15万ヒット記念  廃線レポート特別編 和賀仙人計画 その2
2004.6.5



 山行が史上最難の踏破計画、和賀計画発動。

現在、平和街道進行中。


石垣との遭遇
2004.5.30 8:11


 水路上の廃墟を後に、廃道をすすむ。
この先について、偵察時にくじ氏は延々と斜面を歩いたと言うが、現在の状況は、ややそれとは異なる。
幸いにも、我々は道路敷きを失わずに、辿ることに成功しているようだ。
このあたりは、さすがに大人数の目で周囲をよく観察しながら歩いている成果だろう。


 これ以上なく毒々しいキノコが発見された。
まるで、目の細かいスポンジのような、手のひらほどもあるキノコ。
もっと大きなものもあった。
食えるのかな?




 今度は、かなり原形を留めている石垣に遭遇した。
それは、昭和初期の旧道でよく見られる、丸石の石垣だった。
この石垣の下は藪も浅く、休憩にはもってこいだった。
一休止だ。

休みながら、周囲を見回してみる。
すると、目の前の石垣のさらに上部に、もう一段の石垣が発見された。
視線をさらに上に遣ると、もう一段あるではないか。



 我々は、自分の目を疑った。
1段、2段、3段…
4段、5段、6段!!

一体、何段あるんだ!
ここは、古代の山城か?!



 そこには信じがたいことに、7段以上の石垣が、斜面を覆うように築かれていた。
しかも、今自分たちがいる場所も、谷底へと段々になって続く石垣の、中腹に過ぎなかったのだ。
下を見ても、何段もの石垣が見える。

このときの衝撃と言ったら、そんな経験はないものの、古代遺跡の発掘に成功したような興奮だった。
いや、ともすればマジでピラミッド?!
そう思えるほどに、山肌一面が、古い石垣に覆われていたのだ。
道は、このまま真っ直ぐ続いているが、通りすぎるには惜しい。

二人を置いて、石垣の上部へと行ってみることにした。


石垣の上
8:23

 実は、石垣の頂上には、何か石垣とは異質の、灰色が見えていたのだ。
パタ氏もそれに気が付き、石垣の上にあるのは建物かと、と疑問を述べた。
私は、石垣を直接登ることは出来ないから、脇の森を、生木や根を頼りに、強引に登った。
斜度60%を越える、急な斜面である。
そうして登っていくと、次第に石垣の上にあるものがはっきりと見えてきた。

それは、確かにコンクリートの建造物のようであった。
興奮に身を躍らせるようにして、2分かけてこの崖を登り切った。
既に、後続も登り始めている。
私の奇声に、ただ事でないことを察したようだ。



 そこには、直径20m、高さ4mほどのコンクリートの円柱形をした建造物があった。
やはり、紛れもない廃墟であり、扉も朽ちて消滅していた。
窓もあるが、ガラスはない。
斜面の中腹の、和賀川や仙人の集落を一望できる高地に築かれたこの建築物、一見したところ、戦時中の要塞かと思われた。
既に地図上から完全に抹消された巨大な建造物に、今までの山行が探索とは別の、新しい扉を開けるような、困惑と、ワクワクを感じた。

この建物は、いままでの山行が的ではないネタだ。

でも、気になる。
内部を見ずには居られない。




 扉のない入り口から内部を覗く。
そこにあったのは、外見通りの円筒形の空洞と、外見からは全く想像できなかった、深く暗い縦穴であった。
高さには慣れている私も、得体の知れない空洞が真っ暗な地底へと続いているのには、足がすくんだ。
入り口からは、幅40cm程の恐ろしく狭い通路が、円筒の反対側へと内壁を半周して伸びており、その先端から下へと下りる足場が、コンクリに直接打ち付けられているのが見えた。
だが、流石にこれ以上進めない。
この円筒の内側通路には一歩も、立ち入ろうとは思えなかった。



 だって、見えるんだもの。
この通路のコンクリが、如何に薄いものなのかが。
老朽化したコンクリが、もし私の体重を支えられなかったら、通路と共に私の体を宙に放り出すに違いない。
そのときには、手がかりも足がかりもない。
そこに待ち受けるのは、確実な死だ。
こんな闇の底で死ぬのはごめんだ。



 カメラのフラッシュも届かぬ、深い深い縦穴。
我々の持つライトを総動員して、やっと底が見えた。
50mは下だ。

この建造物が何であるかについては、追って様々なヒントがもたらされることになるが、この段階では、とにかく謎の存在であった。

この建物に全員が集合したが、さすがに進入すると言い出す者もなく、石垣の下へと戻ろうかという話になった。
だが、来たのとは別の方向を見ると、この廃墟の下に、また別の廃墟が見えた。

下るついでに、行ってみよう。



再び廃墟
8:30

 縦穴廃墟の裏手に、小さな小さな建築物。
これは、おそらくは、お堂?

