郡界隧道  前編
はじめての 遭遇 
宮城県 柴田郡大河原町〜角田市
 またひとつ、「山形の廃道サイト御提供:全国隧道リスト」に記載の隧道が、廃棄されているのを確認したので、ここに報告する。



あなたはここで、

また一つ新しい体験をする!







 今回紹介する廃隧道は、郡界隧道という。
この隧道は、『隧道リスト』によれば、「一般県道 亘理大河原線」上に存在したことになっているが、現在の郡界トンネルがあるのは、「主要地方道 亘理大河原川崎線(県道番号は14)」である。

そこは、トンネルの名が示すとおりの郡界であり、トンネルの西側は柴田郡大河原町、東側は角田市(昭和33年まで伊具郡角田町)となっている。
ただ、特に古くからある峠というわけではなく、旧隧道の開通を期に使われるようになった道のようである。

阿武隈山地の北端が白石川と阿武隈川に挟まれて先細りになっていく、その過程の低い稜線に、新旧のトンネルが、並んでいる。


 大河原町の中心地である大河原は、白石川の両岸にほぼ均等に発達した歴史ある商業地である。
東北本線と、国道4号線が、白石川を挟んで併走しており、通過交通量は並大抵ではない。

この町の主軸と直行しているのが、この主要地方道14号線であり、その路線名が示すとおり、大河原町を経由地として、亘理町と川崎町とを結んでいる。

大河原駅付近から亘理・角田方面にこの県道に入ると、帰宅途中の女子高生の間をすり抜けて、間もなく小高い丘にさしかかる。
これが、郡界トンネルのある峠である。



 申し分なく線形改良の施された2車線の緩やかな登りを800mほどこなすと、あっけなく雑木林のスカイラインが現れる。
その直下には、大きく口を開けるトンネル。

ありがちな近郊里山の峠風景に、ともすればこのまま通り過ぎてしまいそうだが、ここには、旧隧道が潜んでいる。
現トンネルの僅かに50mほど北寄り、少しだけ奥まった場所に、不自然に固められた斜面があり、それと分かる。



 しかし、一目見ただけで、どうも旧隧道は無事ではないことが、察知された。

扁額や坑口の上部と思われる構造は見えるのだが、肝心の坑口が、積み上げられた土砂か土嚢の様なものに邪魔をされ、見えない。
見えないだけなのか、塞がれているのか…。

早く近づいて確かめたいのだが、その前には、旧道敷きをふさぐ障害物。
フェンスが。



 このフェンスは、単に立ち入り禁止のために設置されているものではなく、看板によれば、「路面清掃土砂の仮置き場」を囲う為のものだ。
あまりこのような用途で使われている土地を見たことはないが、いずれにしても、赤字で立ち入り禁止と書かれてあった。

フェンスの内側には、砂が多少積み上げられていたが、目立った発見はない。
それよりも、坑口である。
坑口は、無事なのか!!

接近する。




 ぐふっ
む、無念。

坑口は、たっぷりの土嚢によって、完璧に埋め戻されていた。
塞がれて相当の時間が経過しているようで、土嚢それ自体も、地表のように安定している。
夏場には、おそらく草むらと違いが無いようになるのだろう。
とてもじゃあ無いが、この土嚢を退かして、穴を拓くことは、無理だった。(そんなことを考える方がおかしい?!)




 しかし、辛うじて扁額は地表に現れている。

そこに江戸勘亭流に近い自体で堂々と記されているのは、右書きで「郡界隧道」の4字。

坑門自体はコンクリート製だが、扁額は、石材のようだ。
残念ながら、坑門の全体像は分からない。
『隧道リスト』によれば、郡界隧道は全長55m 幅員3.9m 高さ3.5mという、それなりの数字。
幅が狭く、乗用車ですらすれ違いは出来なかったことだろう。
気になるのは、リストにはなぜか、竣工年が無記載になっているのである。
コンクリートの坑門は、昭和に入ってからの竣工を連想させるが、右書きの扁額は、昭和20年代以前だと考えるに妥当だ。
しかし、竣工年が記載されていない理由は、分からない。




 扁額の前に立ち、坑門前を振り返る。

残念ながら、この失われた隧道についてこれ以上のことを、この場所から得ることは出来なさそうだ。

一縷の望みを賭けて、反対側の坑口へとまわってみることにした。



 僅か50mほど先には、出口があるはずだが、低いわりに稜線は険しく、強引に突破できるものではなかった。
坑門周囲ののり面は全て、一様にコンクリートで覆われている。



 現道の郡界トンネルに迂回する。

郡界トンネルは、銘板によれば、竣工1988年(昭和63年)。
全長は104mと旧隧道の約2倍、幅は9.25mと2.5倍に拡張されている。
完成から20年近くを経過した現トンネルだが、歩道を含み十分な幅が設けられているお陰で、古さを感じさせない。
旧隧道の狭隘という面目を一新したかたちだ。





 さて、あっと言う間にトンネルを通り抜け、そこは角田市。

とても失礼だが、私は宮城県のこの福島県浜通にも近接した場所に、市があることを知らなかった。
自分の勉強不足を恥じて、レポートを書きながら市のサイトに行ってみたのだが、
なんとも尖ったところのない、市の置かれた温和な気候そのまんまのような、平穏なデザインのサイトがあった。
別に、驚くような「へぇ〜」もなく、あくまでも平凡。
いや、平和。

強いて言うなら、角田宇宙推進技術研究センターや、角田ロケット開発センターなどという、宇宙技術関係の設備があるようだ。
でも、それよりも私は、特産品として紹介されていた 「しいたけ 梅干し なし 長いも」 に、親しみを覚えた次第である。

『どこでも採れそうなものばっかりじゃねー?』は禁句。




 さて、労せずこちら側も坑口へのアプローチを発見。

しかし、案の定、坑門を埋め尽くす土嚢の山…。


お、終わった。

廃隧道探索で、開削消失の次にがっかりする展開である。






 一応、扁額までよじ登ってみる。

南東方向を向いている土嚢の斜面は、反対側よりも遙かに植生が豊富であり、夏場は接近困難と想像された。

間もなく、扁額が見えてきた。




 やはり、扁額の直ぐ下に、土嚢の上端があり、僅かにも内部を窺い知ることは出来ない。

植生の豊富さの他に、もう一つ反対側と違う点がある。

それは、坑門の上部、さらに上に稜線まで続くコンクリートののり面があるのだが、その坑門とコンクリート吹きつけ斜面との隙間に、新しげな土嚢が、いくつか積まれている点だ。

だから何、と言われると、返す言葉もない。
 



 達筆すぎて、判読に労したが、扁額のデザインは反対側と同じだった。




 … で、 終わり?!

















 


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2005.5.3