廃線レポート  
森吉林鉄 第X次探索 その8
2004.9.18


 くじ氏と、細田氏、そして私。

3人だけによる、仲間の待つ終点へ向けての探索が始まった。

そこは、これまで探索した森吉林鉄には見られなかった景色が広がる、また新しい“森吉林鉄”であった。


木橋を越えて… 
2004.6.13 13:33


 感激の木橋である。
下は涸れ沢であり、さして藪も深くないので、充分に迂回して通行することも出来そうだ。
しかし、私としては、この木橋を渡ってあげたい、と思った。

これだけ朽ちた木橋だ。
おそらくは、普通の神経の持ち主ならば、敢えて渡らないだろう。
でも、今回渡らなければ、いよいよ落橋してしまい、もう再び渡ることは永遠に出来ないかも知れないし。

こういう時限性を強く感じさせるシチュには、めっぽう弱い私なのである。

 

 高さは高いところでも3m弱、下は土。
万が一橋が落ちても、恐らく無事に済むだろう。
そんな打算もあって、未だかつてこれほどに朽ちた橋に全体重を任せたことはなかったが、チャレンジだ。
無論、言い出しっぺで、先頭を歩いており、そして最も体重の軽い(52kgしかない)私から。

一歩。

また一歩。

…。

流石に、腐りきっている。
ぐらぐら揺れたりはしないものの、足場となる梁上の板(セオリーとしては、板がこの様に二重になっている場所を渡る。そうすれば、もし板が抜けても、下の梁が体を支えてくれるから。)を一直線に渡ると、足裏には異様に柔らかい感触。

しかし、約10歩ほどで、見事対岸に立つことに成功した。


 行く手の景色。

まだまだ先は長いが、まだ出発から16分しか経っていないので、気持ちに余裕はある。





 さて、背後では続いてくじ氏がアタック。

さすが軽量級仲間のくじ氏、セオリーも心得ているようで、一直線にこちらを目指してくる。

ものの数秒で、危なげなく攻略完了。

「高くなくて、良かったね。くじさん。」





 続いて細田氏。

すでに私とくじ氏が難なく渡るのを見ていたので、足取りに迷いが無い。
やはり、一直線にこちらを目指してくる。
そして、やはり数秒の後には此方岸に迫った。
あと一歩となったのを見て、私は視線を行く手のほうへと正そうとした瞬間、信じられない光景が展開した。

突如、細田氏が超短足…いや、腰より上だけの存在になって、固まったのである。
しかも、無言で。

一瞬我が目を疑った。
やはり驚愕の表情で視線を送るくじ氏と私の目の前で、細田氏はあと一歩のところで、固まったのである。

刹那の後に私たちはその状況を理解した。
細田氏は、木橋を踏み抜き、腰骨で辛うじて引っかかった状態であったのだ。
下手をすれば、完全に落ちていただろう。
細田氏は、呻きながらもがいている。

私は、大笑いした。
すぐにくじ氏に駆け寄ると、彼の背を叩いた。
そして、彼のカメラで撮影してほしいと頼んだ。
私は自分のカメラが不調により即座に起動しないことを知っていたので、くじ氏に頼ったのである。
彼は瞬刻躊躇いを見せたが、くじ氏が切ったシャッターにより、脱出に成功した瞬間の細田氏が、捉えられたのである。(写真)



 いやはや、無事で何よりであった。
大笑いの私たちに対し、やってきた細田氏は比較的平静な様子であったが、実は痛みをこらえていたのだった。
この後、細田氏のわき腹の痛みは、数週間にも及んだという。

あはは。
われながら、ひどいな。
あの時、助けに駆け寄って手を差し伸べるとかすれば、「度胸も良識もあるヨッキれん」と賞賛されただろうに…。

朽ちた木橋には、やはり事実として墜落の危険があることを証明してくれた細田氏、
本当に無事で良かった。


 次第に荒れゆく軌道跡 
13:35

 軌道が湖岸のおおきな屈曲に合わせて蛇行する部分から、湖畔線が比較的直線的な部分に移る。
その直前には、再び橋があった。
木橋からは、僅か3分後のことであり、間髪入れずに現れた巨大な遺構に、再び興奮に火がつく。

