本州最大の面積を有する町「岩泉町」。
県都盛岡市に隣接し、太平洋にもその端を置くというその広大さは、チャリという人力の乗り物で走ることで最もよく実感される。
その上、その町土の大半が北上山地の1000m級の山地と、その隙間に穿たれた深い峡谷によって構成されており、移動の困難は言うまでも無い。
一般国道340号線は陸前高田市と八戸市を結ぶ長大な南北路であり、全線が北上山地と共にあるという、嫌になるくらいの山路である。
そのなかでも特に深い歴史を有するのが、今回紹介する「押角峠」である。
読みは『おしかど』。
これまでネット上でこの名が露出したのは、私の知る限り…、峠にあるという隧道にまつわる心霊話くらいだろうか。
まあ、マイナーな峠道だ。
押角峠の道は、それだけでも十分に“ネタ”になる、魅力的なものであった。
しかし嬉しいことに、ここ岩泉町とその周辺には、他にも私を刺激するスポットが多数ある。
レポートでは、一本の道にこだわらず、寄り道を交えつつそれらをも紹介していきたい。
あなたのお気に召すスポットもあるとよいが…、
それでは、これより始まるやや長い、数回に分けてのレポートにお付き合い願いたい。
<地図を表示する>
レポートの始まりは夜。 しかも、無人の終着駅。 ここは、JR岩泉線の終着駅、岩泉。 JRが現在所有する鉄道の中でも、最も営業係数の悪い、つまり赤字路線の筆頭に上げられる路線の一つだ。 それでもなお廃止を免れているのは、一説に、沿線の他の交通が余りにも遅れている為に、鉄道の公共性を重視してのことという…。 しかし、その実情は夜が明けてから、見ていこう。 今はただ、眠い。 盛岡市から、国道106号線を宮古まで、さらには国道45号線を岩泉町の太平洋沿岸にある小本まで北上。 内陸へと20kmほど歩みを進め、やっとたどり着いた、この日の目的地である。 延べ15時間の間に、170km位は走った。へとへとだ、マジで…・・。 | |
明朝の一番列車は、午前8時4分初、宮古行き。 余りにも遅いが、現在では一日にこの駅を訪れる列車は僅か3本。致し方ないだろう。 むしろ私にとっては、人の往来から離れてゆっくりと眠れるので好都合だ。 もっとも、今の私に許された旅の時間は残り少なく、明日は遅くとも9時までには、約50km南方にあって、ちょうど岩泉線の起点でもある新里村は茂市駅 にたどり着かねばならない。 夕方には秋田での勤務が待っているのだ…。 灯りの落された、もちろん無人の待合室に侵入した私は、一角にあるストーブを囲むように並べられた黒い長椅子の一つに荷物を置くと、別の長椅子に横になり、寝袋に包まった。 目を瞑り、背後で唯一明かりを灯す自動販売機の時折けたたましく鳴り響くファンの音を枕に、とても長かった一日の走りを反芻するうちに…深い眠りへとおちていった。 最後に記憶は、午前0時ジャスト、自動販売機の電源がおち、辺りが完全な静寂に包まれたことだった。 Zzz・・・。 |
ふと目を覚ます。 枕元に置いていたケータイの画面に目をやる。 時刻は、午前4時51分。 おもいっきり、寝坊ジャン!! やっべー、4時に目覚まし掛けてたのに、全然意味無い。 想像以上に快適な寝心地だったのも災いしたらしい。 岩泉線はもとより、目指す茂市を通る山田線とて9時代の列車を逃せば昼まで次は無いのだ。 なんとしてでも、あと4時間で茂市にたどり着かねばならぬ。 押角峠を越えてだ。 できれば、その他の気になるスポットも観察しつつだ。 ぐわー、寝坊(睡眠相後退症候群では無い)大嫌い! |
普段の私では考えられないような、傍から見たら異常な行動。 しかし、ここは岩泉線。 列車など、まだまだまだまだ来ない。 それに… これから行く先は、きっと永久に列車など来ない場所なのだ。 過去においても、一度も来なかったに違いない。 | |
岩泉駅は、何度も言うように終着駅である。 だが、今私はさらにその先へと歩みを進めている。 本来あるはずの無い鉄路が、駅を過ぎ、林の中へと続いている。 さびたレールに、朽ちて穴の空いた枕木。 辛うじて、下草だけは刈られていたが、それも間もなく茂みに変わった。 | |
朝から元気な蜘蛛たちと格闘し、まだまだ続く2条の鉄路を追いかける。 ここは、岩泉駅中心から、約200mほど小本方向へと進んだ場所。 | |
遂に、線路の脇には朽ちて立っているだけでもやっとというような標識が。 きっと、線路の終端を示すような意味の標識だと思う。 だが、なおもしぶとく、叢の中に線路は続いている。 | |
