廃線レポート  
生保内林用手押軌道 向生保内支線 最終回
2005.4.22


 雨の中、異例づくしの徒渉から始まった、この林鉄探索も、いよいよ終盤。
実は、地図上の行程としては、まだ半分にも満たないと言ったところだが、着実に軌道敷きと、ダム湖面との距離は縮まってきており、そう遠くない行く手で、水没するだろうことが、予感できたのである。
とはいえ、既に探索開始から1時間以上を経過しており、十分に満喫した。
正直、早く引き返す口実が欲しいくらいであった。

水への恐怖に支配された本探索の、そのあっけない幕切れ。




 テンション上がり切りません。
9:48


 さて、足元を水に侵された私が今立ち向かっているのは、この、高さ3m弱の垂直の岩壁である。
木橋が朽ちており、これを迂回するために再び徒渉したは良いが、先へ進むには、この岩肌をよじ登る以外にはない。
水際すれすれを歩くことは、さっきのこともあって、もう二度とご免だったし、スレスレを歩こうという気になるほどの、スペースすらなかった。
ここで這い上がらねば、次はどこで這い上がれるかも分からないし。

しかし、ここはかなり苦労させられた。
結果的にジャンプ&懸垂でなんとか攻略したものの、ヒーヒー言ってる自分の懸垂力の無さが情けなかった。
足だけでなく、腕マッチョにならねば、いけないのかもしれない。
 


 苦心して這い上がった私の前には、荒々しい切り通しがあった。
峠の切り通しよく見る景色だが、ここで出会うとは意外だった。
切り通しの底を埋め尽くした土砂の量を見る限りにおいては、当初は短い隧道が存在した可能性も考えられる。




 切り通しは短かったが、その先も険阻な断崖地が続いた。
切り通し部分と違って、片空きの場所は、足を滑らせて河に落ちる恐怖があった。
雨は上がっていたが、風の度に頭上の木々から滴が落ち、足元は十二分に濡れている。
ガレまくった路面は、そこに鉄道が通っていた痕跡を留めていない。




 頭上に何かの気配を感じ見上げてみると、写真ではうまく撮れなかったのが心残りであるが、牛の胴体ほどの太さを持つ大杉が、信じられないような岩肌に張り付いていた。
何百年も、養分も乏しかろうあんな崖に張り付いたままで、風雪に耐え、一時は足元に鉄道まで通わせていたのだから、生え様までぶっとい杉である。

そういえば、あの閉塞2号隧道以来、全然、人工林が現れない。
軌道が開設からそう経たぬうちに、ダム建設で廃止になった上、さらに隧道まで閉塞するに至り、一帯の森林資源は活用されずに今に至っているようだ。
おかげさまで、無垢の林相美を堪能することが出来る。
訪問者の心に、もっと余裕があれば、良かったのだが、いかんせんこの日はもうへろへろでした。精神的に。


 ひとしきり岩場を越えると、またも行く手に不穏な空気。


近づいてみると、木橋が失われ、道はまた喪失していた。

またかー。

さっきの苦労の記憶と、鮮明に残る腕の疲れが、私のうんざり感を呼び起こした。


 先ほどよりも規模の小さな桟橋ではあったが、やはり橋脚を残して、橋桁は全て落ちていた。
ただ、ご覧の橋桁の一部が、乗っかったままになっていたのには、やや感動を覚えた。

もうここまで朽ち果てると、元々が何だったのかさえ、知らない人が見たら分からないだろう。

さびた犬釘で打ち据えられた朽ち木の積み木、
その倒壊へのカウントダウンは、この冬あたりがいよいよラストカウントだったのでは。





 斜面を苦心してへつり歩いた。
なんとか水面を経由せずにここを突破した。

その先の平場が、軌道敷きらしい最後の景色となった。



  反省会
2004.6.23 9:58

この美しい緑の回廊は、こんな調子ならばずっと歩いても良いという気持ちにさせたが、長くは続かない。

軌道が撤去されてから、半世紀も風雨にさらされ続け、その間ずっと、
他の陸上交通から分断され続けた道の景色。
その途絶の深さゆえ、辿り着いた喜びと達成感は、深い。
その感情の高まりも手伝ってか、この地味な景色に廃美の極みを見た気がした。

雨露がまた、その輝きにより精彩さを与えているのである。



 視線を湖に向ければ、汀線はすぐ足元に迫っていた。
完全に流れのなくなったように見える、玉川の夏瀬貯水池。
田沢湖と違って魚は棲息していると思うが、湖面は異様なほど静かで、生を感じさせない。

遠くの水面をかすかに覆うベールのような靄は、穏やかな景色であるが、永遠にたどり着けぬ、蜃気楼の様な、ある存在を暗喩しているかのようだった。
それは、さらに1km以上も先、どれほどの深さで沈んでいるかも分からぬ、のこりもう一本の隧道である。

夏瀬ダムは水位の変化が少なく、決して湖面から姿を出すことはないだろうと、思われる。
私の想いは、断ち切るより他にないようだ。



 そして、遂に軌道敷きは、水面との区別が付かないまでになってしまった。

ここで、少し規模の大きな支沢が合流しているのだが、その河口部を渡る橋も、ご覧の基礎部分を残すだけとなっていた。

先ほどまでの、挑戦的な危険地はなりを潜め、
最後は至って穏やかな、
それでいて、反論する隙もない完全なる終点… 軌道水没である。

この展開は織り込み済みだったが、実際の喫水点が判明したのは、今回の収穫であった。




 最後に見た標識のナンバーは、13番。
これより先にも、きっと岸辺に標識は続くのだろうが、それを歩いて確かめるすべはない。

これが私の、最終到達地だ。




 午前10時12分。
長内沢徒渉から前進すること、1時間半。
私の悪あがきのような探索行にも、ついに終止符を打たれた。

私のこのときの気持ちは一言、

ホッとした。





  で、

この写真の淵が、危うくおぼれそうになった場所。

くわばらくわばら。









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