木橋よりも遙かに大きな橋で、対岸までは20m程度。
その中間の辺りには、一段低いコンクリート製の橋脚が立っている。
この形状から、桁は木製であったことが想像できる。
そして、残念ながらその桁はすっかりと落ちてしまい、跡形もない。




 橋台に立って対岸を望む。
これだけの規模の橋となれば、流石に長年の積雪の重みには耐えかねたらしい。
此方側の岸はそれほどでもないが、対岸は植物の生い茂るかなり急な斜面に見える。
我々は、引き返すことが許されない一方通行の探索者であるから(なにせ、引き返しても待っている者も車もないのだ…)、なんとかルートファインダーとしての威信にかけて、コース取りをしなければならない。
しかし、私としては、くじ氏が隣にいれば百人力と思っている。
それに細田氏を加えた3人で道を探せば、そう易々と「打つ手なし」になる気はしなかった。

この場面でも、我々は直接沢に降り、浅いと見るやこれを真っ直ぐ渡河し、遠目に見たとおりに急な斜面ではあったが、手がかり足がかりとも豊富であることを利用し、真っ直ぐ橋台脇の斜面によじ登る、一見強引だが、最も効率的なコース取りをすることが出来た。

一人であったら、変に臆病になって、大きく迂回するなど結果的に時間のロスは大きかったかも知れない。
仲間がいると、心強いものである。



 渡河直前の沢底での細田氏の様子。
私とくじ氏はまだ知らなかったが、腰が相当に痛かったらしい。

ゴメンね細田さん、さっきは大笑いして…。

とっても温和な細田氏は、いつもニコニコとされていて、ムードメーカー的役割を担っていると思う。
パーティーには不可欠な一員である。



 これを渡りきると、いよいよ踏跡は完全に消え失せた。

道であったことを疑わせるような猛烈なブッシュを時折挟みながらも、軌道跡は等高線のように湖岸とは一定の距離を置いて、ずっと続いている。
地形的に他へ逸することが許されない急峻さであり、その点で道を辿ることは容易だ。
藪さえ我慢できるなら。

私はこの辺で、先頭をくじ氏に譲り、二番手に移った。
なんと言っても、一番辛いけど、一番面白いのは先頭だから。
私だけで一人占めも悪いと思って。

決して、藪が深くなったので彼を突っ込ませたかったわけではないぞ。





 いよいよこの辺りからは、湖の幅も広くなってくる。
そして、その対岸に思いがけない物を見た。
それは、一艘のボートと、その上で何やら上陸しようとしているらしい、一人の男性の姿だった。
服装からすると、釣り人らしい。

自由に湖面を行き来できるボートがあれば、我々の森吉探索もまた違った形になっていたに違いない。
実際に、当初はボートの手配を最有力攻略方法に据えて検討していた。
しかし、それが行き詰まった故に、陸上のみでの攻略を選ばざるを得なかったのだ。

そのことを思い出させる光景だった。



 さきほどの橋梁跡のあたりまでは、深い森の中であったこともあって比較的道形はハッキリとしていたが、その先は一気に廃道らしくなった。
特に、山側の岩肌が迫り出している箇所では、ご覧のように崩壊が目立ち、人間大の巨石が路上を埋め尽くすに及んでいた。
さらにその上に植生が発生しており、廃道となって時間の経過していることを感じさせる。
我々は、これら障害を全身で乗り越えて、先を急いだ。




 さらに進んだ。
出発から37分を経過し、時刻は14時に迫った。
想定していた脱出時刻は15時30分だから、まだ猶予はあったが、ここに来て進行ペースは一気に遅くなった。
入り口からは1.5kmほどを歩いただろうが、全長は4.5kmを想定しており、まだ三分の一だ。

