道路レポート 清川村道 土山高畑線  第3回

公開日 2008. 3.28
探索日 2008. 1. 3

 県道から宮ヶ瀬湖を挟んで対岸に見える、前後にどこへ通じる道もない奇妙な橋。
推定名称 “村道10号橋”。

地形図上では、西側から清川トンネルを経てそこまで道が続いているように描かれているが、初回の探索によりそれは否定された。
まさかの、地形図の大誤描であった。

 付近の山はかなり険しく、ただ闇雲に山腹をへつり橋へ立つ事は危険すぎると判断。
今度は、逆に東側からの接近を試みることとなった。
だが、昨年1月の段階ではその唯一の接近路上で道路工事が行われており、近づくことが出来なかった。
リベンジを誓い撤収。

 結局、再訪したのは今年2008年1月3日。
ほぼ丸一年も経ってからだった。
正月期間中ゆえいかなる工事も休んでいるだろう…、そう踏んでの出陣だった。



東側から 不到達の橋を目指す 

朝焼けの対岸観測


2008/1/3 6:20 《現在地》

 夜のうちに大棚沢の駐車場へクルマで入った私は、ぼけっと今年3回目の夜明けを待った。

背後の県道を通る車も極めて疎らで、本当に静かな朝だった。




6:45

 撮影が可能な明るさになったのは、それから25分ほど経ってからだった。
車外へ出ると、凛冽な外気に目が醒めた。
手早くチャリを降ろし組み立てる。
そして、駐車場の擬木欄干の向こうに一年ぶりの再会を果たす。

 写真には、対岸に2本のコンクリート橋が写っている。
手前の橋が、問題の10号橋。
大分離れて奥にあるのは、一年前に工事中であった、おそらく土山側の終点と思われる橋だ。
まずは、この橋を目指す。





今回攻略目標!!
「村道10号橋」





 改めて、これから向かう東側・土山側からのアプローチの実現可能性を探る。

写真で拡大した箇所はだいぶ入り江になっており、もし道が既成ならばここに橋なり、せめて明かり区間があって然るべきである。
だが、そういったものは少しも見られず、黒い岩肌に一筋の滝が落ちているばかりだ。
やはり、道はどこからも繋がっていないようだ。

そしてなにより、果たしてこの湖畔をどうやって移動するかという問題が現実的なものになってきた。
この滝を横断する術はあるのか。




 県道64号を「タケ橋」を含む幾つもの橋を渡って南下していくと、次第に前回工事中だった橋が近づいてきた。

やはり道はそこで終わっているように見える。

目的地の10号橋とあの橋の隔たりは、直線で約450m。等高線ベースでは750mに達する。
そして、湖畔の急峻は安易な横断を否定するかのようだった。




 宮ヶ瀬湖というのは貯水量に関して首都圏最大級の規模をもつだけあって、なかなか欲張った設計になっていると思う。
というのも、この県道64号を湖畔に沿って南に進むと、満水時の湖水が途切れるのと分水界である土山峠のてっぺんにたどり着くのとが、ほぼ同時なのである。
そのことは、左の写真からでも感じられるだろう。
未だ眼下には黒々とした湖面があるが、朝日の萌芽を待つ鞍部も間近に眺められる。
あそこが土川峠なのである。(峠の向こう側も清川村である)
それこそ、有り得ないことだが水位がもう30mほど上がったら、南へも放水してしまうだろう。



 この辺りまで来ると、既成である対岸村道の橋々が間近に見て取れる。
大規模土工と近代的橋梁の、金に糸目をつけぬような連続性を示している。




 ほぼ宮ヶ瀬湖の南東端まで来た。
写真はダムサイト方向を振り返って撮影。
前回より水位はだいぶ下がっていても、もとの堤川の谷が深いせいで水面は途切れていない。




6:53 【現在地

 そして、土山峠に到着。
ここに村道土山高畑線の起点がある。

 しかし終点同様に、堅牢な金属ゲートが車輌の進入を拒んでいた。
ただし、こちら側はそばのバス停の裏に隙間があって、そこからゲートを迂回する鮮明な踏み跡が刻まれている。
チャリくらいなら、容易に侵入することが出来るのである。




 村道土山高畑線 土山側既成部分


 ゲートインするとまずは広い作業土場が現れる。
砂利の路面も、土の空き地もみな、白い氷結に覆われている。
見渡す限り、動くものは何もない。


 不安と期待が混ざり合う、一年ぶりの再スタートだった。




 すぐに一本目の橋が現れた。
何の変哲もない橋で銘板も無いが、これが村道一号橋に違いない。
下を流れるのは、ようやくダムから解放されたばかりの堤川だ。
白く凍ったアスファルトを往く。



