http://yamaiga.com/rail/ikegou/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.76点 / 投票回数 1353人)

4ページ中 1ページ目を表示(合計91件)    1 | 2 | 3 | 4    [次のページ]  
番号書き込み日時書き込みURL▲点数
コメント
51,5532023-03-24 23:30:07/rail/ikegou/main.html8
千葉のショートカットトンネルを作って畑作るじゃないんですね?
木を流すためのトンネル・・・
51,5732023-03-31 19:39:15/rail/ikegou/main2.html8
軸受けと思しきパーツですが、トロッコ台車の連結器部分のようにも見受けられます。現代の保線用トロッコ台車でも見受けられるような、連結棒と呼ばれる平板か棒状の鋼材の両端に開けられた穴にピンを差し込んで繋げるタイプの台車側の受けと見ることもできるかと思います。
51,6062023-04-04 22:56:35/rail/ikegou/main5.html8
〉隧道へ流れ込んだ水は、まだ下流側に繋がっていない切羽に溜まって、これでは工事どころじゃない。

さすがに隧道を掘る際には上流に迂回路を作っていたのではないかと思う。坑口周辺を木板で塞げば済む話だし。単なるミスな気がします。
51,6742023-04-22 14:03:48/rail/ikegou/main7.html8
川筋の搬出設備は、台風等での出水の際は流されるのが前提ですので、現場で入手可能なもので作ることになります。
製材を使う函樋が設けられていたならば珍しい例になると思います。

例えば、目で見る森林伐出手法 : 未来の伝統宝物誌(辻本弘義著)の一部がWEB公開されているのですが、傾斜が急な場所での搬出の例として以下が記載されています。

堰出しの再現
https://wood.co.jp/7-mokuzai/shinrinbassai/t084.htm

算盤修羅
https://wood.co.jp/7-mokuzai/shinrinbassai/018sorobanshura.htm

算盤修羅では、『長さ 150センチ、直径3センチばかりの檜の枝や 雑木を編むようにして敷』いたうえで、『杉場を差し込んだ』とのことです
やはり製材所が近いのがポイントだったのでしょう。

なお、奈良の今昔写真WEBに滝の上から木材を投げる『投出し』の写真が公開されていますが、滝の落ち口に水修羅が見えるような気がします。
投出し
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/page_thumb33076.html
51,5512023-03-24 18:47:24/rail/ikegou/main.html9
池郷川口の写真を見ただけでも、河原が無く岩を穿って流れている様が見て取れる。
上流はやばそうな渓相ですな。
51,5782023-04-01 09:55:12/rail/ikegou/main3.html9
9階の瀧の近くにも、高いところに穴がありましたけど、あれもカリガワ用の穴だったのでしょうか?
51,5952023-04-03 22:27:15/rail/ikegou/main5.html9
このトンネルは、わずかな傾斜は付けたとしても、水平に近い勾配で掘ろうとしたはず。大きな傾斜をつけると、木材を浮かべるべき水が流れ出てしまいますから。
そこに食い違いがあったということは、坑口の高さの測量を間違ったということでしょう。双方から掘って貫通する寸前に高さが違うことに気付いて斜めに掘った、ということじゃないかな? よくある話、じゃないですか。
51,6212023-04-09 03:08:21/rail/ikegou/main6.html9
沢屋さんはこの穴知ってて使ったりもしてるみたいね
少なくとも2018年には通れるようになってるみたい
なんの穴かは当然知らないだろうけど
51,6622023-04-20 01:31:30/rail/ikegou/main7.html9
『最終回-2』の函樋について。
伯母峰峠を境に北山地域と隣接する川上村の村史が
国会図書館デジタルコレクションに有りますが、
1983年11月発行の『川上村史 通史編・史料編』のみ、11ページ目に
『川上式木樋運材』というキャプション付きの写真が掲載されており、
それは木の板で箱状に組んだ水路に水を流して丸太を運ぶ物のようです。
不動滝のハコドイとは少し使い方が違うかもしれませんが、
イメージ的にはこれと近い物だったかもしれませんね。
51,6632023-04-20 01:51:41/rail/ikegou/main7.html9
おっと失礼。
『川上式木樋運材』の川上村は奈良県の川上村ではなく
岐阜県の川上村でした。
51,8562023-06-10 01:37:05/rail/ikegou/main7.html9
遠征に行かれている間は更新もないということで少し前のレポを読み返し、
机上調査で紹介された資料や現場の地図などを見ておさらいしていたのですが、
第一回で
>「こちらは昭和45年に全線開通した白谷池郷林道という県営林道で、
>6kmほど奥の「石ヤ塔」という景勝地までは村道化されて一般車両も通行できる。」
とのことですが、
[近畿中国森林管理局]が公開している[北山・十津川森林計画区 国有林野施業実施計画図]
https://www.rinya.maff.go.jp/kinki/keikaku/shinrin_keikaku/planning_point/attach/pdf/093_kitayama_totsukawa3_bassaisitei_ichi.pdf
や、
[全国Q地図]で見ることができる[奈良県森林基本図(5千分1) 下北山村 ]
https://maps.qchizu.xyz/#17/34.039711/135.950832/&base=std&ls=std%7Cnara_pref_f_00_451kamikitayama%7Cnara_pref_f_00_449totsukawa%7Cwakayama-pref-f5000-00%7Cnara_pref_f_00_452kawakami%7Cnara_pref_f_00_450shimokitayama&blend=00000&disp=100001&lcd=nara_pref_f_00_450shimokitayama&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
などを見ると、
[白谷池郷林道]は、ゲートで一般車を締め出している国有林内の林道のことで、
ゲートより手前の現在[村道池郷線]となっている道の林道時代の名前は
[林道小又池ノ郷線]または[村林道小又池ノ郷線]であるっぽくないですか。

