道路レポート 林道鹿曲川線 第1回

公開日 2016.5.11
探索日 2015.4.25
所在地 長野県佐久市


【周辺図(マピオン)】

今回探索した林道鹿曲川線は、長野県の東信地方南部、八ヶ岳連峰の北端をなす蓼科(たてしな)山の北側山中にある、全長約10kmの民有林林道である。
路線名通り、千曲川支流の鹿曲(かくま)川に沿う渓谷の道で、全線が佐久市(旧望月町)に属す。

中山道の古い宿町で旧町の役場所在地だった望月から、長野県道151号湯沢望月線を終点の春日温泉まで約8.5km、そこから市道約2.5kmを介して本林道がスタートし、約10kmを上りきった先に「仙境都市」なる妙に格好いい地名が、手元のスーパーマップルデジタル(ver.16)には書かれているのである。


右の図は最新の地理院地図から本林道の南側半分、「仙境都市」の周辺を切り出したものである。
なぜか地理院地図には仙境都市という名は出ておらず、同じ辺りに「富貴の平」の地名があるが、本編では呼称を「仙境都市」に統一して進める。

仙境“都市”と言うだけあって、かなり多くの建造物が緩やかな尾根の一帯に描かれているのが分かる。
特筆すべきはその高度で、これらの建物が描かれている範囲は、低い所でも海抜1800mを数え、高い所はなんと2000mを越えている。

日本の屋根といわれる信州の土地の高さを、他の地方と同様に語る事は出来ないが(麓の望月地区中心部でさえ海抜700m近い)、それでも佐久市にある他のどの集落(「都市」?)よりも圧倒的に高高度で、しかも山中に遠く孤立している。おそらく日本中で「都市」と名付けられたものの中で最も高高度にあるのが、この仙境都市だろう。
お住まいの方には大変申し訳ないが、私がこの土地を地図で見つけた時の第一印象は、アルカトラズ島(監獄島)だった。

なにせ、私にとって標高1800mといえば“あの”塩那道路の最高地点という印象が強く、ちょっとやそっとでは近付けない高さという感覚がある。
そんな高さよりもさらに上にある、「都市」を名乗るものの存在が、私には大変興味深かった。「遙かなる林道の奥地に“天空の都市”は実在した!」なんていう大文字のテロップが脳内に明滅した。
これが仮に(そして高確率に)、どこかの資産家が酔狂で名付けた別荘地であったとしても、自分の足で辿り着いてみたいと思った。



しかも、そこへ至る 「林道鹿曲川線」 には、疑惑がある。

廃道ではないかという疑惑が!



佐久市公式サイトより転載。

この画像は、佐久市公式サイトが2015年2月2日付けで掲載した「林道鹿曲川線通行止めのご案内」のスクリーンショットである。

文字通り、林道鹿曲川線の通行止めを告知する内容で、その理由を「法面の崩落や落石等」としている。
ごく最近に掲載された記事なので、廃道云々というわけではなく、単なる一過性の道路災害の記事と思う向きもあるだろうが、下の方の「通行止期間」に注目していただきたい。
平成21年10月19日(月曜)〜」とある。

平成21(2009)年といえば、もう5年以上前のこと。
それからずっと通行止めが続いているとしたら、相当酷い災害に見舞われて、復旧に手間取っているのか?
或いは、
     復旧をもう諦めてしまったのかも…。

……匂いますねぇ。



それだけではない!  「林道鹿曲川線」 には、興味深い過去もある。

有料道路だったという過去が!


左図は、自宅に私が子供の頃からある道路地図帳のうちの一冊『グランプリ10万分の1中部道路地図』(昭和63(1988)年/昭文社)の一部である。

同年代以上の人にはきっと懐かしいと感じてもらえる配色のうち、ひときわ目立つ青色の道は有料道路を表しているのだが、「鹿曲川林道」がはっきり有料道路として描かれている!
(なお、黄色い路線は「県道など」を示しており、必ずしも県道を意味しない)
合わせて巻末にある有料道路の料金一覧表を見ると、「普通400円、大型600円、大特1200円、自動二輪150円、原付150円」という通行料金設定がなされていたようだ。

他にもこの地図からは分かる事がある。
例えばこの当時は、現在「蓼科スカイライン」と総称される立科町の女神湖から大河原峠や仙境都市を経て佐久市の野沢へ下る林道(林道大河原線)のうち、女神湖から大河原峠へ至る区間の一部が「夢の平林道」という名前の有料道路であったということ(ここも現在は無料)や、仙境都市以東がまだ開通しておらず、そのために鹿曲川林道(林道鹿曲川線)が夢の平林道と一体となって、現在の蓼科スカイラインの果たしている役割を担っていたであろうことなどだ。

