神奈川県道515号 一般県道 三井相模湖線 第三回

公開日 2007.1.16
探索日 2007.1.10

津久井湖北岸の廃県道

通年通行止めの廃道区間



8:11

 神奈川最狭?県道515号を起点から終点までをチャリにて全線走破する試みは、中間地点の名手集落に達した。
だが、ここから次の赤馬(あこうま)集落までの約2kmは、鉄の重いゲートと鉄パイプの高いゲートの2重の封鎖によって閉じられている。
既にこの区間を県道の色で塗り分けている道路地図は無く、地形図でさえ点線で描くという有様。
だが、かつて一度は県道として開通し、一般の通行に供されていた。
その証拠に、路面を覆い尽くす瓦礫の下には、今でも、当時の鋪装がしっかりと残されていた。


 鉄パイプを高さ3mほど組み上げたバリケードは狭い道を完全に塞いでおり、いっけん突破は困難に見える。
だが、近付いてみると山側の土の崖が少し掘られており、しかも落石防止ネットが切断されている。
そのお陰で、崖に身を寄せてここをすり抜けることが出来た。

 バリケードを抜けると、そこからは廃道区間。
これまでとの違いは一目瞭然で、路面には落ち葉が積もり小粒の瓦礫がゴロゴロしている。
入ってすぐの場所には、写真に写る名もなき小さな橋があった。



 橋の上から谷を覗き込むと、底には深い水を湛えた峡谷が見える。
これは津久井湖の湖面で、渇水にならぬ限りはこのまま上流の相模ダム下まで細長い湖が続く。
かつてはこのV字峡は津久井渓谷と呼ばれる観光地だったそうだが、今ではその名も過去帳入りして久しい。



 さきほどまでの1.7m区間よりは幾分道幅が広い。
しかしそれでも、待避所以外で車同士が離合することは出来ない幅だ。
照葉樹の鬱蒼と茂る薄暗い中、右に左に崖を噛みながら徐々に高度を上げていく。
その路面には幅50cmくらいだけ落ち葉や瓦礫の無い部分があって、同好の士か、あるいは山菜採りの通い道となっている感がある。



 ウマッテルヨ!

 バリケード突破から僅か100mかそこいらで、路面は膨大な量の瓦礫によって完全に埋め尽くされ、なだらかな斜面の一部となっていた。
瓦礫のつぶが小さめなせいか、ガードレールはよく保っている。
お陰で、決死の恐怖を強いられずとも突破することが出来る。
だが、まだこの崩壊は序の口だった。



 チャリを押しながらヨッコイセと崩落の上に登ってみれば、

もう次の崩落がコンニチワ。

 ……。

終わってんな… この道……。

一体、どれほど放置すればここまで舗装路が自然に還るんだろう。



 全般的に沢筋に近い部分は規模の大きな崩壊が目立つ。
一方で、ダム側に張り出した、つまり尾根に近い部分は比較的に穏やかだ。
しかし、小さな瓦礫は落ち葉に混ざって大量に落ちているので、変に踏んでパンクしやしないかとヒヤヒヤする。

 カーブにはミラーの消えたカーブミラーが点々と…。
“あの”激狭区間の直後だけにこの狭さでは驚かないが、過保護なほどに待避所が続出していた現役区間に較べれば、むしろ一昔前の規格のまま止まっているここの方が厳しそうだという感じもある。
離合できる幅はないのに待避所は絶対的に少ない。



 一度はすぼまった湖が、再び眼前に大きく広がった。
対岸は旧津久井町沼本地区で、相模川本流に道志川という大きな支流がぶつかってくる出合いが広い湖面の正体だ。
その道志川を渡る長大なアーチ橋は、昭和39年築、国道412号の道志橋である。



廃道区間 中盤戦

8:18[地図

 この区間はさしたる勾配も無く、土砂崩れさえ無ければ、チャリには走りやすそうな道である。
気がつけばほぼ中間地点の沼本ダムの傍らまで来ていた。
ここで道から分かれて谷底へ下っていく写真の仮設のような通路、これが沼本ダムへの管理歩道だと思われる。

