
そこは、壁の向こうに広がる、密かな空間。
おそらく、その存在を数十年と秘してきた、忘れられた空間である。
既に人の気配が消えて久しい廃坑の、そのさらに埋め戻された壁の奥、
本当の坑道の姿があった。
何十年、或いは… それ以上の古から、人が地下に汗を流した。
命を削った、 その現場。
我々は、ここには書ききれないほど、重いものをヒシヒシと感じた。
不気味な姿に圧されたわけではなく、その忘れられた存在の現出に対しての、圧倒的畏敬!

これから紹介する部分は、前回までの部分と区別して、「旧坑」と呼ぶことにする。
旧坑は、間もなく二手に分かれた。
直進からは、僅かだが風の流れ(!)、もしくは、ひときわ強い冷気を感じた。
まずは、右手の穴。
どちらも完全な素堀で、近代的なものは何一つ見られない。
散乱しているものは、瓦礫と、支保工の残骸だろう、無数の腐朽した材木。
悉く原形を留めていない。
直感的に、ここはもの凄く古い場所である気がした。
分岐から20mも行かぬうちに、右の坑道は、完全な落盤で消滅していた。
分岐へ引き返す。

再び本坑。
こちらも、いつ閉塞が現れても不思議はないと思われる、目茶苦茶な様子。
かなり崩落も進んでいるのだろうが、もともと、かなり雑な堀り方だったのかも知れない。
とにかく、これでもかと言うほどの素堀り。
荒々しく、痛々しくもある、地球の傷口。
壁の赤さは血の如くだが、それは産出物ゆえか。
赤だけではない。
所々、ライトに照らされ青く輝く場所がある。

圧巻。
これが、鉱山というものなのか…。
突如現れた、中天の大広間。
しかも、天井は別の横穴へと繋がっている。
そこへ行く手立ては、我々にはない。
だが、これだけは言える。
我々の知らない、どれだけ古い穴とも知れぬ空洞が、この地中には、無数に存在するのだ。
入り口から辿っていって繋がっている場所など、一部だけだろう。
外界とは物理的に完全に途絶され、あらゆる光や、音さえも届かぬ空間が、眠っているに違いない。
想像しただけで、震え…いや、奮えるではないか!
その孤絶は、最高に私の想像力を刺激する!!

見たところ、この旧坑には、そしてこの鉱山の我々の見た限りどこにも、生あるものは見あたらなかった。
しかし、旧坑に散乱する朽ち木には、光の無い世界に相応しい、色のない生物が、生長していた。
いや、細胞レベルでは生物でも、ちょっと我々とは違いすぎるのか。
綿のようなカビの、こぶし大のコロニーが、僅かに見られた。
むしろ、これ以外、具体的には蝙蝠の一匹も見られないことは、不思議でさえある。

さらに進むと、一見穏やかな板張りの通路。
だが、ここにも近代的なものは何一つ、見つけられない。
あるのは、岩と、木の板だけ。
ゴミ一つ、ペンキの文字一つ、見あたらない。
電灯設備などが存在した痕跡も、全く見られない。
もしかしたら、一体に電気設備が引かれる以前の坑道…大正以前の廃坑である可能性も、ある。
あくまで、可能性だが。

穏やかな場所は、そう続かなかった。
すぐに、通路の半分以上を埋め尽くす、致命的な落盤が行く手を阻んだ。
だが、これにへこたれる我々ではない。
瓦礫斜面をよじ登り、本来の天井の位置に立った我々が見た景色は、水面と化した洞床。
そして、目と鼻の先に見える、次の崩落だった。
二つの崩落に挟まれる形で、独立した地底湖は、深さ40cm程度はあったが、濡れるを厭わず突破。
ふたつめの崩落をも、よじ登り、そして…。

水 没
そして…
断 念
私は、この景色が、忘れられない。
見渡す限り、どこまでも繋がっていた、透き通る静かな地底湖。
それは、深かった。
歩いては、渡れぬほどに。
どこへ通じているのか、通じていないのか。
また行きたいという気持ちは、今もある。
だが、接近自体容易ではない場所。
ボートなどを持ち込むことが非常に困難な場所である。
謎は、謎のまま地中に残り続けるのも、また、あり。
おそらく坑道など、そう言う世界なのだ。
隧道なら、いくらか顧みられることもあったかも知れない。
だが、坑道は、使い捨て。
その非情こそが、私の心にまた、グッと来るものがあった。
無論、隧道を否定するものではぜんぜん無い。
無いのだが、坑道もまた、アツイ。
手に負えない、世界だと知った。
引き際を学ぶには、打って付けだ。
なにしろ、押す一方で進んだら、間違いなく迷死するだろうから。
おそろしいが、また蠱惑の領域。
それが、私の見た坑道と言う世界。
隧道とは使命の異なる、 もう一つの、 地底空間。

引き返しながら、来る時には気が付かなかった穴を、頭上に発見した。
それは、坑道の脇に凹んだ空間から、天井へクレバスのように深く狭く切れ込んでおり、そこには、
一瞬我が目を疑ったのだが、木の板が、遙か頭上まで打ち据えられている。
なんなんんだ!
この板は、この板の壁は、何を意味しているのだ!
そして、これほど巨大な木製構造物が、よくぞ、現存していたものだ。
しかし、まだ最高の驚きが最後の最後に残されていた。
この木板の壁の裏に回り込んだ時、私が見たものは…。

垂直坑道。
何よりも私が驚倒したのは、この垂直の坑道を行き来するための、その木製の梯子。
そして、その梯子を設置するための基礎として、この遙か頭上に至るまで延々と組み上げられた木製の壁。
これが、鉄やコンクリで坑道整備が行われる前の、古き坑道の姿なのだろう。
このような、全く正気の沙汰とは思えぬ垂直の梯子を、坑夫達は身軽に行き来していたのだ。
しかも、ろくな灯りなどないままに。
すごすぎる。
すごすぎるよ。
告白する。
色々探索した2004年だったが、その中で一番、
私にとっていっちばん衝撃的だった瞬間が、この発見の刻だ。
坑道は、本当にて手に負えない。
手には負えないが、サワリだけでもうクラクラ。
イイモノを、見させて頂きました。

旧坑に15分、それ以外に15分。
合わせて約30分間の、地中トラベル。
観光坑道にはない、生さが、堪らんな。
でも、現在の所、これが最初で最後の坑道探険となっている。
なぜかと言えば、俄に全貌を理解できるほどの甘い世界でないことが分かったから。
隧道を探り尽くす刻は来ないと思うが、もしそんなことがあったら、次なる地底の世界は決まった。
派手にやれば私の手が後ろに回る心配もあるので、今のようなサイトは存続しないかも知れないが…。
いずれ、地底には、まだまだまだまだ、ワンダーが沢山あることが、判明。
写真は、隙間から本坑に脱出する時に撮影したもの。
この隙間が、狭くて高くて、大変だった。
以上。
完