道路レポート 国道113号旧線 碧玉渓 最終回
2005.6.13


 国道113号線白石〜七ヶ宿間に点在する旧道を辿る私は、区間内最大の難所である碧玉渓を二つの隧道を含む旧道の完走によって攻略した。
沿道の景色は、まもなく険阻な断崖地から いで湯「小原温泉郷」へ、そして、河岸の小盆地に開けた小原集落へと、矢継ぎ早に移り変わっていく。
この随所にも旧道の痕跡が認められるので、主だった部分を紹介していこう。
今回で、今レポートは最終回となる。
 

 “名称忘れました橋”の旧橋
2005.3.24 6:52


 前回の最後は深萱隧道を抜けて間もなく、旧道が現国道に合流した所だった。
そして、この合流地点は、元々旧道と現道とが平面交差をする地点であり、「小原4号トンネル」→「名前忘れた橋(どなたか名前を教えてください…)」のコンボで直線となっている。
これに対し旧道は、山肌に沿って蛇行しているが、ちょうど現道のトンネルと橋との合間の僅かな部分で平面交差しているのだ。
橋を渡れば、再び現道と旧道は一つになるので、この橋一本分だけの旧道は利用されず廃道となっている。




 これが、名前忘れた橋の旧道部分の白石側入り口である。
たった50m足らずの旧道部分を、わざわざ入り口から紹介するのは、ここに捨て置けない貴重な景色があるからに他ならない。

実は、この入り口を見た段階では、橋一つ分だけの旧道だし、このまま素通りのつもりだった。
しかし、現道橋の上から旧道の姿を見て、あわてて引き返したのであった。

 私をそこまで惹きつけた、この奥に潜む遺構とは…?


 その正体は、一本の、小さな橋であった。

ともすれば、暗渠一つでも片が付いてしまいそうな小さな沢に、律儀にも丁寧に橋桁が乗せられている。
それだけならば、小さな旧橋があったと言うだけかも知れないが、なんというか、とても私の気持ちを擽る、そんなムードがあった。
その正体な何なのか、是非、自分があの橋の上に立って、確かめたくなったのだ。

現道橋には歩道があったが、その幅は僅か50cm程度で、チャリで通るには欄干にペダルが引っかかりそうで怖いほどだった。
しかし、橋の上にチャリを乗り捨てるには、役に立った。
山中の国道に見えても、午前7時前という朝のラッシュにあたるこの時間においては、意外なほど通行量が多く、チャリを車路に下ろして方向転換するのも、憚られるほどだった。



 ちなみに、ここの旧橋に惹かれた要因は、橋そのものだけの魅力ではなかった。
旧橋と現橋が仲良く跨いでいる小さな沢は、まるで流し素麺のような涼しげな滝となって、眼下の白石川へと落ちている。
滝は、ちょうど現橋の真下にも続いており、歩道から身を乗り出して見おろすと、左の写真のような眺めとなる。
旧橋が、この沢を暗渠で越えなかった理由は、この小さいが個性的な滝の景観を出来るだけ破壊したくなかったからなのではないかと、贔屓目に見てしまう。
真相は、分からないが、客観的に見て、旧橋の位置においての沢幅は敢えて橋を架けるほどでは無いように見えるのは確かだ。




 遠目から見た印象は、近づいてみて確信へと変わった。
やっぱおれ、この橋好きだわ。

東北の廃道を色々と歩いてきたが、この橋の景色は、今までのどことも違うムードがある。
あなたは、右の写真を見て、なんとなくそういう雰囲気を感じないだろうか?

とりあえず、感想は後にして、状況を説明していこう。

旧道の入り口は、笹藪による天然のバリケード。
しかし藪は浅く、ほんの20mほどでこの写真の景色となる。
あとは、橋をカーブの頂点に据えつつ90度進路を変えて、やはり30mほどで現道に繋がっている。
線形としては、それだけの旧道である。



 これまで、ありそうでなかったショット。
そんな、竹林と廃橋のコラボが、目に新しい。
まことに勝手な印象を申し上げれば、京都の廃道ってこんなイメージ?
とりあえず、東北北部には、殆ど人家周り以外に竹林はなく、これまで廃道と竹という組み合わせはなかった。