岩泉駅中心から、約250mほど。 誰の目にも留まらないような車止めが、緑の中に孤立していた。 そこには、まだかすかに読める『1954』と『岩泉線』の文字がペイントされていた。 真の終点だ。 かつて、現在の盲腸線ではなく、茂市より岩泉を経由し太平洋岸の小本にて久慈線(現在小本駅を通るのは、3セクの三陸鉄道だ)と接続する計画で工事が進められてきた、その名「小本線」の唯一といってよい痕跡がこれだ。 1922年に計画発表、半世紀を掛けやっと1972年岩泉駅までが開業に漕ぎつけたが、その頃には既にモータリゼーションの潮流が国鉄を翻弄しており、結局、小本川に沿って下るわずか10km足らずの鉄路が拓かれることは無かった。 と同時に、路線名も「岩泉線」に改められている。 ただし、現在も正式に事業は廃止されておらず、事業休止中という扱いのようだが。 気になるのは、車止めの『1954』という数字の意味だ。 これが西暦だとしたら、この地に線路が敷かれる以前と思われるのだ…が? | |
引き返しつつ、目の前に現れたホームを見て、えもいわれぬ愛しい気持になったのはなぜか。 ここ岩泉線が、私の興味を引く対象として、かなりの上位に躍り出たのは間違いない。 岩泉線。 好きだ。 |
約5時間半の休息を終え、再びチャリに跨ると、立派な岩泉の駅を後にした。 この時刻まで、ただの一度として、人に出会わなかったし、駅前にも人の気配が無かった。 こんなに広い駅前ならば普通はいるはずの客待ちのタクシーの姿も無く、コンビニの明かりも無い。 そろそろ、朝の早い学生などが一番列車を待ってもよい時間なのに、それも無い。 なんせ、ここの一番列車は、まだ3時間もあとなのだ。 余りにも、生活と乖離してしまっている…。 廃止されるかもね、本当に。 ここまでひどいダイヤを見たのは、初めてだ。 さて、気を取り直して、出発だ! 余り時間は無いのだから。 |
岩泉駅は町役場などのある町中心部よりも西に外れた場所にあるので、国道455号線を西へ進むとすぐに集落は尽き、ご覧のような山風景となる。 国道455号線というと近年国道に指定されたばかりであり、他の番号の近い国道の前例から、結構な“酷道”を連想していたが、その予想は大きく外れた。 前夜走った岩泉以東においても、この二升石付近にしても、ほぼ全線に亘って広々とした2車線であり、険阻な部分もトンネルのある新道や、ご覧のような大規模な法面施工で乗り切っていた。 考えれば、この国道455号線も昨日全線走破したばかりの国道106号線と同様、県都盛岡市と太平洋岸を結ぶ幹線であり、優先的に改良を受けているのかもしれない。 時折小本川の対岸に見える岩泉線の線路や飾り気の無いコンクリの橋梁が、余計に貧相に見えた。 |
岩泉駅から、国道455号線と国道340号線の分岐点であるこの浅内までは、7kmほど。 目指す茂市は、ここを左折し国道340号線に入るのだが、一旦は右折してみることにした。 少し先に、気になる隧道を地図上に認めていた為だ。 完全な寄り道になるが…、急いで済ませば何とかなろう。 |
分岐点から右折すると、そこは国道340号線と国道455号線の重複区間である。 暫く先で、再び別れるのだが。 分岐から2.5kmほど、トンネルと橋で構成された立派な現道を進むと、丁度二本目の松野トンネルを潜り抜けた次の橋から右手側に、ご覧の隧道が見える。 小本川に沿って続く旧道にある、松野隧道の姿である。 隧道のある岩肌全体が完全にコンクリで塗り固められ、痛々しい。 | |
現道からは簡単にアクセス可能である。 これは、浅内側の坑門だ。 松野隧道は、『山形の廃道』サイト様ご提供の資料によれば、20mの延長を持つ小隧道で、竣工年度については不明である。 様子からいって、国道の前身である小本街道が竣工された当時に手堀りされた隧道の改作では無いかと思われ、起源は相当古いかもしれない。 直前の高さ制限標識が物語るとおり、大型車の通行は不可能であり、同区間の国道改築工事も真っ先に着手されたと思われる。 | |
さらに坑門に接近。 坑門同様、内部も完全にコンクリで塗り込められ、異様な雰囲気である。 しかも、鍾乳石のようなツララが小さい物ばかりだが大量にぶら下がっているのが見て取れた。 この先の旧道は間もなく現道に吸収されるので、埋められもせず現存していたのは意外だった。 前出の理由により、通行量はまったくの皆無と思われるが。 | |
反対側の坑門へ繋がる急カーブである。 前後の旧道は幅も狭く、現役当時その離合には苦労していたことだろう。 さらに、ガードレールの向こうは深い谷である。 松野隧道
竣工年度 不明 廃止年度 1990年代だろう 延長 約 20.0m 幅員 3.9m 高さ 4.1m 通り抜け可能。 全体がコンクリに覆われている。 |
浅内の分岐点に戻った。 今度こそ、国道340号線に向かう。 これから長い押角峠越えだが、早速、分岐点からいきなり道は1.5車線に変わる。 こちらから見ると、信号もない分岐点にかなりの数の青看が設置されており、国道455号線への案内(左折)に力点が置かれているのが感じられる。 余り押角峠には誘導したくないという雰囲気だ。 はたして、いかなる峠が待ち受けるのか? 以下、次回!! |
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