 橋を渡るとすぐに道は二手に分かれる。
直進するのが村道で、左折は林道堤川線である。
やはり林道の方は舗装されているが、行き止まりであるらしいと聞く。

 直進する。



 次々に同じような橋が現れる。
いずれも銘板は無く、また高畑側と同様にガードレールといった道路付属物も未設置だ。
しかし、しっかり雑草が根を下ろした法面のフリーフレーム工などに、道の開設が最近ではないことを知る。



 なぜかこれまでよりひとまわり幅の広い3号橋。
橋の下にあるのは沢であったり湖面であったり、或いは桟道のようなものもある。
誰に出会うこともなく、対岸の県道にときおりけたたましいバイクの爆音を聞く程度で、あとは順調に進んでいく。



 また幅が元に戻って、4号、5号橋である。


 対岸では、ダムが出来る前の県道がちょうど進水していくところだった。



 少し間を空けてから6号橋が現れる。
これまででは最大規模の橋であり、眼下の谷も深い。
そして、この橋から眺める行く手の景色は印象深い。
一本のトンネルにしてしまった方が手っ取り早かったのではないかと思えるような、深く長い掘り割り道になっている。
月並みだが、モーセを思い出す(本当に月並みですまない…)。




 約200mもある掘り割り区間は、一挙に三つの尾根を突破するものだ。
途中、谷筋になっている場所は舗装されており、いわゆる沈水橋のように直接渡る造りである。
もっとも、この日は水は流れておらず、代わりに鏡のような氷が張っていて、通行に神経を使った。




 長い掘り割りを抜けると右へカーブして湖面を広く俯瞰する場所に出る。
山の高いところから陽光を受けはじめていて、山を歩く人間にとって一日で最も神々しいと思える時は目前だ。

 ここに来て路面が、見るからに転圧を受けたばかりの整った砂利に変わった。
そして、真新しい色のコンクリート橋に続いている。
7番目の橋。
一年前、重機が盛んに動いていた橋だが、改めて見ると意外に細い。

 しかし、この新しさを見る限り、ここ一年内に開通したのだろう。
直前の掘り割りまでは築10年以上経っていそうだったので、年を隔てて村道の延伸工事が再開されたのだろうか。




 真新しい7号橋だが、不思議なのは橋の前後の道は古びていると言うことだ。
橋の前は当然としても、“後”もだ。写真は渡った後に振り返って撮ったものだが、手前の路肩の擁壁がだいぶ黒ずんでいるのが分かるだろう。
そして、この真新しい橋によって村道から切り離された、湖面へ落ちていく作業道路がある。

 この奇妙な構造の謎を解く鍵は、ダムが湛水をはじめる直前の地形図が解いてくれた。
次の図は、それを元に作成したものだ。



 現在はダムに沈んだ旧県道と、その旧県道から分岐して村道の7号橋位置へ登ってくる作業道路がかつてあった。
おそらく、先の掘り割り区間などはこの作業道路を使って北側から掘進されたものだろう。

 ダム完成後もしばらくはそのままだったようだが、なぜか昨年あたりになって7号橋が架けられた。
その理由というのは、橋の袂から新たに作られた遊歩道へのアクセスだろう。



 これが7号橋の北詰めにある、やはり真新しい遊歩道の入口だ。

地形図にも描かれていない道だが、行き先案内板には「県道70号」とあるから、山越えをして高畑方面に続いているようだ。
それは村道が達成しようとしていた行き先であり、もしかしたら車道の建築を断念した代わりに、この歩道を設置したのかもしれない…。




7:05

 橋を越え、歩道の入口を左に見て進むこと30m。
唐突に路盤は終わる。

行き止まりである。
クルマを転回させるスペースも無く、唐突に終わっている。
まずは路盤、次に路肩擁壁、最後に法面工の順序で、道の構成員三要素が10mと置かず終わる。




 路盤が終わって、浮き足だったような法面と路肩擁壁。
コンクリートはかなり黒変していて、ダム湛水(1998年)以前からここで工事は終わっていたのだろう。
いざ実際に終点を目にすると、ひときわ感慨深いものがあった。

…本当に“あの橋”は未踏、不達、途絶の橋だったのだ。




 結局、全長4.7kmの村道土川高畑線は、終点高畑より2.0km、起点土川より1.1kmが既設であり、中間部1.6kmが不連続ということになる。
そして、この1.6kmのあいだには8〜13号までの6本の橋が予定されており、うちほぼ中間にある10号橋梁一本のみが既設であるらしい。