これで、この短い廃道が私の目にとまった理由の二つを述べたことになる。
涼しげな滝を跨いでいることと、周囲にある竹林とのコントラスト。

 
 そして、この橋の魅力の第三にして最大の物は、右の写真にある、欄干の妙である。
正確には、この写真に写っているのは、橋ではなく、橋の直前のカーブ部分であるから、欄干というのはおかしいかも知れない。
しかし、橋の欄干と、その前後の道路の谷側に設置された側壁とは、デザインが似ており、しかも緩やかな弧で通じていて、強い一体感がある。
そこに、何ともいえぬ美しさを感じる。
それは、道としての機能を全く阻害しない、まさしく機能美というもの。
機能は失われた廃道にあってなお、その美的レベルは衰えるどころか、むしろ私の心の琴線を強く爪弾くのだ。


 


 個人の美的センスというのはなかなか人と合い通わないものなので、あなたがこの短い旧道をみたときに、私のような感動を受けるかは分からない。
しかも、私は気に入った廃道を歩くときには、いささか過剰なほどに、感動という感情の”堰”を低くしているから、見るもの一つ一つがより輝いて見えるのだ。

このような中途半端に新しい(おそらく昭和初期頃の遺構なのだろう)道路遺構というのは、歴史的・学術的な価値でのみ推し量れば、無価値の古びた物という評価に尽きるのだろう。
しかし、私はこのような中途半端な遺跡を繰り返し見続けてきたが、その都度得られる感動はすり減っていないように思う。
激しい崩落や隧道の閉塞と言った難所には慣れっこになってしまい、その感激も衰えてきたのとは対照的である。

これは、私が道路遺跡をみるときに、故意に感動の堰を低くしていることに、起因すると思う。
冷徹に歴史物として廃道を見るのもありだが、私流のオブロードの愉しみ方は、感情を大いに活用することにある。
これを、エモーショナルオブローダーと言う。 (え。言わない?)





 そして、情調ゆたかな廃橋を味わう肴は、ミリンダに尽きるのである。

ミリンダ。

それは、かつてファンタと人気を二分(ホントかよ?!)していた、果汁炭酸ブランドである。

ミリンダ。

その甘美なデザインは、廃道ドリンクの代名詞であるジョージアロング缶には無い、圧倒的な存在感で、廃道の足元を彩るのである。

なお、飲み口は、底だから。よろしくぅ!

山行がではミリンダ情報を募集しています。
            →山行がミリンダ情報局 担当:ミリンダ細田氏)


 小原温泉郷の旧道
7:06


 現道に戻り、先へと進む。

まもなく、小原5号トンネルが現れるが、ここにも山際を迂回する旧道が残っている。
旧道入り口は、小原温泉新湯旅館の通路となっており、現役。
写真は、旧道に入って直ぐに撮影。

このままスルッと終わるかと思いきや、旅館を過ぎると…。



 いきなり未舗装になる。
元々は広かった道幅を活かし、轍の両側は物置や家庭菜園として利用されている。
山里の廃道の利用法としては、よく見る景色でもある。
封鎖されているわけではないが、敢えて通る部外者も居ないようで、轍は浅い。
私も、ちょっと首を垂れながら、速やかに通過を試みる。



 トンネル一本分、約300mほどの山腹迂回の旧道の後半戦は、廃道スレスレ。
山肌は豪快に崩れ、落石注意の警戒標識をひしゃげさせている。
この警戒標識は、もう少し崩壊が続けば、きっと埋もれるだろう。
廃道で余り標識を見ないが、撤去されるものより、こうして土砂に埋もれている物の方が、多いのかも知れない。



 先行きが怪しくなり始めたところで、現道の助け船がでた。
巨大なスカイブルーの上路トラスが、谷を一跨ぎにしている。
その袂に、さも居心地悪そうに、旧道は接続している。
現道の小原トンネルシリーズは、5本をも数えたがここで終わりとなる。

新旧道はここでひとまず合流する。
橋を跨ぎ、洞門一つを潜ると、いよいよ小原温泉郷だ。




 「いよいよ小原温泉」だが、私のような廃道趣味の者にとっては、むしろ楽しい区間の終わりである。

現道は、小原温泉トンネルで、あっけなく温泉街を通り抜けてしまうから、ここでは旧道が現役で集落内交通をさばいている。

トンネル直前を右で、旧道となる。
この先は、車でも問題なくトレースできよう。


 旧道の沿道は、やはり歴史を感じさせるものが幾つもある。
この写真の「小原温泉駅」も、その一つである。
駅というと、鉄道のそれをイメージするが、この立派な駅舎は、バスの待合所である。
立派と言っても、歩道もない1車線の旧道の急坂の途中にぽつんと立っている駅舎は古びており、レトロジーの固まりである。
そして、さもそれが当然のように、人の気配が全然無い。
今日流のスパリゾートとは無縁の存在に見える。

