現実は、やはり甘くなかった。
夕暮れ迫る中、なんとか峠を越した私であったが、結局、残り15kmの地点で、夜がおとずれた。
明かりも無く、防寒着も無く、仲間も無く…
暗く深い森の中、脱出生還へのファイナルバトルが始まる。
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木々の間に見える西の空には、まだ夕暮れの余韻がある。 なんとも寂しい明かりだが、人工的な明かりを持たない私には(←本当に、何で懐中電灯を持ってきてないんだよ。俺)、これでも無いよりましである。 この写真も、今となっては、どこで撮影したものか判別しかねるが、時刻から考えるに、中芝沢と大滝又沢の出会い付近から、進行方向(西)を撮影したものではなかろうか。 正面に写る高い山は、太平山だろうか? |
大滝又沢出合を過ぎ、赤倉林道分岐付近と思われる。 道は、南西に進路を変えており、空には月が輝き始めていた。 なんとも幻想的で、落ち着いた眺めだが、カメラを持つ私の手は、震えていた。 寒いのだ。 疲れきった体の芯から、深刻な冷えが、全身を襲っていた。 緩やかな下り坂が延々と続いており、風を切って進むことにより、ますます冷えた。 濡れた衣類が、靴が、手袋が、本来私の体温を守るべきもの全てが、逆効果に思えた。 冗談抜きに、これは凍死できる状況だ。 歩みを止めたら、あるいは…、進むことが出来無いようなアクシデントに遭遇したら、私は無事に還れなかっただろう。 |
カメラのフラッシュで撮影した写真だが、かすかに右のほうに白い立て札が写っている。 ここは、丸舞園地にも程近い上荒沢林道の分起点である。 残りはあと6km。 もし、昼間の旅であれば、途中様々な場所で写真を撮ったろうが、余りに暗く、余りに寒く、立ち止まる気にもならなかった。 一刻も早く人家の灯りが見たいという一心で、 パンクや転倒の危険を顧みず、視界の殆ど聞かない闇夜を、疾走したのだ。 一種異様な感覚が、あった。 広い山の中を、自分が駆けているのだが、まるで、自分は止まっていて、まわりの景色が高速で流れてゆくような…。 砂利道なのだが、えらく静かに感じていた。 闇夜の砂利道を、高速で駆け抜けた。 そして、それが、感覚だけでなかったことは、24分間で9km近く走行していたことからも、明らかだ。 普段、視覚情報が圧倒的に走行を支配していると思われるが、極端に視覚が落ちたこの状況で、五感の内、他の四つが、普段以上に働いたのかもしれない。 人間の、超能力を、少しだけ信じられるような体験であった。 |
丸舞園地から2kmほど進むと、舗装路になった。 以前は砂利道だったので、県道化の恩恵を受けたようだ。 この辺りより下流は、岩見ダムのダム湖に沿って、アップダウンと橋梁を繰り返す区間であり、これまでは長らく下り基調だったが、それもここで終わりとなる。 そして、そのことは、いよいよ河北林道の終わりが近いことを教えてくれた。 そんなことよりも、早く家に帰って、あったかい風呂に入りたい! 脚に鞭打ちまくり、容赦なく漕ぐ! 上りも下りも、容赦しない。 全開だ! 道は殆ど直線だが、無灯でダム湖畔を飛ばしたのは、今思うと、ぞっとするものもある。 | |
写真は、本文と直接関係無いが、暗闇ばかり撮影しても仕方ないので、自分撮りをしてみた。 目が、どこかに行ってしまっている。口も、おかしい。 … さすがにこの表情は、公開をためらったが… 河北のハードさを最も良く顕しているのではないだろうか? あなたも、こんな顔になりたくなかったら、午後二時にもなって、河北に立ち入らないことだ。 |
暫く走ると、時折、暗闇の中にチラリチラリと、白い灯りが見えてきた。 あれは、岩見ダムのダムサイト上の灯りに間違いない。 ついに、長かった河北林道の終点、ではなくて、こちら側が起点なのだが、 とにかく、河北林道の最後が、すぐ傍まで迫ってきた! |
ダムサイトに向かう道との分岐点が、河北林道の起点であり、標柱も立っている。 路傍に立つ看板には、2時間前に峠で見たそれとおんなじ文言が書かれていた。 河北林道、全長33キロメートル。 通過に要した時間、3時間42分。 確かに、険しい道だ。 でも、それだけじゃない。 走るたびに、私を大きくしてくれるような気がする。 偉大な、道だ。 そして、道自身も、確実に進歩している。 生きている、道だ。 多くの教訓を与えてくれる、我が山チャリの師匠― KAWAKITA。 今回学んだこと… 1.時間に余裕を持って、入山するべし。 2.防寒具や雨具は、しっかり持参するんべし。 3.灯りを持たぬなど、言語道断である。アホゥ! 過去に学んだこと… 4.悪路ではむやみに速度を出さない。理性を持て! 5.夏場は、多めに水分を持て。がぶ飲みしない。自制せよ! 6.山でパーマン2号の名は口にしない。雨が降る。 「ありがとうございましたっ。 師匠っ!」 |