廃線レポート  
生保内林用手押軌道 向生保内支線 その1
2005.4.9


 生保内手押軌道は、田沢湖町神代から玉川の成す抱返峡谷に沿って遡上。
起点付近以外では途中唯一の集落があった夏瀬を通り、奥羽山脈に端を発する八木沢上部までの、約15kmにも及ぶ、森林軌道であった。
また、本路線には、路線内でただ一カ所だけ玉川を渡る、神の岩橋(大正15年竣工)が完成する以前に利用されていたと思われる、貯木場線(仮称)。
そして、夏瀬ダムの工事が始まる昭和13年頃よりも以前の、おそらくそう長くはない期間だけ利用されていたらしい、向生保内線(仮称)という、少なくとも二つの支線が存在した。(どちらも地図上より推測)
今回紹介するのは、生保内林鉄の黎明期にだけ存在した支線の一つ、向生保内線である。

本線・支線共に、この生保内林鉄では、昭和38年の全面廃止まで、一切機械動力が投入されなかった。
故に、本路線は林用手押軌道と称されている。
下りはブレーキ装置のみトロッコ車を連結し、伐りだした材木を満載して駆け下り、
上りは空のトロッコを牛が牽くというローテーションで、毎日一往復ずつ運用されていたという。

この路線が、比較的長く利用されたにも関わらず、一切の動力車が投入されなかった理由だが、
道中が極めて険阻な山峡にあった為と思われる。
現在も、そのハイライトといえる抱返渓谷区間については、軌道跡が殆どそのまま遊歩道化しており、歩いてみることが出来る。
その険しさは、実際に歩けば一目瞭然である。

また、鉄道廃線歩きというマイナーな趣味に市民権を与えた偉大なるバイブル『鉄道廃線跡を歩く(JTBキャンブックス刊)』の第一巻にて、この抱返渓谷区間が紹介されており、ご覧になられた方もいらっしゃるだろう。
「山行が」でも、『道レポ 抱返渓谷』として紹介済み(2005年4月時点では未完だが…)であるが、前述の通り、今回紹介するのは、短命なる支線「向生保内線」を中心とした部分だ。
探索時期も異なるので、ご注意いただきたい。


向生保内支線 序
2004.6.23


 いきなり地図ばかりで申し訳ないが、もう少し説明にお付き合い願いたい。

まず、最初にお断りしておきたいのが、この生保内林用手押軌道については十分な資料が手元にないために、分からないことが多いということ。
たとえば、廃止が昭和38年であったことは複数の文献に述べられているので間違いないと思うが、その開設時期については、早くもはっきりしない。
私が頼った資料は、大正初期から何年おきかに改訂され続けてきた、地形図である。
その中で、大正15年竣工という神の岩橋が図中に現れる前には、別の場所が起点であったこと(=貯木場支線)や、この向生保内支線の興亡などが、見て取れたのである。
逆に言えば、現時点では机上の資料としては、それ以外に何もなく、詳細な情報は一切無いと言っても過言ではないのだ。
であるから、いつもにも増して、事実とは異なる結論を導いてしまっていることがあるかも知れないことを、ご了承いただきたい。
と、同時に、ぜひ皆様方にも、この謎の路線の謎解きを、手伝っていただきたいのである。



 向生保内線と、私が称する支線は、古い地形図によれば、夏瀬ダムが現れる以前にのみ、存在している。
夏瀬ダムは、下流の神代ダムと共に、昭和13年に着工され、二年後に完成している。
故に、この線は、大正末期もしくは、昭和初期から、昭和13年頃までに利用されていたと推測される。
廃止の理由は、おそらく路盤が水没する為であろうし、代替の路線が建設された痕跡はない。
廃止後に、本線が八木沢上流へと延伸されたようだが、それはまた、方向が異なる線であった。

私がこの、短命なる支線に焦点を合わせたのは、3つの理由による。
一つは、短命であり、代替の路線がないという、この特殊性。
そして二つ目は、大正12年に、現在のJR田沢湖線の端緒である生保内軽便鉄道が大曲〜生保内間で開通しているのだが、生保内林用軌道と向生保内支線のリレーは、この軽便線とほぼ同時期に、その途中駅である神代から、終点生保内までの別線のように地図上で見えることへの、興味(ただし、現実的には、林用軌道が旅客用に使われた形跡はなく、あくまでも地図上でのお遊びである)
三つ目が、道中短いながら、三つの隧道が描かれているという点。


では、2004年6月23日に行われた、単独現地踏査のレポートを、お伝えしよう。
スタート地点は、田沢湖町生保内堂田地区だ。




田沢湖町生保内 堂田
2004.6.23 8:12

 6月23日。
天気は、朝から生憎の雨。
この日の目的は、ただ一つ、これから向かう生保内林用軌道のみであるが、雨はいつもの山チャリ以上に、嫌だった。
なにせ、水量次第で探索の成果が変わりかねない、水没廃線の探索なのだから。

