旧仙人隧道 大荒沢口坑門 その22004.10.7撮影
岩手県和賀郡 湯田町


 
 




 足元に広がる一面の泥沼。
その異様な景観の主は、泥の中を一直線に横切る、鉄道とその駅の姿である。

重力式アーチダムとしては、現在でも国内第三位の規模を誇る湯田ダムは、昭和41年に完成している。
ダム堤を先頭に、和賀川流域の全長16kmに亘り水没域を生じさせ、移転を余儀なくされた世帯は622戸にも及んだ。
特に、ダム堤に最も近い位置にあったこの大荒沢集落では、集落全体が水没する状況となり、移転により集落は完全に消滅してしまった。
集落の中心部を通っていた国鉄北上線も移転の対象となったが、そこにあった大荒沢駅については、集落が消滅したために移転せず、昭和37年の現在線開通を待って廃止となった。
以来、ダムが通常運用上の最低水位となっても、決して湖上には現れない幻の廃駅として、40年余りの歳月を湖中に過ごしたのである。

地上へと現れた廃駅と、集落の確かな痕跡。
全ては厚い泥の底となり、土石流に呑み込まれ滅亡した遺跡のようでもある。
だが、それでも私は、万感の思いを持って、この景色を見る。

しばし、感動にむせび泣いた。
大げさでなく、夕暮れに輝くその景色は、私の心を揺さぶって、揺さぶって、
留まるところを知らぬ感激を、呼び起こしたのだ。



 湖岸の高い位置に立ち、上流方向を見渡す。

大荒沢駅を出た鉄道路盤が、陸中大石駅(現在地に移転後に改名され「ゆだ錦秋湖駅」となる)へと向けて伸びている。
写真の奥の湖岸の斜面には、小さくスノーシェードの入り口が写っている。
通常の最低水位で地上に現れるのは、あのスノーシェードの辺りまでが限界である。

また、対岸には泥の扇状地。
むかし地理の授業か何かで習った気がするのだが、大河が注ぐ海底には、陸上に見られるような扇状地の規模を遙かに凌駕する、海底扇状地が、大陸棚まで続いているという。
対岸に見えている扇状地は、規模こそ大きくないが、やはり水中にあって醸成されてきた隠れた地形なのだと思うと、また感激してしまった。



 そして、私は湖岸の広大な瓦礫の斜面に降り立った。
時刻は、16時21分。
もう夕日は背後の峠山に隠れ、その影が遠くダムサイトの近くまで伸びている。
写真奥左の白い崖の辺りがダムサイトである。
また、正面の崖の白い部分は、取水口である。
さらに、その右上の稜線がポコンと凹んだ場所が、古来の仙人峠ではないかと想像したが、今ではそこへ辿り着く道もなく、確証はない。

肝心の仙人隧道だが、湖底に鮮明に現れている路盤跡を見失わなければ、容易に導かれるだろう。
瓦礫を踏みしめて、先へと進む。
期待に、胸が躍る。



 先ほど道路からも見えた、残された狭い湖に浮かぶ謎の構造物。
次第に接近していく。
それらは、二つの別々の建物であるようで、残念ながら地上から近づく術はない。
向かって左の小さな方は、2階建ての建築物が沈んで、2階部分だけが見えているようだ。
造りとしては、コンクリ製で、特に面白みはない。
一方、右の大きなものは、ちょうど残されたダム湖を遮るようにして、横たわっている。
その位置からは、元もと川を堰き止めるような形になっていた建築物だと思われた。

そう言えば…。

以前和賀計画を終了した直後にchamさんという読者様から、頂いた情報を思い出す。

 和賀計画で、我々が歩いた発電所導水隧道を覚えてらっしゃるだろうか?
あの隧道は、結局水没のため最後まで歩かなかったが、当楽沢サージタンクの先、どこへ通じていたのかは気になっていた。
そんな中、chamさんに教えて頂いた情報には、湯田ダムに沈んだ、もう一つのダムの話があった。
昭和16年頃に完成し、水没直前まで利用されていた、大荒沢ダムである。
このダムからは、発電用導水路で取水し、二機のサージタンクを経て、和賀川発電所にて発電を行っていたという。
まさに、和賀計画で歩いたあの発電所遺構が「和賀川発電所」であった。

私の心は、またも歴史の虜となっていた。

あの印象深い和賀計画が、私に新しい展開を見せたのだ。
惜しむらくは、あそこに見えるダム遺構には、おおよそ近づく術がないと言うことだ…。



 また、ダムに近づく術がないばかりか、湖岸を進むことさえ出来なくなってしまう。
なぜならば、護岸工事の重機が、その斜面で作業にあたっていたのである。
よくぞあんな恐い場所で働いていると、そんなことに感心している場合ではなくて、あそこで土を掘り返されているのでは、とても危なくて下を通ることは出来ない。
かといって、多くの作業員が監視する現場の真っ直中を通れるはずもなく…。

隧道へ至るには、どうしてもこの斜面を超えねばならぬ…。
この斜面を超える以外には、近づく術はないのだ…。
もうすぐ、5時になれば、作業員も撤収するのだろうか?

半ば諦めながらも、微かな期待を胸に、そこへ腰を下ろすと、ただボーッと湖岸をみていた。



 西日はますます赤さを増していく。
もう、背後の空には、夜の色が浸透するように広がり初めた。

おそらく夕暮れまでに作業は終わらない…。
そんな気がした。
それに、私も、帰宅せねばならない。
ここで夜を迎えれば、またも人外の心境に目覚める危険がある。
あの、蠱惑の闇は、生存して帰ることを至上とする山チャリには…いささか危険すぎるのだ…。


今日最後の陽が、強烈な陰影で廃墟を照らし出す。

今にも蒸気機関車が寂しげな汽笛を響かせ、その広いホームに、滑り込んできそうではないか。

色を失った光は、代掻き直後の豊かな田圃を、一面に蘇らせた。

私の眼前には、在りし日の大荒沢集落が、鮮明に現れたのである!



2004.10.30作成
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