道路レポート 滋賀県道130号 岩室神線 前編

所在地 滋賀県甲賀市
探索日 2016.10.15
公開日 2017.11.24


【周辺地図(マピオン)】

滋賀県道130号岩室神線は、滋賀県の最南部に位置する甲賀(こうか)市内で路線が完結する、全長4.1kmからなる一般県道だ。
昭和27(1952)年に公布された現行道路法下における滋賀県の一般県道は、昭和33年に第一陣の路線認定が行われたが、その当初から現在と同じ路線名・路線番号で認定されている“老舗”県道である。
起点は甲賀市甲賀町岩室(いわむろ)で、そこから一路南下しながら佐山丘陵と呼ばれる低山地帯を横断し、同市甲賀町神(かみ)に至る。
“甲賀町神(かみ)に至る。”
神に、至るのである。


……今のは、みんなの心に、響いたかな?

気を取り直して、次行こうか。
右図は最新のスーパーマップルデジタルから切り出した当該路線周辺の地図であるが、見ての通り、全長の半分くらいは道が描かれていない。
全長からして短い路線なので、地図上の“不通区間”もさして長いものではない(2kmくらい)なのだが、それでも不通県道好きとしては捨て置けない。
しかも、この不通区間からさほど遠くないところには、並行するように主要地方道である県道24号甲賀土山線があるし、その反対側にも市道らしい道が並行していて、かなりやるせない。
「お前はなんのためにある県道なんだ〜!」と、思わず問いかけたくなるほどだ。

これは、当サイトの熟練読者ならば感づいたかもしれないが、おそらく路線認定の早さからしても、不通県道によくある“あのパターン”の道だと思う。
すなわち、徒歩交通の時代にはそれなりに栄えた歴史ある道だったものの、周囲の並行路線との車道改良競争に敗れた結果、自動車交通時代に巨費を投じて開通させるほどの時間短縮性を示せなくなった、…そんな典型的な“改良取り残されパターン”っぽいのである。

不通県道としての成因は珍しくないかもしれないが、それでも地図上で見るこの道の姿には、いくつか気になるところがある。
それを自身の目で確かめるべく、自転車での探索を行ったのは、平成28(2016)年10月15日……、夕方には大阪市内の「ロフトプラスワンWEST」で初めて廃道トークイベントを行う、まさにその日の午前中のことであった。
これは、廃道語りのトークイベントの前に、まずは自身を廃道一色にしておこうという私なりの配慮であった。(ちなみに探索後に着替えはしたが、汗は流さずそのままイベントをしたのは秘密でも何でもない)

それでは、県道130号の起点から、スタート!


路地みたいな県道が複雑に絡まり合う、岩室集落


2016/10/15 7:55 

左図は、最新の地理院地図に描かれている県道130号岩室神線の起点周辺である。
ここには路線名にも入っている岩室という名の集落が存在するのだが、岩室を起点とする県道は、県道130号のほかにもう1本、県道539号岩室北土山線(昭和44年認定)というのがある。
そしてこれが変わっていると思える点なのだが、県道130号と県道539号のそれぞれの起点は、わずか130mしか離れていない県道24号上の別地点になっていて、起点を出発してすぐに集落内で平面交差して進路を交代したあと、それぞれ別の方向へ向うような線形になっているのだ。

通常、このように小さな集落を起点とする県道が複数ある場合、どちらかより上等に整備されていたり、距離を短縮できる方の道に県道の指定が集約されてしまうことが多い。これだけ近接して2本の県道が絡みあうように認定されているというのは、「なぜこうなったのだろう」と思える不思議な状況だ。県道巡りに慣れた人ほど、この不思議を共感して貰えると思う。2本の県道の起点が逆ならば、まだ納得もしやすいのだが…。


さて実際に現地を訪れてみると、こんな風景が待っていた。

地図上に描かれている通り、前後に二つの分岐地点が近接して並んでいた。
手前が県道539号、奥が県道130号の起点なのである。

が、どっちも全く県道らしい分岐の案内がない!(涙)

確かにどちらの県道も、地図を見る限りあまり使いでのありそうな感じはしないが、青看とまでは行かなくても、せめて【この標識】くらいはあっても良いんじゃないのかい?
どっちの県道も、認定から40年以上は経過しているのだからさ、もうちょっと重んじてあげても…。県道24号にはちゃんと“ヘキサ”があるし、わざわざ奥の分岐を左折するような矢印表示の補助標識まで付いているのに。

早くもテンションが上がってきた私だが、当初の予定通り県道130号の探索をスタートすべく、手前の分岐をスルーして奥の分岐へ直行。
そのまま交差点の反対側まで行って、そこで振り返って撮影したのが、次の写真だ。



7:57 《現在地》

すっげ!(笑)←思わず笑いが出ちまった

青看に見る“神”の存在感よ!

