廃線レポート  
真室川森林軌道  最終回
2004.2.3



 危険な急傾斜地に残された微かな痕跡を辿り、駆動力と勘を最大限に活用し、遂に発見した坑口。

命がけで発見した隧道を、遂に白日に晒す、最終回。


三号隧道 内部
2003.12.3 14:30


 入山から55分を掛けて、やっと坑口を発見した。
僅か1km程度の行程に、これほどの時間と、冒険を要するというのは、私の山チャリの対象としては、軌道跡探索のみだ。
もはや、ぜんぜんチャリではないのだけど…。

坑口部は、枯れ草の斜面に僅かな口をあけるのみで、付近の様子からも長い間人が進入していないことは明らかだ。
下草が枯れたこの時期でなければ、発見できず撤退した可能性も高い。




 坑口を塞ぐ土を登り、内部の様子をはじめて伺う。

そこには、人一人が侵入できるだけの隙間があるが、その奥に広がる闇は深そうだ。
土色の洞床は、滴る水で濡れており、陰鬱さをより深めている。
私には、ここに侵入する理由がある。
それは、反対側の坑口部を完全には解明できていないので、僅かな貫通の可能性を模索するということだ。
もしかしたら、どこかへと抜けている可能性があるのだ。私が発見できなかった坑口が存在していて。

だが、泥っぽい急な斜面を下りて、洞床に下りるには、勇気が必要だった。
もう、十分に体は汚れていたが、それでも、なかなか踏ん切りがつかない。


 振り返れば、足元には地面の凹凸としてだけその姿をとどめる軌道跡。
その背後、切り立った崖と万助川の向こうには、無名の集落がしっかりと見えている。
見ての通り、集落からこの隧道はそう離れていない。
直線距離で500mくらいだろうか。
しかし、容易に接近する術は、なさそうである。

これは完全に廃道フェチの戯言であるが、見上げればそこに廃隧道がある暮らしって…なんか、メルヘン。



 さて、時間は待ってはくれない。
もう、二度と来ることは無いであろう隧道に、しっかりと痕跡を残していこう。

私は意を決して、狭き開口部に身を潜らせた。

黴臭さが、つんと鼻に付く。
ちなみに、私は慢性鼻炎の為、鼻が悪い。
その私が強烈に臭気を感じる場所は、普通の人にはかなり不快だと思われる。

あれ、今気が付いたけど、もし危険な有毒ガスが充満している隧道で、この身体機能の欠陥は、実はかなりやばい様な…。
あ、 怖い。



 内部は、真っ暗だった。出口の明かりなど、どこにも見えない。
狭い坑口から降り注ぐ光は、足元を照らすだけで、行く手は闇に包まれたままだ。
ちなみに、この写真はフラッシュを使用しているし、ヘッドライトも使用している。
まあ、私のカメラのフラッシュの灯りなどでは、せいぜい5m位しか照らせないし。
ヘッドライトは、それ以下である。

そこにあるのは、淀んだ空気、水の滴り落ちる微かな音、黴や土の匂いと、全てを包み込む闇だけ。



 しかし、デジカメという奴はすばらしい。
上の写真を帰宅後に、機械的に明度を上げて得られたのが左の画像なのだ。
期待以上に多くの情報を、真っ黒と思えた写真が有していたのである。

しかし、現地で私がこの“惨状”を知ったのは、もう5歩ほど歩き出した、その時であった。
眼前に立ち塞がる壁に、一瞬ホッとした自分がいた。
残念だとは、余り思わなかった。


 閉塞地点は、坑口から僅か10mほどの地点である。
よって、本隧道について、現役当時の姿を類推する為の材料は乏しい。
本隧道は、延長180mとされるが、現在確認できるのは、そのごく一部ということになる。
ただ、僅かに残った部分には、このように未だ機能している支保工が並んでおり、妙に白い閉塞面は異質な感じがする。
この状況から真っ先に疑ったのは、この閉塞が人為的な爆破や埋設ではないかということだが、それは分からない。

分からないが、これからお見せする閉塞の様子から、皆さんの意見をお聞かせいただきたい。


 接近してみると、いよいよ大規模な、というか、どうしようもない閉塞であるということが分かる。
セオリー(?)通り、閉塞面の土砂に取り付き(当たり前だがこれは更なる崩落を誘発しかねない危険な行為です!)、崩落によって生じた筈の上部空間からの突破を模索した。

しかし、結果は、完全閉塞。

私なりには、この閉塞面は硬すぎるような感じがした。
写真では瓦礫のようであるが、多分に粘土を含んでいるようで、意外に固い。
そのわりに、滑らかに、且つ正確に45度の斜面を形成している。
上部には、確かに空洞が存在しているが、その奥には進めなかった。
上部空洞の存在から、外部から土砂を持ってきて埋めたということは考えにくいし(閉塞点付近の支保工も崩れ去っており、これもまた静的な埋没では無いことを示唆する)、もしそうするならば、坑口を埋めたほうが楽だろう。

