旧 橋桁隧道
死を誘う魅惑の隙間…
秋田県大館市 白沢

 古くは明治より、近代秋田の交通を支え続けてきた奥羽本線。
東北本線と並ぶ東北の大動脈として宿命付けられていた“本線”だったが、その福島〜秋田〜青森を結ぶ487.4kmに及ぶ行程には、険しい山々にいくつもの大河…殆ど手付かずだったみちのくの自然そのものが立ちはだかっていた。
 明治26年、工事は青森・福島両方から開始された。
それぞれが、暫定的に北線・南線と呼ばれ、ほぼ両者の中央であった秋田県湯沢を目指したのである。
そして、明治32年の6月、県境の矢立峠の難工事を制し、当時の北秋田郡白沢村にまで鉄路を伸ばした奥羽北線が、秋田県鉄道一番乗りを果たした。
さらに、同年11月には当時まだ市制が敷かれる前の大館町(現大館市)までが開業している。
その後も日露戦争を挟みつつも工事は続き、明治38年に遂に、南・北線は一つになったのである。

 今回のターゲットは、明治32年に開業した大館〜白沢間にある。
白沢駅の南500mほどの位置に、この区間で唯一の隧道「橋桁トンネル」がある。
現在利用されている橋桁トンネルは、昭和46年に奥羽本線の電化に伴い竣工した複線のトンネルだ。
それ以前、明治の開業当時から69年もの永きにわたり活躍した旧トンネル。
それがターゲットとなる。




 いよいよ県北でも春の訪れが強く感じられる4月上旬、青森県碇ケ関を目指し国道7号線を北上する山チャリストの姿。
計算通りとはいえ、順調に順風を受け労せず北上してゆくその様は、幾多の困難に挑む山チャリストらしくないように感じられる。

 否。
自転車は、自然を活かして進むべきものなり。
さればこそ、真の自然との一体感を得られるのだ。
これぞ真の『山チャリ道』なり。

 …言い訳くさくならぬうちに、さっさと本題に入ることとする。

 大館市街で90度方向を転換し、県境へ向け北上を始める7号線。
勾配は非常に緩やかながら、彼方の矢立峠を目指し、確実に上りは続いてゆく。
その途中、市街と県境のほぼ中間地点にあるのが、白沢地区である。
 写真に見える町並みが白沢の集落であり、その向こうにはこれから越える峠の山並み。
奥羽本線と国道は概ね並走しているが、この辺りでは線路は向かって右側になる。
 ちょうどこの場所にチャリを置いて、旧橋桁隧道の探索に入った。




 というのも、想像していたよりも容易く、目指す隧道の北側の坑口と思われるものを路傍に発見したからである。
実は、大館〜白沢間に旧線と隧道が存在するというのは、文書で確認したに過ぎず、明確な位置は把握していなかった。
 そもそも、大体この辺だろうなというアタリだけで隧道を発見することは、今回のように廃線後半世紀以上も立っている物件の場合、困難であることが多い。
やはり、…度重なる隧道探索で、“野生のカン”というものが付いてきたのかもしれない…。
まあ、草木の覆い茂る前の早春と言う時期を選んでいることが、功を奏しただけともいえるが。

 写真では分かりにくいが、木々の間に石組みの坑門が見えた。
そこに続く盛土の延長上には、レンガ造りの小さな橋台も認められ、現在のトンネルがすでに地中に潜った部分の、より国道寄りの位置に旧線があったことが分かる。




 
 国道にチャリを置き、山に分け入ると、一本の小川が透き通った水を勢いよく通していた。
お馴染みの長靴装備になっているとはいえ、流れは速く深い。
少し緊張して、ジャンプで越す。
そうして、高さ4mほどの急な盛土を登る。
この時期、こんな場所では手がかりになる生きた草がなく、結構辛いものだと感じた。

 まだかすかに残雪も残る、枯れ草に覆われた盛土の先。
わたしの前には、惜しげもなく官能的な(!)坑門を晒す、明治の隧道がその姿を現した。
なんどでも、興奮する一瞬だ!!


 が、近付いてゆくと、何かおかしいことに気が付いた。




 うおーー!!

埋没している!
正確には、坑門から3mほどの地点の天井が抜け、もともとトンネル上にあった土砂が流入してしまっている。
死んでいる。

 辛うじて倒壊を間逃れている坑門自体も、要石もなく、凝った意匠のない無骨な印象。
材質自体も、レンガとは違うように見える。
一つ一つの石が大きく、ごつごつしている。また、色も白っぽい。
これは全くのわたしの想像だが、付近には多くの鉱山がこの竣工の当時稼動しており、そこで造られたしたカラミ石(鉱滓を固めて造った非常に硬い石材)ではないだろうか。




 探険家としての血が騒ぎ、危険とは思いつつも、崩れた地点まで侵入。
どうみても、崩落はごく最近だ。
露出した土には、雑草は一切なく、枯れ草もない。
崩壊は、まさに今冬の出来事ではないだろうか?

 しかし、内壁にはレンガが使用されていた。
崩落時に内壁を覆っていた薄いコンクリートの吹きつけが剥がれたらしく、露出したレンガは、なんとも綺麗な赤色である。



 崩土の山に登り、現在侵入できる最も奥に立った。
隧道を埋め尽くした土砂は膨大であるが、土はふかふかしており足を取られる。
もし、下にまだ空洞があって陥没したら怖いなー、なんて思いながら、何の対策もなく進入してしまったことを…少し自己嫌悪。

…またやっちゃったよ。


 しかし、ここまできたら気になるのが人情。
何がって?
それは当然、更なる奥です!




 でも、その前に、もう少し断面を観察。
だって、滅多に見られる場面じゃないでしょう。
僅かに残ったこのアーチ部分も、こんな状況ではもう一冬越せなそうだしね。

 どうでしょう皆さん?
自然に崩落したこわーい隧道ですが、
手抜き工事はありませんか??
ご覧のように、レンガは3重程度に巻かれている模様。
もし欠陥があったとしても、時効でしょうけどねぇ。





 で、これが肝心の、さらに奥へと続いているであろう隙間。
ここからは、トンネル独特の涼しい空気が感じられ、たしかに、向こうに空洞はありそうだと感じる。
見た感じ、幅は広いが、高さが余りにも低い。
まるで亀裂だ。
とは言っても、急角度の下りであり、足からスポッと潜り込めないこともなさそう…。
土は非常に脆く、体重で崩しながら降りて行けるイメージも、頭をよぎる。
覗いてみても、何も見えず…。


 結局、ここに潜るのは勇気どころか蛮勇、いや、狂気だろう。
そう自制して、何とかこの場所を離れることが出来た。

この決断が、我が人生にとって大きな意味を持っていたということは、後ほど知ることになる。


後編へ
2003.4.12


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