この字自体は、「神奈川」とか「神戸」とか地名でも結構見るんだけどね、一文字だけというのは間違いなく初めてだ。
こんな地名があるのもこの県道を知るまでは知らなかったし、名付けた昔の人は「畏れ多い」とは思わなかったのか、思ってもなお地名としての伝統や誇りを優先したものか、大変に興味深い。読みもそのまんま「かみ」だし。(英語圏にもただ“god”なんて場所はあるんだろうか?)

そんな異様な存在感を醸す“神”の一字を行き先に掲げた青看が、県道岩室“神”線の起点に立っているわけだが、“神”は青看の中においては県道の行き先ではなく、同じ交差点から入る別の道の行き先として表示されていた。
県道としては、さっそく出鼻をくじかれまくっているのである。
というか、相変わらず県道の存在を伺わせるものが、何もない。



さて、この県道が起点にてどのように案内されているかを把握できたので、いよいよ走破をはじめよう。
2車線の県道から、1.5車線ほどの広さの道が左に分かれている。そこへ進む。

なお、この起点は天下の国道1号からわずか750mの距離である。
同国道上に終点を持つ県道24号に入り、岩室橋という大きめの橋で野洲川を渡ると、突き当たりがこの地点である。
県道24号はここで右に折れて少しのあいだ川沿いを下流へ向うのだが、我らが県道130号はまっすぐ、正面に見える小高い岡へ進む形である。この上に岩室集落がある。




左折すると、すぐさま二手に分かれている。
直前の青看で“神”を行き先に表示していたのは左の道だが、これは市道源田中野線という道だ。
道幅1.5〜2車線からなる約4kmの道のりで、ちゃんと佐山丘陵を越えて“神”に達していることを私も確認している。
そのため、事実上はこの市道が県道130号の機能を代替している。

我らが県道は直進だが、先の市道沿いにあるゴルフ場を案内する大きな看板内の案内図にまで、わざわざ“×”印を付けられているのが、市道よりは圧倒的上位であるはずの県道として、なんともいたたまれない。(楽しい)



ゴルフ場の看板と並んで、でかでかと掲げられていたのが、「名神名阪連絡道路の早期実現を」と書かれた、「名神名阪連絡道路の整備区間指定を実現する会」が設置した“誘致看板”だ。
帰宅後に机上調査をするまで知らなかったが、県道130号の経路はこの「名神名阪連絡道路」なる地域高規格道路の計画路線上の一部に重なっているようである。
県道の認定から50年以上経っても未だ地図上に道が描かれていない不遇な県道が、地域高規格道路に最後の起死回生の夢を描いているのだろうか。

(←)交差点を振り返って撮影した。
ちょうど左にフレームアウトしてしまっているが、この交差点に県道130号側から来たときに目にする「前方交差点」の警戒標識が、“k”の字のような微妙な線形を描いていたのが印象的だ。
交差点の形状をリアルに反映しているのだが、かなり年季が入っていた。


さて、市道にも別れを告げて直進すると、さっそくの急な上り坂だった。
ちょうど写真に対向車が写っているが、1.5車線未満の狭い道である。
そしてここにこれまた、なんともそそる1枚の看板が立っていた。

「 直進 通り抜け困難 岩室区 」

困難だと言われると挑戦したくなるのがオブローダーの性だ。
果たしてどんな道が待ち受けているのか、いっちょやったるで!


