道路レポート  
仙岩国道 工事用道路 最終回
2004.5.2



山紫橋から生保内沢まで
2003.11.14 10:09


 ぐるっと一周して山紫橋まで戻ってきた。
仙岩トンネル坑門側からここまで私を連れてきた山紫工事用道路はこれで終わりではない。
むしろ、本番はここから先、現道と別れ、愛車の待つ生保内沢の谷底へと降りる区間である。

アクセスは悪い。
写真の仙岩第三受電所脇のフェンスの裏に僅かな道路痕跡があり、これが谷へと降りる工事用道路であるが、見ての通り容易には往来できない。
というか、存在すらもう、無かったことになっている。
いまでも道路地図には載っているのだが…。


 現道の熊見橋の下に工事用道路の微かな痕跡は続く。
しかし、橋は潜らず、そのまま谷底へと下り始める。
見ての通り、もはや道などという物はない。
板谷工事用道路同様、完全なる廃道である。

地図に載っているのだが…(しつこい?)



 勾配はそれほど厳しくもなく、現道とは平行しつつ、徐々に離れていく。
雑木林の斜面に残された道の痕跡は、ただ一つ、そこだけがコンクリートで固められた側溝である。
しかし、側溝であると思われる溝は、時に道路敷きを何の前触れもなく横断していたり、動きが予想付かない。
とにかく、この溝を見失えば、もうそれ以上辿ることが出来ないような道である。


 道の外は目も眩むような大断崖である。
その境界は余りにも曖昧で、かつてここを何十トンもの大型トラックや重機が往来していたとは信じがたい。
しかし、確かにここが道路敷きであったことを、一本の境界標が物語る。

そこには、一字 「建」 の文字。
それは今なお残る、建設省(現国土交通省)直轄工事の証だ。





 私は見た。
ブナの森の底に、波濤を上げる生保内沢の激流を。
この急斜面を、如何にして下っていくというのだろう。

森は穏やかな空気に満ちているものの、頭上の橋の名が頭から離れない。
「熊見橋」。
工事誌曰く、この橋が完成し、命名する段階になって熊を見たそうな。
それで、急遽熊見橋という名に決定したそうだが、…冬支度に忙しい空腹の熊さんに出会うのは勘弁である。

一人森を歩くことが、危険であることを、まだ私は実感として知らない。
それを知るときが、私の探索生命の最後でないことを祈っている。
祈るしかない、ある意味運の要素が絡むのが、堪らなく恐い。


 いよいよ付近の傾斜が増し、道を支持出来ぬほどになると、久々に法面にコンクリの吹き付けが現れた。
ここが工事用道路などという由来ではなく、ただの歩道や林道であったなら、よもやこの様な光景は展開されないだろう。
この灰色の壁こそが、半永久的に、ここを工事用道路と定義し続ける。



 つづら折りが始まる。
ここだけは道の幅も広かった痕跡がある。
しかし、凄まじい勾配となってきた。
斜度は20%を優に超えているだろう。

路面はフカフカの落ち葉に支配されており、道路外との違いは見られない。
ただ、コンクリの側溝だけは相変わらず道の右となり左となり、続いている。



 突如視界が開け、驚くべき景色が現れた。

こっ、ここは!

この崖に挟まれた、僅かな草地が道だというのか!

なんと分かりやすい展開なんだ!
これだったら、道に迷う恐れはない。
ただし、その道を踏み外せば即、人生という道までも踏み外す。
道に迷わずとも、生死をさ迷うのである。

何という断崖か。
写真だけでは感じは掴みきれないと思うが…。



 見上げれば、そこには灰色の壁。

遙かな頭上には、現道のフェンスが見える。
この崖が崩れるようなことがあれば、現道もただでは済まないというわけだ。
それだけに、かつて遭遇したことがないほどの、尋常ならざる法面の大規模施行となっている。


 また、足元の崖も遙か谷底まで固められている。

まさしく灰色の大断崖と呼ぶに相応しい、人類と地球との格闘の結果である。
今後建設される道ではまずあり得ないだろう、環境へ考慮しない徹底的な蹂躙。

仙岩道路の建設は、当時先端の工事技術の検証の場でもあった。
まだ当時は道を造ることだけが至上命題であり、環境など二の次だったのではないか。
将来、この力業のツケが、何の罪もない通行人に降りかからぬ事を祈るばかりである。

しかしまあ、ほんと良くこんな崖に道を通してものだと思う。


谷底へ
10:21

 恐る恐るこの崖を突破する。
道幅は2mくらいしかなく、こんなところをどうやって大型車が往来していたのか不思議である。
しかも、僅かにコンクリで覆われない地表、すなわち路面の部分は日光を燦々と受け、背丈ほどもススキが生長している。
足元は安定していてそれほど不安感はないが、無論慎重さを欠くことは許されない。

崖の先には、すり鉢の底へと落ちていくような錯覚を覚える、急な下りが続いている。
辛うじて人一人分ほどの路面が覗いているが、実はこれもコンクリの側溝部分である。
しかし、この側溝の存在するお陰で、道を失わずに辿ることが出来るのだ。