 日本中にこのような“不連続道路既設物”とでも呼ぶべき“遺構”がどれほど眠っているのかは分からないが、経験上初めてのものであり、きっと珍しいのだろう。




スポンサード リンク
ちょっとだけ!ヨッキれんの宣伝。
遂に「山さ行がねが」が書籍化します!過去の名作が完全リライトで甦る!まだ誰も読んだことの無い新ネタもあるぜ! 道路の制度や仕組みを知れば、山行がはもっと楽しい。私が書いた「道路の解説本」を、山行がのお供にどうぞ。 ヨッキれんやトリさんの廃道探索シーンを一流のスタッフが命がけで撮影した、日活の廃道ドキュメンタリーシリーズ第1弾


 まず考えたことは、湖畔の水平移動だが…


7:07

 路盤消失地点から約10m。
最後まで残っていた法面のフリーフレーム工が消滅。
その先にもパイロット道路的な踏跡を期待して、落ち込んだ谷を覗き込んだが…。

 ムリムリムリ。

彫刻刀で抉ったような谷は、差し渡し対岸まで3mほどでしかないが、傾斜は横断できる限界を遙かに超えていて、草付きも弱い。
なにより、転落した場合のリカバリが全く期待できない…。
崖下には、気持ち悪いほど青い水面が、超“おすまし”して、待ちかまえていた。




 即刻水平移動は諦め、ある程度傾斜が緩むだろう高さまで巻く、すなわち“高巻き”作戦へ変更。

 しかし私のせっかちなのは良くないところで、もう少し「まとも」なところから登ればいいのに、いきなり左手を付いていたフリーフレーム工の端っこを登ってしまった。
結果的にこれは成功したが、傾斜が尋常でなくて怖い思いをした。



 ガシガシ斜面をよじ登ること10mほどで人工物は無くなり、雑木の斜面になった。
さらにもう10mほど登っていくと、そこに木組みの歩廊を発見。
帰路で得た情報も踏まえて言うと、この道はさっき7号橋袂で分かれたばかりの遊歩道だった。
なにも無理なことはしなくても、入口から遊歩道を辿ればここへ来ることが出来た。




 この歩道、村道の終点から直線距離で30mも離れていないのに、いきなり高いところを通っていた。
実は、正規のルートには九十九折りがあったのだが、私はそれを端折って一気に(矢印のように)登ってきたのだった。

 歩道の出現は私に一定の安心感を与えはしたが、その行き先へは細心の注意を払わねばならない。
どうせ目指す10号橋へ行く道ではないのだから、どこかで外れて行かねばならないのだ。
そして経験上、一旦道に頼って進むとそこを正しく逸脱することは難しくて、結果的に無駄な遠回りしてしまう場合は少なくない。





 湖面を遙か眼下に見下ろす急斜面の歩道を進む。
これでも遊歩道らしいが、決して安穏とした道でもなく、そこそこ冒険心を満たすものである。
右上の写真の谷は、ちょっと前に横断を断念した箇所である。




 100mほど歩道を歩いていくと、大きな谷が行く手に現れて進路を遮った。
この谷には8号橋の建設が予定されており、市販の地図などには平然と描かれていたりするのだが、ご覧のように影も形もない。
歩道は谷を渡ってさらに北上するが、上り下りは九十九折りの急坂である。

 下り初めてすぐ、対岸の裸地斜面に石垣の一部らしきものが露出していることに気付いた。
木が生えていないことからも分かるとおり、水没することもある位置だ。
旧道に類する遺構かと色めきだったが、このあと林内の広範な場所で同様のものを見たので、単に古い治山工事の跡だろう。




 ちょっと ゾクッと来た景色。

谷の対岸に、鉄パイプ製の橋(トラス?)が現れた。

どうやら、この道があそこを通るようだ。
なかなか楽しい。




 やがて、小さな木橋で谷底を渡って対岸へ。
この入り江の口を横断する8号橋は、15本の橋の中でも15、14号に次ぐ大きな橋になるだろう。
村道として建設するには、費用的に苦しいのかも知れない。

 地形図で確認すると(⇒画像にカーソルを合わせてね)、はやくも目指す10号橋までの約半分を終えていた。
ここまで、車道終点から約10分。 まさに、「歩道さまさま」である。


 …この時点では、よもやあんな苦労をさせられるとは思いもしなかった!





