道川の手押軌道隧道 最終回
泥濘の廃隧
秋田県秋田市 上新城



 ついに、製油用手押軌道の隧道に決着をつけるときが来た。
昨日、唯一残された坑口を捕捉。
そして、今日朝一番で、再び現場に赴いた。
幸い、雨は早い時間に止み、いくらか日も射しつつあった。

 既に、反対側の坑口が埋められてしまっていることを確認済みである。
もはや、道としては全く価値のなくなってしまった隧道に私の出来ること。
それは、往けるだけ奥へ、歩みを進めることしかない。
私にできる限りの全てを、この隧道に施そう。





 覚悟の上、再び隧道の前に立った。
今度は、長靴のほかに、上下のビニールのカッパを着用してきた。
もちろん、しっかりした懐中電灯も持ってきた。


 意を決して、いざ進入。





 坑口は、地表より低い位置にあり、3mほど急な斜面を降りて隧道へ入る。
大量の泥がスロープのように洞内へとなだれ込んでいる。
そのために、坑門は内部に比較しても、かなり狭くなっている。
また、廃材のようなゴミが多少散乱している。





 内部に立ち、奥を見渡す。
天井に非常に近い位置に視点があることがお分かりいただけると思うが、標準的な身長である私でも、完全に起立すると頭を打ちそうに感じるほどに、天井は低い。
高さは、1.8mほどだろうか。
それに比して、幅は十分に取られており、乗用車が普通に通行できるだろう。
幅は、3m位といったところか。

 昨夜の雨があるので心配していたのだが、足元はぬかるみ、奥からはひっきりなしに水滴の落ちる音がするものの、入り口から水没してしまっているということは無かった。
昨夕と状況は変わっていなさそうだ。

 懐中電灯を点灯させ、一歩一歩、奥へと進む。




 まもなく、昨日ひきかえした崩落点にたどり着いた。
ここまでは、入り口から20mほど。
もう入り口の明かりは殆ど届いていないが、振り返ればすぐそこに明かりは見えている。
 懐中電灯で崩落の全体像を把握する。
5m位に渡って、天井が落ちているようであるが、その奥には、平らな洞床が見えている。
高いところで50cm以上も降り積もった崩土や落石を出来るだけ迂回し、さらに進んだ。




 そこを越えると、再び平穏な路面となった。
しかし、締っているとはいえ、足元は一面の泥であり、長靴が3cmほど歩くたびに沈む。
また、小さな水流が発生しており、普通の隧道ではありえないほどに大音響で、水の流れる音が聞こえている。
音は、奥のほうから聞こえていた。
また、水流は、奥のほうへと、流れていた。

 嫌な予感がした。




 まもなく、足元に白く反射するものを見つけた。
なんとそれは、新品のように輝く一本の蛍光灯であった。
辺りには、全くこの蛍光灯を設置していたと思われるような人工物は見当たらないし、これ一本だけ、不自然に泥の上に落ちていた。
まわりには、ゴミ一つ落ちていないのに…。
これだけの厚い泥の中に埋没していないのはどうしてなのか、それに、そもそもこの蛍光灯が何なのか。
大変に気になったが、手がかりが無い。





 さらに進むと、景色に大きな変化が現れた。
両方の壁面に、1m間隔ほどで立ち並ぶ、支保工の跡。
それらの材質は全て木であったが、腐りきっており、全く本来の役目を果たしてはいない。
もはや、廃墟を彩るオブジェクトの一つに化していた。

 正直、照らし出した先に、やせ細った死人の群れのようなこれらが浮かび上がったときには、生きた心地がしなかった。
そして、心細くなって振り向くと、もう、入り口は嫌になるくらい遠くになっていた…。