平成になる頃まで、日本各地の有名な山岳観光地の近辺には、有料の林道が結構あった。それらは道路法に基づくものでは無く、森林法に基づいた一種の林業施設でしかない林道の管理方法として監理者が独自に料金を徴収していたものだから、道路法に基づく一般の有料道路に較べれば設置が(おそらく)容易かったのだろう。それで各地にこうした有料林道がやや乱立気味に出来たのではないかと思っている。

…と、少し話が脱線してしまった。ともかく今回探索する林道には、有料道路であった時期があるというお話しだ。これも中々に興味をそそる事象じゃないか。



先ほど挙げた佐久市サイトに掲載されていた「位置図(pdf)」から、林道の起点と終点の位置および、現在通行止めになっている範囲が判明。
全長約12kmの林道のうち、南側半分の約6.5kmが通行止め区間とのことである。
この情報を手元の地図に落とし込んだのが、左図だ。

現在は廃道かもしれない、かつては有料の観光林道だった道。
それがこの林道鹿曲川線である。
久々に私の中での伝統的“山チャリ”が楽しめそうな予感がした。わくわく。

そんな私の探索のプランだが、県道の終点である春日温泉までは自動車で行き、そこから自転車を出動させることにした。
自転車で、林道鹿曲川線の起点から終点に向けて標高差900mを走破する。目指すは海抜1800mオーバーの仙境都市というわけだ。
この高低差は、過去の経験と照らしてもかなりのもので、仮に廃道がなかったとしても、かなり汗を絞られるはずである。それだけに、涼しい時期の探索を要求したい。

また、仙境都市に到達した後で同じ道を戻るのは芸が無いので、さらにもう一頑張りして、蓼科スカイラインの最高所である大河原峠(海抜2080m)を目指す事にしよう。
恐らくここまで登れば、自身が自転車で辿り着いた最高高度記録の更新というオマケも付いてくる。(従来の記録を正確に把握していないが…また、この執筆時点ではさらに更新済み)
その後は唐沢沿いの林道唐沢線を経由してスタート地点に戻れば良いだろうと考えた。

以上で前説終わり。 遙かなる大河原峠を目指して、いざ、出発にゃん!!




湯沢集落から遙かに望む、目的地


2015/4/25 5:11 《現在地》

かつて若山牧水が、和歌の指導のため繰り返し訪れたという鹿曲川べりの静かないで湯、春日温泉。そこは望月から上ってきた県道の終点であり、これよりも奥へ行く道は市道となって、やがて林道となり、鹿曲川の源流を突き詰めていく。
暁月夜の空に本日の晴天を確信した私は、日が昇るのを待ちきれないとばかりにヘッデンを灯すと、キンキンに冷やされた路面へ漕ぎ出した。

冒頭から進行方向に見える山影は、巨大ドームのようなのっそりとした姿の蓼科山で、道からの遠望と呼べるものは、ほとんどそれだけだった。
左右は低いとも高いとも思えない山陵が間近を区切り、道もほとんど真っ直ぐに伸びているため、必然的に蓼科のことだけで頭の中が一杯になるような登路だった。




スタート地点から市道に沿って細長く湯沢集落の耕地と家並みが続いており、出発直後に目にした湯沢下バス停から1kmほど進むと、次は湯沢というバス停が現れた。
この間、風景にほとんど変化は無いが、ずっと緩やかな登り坂である。

明らかに白の面積が目立つバス停の時刻表を見ると、運行は1日1往復で、しかも平日のみという、潔いほどの閑散ぶり。これでも、路線が維持されているだけありがたいのかもしれないが…。
運行しているバスの会社名は東信観光バスというらしく、かつては鹿曲川林道を通じて大河原峠や女神湖方面へも運行されていたのかも知れないな、などと想像した。



湯沢バス停からさらに500mほど進むと今度は湯沢中というバス停が現れたが、その先はいよいよ集落の終わりっぽい雰囲気を醸し出す森が見えてきた。

ここまで来ると、スタート時点から単純に1.5kmばかり近付いた蓼科山などの北八ヶ岳の名峰達の見え方はだいぶ大きくなり、到達までまだ3時間は間違いなく掛かるだろう、この登攀の目的地である大河原峠の余りにもあからさまで逃げ道ののない鞍部が、空の切り絵のようにくっきりはっきりと見えすぎていて、怖かった。

……見えすぎて怖い?

本当に、それだけか?

私が本当に恐れたのは、空気が薄いんじゃないかとさえ思わせるような、あの見え方だけじゃないだろ。

あの標高の僅か100mくらい下にある「仙境都市」を想像し、ブルッちまったのでも、当然ない。



私が本当に恐れたのは…


残雪やべぇ−!!


ちょ、ちょっと待て、タンマ。
タンマタンマタンマタンマ!!!

これ、探索の時期を思いっきり間違ったくない?

