名川隧道  中編
三者占領下に置かれ…
山形県朝日村 上名川

 地図にもしっかりと記載されている旧国道だが、なんと私は見失い、しかも気が付けばその洞門の上にいた。
なんという失態!

苦笑しながら、私は本来の道。
つまりは、足元の洞門内部に入る手段を、考えるのであった。
せめて、チャリは無理としても、自分だけでも下りられないか?!



 
 なんという幸運!
すぐ傍には、洞門の下の道路脇に下りるハシゴが一基あった。
無論これは、私のような馬鹿な者のためにあるわけではなくて、崖下の発電所へ繋がる管理廊の一部のようである。
傍には発電所取水口を示す東北電力株式会社の水利使用許可表示があった。
先ほど現道の長瀞橋から崖下を見たとき、確かに谷底にそれらしい施設が見えていた。
流石に谷底まで行こうとは思わなかったが、ハシゴは続いていた。
私は、洞門内部に下りられれば、それでよかった。

とりあえず、ハシゴが谷底の取水施設と洞門内部だけでなく、洞門上までを繋げている理由は分からないが、救われた。




 下りて辺りを見回す。
ハシゴゆえ、流石にチャリは置いてきたが、まあよかろう。
廃墟を覚悟したが、意外なことに洞門内部はまだ使われていた。
もっとも、道路としてではなく、倉庫として。

周囲には様々な家財や機材が散乱、或いは山積みされており、煩雑な様相を見せている。
その中でも目立つのは、写真に写る看板と、洞門内にかなりのスペースを占める巨大コンクリ塊である。
看板には水利使用について書かれている。
また、おそらくはこの取水施設の関連設備であろうが、巨大なコンクリ塊が何かは分からなかった。

とりあえず、来た方向へと戻ってみよう。
私の背後は、行き止まりなのが一目瞭然である。(写真は後で)



 得体の知れないコンクリ塊の脇に残された車一台分の土の道を歩く。
すぐに洞門は元々の幅を取り戻すが、相変わらず様々な資材が所狭しと積まれている。
洞門は急な右カーブ(写真は振り返って撮影してるので左カーブだが)となり、まだその先にも続いている。
さきほど200m以上も歩かされていた藪が全てこの洞門の天井であったのだから、その長さも納得だが、長瀞橋の現道が出来るまではこんな狭くて、しかもブラインドカーブの連続する洞門が国道であったのかと、興奮した。
それにしても、頑丈そうな洞門である。
普通、洞門といえば台形や長方形の断面をイメージするが、外観は台形のように見えつつも、内部はご覧の断面である。
側壁の明かり窓がなければ、まるっきり隧道のようである。 珍しい。
一応舗装の痕跡はあるが、その上に泥が堆積していて、極めて滑りやすい。



 円形断面部は長くはなく、すぐによく見られる洞門の姿となる。
しかし、年季の入り方ではこちらの方が一枚上に見える。
円形部は後から追加されたものかも知れない。
写真は、円形部から長方形部に切り替わる部分だ。
またも崖に沿っての激しいカーブが待っている。
道幅は1.5車線程度で、歩道はない。
3桁国道とは言え、交通骨格を成す重要路線として「国土交通省直轄道路」となっている本路線には、似つかわしくない姿だ。
廃止もやむ無しであったのだろう。



 約200mほどで出口であった。
入り口は再び車一台分の幅だが、外には出られそうだ。
だが、目を凝らして眩しい外を見ると、先ほど稼働していたブルが停まっている。
まさに、工場のまっただ中に出てしまうようだ。

面倒を避けたい私は、一度引き返しかけた。
しかし、どうしても洞門の入り口の姿を確認したかった。
考え直して引き返すと、小走りで洞門から出て、そこにあった倉庫の影に身を寄せた。

まるで、ゴキ…忍者である。



 そこから人目を盗んで撮影したのが、この写真である。
これが、精一杯だった。
本当はもう少し離れて全体像を捉えたかったが、無理は避けた。

しかし、この姿では、もしこれを目の当たりにしても洞門だと気が付けなかった可能性もありそうだ。
ただのプレハブの作業小屋のようである。
よく見ると、確かに洞門の形をしてはいるが。



