隧道レポート 静岡県道16号下田石廊松崎線 旧弥陀山隧道

所在地 静岡県南伊豆町手石
探索日 2010.1.15
公開日 2010.9.21



右図で赤く示しているのは、石廊崎を回遊する道路上の主要なトンネルのうち、戦前に建設されたものである。

前回、「一色隧道」の冒頭でも触れたが、これら戦前生まれの隧道群の多くは、開削当初こそ集落間を結ぶ生活道路としての意味合いが強かったが、戦後しばらくして半島を循環する観光ルートの一部となるに至り、その狭隘がネックとなって相次いで改築されている。

下田から石廊崎への主要なルート上にあるこの弥陀山(みださん)隧道は、当初より多少の観光色を有していたようであるが、やはり石廊崎区間の開通によって手狭となり、昭和46年につくられた新トンネルに主要道路としての地位を譲って久しい。



弥陀山隧道は大正12年というかなり早い時期に開削されているが、当時の事業については今ひとつ明らかではない。
しかしこれからレポートする通り、坑門に凝った意匠が施されていることから、当初より石廊崎へ向かう観光道路としての性格を持っていたことが伺われる。

なお、本隧道が貫いている小さな岬には、その名の由来となった「手石の弥陀ノ岩屋(国指定文化財等データベース)があるのだが、これは海上からしか見ることが出来ない。

以下は『南伊豆町誌』に見る、新トンネル建設の一節である。

旧弥陀山トンネルは、バスの中で前後に海が見える独特のものであったが、車の相互通行ができず、石廊崎観光の大きなネックであった。昭和47年3月南側に新弥陀山トンネル(昭和46年度建設、延長81.4m、車道幅員7.5m)が新設された。工事費4800万円。


それでは、その“独特の風景”とやらを探しに行こう。



前後に海が見える隧道…?



2010/1/14 15:42 《現在地》

新旧道の下田側分岐地点。
二又の交差点を逆方向から撮影しているので、ちょっと分かりにくい写真になってしまったが、分岐地点を挟み込むように前後に二軒のドライブインがある。
生憎このときはいずれも閉まっていたものの、旧道はそのうちの一軒の進入路としても利用されている。

次の写真はドライブインの正面、★印の地点で撮影した。




はい、発見!

伊豆の旧隧道はこのパターンが多い気がするが、ほとんど旧道を味わう間もなく、目の前に弥陀山隧道の東口が現れた。

さてさて、どんな隧道だろうか。
近付いてみよう。




旧道は1.5車線の幅で、弥陀山隧道はそれよりさらに狭い。
普通車同士であっても洞内で離合するのには気を使うだろう。

そんな狭いトンネルゆえ、東口前には離合のためのスペースが用意されていた。
ここで面白いのは、その待避スペースが石のブロックで区画されていたことだ。

まさか隧道開削当初からこのようになっていたとは思えないが、ブロックは坑門に使われているものと同じようなサイズの石材で、一部はアーチ状の装飾?が施されている。
ドライブインが無人だったために、これ以上説明できないのが残念だが、不思議な感じを受けた。




改めて、弥陀山隧道(大正12年竣工)の東坑門である。

見ての通りの石造隧道だ。
そして、要石を除くアーチ部分のみが煉瓦巻となっている。
本隧道は道路用鉄道用を通じても絶対数が少ない、石と煉瓦の複合隧道である。

近世より石の産地として著名であった伊豆半島には、かの有名な天城山隧道をはじめ、熱海市の観魚洞隧道など、古い石造隧道が幾つも存在する。
中でも上に挙げた天城山、観魚洞、そしてこの弥陀山隧道の3本は、近代土木遺産に指定されている、いずれも現役の石造古隧道である。

さらに詳しく見ていこう。




日本の近代土木遺産(←このリンク先はWEB版だが、より詳しい書籍版もある)には、「(旧)彌陀山隧道」の名称で登録されており、Cランクの評価を受けている。
天城山が国重要文化財クラスのAランク、熱海市の観魚洞が県重文クラスのBランクに指定されているのよりは劣るが、伊豆半島には登録に至らない多数の石造隧道も存在しており、Cランク(市町村指定文化財クラス)でも、文化財としては評価の相当高いといえるだろう。