 どこまでも どこまでも


7:20

 対岸に渡ると、またすぐに登りはじめる。
斜面の傾斜は厳しく、しかも岩場が多いため九十九折りを描くことも出来ないようで、鉄パイプ製の桟橋と桟橋状の階段を組み合わせて半ば強引に登っている。
場所が場所だけに一般にはほとんど知られていないのか、余り歩かれている形跡も無い。
このまま廃道になってしまうようなことがなければいいのだが。




 鉄パイプの橋は2本あって、右の写真のものがその2本目である。
橋を渡ると鬱そうとした杉の植林地へ入り、そこにはジグザグの九十九折りが待っていた。
そして、一気に湖畔へ突出した小尾根の上に登る。




 尾根の上からは、ちょうど日射しが差し始めた湖面を俯瞰することが出来た。
フィヨルドを連想させる碧水の谷が、またしても足元に切れ落ちている。
10号橋へ行くためには、もう一つここを突破しなければならないのだが、この谷が本当に難場だった。
将来的には、9号橋がこの付近に架けられるはずである。

 思うに、直前の谷にしても、鉄パイプの歩廊が無ければ横断できたか分からない急谷であった。
そして、今度の谷はそれ以上に険しい崖を周囲に巡らせており、安易に道を外れることを許さないのだった。

 ここから、迷走とも思える道行がはじまった。





 歩道は岬の上から進路を一転。

今度は、グワーッ と尾根を登りはじめた。
そこには、少し大袈裟と思えるほどにたくさんの九十九折りが!
路幅がこれでもう少し広ければ明治の荷車道か何かみたいだが、幅は人が歩くだけのものである。

 杉の匂いが心地良い林を、ジグザグジグザグ登っていくと…。




7:32

 ジグザグ登っていくと…





 登っていくとーー





 ジグザグ……ジグザグ




 …終わんなくなっちゃった……




 登りながらずっと、右側に隣の尾根へ横断できそうな緩斜面を探してはいたのだが、結局どこも険しいように見えてしまって決め手に欠け…

 しかも足元の歩道ははっきりしっかり登っていくもんだから、そこから外れるのも勇気が要るわけで…

 そうこうしているうちに、遂には当初全く考えていなかった“高さ”まで来てしまったのであって…

 とにかく右の枝尾根を渡って、向こうの谷を横断しなければならないのは分かっているのだが…

  あーー……




7:37

 ようやく枝尾根の傾斜が緩まり、一旦は逆勾配になったくらいであったから、ここから一気に右の谷へ降りてしまおうと思ったのに…(右の谷底下流に10号橋は擬定される)…

 痛恨のバリケード! 

 無理矢理突破して出来ないものではないかも知れないが、しかし気が引ける。
それに、柵の内側は非常な杉の密林になっている。
そこは勾配も険しく、視界が効かないだろうと言うことで、谷を横断するどころか滑落の危険を感じた。

 結局、この“鞍部”でも枝尾根を越えることが出来ず…。





 また枝尾根は元気を取り戻したので、登りが再開……。




 嗚呼ッ!! 

俺はどこへ向かってるんだ…。

 ここへは、登山をしに来たんだっけっか…。 





 あはははは。

…疲れてきた。


 またすげー九十九折り続いてるよ。

ほんと…「一度道に嵌っちゃうと容易に抜け出せない」というのはマジだね。
野山を自由に駆けるフリーマンでいるうちは、ほんの些細な地形の“弱点”も突いて最短のルートを見出せるのに、安寧とした道に囚われるともうダメ。
これは、一度マリオを使ってしまうと、もうルイージには耐えられなくなるのとも似ている。

 ──いくとこまで、いってくれ!




 また枝尾根の上に来たが、目指す10号橋がある谷を挟んで隣の尾根は結構遠い。
下手に足を踏み入れると、嵌っちゃいそうな感じもする。

 そこで私は方針を変更し、一旦はこの枝尾根を登るところまで登ってしまって、着いた主稜線から向こうの尾根を下ることにした。
全くもって遠回りだが、ここまで来てしまった以上、それがいちばん確実そうだ。




 湖畔の道を辿るつもりが、遂にこんな景色を見るまでに…。




 遂に見えてきた、ポツポツとモミの立つ主稜線。
海抜500mを少し超える無名の高みで、宮ヶ瀬湖が南西と南東に延ばす2本の腕の分水嶺を成す。
川の名前でいえば、中津川と堤川の分水だ。

 まさか、ここまで来ることになるとは。

歩道のやつも、平気な顔してこんな所まで連れて来やがって。
一体何回九十九を折ったんだ。






 村道の終点から歩くこと50分余り。

遂に頂。

予期せぬ頂へ!

これぞ、高巻きの極限的なカタチ…。


そして… これから10号橋を目指して下る。

あとはもう、高空より獲物を狙う鷹のように、ねらい澄まして悠々と下っていけば済むことだ。




 稜線上は、開放感と充実感が凝縮した、とても気持ちの良い通りだった。

右を見ても左を見ても、陰と陽それぞれの湖面が褐色の森の隙間を埋めていた。





!!!!