隧道レポート 尾去沢鉱山 煙道  中編 

公開日 2006.10.03

煙道という道

 大煙突への決死行 下層


 探索を開始して20分を経過。午後0時21分。
私と細田氏は、廃墟を潜り抜け、目指す煙道へと辿り着いた。
昭和50年頃の航空写真(右)には、何本にも枝分かれして大煙突を目指す煙道がくっきりと写っている。
煙突までの距離は300m、高低差は50m程度だろうか。

 煙道は、急なガレ場の斜面に築かれていた。
地表にUの字型の蓋を被せただけの単純な構造であったことが、内部へ入ってみて判明。洞床はそのままの地面だった。
天井の高さは3m程度、幅は2.5mくらいだろうか。
規格としては、少し大きめな森林鉄道隧道といった感じである。
また、随所に窓があって、一部の窓は煉瓦で目張りされている。
無論これらは採光窓というわけではなく、効率的に煙を通すために必要だったものだろう。
また、これは見ての通りだが、大変に崩壊が進んでいる。



 窓から南方向を見る。

 すっかり壁だけになってしまった精錬所の廃墟が連なっている。
また、いまいる煙道とは別のもう一本の煙道が、同じ大煙突目指して立ち上がっているのが見える。
しばらく行くと、この煙道とも一つに合流することになる。



 登りはじめてまだ少しだが、我々は歩みを止めなければならなくなった。

 不気味に青い粉を吹いた巨大なコンクリート塊が、天井にぶら下がっている。
それは人間と較べても遙かに大きく、それが、むき出しになった鉄筋によって吊り下げられている状態は、まさに我が目を疑う異様な光景。
なによりも大きな問題だったのが、先へ進もうとするならば、このどう見ても不安定そうな“石ギロチン”の右か、左か、どちらかを選んで潜り抜けねばならぬと言うこと。
その際、下手をすれば触れてしまいそう。
万一落下してきて、それが不幸にも自分の方に倒れ込んで来たらと考えると……  ガクブル。



 だが、あくまでも「触れさえしなければ」大丈夫なはずなのだ。
いくら何でも、我々が近くを通ったときの微妙な空気の振動だけで落下してくるような物ではないだろう…。

 そう決め込んで、我々は一人ずつ慎重に、慎重に、身を屈ませてここを通り抜けた。

 大丈夫だった。 大丈夫だったよ。
だが、写真の細田氏の身のこなしからも、いかにこれが恐ろしかったのか、お分かりいただけよう。

 →楽しくない!「ゆらゆら巨石動画」(公開中)




 勾配は一定ではないが、急な部分は本当に急で、岩山によじ登るかのようである。
当然のことながら、地表は猛烈に乾いており、踏みつけた岩がガラガラと軽そうな音を立てて落下していくことなど日常茶飯事。
2人以上で歩く場合、ある程度離れて、相方の落とした石を避けれるようにしないと怪我をすること必死である。
まるでナイフのように尖った岩がゴロゴロしている。
軍手とヘルメットは絶対に必要だ。



 壁は、もはやそれがコンクリートだったとは信じられないほどに脆くなっている。
その表面には、黄色っぽい透明な結晶がびっしりと生えており、ここが煙道という、化学工場の機関内部であったことを思い出させられる。

 →気持ちわるい!「ボロボロ壁剥げ動画」(公開中)



 大煙突への決死行 中層

<12:26 現在地点>

 登山をするかのようにガレた岩場をひとしきり登っていくと、さっきはだいぶ遠くに見えた南側の煙道(上リンク地図中では「B腕」とする)が、いまにもぶつかりそうに近付いてきていた。
そしてこれは、このままの角度で接続することになる。



 また、この「B腕」とは反対側の窓に目を遣ると、平行するように同じ工場を出発したもう一本の煙道がすぐ近くに見えた。
それを見ると、我々がいる煙道はこれでも一番マシな状況であるのだと分かる。
これ以外の煙道はどれも途中で圧壊してしまっているのだ。




 まずは左から「B腕」が接続してきた。
覗き込んだ「B腕」は、45度は有ろうかという猛烈な下りで、足元はガレている。こんな所で転倒でもしたら、下に届くころには体の角が良い感じに削げてミートボールになってしまいそうだ。
別の工場内部へ続くようであるが、こちらは調査していない。



 そして、そこからまた心臓破りの急勾配に耐えて登っていくと、急角度で右に曲がった。
空中写真では、このカーブを突っ切って真っ直ぐ大煙突に向かう煙道が見えるが、現地にはその痕跡を見つけられない。
崩壊が酷く、立ち止まっているだけでも危険であるから、じっくり調査という雰囲気ではないのだ。


 天井が抜け落ち、その落下した天井の上を歩く部分もある。
そこからは当然上がよく見える。
いよいよ目指す大煙突の懐に接近してきたのが分かる。
いつの間にか、雨は止んでいた。



 右側に平行してきた煙道とも、遂に一つになる。

 文章では伝えきれない廃なるものの美しさ“廃美”を、この写真から体感していただけるだろうか…。
私は廃墟歩きは余りしないが、廃なるものに惹かれ、また背徳感を胸に歩く、その気持ちは分かるつもりだ。
産業遺構は特に好きだ。
今回なども、煙“道”という、道の存在を喜ばしく感じたほど。
「ああ、レポできるな」って。