 チャリの元へ戻らぬ訳には行かない。
よって、洞門へ再び走り込んだ。
いま来た洞門内部を戻る。

チャリさえなければ、もう脱出してしまいたいのが本音である。
なんせ、今チャリがある場所は、洞門の上。
これ以上先に進んでも… きっと…。

吊り橋の存在に一縷の望みを託そう。
あの吊り橋が、もし洞門上に一端の袂を置いているのであれば、脱出出来る。




 相変わらず清涼感のない梵字川の濁流。
取水施設の一部が谷間に見えている。






 ハシゴの元まで戻った。
そこから、いま来た洞門の外見を振り返る。
私が辿ってきた洞門上の草むらが、確かに道でないのがよく分かる。
うっとおしいばかりの緑に、洞門はその姿の殆どが隠されていた。

気は乗らないが、再びハシゴを登り、チャリの元へ戻ろう。




 最後に、洞門の終点を。

ここは、ハシゴのすぐ先、本来ならばこの先にも旧国道が続いているのだろうが、もはや通り抜けは完全に不可能だ。
扉すらないプレハブの壁が立ちはだかっている。
そして、壁の向こうには何やらオレンジの灯りが灯っている。
ここもまた製材所の工場なのか?

いずれにしても、私がここにいることが知られると面倒そうなので、灯りの傍には近寄らず、まず人に見つかることもないであろう洞門上に戻る。



 チャリは、洞門上の藪に待っていた。
いつの間にかチャリもハシゴを下りてきていてくれたら、どんなに楽だったろうか。
しかし、そんなことはあり得ない訳で。
そもそも、こんな場所に運び込んだのも私の訳で。

もう、さっきの藪に引き返すのだけは、どうにか避けたいのであるが。
果たしてこの先どうなる事やら。

吊り橋を目指し、チャリを押して藪を再び漕ぎ始める。




 吊り橋に近づくにつれ、道ではないはずの洞門上だが、次第に草むらは浅くなり、藪は左右に退いていった。
もしや、吊り橋は洞門上に繋がっているのか?!

期待を込めて、橋に迫る!





 グフッ


橋は、足元の洞門に吸い込まれていた。
正確には、足元にはテラス状のレンガ敷きスペースがあり、清掃も行き届いた快適そうな観光地の姿があった。
吊り橋は、このテラスから繋がっており、またテラスには洞門へと入る扉があるようだ。

真上から見るのでは、洞門の中がどうなっているのかは窺い知れないが、おそらくは、人が休憩できるスペースなのだろう。
なんとか、この下のテラスに下りられないだろうか。
もう、これ以上洞門上を進む気にはなれない。
藪が酷いというのが一番だが、そもそも道でない場所をチャリで進む意義が見えてこない。
私のモチベーションが維持できないのだ。

洞門内部を、進んでみたい。




 下りたいが、下りる場所がない。
さっきはハシゴがあったのだから、一カ所くらいはここにもハシゴがありそうなのに、無い。
さっきのハシゴから、この場所まではほんの50mほどだが、とても洞門外の谷沿いに足場はなく、移動できない。
チャリ同伴など、もってのほかだ。

無茶な考えだと最初は思ったが、私は真剣に、ここからチャリを落とし、自分もその後を追うことを考え始めていた。
高さは3m程度。
でも、下が草むらならなんとかならなくも無さそうだが、コンクリートだしな。
それに、チャリを初めに落とす訳で、人の目が気にならない訳がない。
なんせ、橋の対岸には大勢の人が思い思い過ごしており、こちらに注目している気配はないが、無茶をすればちょっと通報されかねない。

結果、ここから下りることは、余りにもリスキーだと結論づけられた。

諦めて、先へと進もう。


 行く手には、現道の中の橋の姿。
ずっと奥には、山形自動車道の驚愕すべき白亜の高架橋梁。
山形道は未だに月山道路の区間だけ未開通であるが、元より自動車専用道路の月山道路をその一部であるかのように振る舞って、先へ続く。
しかし、月山道路の始点はこの辺り上名川の谷底から100m以上も高い位置にあり、高速道路に赦された勾配や無理の無い線形での接続を実現するために、ちょっと信じがたいような山上を通っている。
チャリとは無縁な世界の話だが、下界から見ているだけで、なんか、興奮する。