いや、雪があっても廃道が辿れないわけじゃないけど、
路面が見えない廃道探索とか、くっそつまんないんだけど。
自転車とか、ゴミ糞以下に成り下がるし。
いや〜〜、参ったな。マイッタマイッタ。


ぬ…

…ぬ…

………ぬぅ


雪、大河原峠の辺りは間違いなく凄いけど、
さすがに麓の方はきつね色の山肌しか見えない。
残雪がどの辺の標高から路面を隠すくらいになっているのか分からないが、
ぶっちゃけ、ここで急に探索中止とかいうのも、代案無いからキツイし…。


……い、 いくか?


仙境都市目指そうか?


……うん。


目指します!

[ 探索続行! ]




出発から16分で2km弱進み、道が集落を外れて森に隠れたところで、見馴れたデザインの民有林林道を示す標識が現れた。
だいぶ錆びて傷んでいたが、文字は読み取る事が出来る。
「林道鹿曲川線」と、書かれているのはそれだけだった。

この地点が、少なくともこの標識が立てられた当時の林道の起点ということになるのだろうが、前説で紹介した佐久市公式サイトの「位置図(pdf)」を見る限り、現在もここが起点であるようだ。
とはいえ、これといったような道の変化はない。
集落内に較べれば少し路面が傷んでいるが、それも林道になったからというワケではない気がする。

といったユルい感じで、全長約10kmという林道鹿曲川線の走破はスタートした。




林道区間に突入して最初くらいのカーブが広くなっていて、そこに湯沢上というバス停があった。
出発後、ここまでに見たバス停の名前は、湯沢下、湯沢、湯沢中、湯沢上の四つで、もの凄い湯沢三昧である。他に地名はなかったのか?(笑)
そしてここが路線バスの終点でもある。

一日一往復だけのバス路線の終点で、集落からも出外れた場所。
完全にバスの転回場所として設けられたとしか思えないバス停だ。
しかも、ここへバスが到着する時刻と、ここから出発する時刻が、8時間も離れている。
さすがにその間、ここでバスが待機しているとも思えないので、実質的にバスは毎日2往復しているのだと思うが、そうだったら2往復とも客扱いすればいいのにと思ってしまう。




おおっ! 未舗装か?!

と、思わず思ってしまうほどに傷みの進んだ鋪装が現れた。

浮きまくった路上の砂利には、しっかりと轍が刻まれているので、交通量自体はそれほど少ない訳では無いようだが、早くも一般的な有料観光道路の持つイメージからは離れつつあるようだ。
まあ、各地に有料の“林道”が多くあった当時は、少し旅慣れたドライバーならば、この手の有料林道の中には本当に単なる林道程度の整備状態のものが含まれていることを、ちゃんと理解していたはずなのだが、平成20年代の今もしこんな道がお金を取ったら、驚かれただろうと思う。

そして、前方に初めての分岐地点が見えてきた。




5:35 《現在地》

オッ! 立派な青看があるじゃーないか!

出発地点から約2.5km、林道の標識があった所から500mほど進んだ所に、
これまでの静寂が嘘のように賑々しく看板類が並ぶ分岐地点が現れた。

右の道は林道添久保線といい、帰りはこの道から戻ってくるつもりである。
すなわち、左の立派な青看の立っている道が鹿曲川の本線ということだ。

なお、この地点の標高は1060mほどあり、これまでの淡々とした道も、
決して“坦々”とはしていなかったことを物語っている。約100mも上ってた。



この青看は一般的な道路(道路法上の道路)で目にするものとはフォーマットが微妙に異なっている。

そして、望月からここまで(自動車で走っただけの区間を含めて)は一度も案内がされなかった、春日温泉より奥の地名を三つも並べていた。
単なる山仕事の専用道路としての林道には似つかわしくない、一般車の通行を念頭に置いた有料林道らしいアイテムだと思った。
おそらくは、その時代に設置されたものだろう。

この青看の下の道路を塞がない位置に、「冬期間積雪時通行止」と「この先段差あり」の看板が置かれていた。
佐久市公式サイトの情報によれば、平成21(2009)年から通年通行止めが続いているようだが、それに関する案内板はない。
まだ通行止め区間は数キロ先なので、ここにそれが無くてもおかしくはないのだけれど、冬期閉鎖期間外の夏季もそのままだとしたら、いささか不親切だろうとは思う。(そして、きっと夏季もこのままだと思うな、私は…)




そして、立派な青看の道路を挟んだ反対側に、ほぼ同じくらいの高さの標識柱でもって支えられた、“蓼科仙境都市”の凝りに凝ったデザインの案内板!

一緒に書かれたマークは、この仙境都市のエンブレムか何かだろうか?
また、「Society & Associate」とはどういうことだ。社会と仲間がなんだと言うんだろう。

どうやら、こいつは本当にちょっとばかり浮き世離れのした“都市”が、この先「10K」という高みに待ち受けているらしい。

……くっふふふ。
積雪のことは心配だが、探索の始まりとしては出来すぎたくらいに私を奮い立たせてくれるじゃないか! 受けて立つぞ!!




仙境都市まで あと10km