、想像だが。





 次の稜線を目指し、再び斜面に身を委ねる。
道などは微塵もなく、この時期でなければ前進は不可能と思われる、ツタや枯れ草に覆われた斜面を、身を捩らせながらに進む。

そして、稜線と稜線の間に挟まれた谷間が視界に入った時、私は身体の動きを思わず止めた。

「ちょい! なんか見えねーが?」


谷間には、水路などではない、なにか階段状のものが、見えるではないか?!

もしや、
もしや、
もしや、という気持ちが、ここで芽生える。



 思えば秋田を経って6時間を経過している。
前日の仕事が終わったのが0時前だったから、徹夜である。
そろそろ、発見が欲しい所だったのだ。
しかも、チャリが永らく修理中だったし、しかも真冬と言うことで、山チャリ活動も1ヶ月以上休んでいた。
2005年初めての調査活動のこの日だったが、朝一の仙人峠では思いがけぬ大雪のために何も発見できずに終了という、イヤーな汗を掻いていた。

しかし、タイーホの恐怖を乗り越えた我々を、廃の女神様は見捨てなかった。
道無き道を歩むこと30分の末、なにやら明らかに廃的な物件が、目の前に現出したのである。

なんだ、これは!!



謎の階段 
2005.1.30 8:50

 そこにあったのは、幅1m深さ1mほどのコンクリ製の函と、その谷側の縁に刻まれた階段である。
函は斜面を一定の角度で、一直線に上にも、下にも続いており、我々はその途中にぶつかっただけに過ぎない。
一瞬、この直線的な姿にインクラインを想像したものの、幅1mというのでは、狭すぎる。
ベルトコンベヤなどが設置されていた跡なのか、それとも単純に水路の跡なのだろうか?
しかし、ただの水路にしては、角度が一定であるなど、不自然さもある。

いずれにしても、我々は遂に、八幡舘に至ると思われる、決定的な通路を発見したのである。
これを上り詰めることが、夢に見た伝説の(到達が難しいことを感じるにつけ、徐々に目的地が神格化するのと言うのは、ありがちである)鉱滓投棄場への到達という現実をもたらすであろう。

道は得た。

だが、その道は、余りにも険しかった!!



 とにかく歩きづらかった。

通路は完全に見捨てられた存在のようで、何か呪わしくさえ思えるほどに、障害物が多かった。
それでいて、階段はもの凄く急で、しかも狭く(幅30cmほど!)、その上に両側が空中である。
特に、谷側は高くて、足を踏み外そうものなら、5mは転落する。
山側は水路状になっているが、ここにも容赦なく植生の浸食は及んでおり、元もと狭いこともあり、容易に進むことは出来ない。

どちらにしても、この遺構を登り切ることは、現実的ではないとさえ、思えてきた。
途中で落ちるか、体力が尽きるかすると思えたのだ。
ああ、なんと憎たらしい、激藪だろうか!!

一列になって進む我々は、発見の喜びも束の間で、すぐに押し黙った。
ダメかも。


 階段を振り返ってみる。
その急斜面ぶりが、感じられよう。
実際に狭い階段に立っていると、工場群の上に立っているように錯覚さえする。
この階段は、一直線に工場群のただ中に降りているようだ。
その降り口までは、木々に邪魔をされ見えないが。

 それはそうと…

この写真を撮りながら初めて気がついた。
谷側のコンクリの壁の下も、なんか人工的な香がする。
っていうか、

むしろ、

この壁の下こそが、インクラインでねーの?


 この下の斜面こそが、インクラインの跡なのではないか?

そう思うと、たちまちそうとしか見えなくなった。
なんか、雪の中に、階段のような凹凸が僅かに見える気もするし、藪も浅いような感じがする。

そんなとき、丁度いいタイミングで、下に降りる梯子が、現れたのである。
ここはもう、満場一致で下に降りた。
これ以上、こんな狭くて歩きづらい階段には付き合いきれない!




 きた。


きたよ。
これこそ、目指すインクラインの跡で、間違いないだろう。

こ、これほどに、巨大であったとは…、 想像以上だ。

何とも言えない景色である。
おおよそ35度程度の急斜面なのだが、余りにも真っ直ぐなものだから、平衡感覚がおかしくなりそう。

写真を見ている あなた!