入ってきたぞ、岩室集落。
ぐねぐねとブラインドカーブの上りが続くが、両側には瓦屋根の家並みが密集しており、古い佇まいを感じさせる。道と宅地を仕切る石垣や塀が多くあり印象で、どことなく“守りが強そう”な印象だ。
さらには、その立派な瓦屋根に厳つい鬼瓦が掲げられていたりするので、ますます屈強な感じ。
まだまだ圧倒的に経験値が足りない近畿エリアでも、ほとんど初めて探索する滋賀エリアの街角風景に、興味津々である。

周りの家並みが、なんというか、全部“忍者屋敷”に思えてくる(笑)。
なにせここは甲賀市、平成16年まで甲賀郡甲賀町といった、甲賀の本場。
そして甲賀と言えば、子供でも知っている忍者の里じゃあないか。(「こうが」じゃなく、「こうか」と読むのが正式、これテストに出ます)



なお、甲賀というネーミングに過剰に私が反応しているだけかと思いきや、岩室集落自体も忍者推しに余念がないようだ。
右の4人の忍者衆(?)は、全て岩室集落内の路傍で私が見つけた。
県道130号だけでなく県道24号や県道539号沿いに居たものも含まれるが、このように路地からひっきりなしに忍者少年少女が飛び出してくるのだから、運転者はかなり気をつけなければならない。

余談だが、もしかしたら滋賀県のこの辺りは、“飛び出し坊や”の多産地域ではないだろうか?
この日の滋賀県内の探索はここが2件目だったのだが、1件目の場所でも(忍者モチーフではない)沢山の“飛び出し坊や”を目にしている。
実際に飛び出してくる坊やが絶滅危惧種指定をうけているかのような今日だけに、疑似的な彼らの活躍によって路上の安全が図られることを祈らずには居られないのである。


起点から200mほどで道は河岸段丘上の平坦な土地に出た。
そこにも塊村状の家並みが広がっており、1.5車線未満の県道は完全に集落内の生活道路の顔をしている。

8:01 《現在地》

さらに100mばかり進むと、西川弘盛堂の幌看板を店先に掲げた商店の前で、丁字路に突き当たった。
そしてこの丁字路こそ、レポートの開始地点に登場していた、岩室を起点とするもう一つの県道、県道539号岩室北土山との交差地点である。
県道130号はこの角を右折し、県道539号は右の道からここへ出てきて、そのまま直進して向って左の道へ進むという線形だ。
ようするに、ここから先の県道130号は、県道539号との重用(重複)区間である。



この写真は、丁字路に立って左、すなわち県道539号の進行方向を撮影している。
正直、丁字路の形状からして、自然に体が向くのはこちらである。
角が切られていて曲がりやすいし、微妙に道も広い。

だが、県道130号の順路は、こちらではない。
(県道に拘らず、ただ“神”へ行きたいだけならば、どちらからも行くことが出来る)


県道130号は、こっち(右折)!

ますます忍者屋敷然とした路地へ入っていく!

そして、始まった重用区間の短いこと短いこと!
わずか50メートル。
それが、ここにある県道重用区間の全長である。
2本の弱小な県道が、すれ違いざまに軽く会釈を交わすような、本当にささやかな重用区間だ。
しかも、この重用区間が集落内の県道で一番狭い気がする。力を合わせて、この道だ(笑)。



弱小県道たちが必死に頑張って(?)いるのに、それに対する道路管理者のスルーっぷりが悲しい。
デリニエータを含めて、沿道には県道をアピールするようなものが未だに見当たらないのである。
ここに“団子ヘキサ”の道路標識の1本でも立っていたら、全国からその筋のマニアが集まる一つの聖地になりうるだろうに。
なんというか、観光地でもなんでもない(ちょっと忍者感のある)普通の集落の中に、2本の県道が肩を寄せ合っている姿が、妙に印象に残っている。

さて、たった50mの重用区間が、もう明ける。
我らが県道130号は左へ進み、県道539号は右から来てこちらへ入る。


オマケ: 県道539号は、こんな感じ

県道130号の探索後に、その足で県道539号も探索したので、岩室集落内の県道539号の模様も、少しだけ紹介しよう。
両県道とも、岩室集落内は1車線の狭路が続いている。
だが、グーグルストリートビューで詳細に見ることが出来るので、印象に残ったことを少しだけ。

県道539号を終点方向(甲賀土山IC方)から岩室集落へ向ってくると、集落に入る直前で、市道源田中野線と交差する。
写真はそこで撮影したのだが、ここにも県道130号の入口にあったものと同じ、「直進 通り抜け困難」の看板が立っていた。
しかし、設置者が「岩室区」ではなく「滋賀県」と表示されているのは注目に値する。これは一応、県管理道(⊃県道)であることの証しと捉えられる。