 はは、は…。
こっ…こえぇ…、この隧道、怖い。






 その先も、嫌な朽木は続いていたが、それよりも足元が深刻になってきていた。
隧道自体は、やや下っているようで、いつの間にかせせらぎのような水音を伴うまでに成長していた水流が、我が物顔で洞床を蛇行して奥へとさらに流れている。
この水流が穿つ小さな渓谷は、まるでグランドキャニオンのミニチュアのように、深く切り立った断崖を形作っている。
高低差は50cmほどあり、もしはまり込んだら、大変なことになるだろう。
そのうえ、足元一面は軟弱な泥地であり、滑りこそしないが、谷を跨ぐ際には細心の注意を要した。

 徐々に増す水音。水流。
ひっきりなしに天井から落ちる多量の地下水。
進むほどに下って行く洞内。
 嫌な予感は、確実に一つの結末を、像として結びつつあった。





 何ですかーコレ!!

 一つ前の写真にも、天井一面に、怪しいヒダがこびり付いているのが分かるが…。
気色悪いこと、この上ない。
ツララにしては、全く透明度が無いし、鍾乳石にしては茶っこい。
そもそも、4・50年で、こんなに成長しているわけ無いよな。

これ…
 何なのよー!!!






 ああ。
テンパって来てるな、俺。
ちょっと、気持ち悪いよ。この穴は、マジで。
 そもそも、奥には何がある?!
何も無いんだよ。
あるのは、永遠の暗闇。
決してどこにも抜けられない。
…これまでも、閉塞してると分かっている隧道って、凄い気が重くなったけど、ここもそう。
ここは、特にだ。

 ますます深くなる足元の泥に、一歩一歩進むのだけでも、苦痛を感じる。
 なんか、声を上げるのも憚られるって感覚、分かる?
もしさ、気合入れるために「おーい」とか言ってみてさ、
もしだけどさ、なんか、自分の声以外が聞こえてきたら、嫌じゃない、さ。
そんなこと、ありえないんだけどね…。





 ついに、一歩も前に進めなくなった。

なぜならば、足元の泥が、余りにも深くなってしまった。
まだ、ライトを照らした先に隧道は、ずっと続いているのが見えた。
すくなくとも、あと50mは、閉塞している気配が無い。
しかし、そこはもう、水面の上に見える世界であった。
今いる場所の、ほんの5mほど先に水際があった。

 泥の深さは、ついに、長靴の丈を越えてしまった。
そんな事態を考え、腰までは大丈夫なようにカッパを着用しては来たが、こんな泥では一歩も進めない。
実際、この写真を撮影した場所からいざ帰ろうと、一歩下がるだけでも、危うく足をとられ転びかけたのだ。
無理をしてこれ以上進んだら、きっと、転倒する。
へたをすれば、そのまま窒息して、帰らぬ人になるかも…。

 そう考え、ここを、私の到達点とした。





 振り返る。
そこに見えた、生の世界の光は、余りにも微かであった。
一心に奥へと進んできたが、私の到達点は、北側坑口から約150mである。

 隧道の総延長は、少なくとも、300mはあろう。
…まだまだ、この漆黒の泥濘は、続いているのだ…。
しかし、ひとまず、私の探索はこれまでとする。






 にゃ。
ニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

にゃんと、こんな所に肉球の痕跡が!!
しかも、その数は膨大。
こんな暗闇に、ニャーが灯りも持たず(当然だ)進入して来た意図は、一帯にゃんなのだろうか?
しかし、やはりさすがのニャーも、この先の地底湖に見かねて、ここを終点としたような感じだ。
いったいいつの足跡ニャのか分からないが、一見新しそうだ。





 謎が謎を呼ぶクライマックス。

こうして、私の探険は、多少の和みを持って、終了した。



   製油用手押軌道の隧道

竣工年度 1920年代  廃止年度 1950年頃  
延長 推定 300m〜500m   幅員    3.0m    高さ  1.5m〜2.0m

一方の坑口は埋められており現存しない。
内部には著しく泥が堆積しており、また一部は水没しており、さらには崩落も発生している。
2003.4.7


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