しかし、ここまで来たからには、まずは行けるところまで行ってみるしかないだろう。
あまり気乗りはしないながらも、私は愛車を漕いで、生保内堂田の集落から、玉川沿いの道に入った。

 


 道は杉の植林地に入るとすぐに1車線となり、適度なアップダウンが始まる。
この道は、4kmほど先にある産廃処分場までは頻繁にダンプが往来している。
所々には待避所があるが、大きなダンプがカーブの先から突然現れたりするので、注意して走る必要がある。




 車道は堂田から1kmほどで、長内沢という玉川の支流に一旦進路を変え、再びこの車道が林道となって玉川に合流するのは、5kmも先である。
この間、林道は産廃処分場を頂点に有する峠を越える。
そして、目指す林用軌道は、この車道が峠で迂回する区間を、玉川に沿って通行していた。
その区間は、今に至るまで再生されることなく、おそらくは朽ちているだろう。
それを裏付けるように、早速にして軌道跡との分岐が見あたらないというピンチに遭遇。

夏草がかなり成長しており、やはりこの時期の廃線歩きは、一筋縄では行かない。
しかし、入り口すら見つけられないというのでは…。



 数十メートル戻った場所に、唯一、川側に降りていく分岐があった。
目印は、ダムの注意看板だ。
この上流には、鎧畑や玉川ダムといった、県内有数のダム地帯である。(田沢湖すら玉川水系のダムという見方も出来る)
そして、この先に向かう下流にも、小規模ながら夏瀬と、神代のダムがある。
おそらく、玉川は県内最大の有益河川(発電&灌漑&給水)といえるだろう。

それにしても、この分岐はちょっと…。
入っていった途端に、パンツまでぐっしょり濡れそうな予感。

この後、そんな甘っちょろい濡れなど、気にならなくなるわけだが…。



 急な下りは20mほどで広場に突き当たる。
勢いよく流れる川音が、かなり近づいた。
まだ川面は見えないが、右手の藪の向こうは、もう水面なのだろう。

そして、私が地図から知り得た情報では、この広場あたりが、向生保内支線の終点である。
こんな、何にもないところが本当に終点なのかという気もするが、実際にはもう少し上流まで続いていたのかも知れない。
(今回の探索では、川の上流から、下流側へと進んでいく点に注意。)
どちらにせよ、このあたりが終点だったのは間違いないはず。

今では、四方を雑草に囲まれた、狭い広場である。
一応、さらに狭まった下りが、先へと続いている。
行くしか、無いだろうな。




 少しでも濡れまいと、足をペダルに置かず、大開脚ポーズのままに下っていく。
しかし、そんな努力は、まるっきり無意味であった。
雨の日に川沿いの廃線探索をする人間が、濡れたくないなど、アホだった。
濡れて当然。
濡れて上等。
濡れてこそ、濡れてこそ、山チャリだ。

後から分かったことだが、この右カーブの下りを、敢えて直進すると、そこに軌道跡がある。
古い地形図一枚を参考に来ている私には、そこまで看破することは出来なかった。
当然、私はそのまま下っていってしまった。
でも、無理もないだろう。
まっすぐには、道など全く見えなかったのだから。



 突き当たり、終点。

囂々と音を立て、河床から溢れんばかりに波打つ玉川。
さすがに、「今日は断念」と、即断したね。
水は、怖いものだということを、わたしゃ知っているからね。


…この水量だよ。
しかも、雨は本降りで降り続いているし。
そもそも、目指す軌道跡は、目の前で玉川に注いでいる、この長内沢を渡った対岸に続いているのだ。
しかし、橋は全く痕跡をとどめていない。

…。
ある程度は、この展開も予想されはしたさ。
だから、長内沢を徒渉するつもりはあった。

だが、この水量は…。
泳ぐのは勘弁だよ。




 とりあえず、チャリは何の役にも立たないので行き止まりに置いてきた。
これからどうするか、長内沢の徒渉を迂回する策があるかなど、地図を見たり、辺りを見回したりして、考えてみた。
しかし、林道など代替の道がない以上、どうしてもここで渡らなければ、軌道跡にはまったくといっていいほど、アクセスできないのだ。
下流側からのアプローチは、ダム水没による廃線である以上、期待薄だし。

悶々としながらも
そういえば軌道跡って、こんなに急なカーブや下り坂があったとは思えないよな。

そういう思いから、さっきの下りへと戻って、正面の藪に目を凝らしてみた。

薄暗くて奥は見えないが、地図上で隧道が描かれているのも、長内沢を渡る直前。
つまりは、ここ以外に無いはずだった。
藪に、接近して、潜り込んでみる。



 藪の向こうに、穴だ!

穴だ!

穴だ!


すこぶる印象深い隧道との巡りあいは、唐突だった。

これぞ、田沢湖町にはぜひ末永く保存して欲しいと願う、隧道。

次回、攻めてのこの隧道だけでも詳しくお伝えしようとおもう。






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