 
 それなりに舗装も整えられ、ガードレールなども改修されて現役を張っている旧道だが、途中にある小さな橋は、よく見ると強引な改修が施されていた。
欄干やら親柱やらが、分厚いアスファルトに半ば埋もれている。
もう橋の存在感は皆無となっている。

fuku様がご覧になれば、きっと嘆かれるだろうな。

 


 小原温泉郷は、白石川の左岸にその中心地を持つ。
故に、右岸の崖の縁を通る旧国道からは、全体を見渡すことが出来る。

それにしても、行く手の旧道はなかなかスリリングな場所を通っている。
碧玉渓の断崖も凄かったが、ここの崖も相当のものだ。





 上の写真にも、遠目に写っていた青色の橋は、車道には珍しいガーダー橋である。
しかも、なぜか親柱が一柱も存在せず、そればかりは、まったく飾り気のない、仮設の橋のようなデザインである。
で、この元々のガーダーの欄干が歩行者には低すぎるという危険からなのか、単に美的に優れていないからなのか、それを視界から隠すように、一回り高い高欄が設置されている。
しかし、これもまた、あまりにも無表情で、しかも、景色に調和していない、出来損ないのようなものだ。




めちゃくちゃこき下ろしちゃった。
でも、せっかくここまでの旧道が全体的に面白く、かなり気持ちが高まっていただけに、この橋のセンスの無さは、残念だった。
もう少し、目に優しいデザインでお願いします。(歩行者もいるようですしね。)


 小原集落の旧道
7:26


 美しくない橋を渡ると、直ぐに新旧道は合流する。
この先は、七ヶ宿ダムに至るまで、久々にのどかな農村風景となる。
今までの断崖絶壁が嘘のように、白石川も穏やかな流れとなる。
沿道の景色も、白石市の郊外と呼ぶに相応しい、至って普通な家並みとなっている。
しかし、ここにも旧道は現道と綾なすように繰り返し袂を分かっている。
ここでは、気になった部分だけを紹介するに留めるが、心静かなサイクリングには、やはり旧道は快適この上ないなと、再確認した次第である。





辷り

 よ、読める?!


悔しいけど、私は読めなかったので、辞書引きましたよ。

でも、一般のドライバーは、これが読めるのか?
読めなけりゃ、何に気をつけて良いのかも分からないよーな。

答えは、「すべり」。
「滑る」と、全く同義の文字で、こちらは国字(日本オリジナルの漢字)だそうな。
敢えて国字で来る辺りが、時代を感じさせるが、実際の所、いつの標識なのだろうか。
またひとつ、賢くなっちゃった(笑)




 小原集落内でも、数本の谷川が白石川に流れ込んでいる。
それらが集落を分断しているが、現国道は例外なく直線的な橋で一跨ぎにし、旧道は少しでも橋長を短くしようと蛇行の末に橋に取り付いている。
また、現橋はたとえ長い橋でも、まったく珍しくもないPC橋で事足りているが、旧橋は少し谷が深くなると、これ見よがしにアーチを持ち出してくる。
こういう対比が、面白い。

このアーチは、昭和24年竣工の小原大橋である。
欄干が痩せており、なんか心許ない。



 実は、この小原大橋旧橋の下を流れる鍋割沢には、不思議な地形が存在する。
私は、何の事前学習も無しに、何の気無しに旧橋から、上流を見おろしたところ、
普通はあり得ない地形がそこに存在したのだ。

というのは、沢が山を隧道で貫通しているのである。

自然地形としては、絶対におかしいような。
なにせ、崩落した土砂で沢が埋もれているとかではなくて、草の生い茂る稜線の下に、何気なく川が流れているのだ。
さも、もともと、そういう地形であったかのように。

写真では分かりづらくて大変申し訳ないのであるが、この川を跨ぐアーチは、かつて旧旧道の暗渠の名残なのかも知れない。
いずれ、天然の地形だとしたら、目を疑う。
ぜひ、皆様ご自身の目で、見ていただきたいが、当方には相応しい写真がない。すまない。

そこで、相互リンク先サイト「はくちょうnoお部屋」をご案内したい。
たぶん、レポートがあるはずだ。
私がこの変な地形を見つけたあと、直ぐに はくちょう様 が調査してくれたようなので…。





 

 なんか、纏まりが悪くなってしまったが、国道113号線の白石市街から小原集落に至8km内外の旧道レポは、以上で完結となる。

この後私は、国道から離れ、難所 山崎峠 に挑む。

写真正面の雪山にて繰り広げられた苦闘は、また改めて紹介しよう。














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