ここには、湖岸に張り出した小さな岬をパスするための切り通しがあった。
もはや、瓦礫の山である。
それでも、日陰の藪は易しい方だった。




 次々と現れる廃橋 
13:56


 もはや地形以外にそこを道と知らせる物がなくなりつつあった。
一人であれば、流石に心細かったに違いない。
一方は湖岸であり、景色的な開放感はいくらか救いだが、汀線は人造湖らしく概ね崖であり、底を歩いて藪を避ける選択肢はない。
また、山側にも一切の林道はなく、山側へのエスケープもあり得ない。

そんな中、再び橋が現れた。
先ほどよりも高さのある橋は、やはり中央にコンクリの橋脚を置いている。
眼前に浮かびあがるようにして現れた、道の喪失だった。



 眼下は湖に落ち込む小川であり、迂回は遠い。
やはり、直接渡ってしまう方が早いと考えた。
急な斜面を滑り降り、砂州状の藪が無い湖畔に降り立つ。

橋脚は、非常にしっかりとした物である。
コンクリート製で、重厚感がある。
幅も軌道にしては大きくとられており、やはり、車道として利用されていた時期があるのではないかと、思った。
(元よりそれも想定した上で建設したのではないか?)
橋脚の側面には、木製だった橋桁を支える支柱を掛けておくための凹みが見られた。
これなども、木橋の特徴だ。



 小川の山側にはすぐに小さな滝が控えていた。
落差は4mほどで水量も少ないが、清涼感がある。

なによりも、観光者の手垢にまみれない滝は、発見したとこの喜びから違う。



 太股まで湖面に沈めるようにして小川を渡る。
小川といっても、橋の下では湖面と一体となっていた。

心休まる木漏れ日の景色。
燃えるような紅葉でもなければ、遠く雪を頂く森吉を遠望する景色でもない。
太平湖の景色としてガイドに紹介されるどんな景色とも違う。
でも、この押し黙るような濃い青と、湖畔に覆い被さるしつこいほどの緑。
これこそが、太平湖の大部分を占める、本当の姿である。
限られた釣り人達だけが見てきた景色である。




 さて、難関である。
擂鉢状の谷底へ降りた私たちが再び軌道へ復帰するためには、対岸のこの崖を登らねばならない。
相当に朽ちて、もういつ崩壊してもおかしくないように見えるコンクリの橋台の脇、滑りやすい土の斜面に木の根を手がかりにして、よじ登る3人。

こういう行為が楽しい時と、もの凄く辛い時とがあるのはなぜだろう。
今は前者だが、夕暮れ時に一人だったら泣きたかっただろう。
やはり、仲間がいる安心感は計り知れない。
普段は一人だからこそ、仲間と探索することのありがたさ、すばらしさを実感できるものだ。
そういえば、ずうっとトリオで走っていた頃、今のように一人で走り始めるきっかけがあったのだが、その時も大変に心細かった。
一方で、なんでも自分の思い通りに出来る事への、溜まらない開放感も感じた。

永く一人でいれば寂しくもなるし、仲間が常駐化すれば、それはそれでありがたみも薄れてしまう物なのだろう。



 各々、登りやすいとみたラインに取りつく。
そして、数刻の後には、ほぼ全員同時に橋台上に達した。

無事に、ふたつめの落橋箇所を攻略である。
そして、既にこの時点で、「第2次探索」時に想定した橋の数は間違っていたことが判明した。
この区間は、湖畔に沿って単調な道が続くと考えていたが、実際には複数の橋を交えた、なかなかにアスレチカルなコースであったことが分かった。
以前の探索で引き返しを余儀なくされた落橋部には、まだ達していない。