山岳地帯の高速道路は、下から見たときのほうが面白い。


 などと、遠い世界に目を向けて現実から目を背けても、それは一時の事でしかない。
現実を見れば、最悪の結末。

吊り橋の先に、道はない。
いや、道はあるが、道は洞門にのみ接続している。
洞門上のスペースは、切り立った断崖によって完全に寸断されている。

ここに「名川隧道」を発見した瞬間であった。
長い長い洞門から、そのまま迫り立つ岩壁に吸い込まれていく旧国道。
それこそが、名川隧道の正体であった。
地図に旧道は記載されていても、隧道の記号は無い。

理由は不明だが、現役時に通行しても隧道と気が付けなかった?
それとも、隧道自体は短いので航空写真に写らなかったから?




 さて、どうしよう。

崖に阻まれた部分は、徒歩でも一切取り付けなそう。
無謀といわれる私でも、本当に無謀な訳ではなくて、出来ると思うから進むのだ。
これは、無理。私には進めない。

やはり、なんとか下に降りて洞門から隧道へとアプローチする以外に方法はないだろう。
そう思って再度辺りを見回すと、行き止まりの直前は洞門ごと沢を渡っているのだが、この沢の袂に、沢に降りれそうなハシゴを見つけた。
ダメもとで、これを覗き込む。






全然駄目だ。

ハシゴは淵の底に続いているが、その先には洞門の側壁が押し黙ってあるだけで、扉すらない。
そのうえ、水上沢というのだが、この沢はもの凄い険谷であり、近寄るだけで命が危ない。
なにやら、洞門の底からは唸るような水音も響いてきているし、滝になっているのかも知れない。

やばい。
チャリはおろか、私だけでも降りる場所はない。

進むことは出来ない。
しかも、退路は藪。

もう選択肢はない。




 恨めしげに吊り橋を眺めていると、数人の観光客が渡ってきた。
私のことは気が付いていないと思うが、騒ぎになったら嫌なので、彼らの視界から消えるように、山側に離れる。

まさか、たかだか800m程度の地図にも平然と載っている旧道で、こんなに苦しめられるとは。
奥が深いぜよ。




 先ほど洞門内に私を誘ったハシゴの前に戻ったとき、私はどうしても元来た藪に戻ることが嫌で、前代未聞の決断に及んだ。
それは、チャリをここから洞門に落とし、自分ははしごで下りて、チャリと共に洞門を通り戻ると言うアイデアだ。

チャリ好きの方には、「お前は殺人者だ!」とか「チャリに乗る資格なし!」とか、散々非難されそうであるが、チャリはあくまで私の道具。
道具の使い方を決めるのは、主人の役目だ。
チャリよ、落ちてくれ。

 さらば。


私は、自分でも驚くほど躊躇いなく、チャリを突き落とした。
無論、躊躇わずとも最大限に慎重にだ。
万が一崖下まで落ちればそれで旅は終わるし、変な落とし方をすれば故障は免れまい。
そこで、サドルから落ちるように工夫して。落としたのであった。

手を離すと、チャリは一瞬信じられないという顔を見せた(気がした)が、すぐに現実世界の法則に従って3m下の草むらに墜落した。





 まるで墜死体のようにひっくり返った愛車の姿。

ただ転倒しているだけにしか見えない?


さて、運命の生死確認である。
故障だけは、堪忍してくれよ。






 無事だった。

ただし、

 サドルが裂けてしまった。


思った通りサドルから地面に直撃していたものな。
まあいい、名誉の負傷だ。

ますます愛着の深まった愛車(名前はない)の前に広がっているのは、快適な洞門の道である。
再びあの激藪に戻ることを思えば、なんと幸せな道であろうか。

まさかこうなるとは思わなかったが、ウルトラ“C”でチャリと共に洞門に戻った私は、洞門から現国道へと力強く漕ぎ出すのであった。





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2004.7.26