さらにここには加えて、「岩室区」が設置した案内板も立っているのだが、その内容が県道に対して冷淡過ぎて、…微笑みが出た。
右図に「×」で示した区間が「通抜困難」だと案内しているのである。
おいおい、そこは集落住民の大切な生活道路である県道だぞ、「通抜不可」は言いすぎじゃないか〜。
狭いから、集落に関係のない通過交通を排除したい気持ちは、よく分かるけどね。



また、集落内の県道539号は、なんとバス路線になっている。
バス停があったので、それと気付いた。
甲賀市が運営するコミュニティバス「ハローバス」が、ここを通るらしいのだ。
路線の位置を上の地図(チェンジ後)に表示した。

あの激狭な県道130号との重用区間を、バスが通っているとは驚きだ。
もっとも、運行便数は1日わずかに3本(しかも平日のみ)とのことだから、実際にこの集落の人たちが公共交通機関で外へ行くには、1kmほど歩いて国道1号に出てからということになるのだろう。

とまあ、私が岩室集落の県道539号で印象に残ったのは、こんなところだ。




県道539号との絡みを終えると、我らが県道130号は、“神”を目指しての佐山丘陵越えをスタートさせる。
集落の南の端に達するまで150mほど、右左に小刻みなカーブを繰り返しながら路地に毛が生えたような道が続く。
相変わらず、県道を示すようなものは何もないなと思っていたが…

……これは?(→)
路傍の塀に取り付けられた、「滋↑」と書かれた小さな金属プレートを発見。
経験値不足のため断言出来ないが、おそらく滋賀県の用地杭的なものだと思う。
やや拡大解釈を許されれば、県道の証しといえる。

その後、集落を外れると短い下り坂があり、小さな川沿いに道は移った。地図に和田川と注記のある川だ。



8:05 《現在地》

起点から約650m、森の中の川縁に収まった道は、集落内と変わらない1車線で、なおも続いている。

この道をこのまま行くと……?

地図を見る限り、もう400mほど進むと再び市道源田中野線と合流して、“神”へと通じている。

ようするに、このまま行けば問題なく“神”に至れるのであるが、県道っていうのはそんなに甘くない!(断言)
地理院地図において、道に県道の色が塗られているのは、ここまでだ。
突然塗りがなくなる(=県道でなくなる?)場所のすぐ脇には、和田川を渡る地図には描かれていない1本の橋が実在する。

察しの良い方は、もうお分かりだろう。
真の県道は、この橋を渡って地図にない道に入るのだ。
この地域の県道の管理者である滋賀県甲賀土木事務所が発行する管内図などに、そのような記載が確認される。



ご覧の橋が、県道130号の地図にない区間の始まりを告げる存在だ。
小さな橋だが、地図にない橋にしては本格的な、ちゃんと自動車が渡れる橋だ。しかも予想に反して、「通行止め」を示すような看板も封鎖も何もない。
入りたいならご自由にどうぞである。

“ヘキサ”のような標識も、銘板もない、とても地味な橋だが、その唯一のアイデンティティのように目立っているのが、9.0トンの最大重量標識だ。
極端に数字が小さいわけでもないし、敢えて標識で明示しなくても、それより重い車が出入りしようとする可能性は皆無と思えるが、こんな標識がわざわざ設置されていることが、微妙に県道らしさを演出している。



和田川を渡る、県道の橋。
至って平凡な1車線の鋼コンクリート混合桁橋である。
銘板がないので現地では名前さえ分からなかったのだが、帰宅後の机上調査で滋賀県が平成26年度に行った橋梁点検の結果一覧表(pdf)を見ていたら、この橋と思われるデータが以下の通り記載されていた。

一般県道岩室神線 南平(みなみひら)橋
 竣工昭和53(1978)年 全長6.8m 幅員3.5m 判定結果III

同一覧に本県道の橋は2本記載されており、残る1本の橋と名前は現地でもはっきりしている(後の回で登場する)ので、消去法で本橋が上記の橋となる。
問題は、判定結果IIIということで、これはI〜IVの4段階判定でのうち下から2番目、「早期に措置を講ずべき状態」だということだ。
遠からず通行の規制が行われうると思うが、探索時点(平成28年10月)では何事もなく解放されていた。




地図にない、“神”へと至る県道が始まった!

この先には、神の試練の如き壮大なる障害物が……!