 今回は、そんな番外編的なレポートだった。




 一度は一つになった煙道が、すぐまた二手に分かれた。

 右は少し行って行き止まりになっているように見えたが、行ってみた。
そこは、ホッパーのように上が開いた空洞になっていた。
足元は平らで、本当に煙道としてだけ使われていたものか、自信が揺らぐ。
鉱滓などを煙道内部に投棄することもあったのだろうか。


 行き止まりには、上だけでなく、右にも人一人が通り抜けられる小さな穴が空いていた。
壁の分厚さが、すごい。
外に続いているようなので、脱出してみた。



 この窓を閉めるのに使っていたらしい煉瓦が幾つも散乱していた。
その内の一つには、おおきく「NTK」の刻印が。

 NTKはおそらく日本特殊陶業(株)の印だろう。
ラジオCMでよく耳にする“NGKスパークプラグ”は、この会社の製品である。
同社のサイトで調べると、NTKニューセラミックの製造を開始したのは昭和24年とある。
この施設の稼働時期とも重なるのである。(ただし、現在は煉瓦類の製造はしていないようだ)



<12:34 現在地点>

 禿げ山の中腹に立つなんらかの施設跡がそこにあった。
枝分かれした煙道は、このプラントに続くものであったのだ。
外へ出た我々は、崩れかけた廃墟に誘う上り階段を見つけた。

 いったい、この山に何が起きているのだろう(写真右)。
保水力を失った禿げ山の地表が、建物ごと徐々に崩れ動いているとでも言うのか。
しっかりと地に築かれた重厚なカラミ石の階段が、空箱か何かのように崩れていた。



 廃墟犇めくこの山は、地球最後の日、そんな極限的光景の縮図のように思えてくる。
自分たちが当然のように信頼し、命を預けているこの大地さえも、ときには盤石ではないのだと、そう感じさせられる光景だった。
この山にある全てのものが、色褪せ、死んでいっている。



 一面のガレ山となった北側斜面。
かつてはここに鉱山トロッコが通っていたはずである。(航空写真にも痕跡は見られる)
煙道をどう潜っていたのか分からないのだが、向こうに見える選鉱場から伸びてきた軌道はこの辺りの斜面を横切って、南の尾根を通洞で越えていたと考えられる。通洞は大正期の地形図にもしっかりと記載されている。
だが、これまで何度か調査しているものの、通洞はおろか、この周辺の軌道跡は全く発見できていない。
おそらくは、全て山が飲み込んでしまっているのだ。



 建物は2階建てであった。
しかし現在は屋上のように見える場所にも、膨大な量のコンクリートの塊が、散乱している。
そして古い写真を見ると、この建物は3階建て以上あったようである。
3階部分が倒壊し、2階建てになってしまったのだ。そうとしか考えられない。
!恐ろしい崩壊の様相だ。
廃止後半世紀にも満たないこの巨大廃墟群には、想像を絶する崩壊が進行していた。
何かが、絶対おかしい!



 崩れかけた手摺りに寄り添って下界を臨むと、そこには一際目を惹くシックナーがあった。
いまから40分ほど前には、あの袂に我々はいた。

シックナー(遠心分離器)は、あの擂り鉢状のプールに鉱物と水の混じり合った泥を浸し、それら全体を円運動させることで、比重の違いから分離しようという機械だ。
だが、私はこれほど大きなものを今まで見たことがなかった。もし稼働していたら、どんなにか迫力があっただろう。


 ここで細田氏が興に乗り、下界に向かって片腕を掲げた。
なにやら演説を垂れたそうだったが、ちょっと痛い光景だったゆえ、その写真はパスする。
その後、我々は煙道に戻った。
大煙突は、もうそう遠くないはずだ。


 12時42分前進を再開。

 遺跡と呼ぶに相応しい、異形の通路を、我々は黙々と歩いた。




 窓。

 すでに登り始めた地点からは40m以上も高度を上げている。
煙道の中にいると感じづらいのだが、もうここは山のかなり上の方だ。



 胸を地面に擦るような急勾配が、急に止んだ。
ここから先は、殆ど平坦な道となるようだ。
もう、大煙突は目と鼻の先だ。
前々から気になっていたあの大煙突を、図らずも内側から見るチャンスが来た。
これはなかなか出来ない体験だと思う。
細田氏も、かなりこの煙突についてはご執心だったようで、いつも以上に積極的に歩いているのが分かる。

細田氏も、はじめて会った頃を思えば、ほんと逞しくなった。




 ニヤニヤ?

 細田氏がニヤニヤして待っている?!

 来たのか!

あの光の向こうに、大煙突が?!



ドクン ドクン 
 ドクン ドクン 
  ドクン ドクン
 ドクン ドクン …  きっ 来そうだ!!




 前方に、今までにない真っ暗闇を発見!

 そして、そこは広そうだ!

 光が届かぬ、そんな広さを感じる!


 キタキタキタぞ! これは大煙突に間違いない!!



 大煙突、いまその直下に到着!

 外の光が射し込んで、なんとも幻想的な色合いに充ちた空間。

 高さ60mという、尾去沢鉱山大繁栄のシンボルマークだった、大煙突。

 その内部には、どんな景色が待っているのだろう。

 最後の最後に垂直な壁が立ちはだかった。


 もうすぐ、待ち望んだ景色が……。


 次回、
 大煙突内部。 そして更にその先へ…。