ルートレポート 鷹森林道 その2
2002.11.13


 降り止まぬ雨の中、びしょぬれの私は、キノコの群生する、町境の峠に達した。
これより、森吉町森吉へと下る。
かの地は、いま、ダム工事によって永遠に地図から消えようとしている。
もう2度とは、走ることのないあろう道が、そこにはあった。

<地図を表示する>



峠からの下り
2002.10.10 9:52
 下りに取り掛かる。
峠での休息は、わずか3分足らずであった。
雨に濡れた体は、水分を欲するということがないし、立ち止まることは、危険な体温の低下を招く。
まして、この先は長い下り坂である。
嫌でも、体は冷えるのだ。
まるで、戦場の兵士のように、無駄をなくしすぐに動くのが、最も雨の苦痛を減らす術なのだ。

 登ってきた鷹巣町側よりも、こちら森吉町側は、さらに荒れている。
勾配も険しく、峠からのしばらくは非常にタイトな九十九折が続く。
ごらんのように、視界がほとんど利かない状態だ。
MTB用のタイヤから、ロード向けのスリックなタイヤに履き替えている私が、最も慎重に走らねばならないコンディションである。
源五郎岳の姿
9:54
 山を転げ落ちるように、一気に九十九折を下り、ふと視界が開けた。
目に飛び込んできたのは、鉛色の空と、蒼い森、その2色だけの世界。
そこに、私の居場所などないように思えた。針の先ほども!

 幅、僅か2メートルほどのこの道の上だけが、この森で私に与えられた唯一の場所であるように思える。

 こんな気持ちになるのは、初めてではないような…。
前は確か…、
それは、トリオで挑んだ、魔の60km、青森県は弘西林道での、迫り来る夕暮れの中であったことを思い出す。

 普段、その美しさに息を呑む景色も、今は愛せない。
はやく、この魔境を脱したい一心であった。
しかし、焦る私をあざけ笑うかのように、おなじ景色が繰り返される。
下れども下れども、なかなか景色に変化は訪れない。

 森吉の広大な谷 
10:01
 森を抜けると、下りが幾分緩んだ。
ペダルを濃く足を覆い隠すほどに高く茂った雑草で、路面の起伏がわかり辛くなっていて、怖い。
対岸が雲に霞んで見えるほどに広大な谷が、目の前に現れた。
これこそが、ダム建設が進行中の森吉の谷である。

 ほんの数十年前まで、森林軌道が往来し、学校があり、たくさんの集落に数千人が暮らした森吉の谷は、2つのダムによって完全に息の根を止められようとしている。
この上流約10kmの地点には、昭和28年に完成し太平湖を成す「森吉ダム」が、すでにある。
そして、現在建設が進む「森吉山ダム」(紛らわしい)は、さらに巨大な規模で、今立っているこの辺りまでが水没する計画だ。

 注意書き 
10:06
 廃れた林道の脇に、妙に新しい看板が。
その内容は、
  注意!!

現在位置から下流の河川については、森吉山ダム建設工事に際し危険防止のため、ダム完成時までこの先工事関係者以外立ち入り禁止となります。
 だそうである。
いよいよ、ダム工事が現実に、今まさに進行中であることを認識する。
この場所までは、この看板のほかには、まったく工事の気配は感じられなかった。
終点 森吉町森吉
10:05
 道が平坦になると、すぐに終点である。
この写真の橋を渡ると、まもなく県道に合流する。
当然この一帯は、いずれ水没する場所であり、見渡す限り、建物はなかった。
 数年前に、県道を通ったときにも、すでに移転が進み閑散としてはいたが、まだ人が住み、自動販売機があり、郵便局もあった。
今は、この地を離れる事ができる者はすべて離れた。
いずれ来る湛水の日、水没のとき、ここを離れられないのは、生える草木だけか。 そう思うと、こころなしか、ここの草木の生え方は、自棄になっているような気がしないでもないが、そんなわけないか。
 感傷的になり過ぎた。 …。
 合流点の写真。
奥のほうには小さく、工事用のプレハブ小屋が見えている。
左に写るガードレールは、県道の橋のものである。
その県道のさらに向こうにもかすかに橋が写っているが、これは、現在利用されている仮設道路(県道の代替道路)のものだ。
 この写真は、林道分岐点に立っていた案内図の一部を拡大したものである。
こういった案内図が数箇所に立てられていた。
この図が示すのは、ダムの完成予定時までの、工事の進捗に応じて幾度も変更される「県道」の道筋である。
この日の時点では、濃い赤の実線部分と、それに続く緑色の破線が、“現道”であった。
今後平成14年の後半、すなわち来年の後半には、今いる緑の破線の道は封鎖され、赤い実線と、トンネルを含むオレンジの実線が供用される計画だ。
そして、ダム完成時(2011年の予定)には、赤い実線の大部分も湖底に沈み、代わりに、湖を渡る長大橋を含む黒い実線部分が供用されるという、何重にも渡る付け替え計画があるのだ。

重機の音だけが響き渡る谷間に、灰色の空から、止めどなく雨が落ちる。

寥々とした気分のまま、一本の道を終えた。




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