手を合わせる者もなくなって、一体どれだけの時間が経過しているのだろうか?
ここが村とか、人が住んだ廃墟なら、まだ手向ける人はあったかも知れない。
しかし、この様な産業廃墟では、使われなくなれば通勤する者もなくなり、訪れる者は真に0となる。





 縦穴廃墟の谷側へは、水路が続いていた。
今は森の一部と化してはいるが、往時には管理されていたのだろう。
立派な欄干が、水の通らぬ水路を囲んでいる。
一帯の足元には、多数の階段の跡が存在しており、急な斜面に建設された各設備を結んでいたのだろう。
この水路の出現によって、これらは水力発電に絡んだ設備ではないかという憶測が発生した。



 縦穴の廃墟を、水路を挟んで裏側から撮影。
あの中に、恐怖の縦穴が収まっている。
外観だけを見れば、全体的に無骨ながらも、窓は瀟洒な感じもするし、廃ホテルなどと言われても信じてしまいそうだ。
これほどにコンクリの建築物が傷むには、どれだけの時間を要するだろう。
これら廃墟が水力発電用の設備であるとしたら、湯田ダムと合わせて建築されたものなのだろうか?
しかし、湯田ダムは昭和40年に完成しており、決して新しくはないものの、それから40数年でここまで朽ちるものだろうか。




 水の無い水路が、和賀川の左支川である北本内川の、和賀川合流点付近めがけて落ちている。
のちほど、街道を辿る我々に試練となったのが、この水路を超えると言うことであった。




 藪は深い時期だが、この廃墟群からは良く対岸が見渡せる。
長閑な田園風景からは、和賀川両岸の絶壁によって隔離されたトワイライトゾーンに、この左岸の廃墟群がある。



 一段下にある廃墟は、縦穴廃墟よりもさらに巨大な外観であった。
そこへ向けて、急な山肌を所々に残る階段などを頼りに下る。
私は、二人とは別れ、建物の反対側の入り口を目指してみた。
一つの建物を、両方から挟み込むようにして接近する。

私の歩いた側も、なにやら通路の痕跡があり、苦労なく廃墟の前に立つことが出来た。

 



 3階建て相当の高さを持つ、東西に長い直方体の建造物だった。
しかし、両側にはまるっきり壁がない。
壁はないのに、その壁があったと思われる中空に向け、木の階段が延びており、どうやらコンクリの壁が崩れ落ちてこうなったものらしい。
廃墟だが、両側がそのまま外へ通じており、それほど暗い感じはしない。

我々には霊感などというものが全くなく、どんな廃墟でもずけずけと進入できるのが楽しい。
例によって、この廃墟も進入だ。




 廃墟の内部。
そこには、極めて特徴的な構造物があった。
それは、建物底面の長方形の二つの向き合う長辺に、二つずつ穿たれた巨大な円形の穴である。
和賀川や街道側へ向かう方は、すぐ先で鉄のパイプが途切れ、崖に放り出されるようになっている。
一方、山側(すなわち縦穴廃墟側だ)へ向かう二本は、いずれも平行して地中へと向かっている。
明らかに、隧道ではない。
水路だろう。

探索対象外だ。



 下部へと向けられた鉄パイプ。
その巨大な断面は、すぐ先で斜度60%程度の下りに変わり、すぐ空中へ放り出されている。
あとで分かったことだが、この二本の水路は、さらに下部にある廃墟へ引き込まれていた。
当時は、全体が鉄パイプに覆われていたはずだ。

こちらはのパイプは、進みようがない。




 一方、山側の穴。

山側と谷側の穴を繋ぐ、建物を貫通する水路パイプがかつては存在し、この建物自体が、水路の水量を調節するための操作部だったと思われる。
もう想像が付いておると思うが、この後に探索する最下層の建物が、発電所だ。
この様な、水の落差を利用した水路式の発電所は、全国に多々ある。
これは、現在の湯田ダムとは別個の建設かも知れない。
理論上、この水路式ダムは、これだけで完結できるものであり、別個ダムが必要な物ではないからだ。
そういう仮定のもと、昭和40年代よりも以前に建設され、湯田ダムの建設により使われなくなったのだとすれば、この廃墟ぶりも納得がいく。
さらに、昭和2年の地形図には、現在ではなにも描かれていないこの一画に、発電所のマークがあるのを見つけるに至り、ほぼこの論を確信した。
昭和初期に建設され、昭和40年頃に廃止された発電施設が、この一連の廃墟の正体ではないだろうか。

予想以上に凄いものに出会ってしまった。



 巨大なパイプは、未だチョロチョロと水を吐き出してはいるが、その水は廃墟の床を濡らすばかりだ。
かつては、電気に換わる前段階の運動エネルギーを蓄積した大水量が、ここを囂々と流れた筈だ。
水路など、我々山行がの対象ではない。
水路や、鉱山は、除外だ。

自分で作ったルールは、時として自分で壊すから面白いのだ。
面白ければ何でもいいじゃん。
相変わらず不節操を身上とする私は、遂に、水路への進入調査を決心した。

皆様、興味が薄い方も大勢いらっしゃると思いますが、私たちのその場でのテンションの高さをご理解頂き、もうしばらくお付き合い願います。
次回は、水路探険です。

…ああ、脱線が止まらない和賀計画…。







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