国道291号清水峠

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 ここは、長大な清水峠で私が目にした景色の中でも、特に印象深かった場所のひとつだ。

 別に、橋や隧道、石垣などがあるわけではないのだが、とにかく美しい。
10月だから新緑とは全然違う、むしろ紅葉が始まる直前な訳だが、擦れた感じのしない純な緑。
そして、そんな緑の山腹に撫でつけられた、2車線分はあろうかという広大な道。
こんなに広い道がいままで舗装もされず、それどころか一度も自動車を受け付けず、ただ前後を絶滅的な廃道に塞がれ、取りのこされてきたという現実がある。
それでも、この道は現役の国道なのだ。旧道無き、廃国道。

 ここは、厳しい道中に糾(あざな)われた、ほんの僅かな安らぎの区間だった。 (本文より)

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 左の写真は、ここの路傍で見た奇妙な巨樹。

 奇妙に捻れた幹は、中程が大きく抉れ貫通さえしている。
その上で主幹は分度器で正確に測ったように90度折れて、路上に枝葉を延ばす。
どんな境遇でここまで捻くれた造形に至ったのか。
樹齢200年くらいは経ていそうだから、道ともはじめからの付き合いなのだろう。
もし、明治政府の思惑通りに全てが運んでいたとしたら、この木などはとうの昔に切り倒され、厚いコンクリート壁の下に切り株さえ残さなかったに違いない。
何となく、“想いの残る”木であった。 (本文より)

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 再び、法面として大きな岩場が現れた。

 不思議なこと…と言って良いのかどうか分からないが、この清水越え新道(清水国道)に関する工事記録誌のようなものは、刊行されていないようだ。
公文書としては存在するのかも知れないが、少なくともそれを気軽に読む機会はなく、存在するかを検索することも困難だ。
だから、これだけ歴史的に有名な峠道でありながら、その具体的な工事の内容はよく分からない。
明治時代の土木工事といえば、三島通庸がやったように村人を徴用したのかもしれないし、或いはそうでなかったのかも知れない。
六日町などでは多額の寄附をしたような記録もあるが、これだけの遠大な工事にどれだけの人員がつぎ込まれたのか、また殉職者がどのくらいあったのかなどは、はっきりしない。 (本文より)

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