残る可能性は、爆破か。




 恐ろしく滑らかな閉塞面と、その上部空洞。
この上部空洞が、いつも私を誘うのであるが…圧迫感は並ではない。
しかし慣れって、怖い。

それにしても、白い。
振り返れば、そこには坑口部の崩落があるわけだが、その崩落面との違いは一目瞭然だ。
次の写真を見てほしい。



 これが、坑口部の様子だ。
なだれ込んでいる土砂は画像処理により極端に明るくしているとはいえ、赤茶けており、普通の土の色である。

やはりこの閉塞を形作っている土砂の色は、おかしい。
今度は、先ほどは否定した外部からの土砂の搬入を疑うわけだが…。

上部空洞の内壁を見た私は、驚きの声を上げた。


 まるでコンクリートのような斜面だが、実際の手触りは湿った粘土のようである。
つまり、滑る。

もう、体の汚れを気にするような状況で無いので、全身を使って登る。



 この写真は、閉塞土砂上端の空洞で見た、内壁の様子だ。
この白さ、模様。
ライトで照らし出された内壁は、一面がクリーム色であった。

これでは、「クリープゥ(語尾上げる)」などと口ずさみたくもなる。
なんなんだ、この壁は。


 触ってみると、硬いが、彫刻刀でもあれば削れそうな、微妙な感触。
やはり粘土質なのかもしれない。
そして、この地質が崩落したのが、足元の妙に白い土砂なのだとしたら、辻褄が合う。

それにしても、見たことの無い色と、模様だ。
ここはやはり、誰か地学博士に…。

 頼んます!!


 残念ながら、本隧道の大部分は、未確認という結末に終わった。

しかし、重要な情報として、その後の聞き取り調査によって、本隧道の谷地ノ沢側坑口は、『造林事業により埋められた』、という証言を得た。
これが事実かどうかを確認していないが、私のこの日の探索の結果とは照合する。

かなりの可能性で、この風をも通さぬ白い壁の向こうには、約170mの空間が密閉され、それは、“真”の意味での閉塞隧道として、永遠に明くることの無い闇の世界にとり残されている。

そのことを考えると、背筋がゾッとする。 私だけだろうか…。




 私は、生者に相応しい明かりの元へ、戻ることにした。


帰還 …そこに待つ悲劇
14:42

 12分間の隧道内部探索を終えた私は、即座に帰投を開始した。
もちろん、来た道を戻る気など無い。
強引に、坑口前の崖を落ちるように下り、こんな崖(→)を飛び降り、小川を辿り、万助川の河原に下りた。

もう、この部分のレポートは誰も期待しないだろうから省くが、いや、大変でした。
これはこれで。



 万助川を、ジャブジャブと歩渉して突破。
もう、私には濡れも汚れも、気にならない。
全身、泥と土に塗れてますから。 長靴の中はプールのままだし。

これが、山チャリなんだーーーッ!!

        


 わずか10分で集落のある舗装路まで戻った。

そして、そのまま歩いて、愛車の元へと戻ったのが、ここを出発してから丁度1時間30分後の15時7分だった。

生きて帰ったという喜びを実感し、今日はじめての達成感に酔いしれるはずが、そこに待ち受けていたのは悲劇だった。

なに、このチャリの周りに散乱しているゴミは?
私じゃないぞ。



 ハンドルにぶら下げていた食料が、全部なくなってるーーーーッ!!

笑ったよ。
余りの事態に、笑いました。


散乱しているゴミは、私の食料の全てであった。
しめて、ローソン産おにぎり二つと、パン一つ。
あの食い散らかし方、袋の破り方…。

人の仕業じゃ、ないよね…。 こえー!
(食料無しで隧道探索してたのかよ…その方が、コワイ…だろ)


 若干の恐怖(お笑い?)に幕を閉じる、3号隧道攻略であった。

更に、この後二つの隧道に挑むわけだが、夕暮れは近いぞ。


真室川森林軌道の探険は、まだ終わらないが、本稿は一旦終了。




 補足情報。

今回探索した真室川森林軌道ですが、「その1」にて、『JTBキャンブックス刊 全国森林鉄道』を拠り所として、路線名を「小又線」と仮定していました。
しかし、その後の机上調査によって(もっきりさん、ありがとうございました!)、本路線名は、前著には記載されていない「安楽城(あらき)線」では無いかと、考えるようになりました。
この件については、別の場所に「小又線」と思われる痕跡も発見しており、追ってその様子も紹介できるでしょう。

最後になりましたが、以下に安楽城線の主な緒元を公開します。
原典は、『秋田営林局刊 八十年の回顧』です。

   安楽城林道  着工 昭和6年〜竣工 同14年 延長 30.081m 幅員 2.0m

全長30キロ! 工事に8年も要するとは…、正真正銘の長大軌道である!!





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