「小国新道」とは、明治の辣腕県令(知事)「三島通庸」が、山形県南部と新潟県とを結ぶために開発した、それまでの越後街道に代わる道だ。
その後、時代が昭和へ移り変わり、急激なモータリゼーションによって道はその至る所で改良工事を受け、概ね、昭和40年代後半には現在の国道113号線の道形が完成している。
現在は、さらなる二次改良工事やバイパス工事などが、将来の新潟山形南部連絡道路の一部となるべく、進められている最中である。
この小国新道の痕跡を辿る旅は、国道113号線の旧道を辿る旅に、ほぼ一致する。
現在通ることが出来る国道の、その殆どの区間に、何らかの旧道が存在しているのであるが、その中でも、探索がとりわけ困難だったのは、つぎの3カ所であった。
一つは、当初の予想通り、全線中でも唯一の峠と言って良い「宇津峠」だ。
そして、これもまた予想通り、難所と名高い「片洞門」。
残るもう一つが、全くノーマークだった、これから紹介する「八ツ口」である。
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