 この沼本ダム、まだここからは見えないが、調べてみると一部では「幻のダム」などと呼ばれていることが分かった。
昭和19年竣功という県内有数の歴史を持つ沼本ダムはもともと小規模なダムで、城山ダムによって津久井湖が誕生すると、そのまま躯体の半分以上が湖面下に沈んでしまった。
驚きなのは、それでも沼本ダムは生きていて、今も越流する水量を調整し続けているということだ。
故に、これより上流にも細長く続く湖面は、厳密に言えば津久井湖ではなく「沼本ダム調整池」ということになるが、それを反映した地図はない。

 なんとも不思議な存在である。



 沼本ダムがあるのは谷底だが、それとは反対側の尾根筋には、東京電力の高圧鉄塔が間近に迫る。
この鉄塔の管理歩道としての役目が、辛うじて残ったこの道の存在意義なのだろうか。
鮮やかに塗られた鉄塔は、見慣れた東北電力のそれよりも何だか大きいような…。

 「私は背負っている人数が違うのだよ。」

はてな?



 一度は穏やかになったと思われた廃道だが、尾根から沢筋へ移行するに従って、再び道幅の半分以上に瓦礫が散乱する事態となった。
もう路肩に逃げ場はなく、僅かに残されたアスファルトを頼りに漕ぎ進む。
そこには色褪せた「落石注意」の道路標識が、そっぽを向いて残っていた。





 目の前の谷筋を回り込んで更に先にガードレールが見えている。
あの辺りは現役なのか。

 否。
あんなに枯草に覆われたガードレールが現役であってたまるか。

 再び地形は厳しきに舞い戻る。



 この辺りからは徐々に下りに転じている。
先ほどの鉄塔やダムのあった辺りがこの県道515号通じての最高所だったようだ。
とはいえ、この辺りに目立った高低差は無い。少し登っては下っての繰り返しだ。

 そうこうしていると、沢を跨ぐヘアピンカーブが現れた。
暗渠に水を注ぎ込むのは、なかなかに立派な滝だ。
この道が現役なら、さぞドライバーの目を楽しませ、またひとときの憩いをもたらしたことだろう。



 廃県道から入るこの歩道もまた、廃道である。
滝となって落ちる沢を豪快な鉄パイプの階段で登ってまで何処かへ誘おうとするが、とてもこんな階段に身を預けるのは正気でない。
試しに登ってみたところ(←正気じゃない)、ぐらぐらぐらぐら…。
しかも、途中から支柱が地面のどこを支えにしているのかも分からない、怪しい傾き方を見せている。
足下に建つ「県立陣馬相模湖自然公園」という標柱の通り、レクリエーションの一環ということだろうが、こんな腐れ歩道で死んだら犬死にだ。
一応はパイプ階段の上まで(くやしいので)登ってみたが、まだまだ続く歩道を更に行く気にはならなかった。



 決死のパイプ階段上から見下ろす廃県道。

ある意味、鋪装の偉大さを感じる道だ。
私の知る限りでも既に十数年は通行止めが続いているのに、路面はまだはっきりと判別できる。
未舗装ならばとっくに薮に没しているはずだ。
それに、法面が崩壊している割に路肩は殆ど無傷である。
それもそのはずで、見ると路肩はかなり本格的にコンクリートブロックで補強されているのだ。
道の足場自体は、決して適当に造られていない。
法面の施工が足りなかったために結果、落石の巣になってしまったのだろう。



 ガードレールには、黄色いペンキでこう書かれている。

 危 険 注 意

 何にどう注意しろと?!




 そのすぐ先では、標識を建てる側でも救いのない険路にヤケクソになってきたのか、
徐行せよ」「落石注意」「路肩弱し(補助標識に書いてある)」
と、やぶれかぶれです。

 これを見たドライバーに出来る事はただ一つ、落石や路肩の崩壊が起きないことを祈りながら、徐行して走るより無いだろう。
それは、私も同じだ。