 この道は、一般的に知られておらず、また人々の興味からも遠いため、ほとんど人の踏み込んだ気配がない。
具体的には、まずゴミが見あたらない。
だが、私は見つけた。
コンビニの袋が半ば埋もれるように一つ、道ばたに落ちているのを。
しかも、見慣れたローソンのレジ袋じゃあないか。
これは、2003年頃まで使われていた、ロゴ入りの袋だ。(いまはロゴのない袋)

ローソンが秋田県に進出したのは95年頃だったと思うので、この道の歴史とはかみ合わない。
或いは、現道から風に乗ってここまで飛ばされてきただけなのかもしれない。



 つづら折りを何度か経つつ、急激に高度を落とす。
周囲を見回せば、木々の向こうに見えるのは空から、褐色の森に変わり、耳元に沢の音が届くようになる。
日陰が増えるに従って、道もその痕跡の度を増す。
ともすれば、味のある古道や旧街道の類にも見えるが、実際には極めて歴史の薄い、そういう意味では薄っぺらな道である。
全く価値がないと感じる方もおられるだろう。
しかし、歴史的な価値は無いかもしれないが、道として存続した時間の短さなど、特異な存在であることは間違いがない。
工事用道路という、特殊な背景も貴重だ。



 よく観察すれば、所々にはコンクリではなく、落石防止ネットなども散在している。
ほとんど、その役目をはたしては居ないが。



 いよいよ生保内沢の幽谷の縁に立つ。
ここから先は、沢に沿って愛車の元を目指す。
工事用道路から林道への切り替わりは、何処という目印もなく分からずじまいであった。
ただ、工事用道路だけでなく、林道も末端では完全な廃道であることが判明した。





 もう、半ば諦めていた。
いや、板谷工事用道路の探索で幸先良く“工事誌の写真の場所”を発見できただけで、満足するべきだと思っていた。
これほど道としての原型を失っている現状と、標識など再利用可能な物は撤収されただろう工事用道路という環境に、まさか、これを見つけることが出来るとは、思わなかった。

私は、この黄色い物体…警戒標識…が斜面にうち捨てられるように落ちているのを見た瞬間、全身の血液が熱くなったのを感じた。
余りにも、良くできた話ではないか?
これはドッキリなのか?!それとも、ネタ?!
現道からここまで標識一枚が落ちてくることは考えられない。
かといって、林道用の標識ではないことは、このサイズの巨大さや周辺の状況から明らかだ。
これこそは、撤収されずに残った当時の工事用道路標識ではないのか?!

私は、恐る恐る標識を裏返してみた…。



 「落石注意」

色褪せ変色してはいるものの、充分に判読が可能である。
そして、この大きさはどうだ!
元一級国道や、直轄国道、それに高速道路などでしかお目に掛かることがない、巨大版の標識である。
軍手とそのサイズを比較して欲しい。
長い間、裏返しになっていたお陰で、これだけ鮮明に表示が残っていたのかもしれない。
このとおり、残念ながら標識は「幻のツルハシ(その1を参照)」ではなかった。
しかし、かつて工事用としてほんの僅かな期間だけ存在した道の、その標識を発見できたことは、嬉しかった。




 沢に沿って続く道は途中、この様な涸れ沢に抉られ、断絶している。
一旦谷底へと降りて、これを渡り、再び林道へ戻る。
涸れ沢の上部には現道があるはずだが、トンネルに入っているのか見えない。
この沢、妙に印象に残る景色であった。



 廃道は、人一人歩くのがやっとの状況となっている。
この辺りも、大概の道路地図には林道として描かれているが…、全く道としては機能していない。
歩きが長引き、そろそろ疲れてきた。

正直言って、探索からこのレポの執筆まで時間が空きすぎ、気持ちが入りきらないのだが、いや、かなり疲れたはずだ。




 現道の山紫橋から約1.5km。
35分ほど掛かって、遂に林道らしい道に出会った。
この辺りまでは現役の道なのかと思ったが、実はこの先愛車の元へ戻るまでも、何度も崩落があった。

地形的に脆弱なのか、水量が多いのか、とにかくこの林道は荒れている。




 よく見ると、道ばたには色とりどりの木の実や山葡萄が実っていた。
歩きの速度だからこそ、それだけ濃厚な山の時間が過ごせるのかもしれない。
そんな恵みの森を歩くこと、さらに20分ほどで、やっと愛車が待っていた。
結局林道はこの場所の少し手前で車両通行不能の状態であった。


 このようにして、約3時間の仙岩工事用道路の探索は無事、終了した。
歴史的存在感の薄い道ではあるが、仙岩道路という大事業を陰で支えた工事用道路の痕跡は、半永久的に消えざる山の傷跡として残っていた。

それは、人と山との関係の、負の歴史かもしれない。
仙岩道路の見えざる谷底には今も、森を分断するコンクリの壁が幾重にも連なっている。











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