机上調査で紹介されていた『下北山村史』の435ページには、
「森林開発公団によって進められていた小又・池郷川林道も六七年(昭和四二年)に完成した。」
とあるので、この村有林道部分は昭和45年よりも早く出来上がっていたようですね。

それと、[白谷池郷林道]が県営林道だというのはどういった資料で確認できるでしょうか。
現在[国道425号線]になっている道路の一部区間(延長8,553米)が、
十津川側から[白谷国有林]に向かう[国営林道白谷線]と、
下北山村・浦向の[奥地川林道]との空白を埋める
[県営白谷林道]として昭和45年に開通したという話はどこかで聞いた気がしますし、
『下北山村史』の434ページにもそれらしき記述があるようですが、
白谷池郷林道が県営林道だというのは初耳でしたので。

国道425号線はツギハギだらけの酷道なので、来歴が複雑すぎてわけがわからなくなりますね。
53,8002024-03-23 10:17:45/rail/ikegou/main7.html9
よかった
51,5522023-03-24 21:18:44/rail/ikegou/main.html10
永富氏のレポート読んだ筈なのですが、記憶が飛んでいるので再度楽しませて頂きます。
51,5572023-03-25 18:05:48/rail/ikegou/main.html10
フォントの大きさから察するに、またまたワクワクとドキドキが止まりませぬ。
51,5592023-03-26 14:30:59/rail/ikegou/main.html10
本編楽しみです!
51,5622023-03-27 11:13:22/rail/ikegou/main.html10
高まる期待に高まる鼓動!
51,5672023-03-29 18:29:10/rail/ikegou/main.html10
笹川商店について

下北山村史( https://dl.ndl.go.jp/pid/9572722/1/351 )にも出てくる「大阪の笹川商店」ですが、お馴染み国会図書館デジタルコレクション上で見つけた情報をまとめてみました。

大正13年の「大日本帝国商工信用録 土木建築業之巻」( https://dl.ndl.go.jp/pid/2387644/1/296 )に記載されている、大正10年に設立された「合名会社 笹川商店」(代表:笹川喜三郎)が該当すると思われます。(取引銀行に藤田銀行の名前があるので、「多分抵当流れ」という推測にも符合します)

笹川商店の商標にカタカナの「イ」が使われているのは、笹川喜三郎氏が経営していた「伊豫儀」という京都の薪炭問屋から引き継いでいるものと思われます。( https://dl.ndl.go.jp/pid/803657/1/169 〜 https://dl.ndl.go.jp/pid/954627/1/156 )

大阪に移った時期は不明ですが、大正5年の「現代心中ばなし」( https://dl.ndl.go.jp/pid/908596/1/118 )に、「大正三年の四月に大阪市西区今木町材木商の笹川喜三郎方に〜」という記述があることから、この時期は京都と大阪の2拠点体制だったのかもしれません。(昭和2年の「木材船積必携」( https://dl.ndl.go.jp/pid/1111465/1/109 )によれば、この頃には小樽に出張所もあったようです)

「現代心中ばなし」では、大正3〜4年にかけて店員に1500円も横領されていたりと、中々に波乱万丈な会社だったみたいですね……

るくす
51,5712023-03-31 05:34:59/rail/ikegou/main2.html10
「次回、11年後の川原を捜索する。」は同じ回の続きだから取った方がよいかもです。
51,5742023-03-31 20:15:33/rail/ikegou/main2.html10
「のわーっ!!!」(;゜Д゜)が早く見たいです。
51,5752023-03-31 21:34:37/rail/ikegou/main2.html10
永冨さん元気なんかな?
51,5762023-04-01 05:39:49/rail/ikegou/main3.html10
恐るべし不動滝。
早く全貌を見てみたい!
51,5772023-04-01 09:25:11/rail/ikegou/main3.html10
多少、痛むかも知れないけど、あの落差を別な方法で運ぶのは・・・・・・
51,5802023-04-01 18:44:37/rail/ikegou/main3.html10
現役当時は河原の岩が全部水に浸かっていたんだ
ろうけど、この高さを落っことして木って無事で済むの?
いや、商品価値が落ちない程度の傷で済むから
落としていたんだろうけど、職人は凄いこと考えるなぁ。
51,5812023-04-01 19:19:10/rail/ikegou/main3.html10
出口高っか! 水と丸太が落ちる轟音、凄かったんでしょうね
51,5822023-04-01 22:31:53/rail/ikegou/main3.html10
千頭林鉄の隧道を思い出しますねー。
あちらは木を直接流したわけではないですが、隧道の前後で河床高が全然違い片方が絶壁という共通点。
51,5862023-04-02 22:42:58/rail/ikegou/main4.html10
わぉ!
君津市奥米の「開墾場の滝」のスケールアップ版ですね!
とんな閉塞なのか、ドキワクしながら待ってます。
51,5872023-04-03 02:29:09/rail/ikegou/main4.html10
ここにかつてすんごい「スプラッシュマウンテン」があったと。
はっ、もしかしてディズニーのデザイナーもこういう林業を見て発想したんだったりして。
ちなみに英語のwikipediaのtimber slideとかlog flumeという項目が興味深い。
51,5892023-04-03 09:33:48/rail/ikegou/main4.html10
へ、閉塞?
51,5902023-04-03 10:40:25/rail/ikegou/main4.html10
ぐわっ、ここはまさに血沸き肉踊る場面!
51,5912023-04-03 20:15:43/rail/ikegou/main5.html10
なんたる強運!

4ページ中 1ページ目を表示(合計91件)    1 | 2 | 3 | 4    [次のページ]  

この画面の説明