その「評価情報」の欄には、「県東部で唯一の煉瓦トンネル/端整な煉瓦ポータル=総切石積でアーチ環のみ煉瓦を見せる」と書かれており、やはり石材の宝庫である伊豆半島において、敢えて美観に優れる煉瓦を用いたことが、高評価につながったもののようだ。

ゴツゴツとした石の質感の中に納められた煉瓦のアーチは、個人的にはちょっと違和感の強すぎる感じも受けるが、保存状態が素晴らしく、確かに希少な文化財の説得力を持っている。
道路としてはほとんど必要性の無くなった現在であっても、通行止めにされることなく町道として維持されているのも嬉しい。




煉瓦は小口積(煉瓦の最も小さい面(小口)を表にする並べ方)の四重巻で、スプリングラインより上のアーチ部分を受け持っている。

側壁部も煉瓦とした方が美観的には優れたようにも思われるが、石と煉瓦の複合隧道のほとんどが、このようにアーチ部分のみ煉瓦を巻いている。

石材と煉瓦では単位容量当たりの価格は煉瓦の方が高い(はずだ)が、アーチ部の施工性は軽い煉瓦の方が優れており、重用されたと言うことも関係すると思われる。

なお、煉瓦の内壁に突き出ている3本の突起物は、電線を取り付けていた金具の痕であろう。




煉瓦環の頂部には、立派な要石が填め込まれている。
特に文字などは書かれていないようだ。
また、この要石は僅かに内壁に出っ張っており、坑軸方向の奥行きを容易に確認することが出来る。

坑門部分にしか要石が無いことからも分かるとおり、煉瓦アーチにとって要石は飾りに過ぎないが、これがあるお陰で全体がビシッと締まった印象になるのである。

また石造のポータル(坑門)は、煉瓦で言うところの長手と小口を一段ごと交互に積む方法(これを煉瓦の場合は「イギリス積」などという)で、笠石と帯石の意匠も見られる古い様式に忠実なものだ。
なお、ツタ植物に隠されている部分には扁額が存在する可能性が高いが、見えない。(涙)




坑門の観察を終えたので、続いて洞内へ。

『道路トンネル大鑑』巻末のリストによる、本隧道の昭和42年当時のスペックは以下の通り。

弥陀山隧道
延長:70m 車道幅員:3.5m 限界高:4.5m 竣工年度:大正12年
路線名:主要地方道下田石室松崎線 覆工あり、路面未舗装

石積の側壁は垂直で、やはりイギリス積風に積まれている。
また、これらの巻き立てが施されているのは、出入り口からそれぞれ15mほどだけで、中央部はコンクリートによって巻き立てられている。
おそらく当初素堀だった部分と思われるが、建設当時の写真を見たことがないので断定は出来ない。






「旧弥陀山トンネルは、バスの中で前後に海が見える独特のものであった」



果たして、町誌に懐かしまれた眺めは健在だろうか。

前方は激しい逆光のため、この位置からではまだ外が見えない。

なのでまずは、振り返ってみよう。








海、見えた!


これは確かに、旅の印象に残りそうな眺め…。

文化財の判断基準になっているのかは分からないが、この眺めが消えなくて、本当に良かった。




隧道は直線で見通しが良く、特に中央部のコンクリートで巻き直されている箇所については語るべきことを見つけられなかったので、足早に西口へ迫る。

そして、海が見えるかを確かめにかかる。

まぶしい逆光の中に、水面を探す…。

残念ながら、かつて見えていたはずの海は、坑口と海岸線の間に現県道が出来たせいか、印象に残るほどは見えなかった。
そこには小さな入り江(小稲漁港)があるのだが、反射する海面がほんのちらっと見えるかどうか…。
ただ、「バスから見えた」というのもポイントで、もう少し視座が高ければ、今でも良く見えるかも知れない。





次回は、さらに美しい西坑口を紹介する。


が、それだけではない。

敢えて前後編に分けた理由とは?






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