背後の街が、迫って来るような錯覚、 かんじません?!




 釜石の街を背中にして、やはり雪下に隠されていた階段を、登り始める。

残念ながら、インクラインの直接の証拠であるレールは撤去されていたが、幅4mほどの斜面がコンクリートで均されてまっすぐに続いている。
その中央部分には、やはり幅30cm程度しかない、非常に狭い階段が、刻まれている。
元々はレールが敷かれていただろう階段の左右のスペースは、斜面に雪が薄く積もった状態で、階段から足を踏み外すと滑って転ぶ。

狭いので、何度か片足を斜面に奪われ焦った。
雪があるせいで、階段の段の部分も見えず、ときおり足を踏み外したりもした。
ふみやん氏を先頭にして、4人はこの階段に汗した。
かなりの重労働である。



八幡舘インクライン跡 
2005.1.30 9:05

 定義で体験したインクラインも、初めてだっただけに興奮したが、今回は規模の上ではそれを大きく上回る。
おそらく、日本有数の規模ではあるまいか?
地図上でもその全長は400m近くある。
高低差も150mを上回る。

釜石の中心街を見下ろしながら、一直線に山頂へと至る、1000段を越す石段。
公園などとして開放されていれば、釜石シーウェイブズは、もっともっと強かったかも知れないし、或いは、朝練に音を上げる部員が多く、とても弱かったかも知れない。

凄まじい、修練の石段である。
石段ではなく、コンクリ階段か。

細田さん、がんばれー!


 いや、本当にこの階段は厳しい。
景色的に、真っ直ぐすぎて変化が乏しく、しかもやっと終わりが見てきたあたりから、左右の壁が立ち上がり、圧迫感を与える。

酸欠気味になった頭は、往時の景色にトリップした。
この切り通しを、複線のインクラインに乗せられた鉱車が、赤々と燃えたぎる鉱滓を満載して往来していたのだ。
それは、昼も夜もなく続けられる、巨大製鉄都市釜石の血流そのものだったのだ。
街からも、インクラインを行き来する車輌が見えていたに違いない。
それは、どんなにか壮観な眺めだったろう。


熱い!
想像するだけで、工業好きの血が、騒ぐ!!



 そこに見えている終わりが、思いのほか 遠い。

日の当たらぬ切り通しの底。

覆い被さるような木々の枝をすり抜けて、いままさに、

東洋一の鉱業都市釜石を見下ろす鉱滓の山に、上り詰める。




 古代ギリシア

幾多の勇者が生まれ、血河に消えていったコロセウム。

栄光と死の、格闘の円座。


最後の数段を登る私の脳裏に、そんなイメージが張り付いた。

あそこに見えるは、勇者の門か?!

それとも、獄卒が待ち受ける、冥途の門か。






 落とし穴だ!

これは危険すぎる!!!

登り切った、その最初の足場が、落とし穴になっているのである。

その穴の底は暗く、よく見ると、10m近い深さがある。
かつてはインクラインのウィンチが設置されていただろう地中スペースなのだが、一部天井が抜け、それがあろう事か、階段を上り詰めたその最初の足場に、穴を開けているのだ。

ふー疲れた。
なんて言って、眼前に広がった広大な景色に見とれると、まず間違いなく落ちてしまう。
そしたら、冗談抜きで天国から地獄へ一直線だ。

細田氏、嵌らないでよ!!




 おつかれさま、細田さん。

次の一歩が落とし穴だから、気をつけてね。


我々は、何処に穴があるか分からない戦慄の雪原に、とりあえず動き回ることはせず、立ち止まり、息を整えることに専念した。

ここが、鉱滓投棄場。
八幡舘の、山頂である。

その詳細は、最終回である次回に、明らかにする!




 今日初めての日光に祝福される我々。

歩いて登るには、流石に厳しいインクラインではあった。

もっと雪が多ければ、果たして登れたかどうか。

悪戯で、この頂上から橇をしたら、どうなるだろうか?
時速100kmくらい出たりして。
ボブスレーみたく。


我々は、八幡舘インクラインのほぼ中央付近から乗り移り、頂上まで登り詰めたのであった。

それでは、最終回で、また会いましょう。






古き鉱滓投棄場の姿 …最終回へ

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