この先、幾つの難関が我々を待ち受けているのか?
期待と、不安が3人を包む。




 半ば藪に埋もれて、とてもうざったそうな表情のくじ氏。
その脇に立っているのは、森吉ではもう見慣れた鉄製の架線柱である。
この前後でも、時折架線柱を見かけた。
一方で、枕木やレールは見あたらなかった。
枕木まで綺麗に撤去されていたとしたら、これもまた、車道説を支持する要素だ。
轍などは全く現存していないわけだが。




 見覚えのある景色を求めて 
14:08


 いよいよ湖は細長い枝葉部から広大な幹部に達した。
対岸には林道が駆けめぐっているが、まだ見えない。
4.5kmの半分程度は歩いたと思われる。
今のところは、順調といって良いだろう。



 そして、ふたたび橋が現れた。
今までの橋よりも幅が狭く、いかにも林鉄らしい。
コンクリの橋台だけが、林鉄としては比較的新しい物であることを感じさせる。
かつての林鉄は土沢の奥地へ向けて、湖の遙か底を砂小沢集落の脇を縫うように通っていたという。
昭和28年頃までには、今私たちが立っている路線に付け替えられた。
しかし、付け替えられた軌道も、はたして10年間使われたかどうか。
そのくらいの短命で、県内の他の林鉄達同様、永遠に消えていったのだ。



 ここは2本の橋脚を置く3径間の橋だったようだが、南側の橋台と一つめの橋脚との間にのみ、3本の丸太を今も架けている。
しかし、既に渡ることは出来ない状態であり、橋脚の上に残った僅かな朽ち木にまで木々が根付いている。
さながら、山肌から湖面へ向けて勢力拡大を目論み降り注ぐドングリの嵐に、集中砲火を受けたかのようだ。
軌道跡は、既に森の一部である。

橋を迂回して、先へと進む。



 この辺まで来ると、本当に道形は皆無だ。
山側にほとんど法面処理を施さなかったのが致命的だったのか、道のあった場所もすでに斜面の一部である。
そこに笹や羊歯植物、そして小さな木々が蔓延っている。
日向の場所はさらに酷い状況だ。

写真は、膨大な崩土により小山のようになった軌道跡にルート開拓を行うくじ氏。
実はこの時、くじ氏はチョー腹が減っていたらしい。
いってくれれば、私のにぎりめしを授けたのにー。
背後の細田氏は、無言ながら、安定した歩きッぷり。
私にとっては未知である、その力の片鱗を覗かせつつあるのか。



 末期的状況を迎えた軌道跡。
思っていた以上に、荒れは激しい。
序盤の楽さが嘘のようだ。
入山している人が他にもいるだろうと思っていたが、山菜やキノコのシーズンから少し外れた為か、道は藪に支配されている。
踏跡は全く見あたらない。



 歩いても歩いても一向に改善しない藪のむごさに、もはや覚悟を決めた我々は、かたくなに歩く速度を緩めない。
内心、このままではタイムアウトするのではないかという不安も、おき始めていた。
くじ氏の向こうには、まだまだ衰える気配のない激藪ゾーン。

まだこの時はくじ氏は毎週のように藪を漕いでいたわけではなく、新鮮な体験を楽しんでいるようにも見えたので(見えただけ?)、引き続き先頭をお願いしている。
最近は、くじ氏も藪に取り憑かれたらしく、各地の滝を見るぞと言っては、道無き道を拓いているようだが…。




 やや藪が開け、湖面を見渡せる場所で、誰とも無く久々の休憩を提案。
もちろん、反対する者はいない。
疲れた。

休憩するや否や、どっぷりと腰を下ろす我々。

ここに軌道があったのは間違いないのに、ご覧の通り、平坦な部分はない。
くじ氏の横顔は、楽しんでいるのか、疲れ切っているのか、私には前者に見えたが、実はどちらでもなく、空腹に苦しんでいたのだった。


焦点無く遠くを見つめる瞳の向こうには、愛妻弁当がちらついていたのか?







 次回、いよいよファイナル。




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