トリオは、トリオたる以前より、それぞれのチャリ歴があった。
もちろんそれは、街乗りや、子供らしいちょっとした探険の足に過ぎなかった。
それでも、転倒の経験は豊富にあった。
そんな我々が、初めて遭遇した、危険極まりない、「転んじゃった。」で済まない転倒。
すなわち
“クラッシュ!” それがこの事件だった。
まだトリオにホリプロの参加する前(“トリオ”じゃないか、それじゃ)のことだ。
保土ヶ谷と俺で行った、確かまだ2回か3回目の大滝山であった。
天気も良く、体調も良好、すべてが順調であったのだ。
ルート別徹底攻略に詳しいが、この道川林道の難所はただ一つの峠に過ぎず、その峠も高低差60m程度のものだ。
当時ではそれでも辛かったに違いないが、なんと行っても大滝山である。安心感があった。
…油断が、あった。
峠を登りきった我々は、完全舗装で幅の広い下りを勢い良く、道川ダムの湖面に面した管理棟にむけて漕ぎ出した。
この下りは一瞬である。
急であるがゆえに、一気に下れるので、ものの1分で、管理棟に至れる。
しかし、最も急な部分に一つのヘアピンがあるのだ。しかも、下るにつれ次第にRのきつくなって行く最も危険なタイプのヘアピンが。
これならいけると思って突入した速度では、曲がるにつれあっという間にアウトにもってゆかれ、慌ててブレーキングするようなコーナーだ。
この“魔”のコーナーで、保土ヶ谷が
クラッシュしたのだ。。
<保土ヶ谷は、この事件に付いてこれまで、余り多くを語ろうとはしなかった。
しかし今回はじめて、私に、その真実のあらかたを、語ったように思う。
ここにその一部を、公開する。>
先頭を走るヨッキれんと、20mくらいの距離をおき、この急な下りのスリルを楽しむ保土ヶ谷(当時1?才)。
ふと口が寂しくなった。
既に背中のリュックから取り出していた菓子、確かラムネ、を口に運びたかった。
しかし、その菓子は普通に包装されていた。
これを解こうにも、両手は当然ハンドルを握っている。猛烈な下りに、次々に襲いくる急コーナーである。さすがに手を離すわけにも行かない。
そこで彼はひらめいた。ハンドルを支持しながら両手を(正確には指先だけ自由になれば用は足りた)自由にする秘技だ。
おもむろに彼は、両手をハンドルから離すとすばやくその両肘を両ハンドルに添えた。
姿勢を前に倒し、重心を前方へ移動する。
“フォームA”の完成だ。
彼がこのフォームになり、いよいよ菓子の封を切ろうとしたその瞬間、魔のコーナーに差し掛かった。
フォームAのままコーナリングすることが出来ないことはとっさに気が付いたらしい。
しかしこのフォームの恐ろしいところは、まず、ブレーキングが一切出来ないこと。 そして、通常の姿勢に戻るためには、一旦両手を離し…という行程が不可欠である点だ。
彼は、徐々にきつくなるコーナーを殆ど曲がることなく、そのままアウト側の白いガードレールに接近していった。
彼はここで考えた。
「もしここで体を横に倒して、路面に横倒しになれば、多分ガードレールに激突する前に止まれるだろう⇒⇒…しかし、すりむいて痛いだろうな。嫌だな。」
激突した瞬間、彼の体は、一切の痛みを感じることも無く、衝撃すらなかったという。
ほぼガードレールに沿った方向に投げ出された彼の体は、そのまま放物線を描き顔面から、墜落した。
とっさに顔をかばった腕と、かばい切れなかった額の一部を地面に激しく擦りながら彼は止まった…。
激痛を感じた彼は倒れたまま、その視線に、彼の愛車から転げ落ちた缶ジュースが下り坂を勢い良く転げ落ちてゆくのを捉えた。
取らねば、と思ったそうだが、次に痛いからやめよう、となったそうだ。結局、先に行ってしまったヨッキれんが戻ってくるまでこのまま転がっていようと決めたらしい。
結論から言うと、幸いにも彼は軽症だった。(額と腕をすりむいただけ)
しかしチャリは、フレームが曲がり(まるで車にはねられたようだった…)、二度と乗れなくなった。
ヨッキれんが、約5分後に現場に戻ると、彼は起き上がっていた。
側溝に転がっている缶ジュースを見つけたが、もちろん彼に何が起きたかすぐには分からなかった。
しかし、聞けば聞くほど、彼の悪運の強さが滲み出してくるように思えた。
だって、彼が墜落した場所は、アスファルトと、ガードレールの隙間のたった数10cmの土の上だったし、何より、ガードレールを飛び越えていたら、そこには切り立った斜面とその奥に青い湖面がしずかに彼を待ち受けていたのだから…。
我々は、その後何とか家に帰り着いたが、とても苦い思い出になったのは言うまでも無い。
フォームAは、きっと貴方も経験があるのではないだろうか?
しかし、もう絶対にフォームAをとっていけない。
フォームAは、八郎潟のような馬鹿ロングストレート専用のフォームなのだから。
以上が、“はじめての道”での”はじめての”
クラッシュのお話である。
分かったらもう寝なさい。 おやすみなさい。