15万ヒット記念  廃線レポート特別編 和賀計画 序
2004.6.3


 これから始めるレポートは、「山さ行がねが」史上稀に見る困難な戦いに挑んだ、男達の物語である。

計画名は、和賀計画。
発案者は、「ヨッキれん」こと、私。
私が参加を要請したのは、森吉林鉄の合同調査を共にした、「くじ氏」と「パタリン氏」だ。
命掛けは必至となることを説明した上で、なお参加を快諾してくれた猛者達である。
実施日は、2004年5月30日(日)。
現地の天候は、前夜までの雨が嘘のような快晴。

本計画の骨子は、かつて私が単独で探索し、なおなし得なかった極めて条件の悪い道の踏破であり、対象は2路線。
一つは、「平和街道」という名は地元でしか通用しないと思われるが、明治初期に秋田県平鹿郡と岩手県和賀郡とを結ぶ街道として、両県が開削した路線である。
現在の国道107号線は、ほぼこの街道を踏襲している。
その中でも、特に廃止が早く昭和7年には現道に切り替えられた、北上市和賀町仙人地内の約2kmの踏破が目標となる。

もう一つは、今年の年明け早々にその強烈な立地に驚愕し、墜死の恐怖と戦いながら到達し得た大荒沢隧道であるが、この隧道を含む路線自体については殆ど手つかずになっていた。
それは、昭和の一桁台には早々と廃止された和賀軽便鉄道の仙人鉱山〜和賀仙人間である。
思い出すだけで戦慄の走る、あの断崖絶壁に挑み突破することが、第二の目標である。


私たちの前に次々現れた幾多の試練、そして、未知との遭遇。

 いま、「山行が」史上最高のアドベンチャーが幕を開ける!







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