http://yamaiga.com/rail/kubo/ の公開中コメント一覧

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コメント
6,1852011-02-03 05:27:54/rail/kubo/main.html9
いつも楽しく読ませていただいてます。
トンネル内はスラブ軌道にする予定だったようですね(あの10m
間隔のでっぱりはそのためだと思います)
ですのでもし線路を敷いていたとしてもバラストではなかったのではないでしょうか?
6,1862011-02-03 06:13:17/rail/kubo/main.html9
洞床に一定の間隔で築かれた出っ張りはパラスト(砕石)軌道ではなくて、スラブ軌道(高架などでよく見る軌道)の準備物にだと思います。
そこまでして 未使用なのはもったいないですが…
6,1872011-02-03 08:12:16/rail/kubo/main.html7
トンネル内にある「風呂場の椅子」ですが、これはスラブ軌道における軌道スラブ(レールを取り付けるコンクリート板)を設置するための突起かと思われます。
6,1882011-02-03 09:03:00/rail/kubo/main.html10
昭和55年頃というと横浜線の複線化が橋本まで北上していた頃かな?と思って調べてみたら町田まででした。
ちなみに原町田駅が現在地に移動して町田駅に改称したのが前年の昭和54年。
外房線とぜんぜん関係ない話しでごめんなさい。
6,1892011-02-03 09:54:37/rail/kubo/main.html7
以前、外房線の列車の写真を撮ろうとこの付近に行った際、本線から見て新久保トンネル側に波花駅の南側の踏切付近から御宿方向に向かって準備用地と見られる平場の存在を確認しています。この平場は草刈りされないことも多いので、このときに行くと凄まじい藪になっていてわかりづらいのですが、草刈りの直後に行くと綺麗な未成路盤を見ることが出来ます。
6,1902011-02-03 10:25:47/rail/kubo/main.html10
最初からスラブ道床なら、床がもう少し汚れていても良い様な気もしますが、作った当初はバラスト道床で、旧線へ路線変更・新T休止直前にスラブ道床用に改良したのなら判らなくもない気がしますw
国会図書館で、時刻表や鉄道雑誌を読み返すと、何か出てくるかもしれませんねw

ただ、人工物が人手に無い期間が長過ぎますと、屋外は黒く、屋内は白く、風化が進んでしまうのが、房総ならではでしょうか・・・
6,1922011-02-03 13:22:25/rail/kubo/main.html7
編成の向きが変わってしまうと言う事で安房鴨川を越えて房総を一周する様な列車も無くなりましたし、人口も列車の本数も決して多いとは言えませんし、わかしおも12月改正で減便ですし、海水浴列車を運行する時代でもありませんからね。巨費を投じて複線化しなくても現状の交換設備で問題ないのでしょうね。
6,1932011-02-03 13:33:22/rail/kubo/main.html10
風呂場の椅子はスラブ軌道の路盤を止める杭です。
京葉線の線路を見るとよく判ると思いますよ。
横浜:なまちゃん
6,1972011-02-03 17:05:55/rail/kubo/main.html10
面白いですねえ。
>来ていたジャケットに痛恨の穴を穿ちながら(涙)、
着ていた ?
6,1992011-02-03 21:13:00/rail/kubo/main.html9
ごにょごにょしちゃいけません ^^;
6,2002011-02-03 22:07:38/rail/kubo/main.html9
近所じゃん…
よくこの激藪下りましたね…
6,2012011-02-03 22:36:17/rail/kubo/main.html10
スラブ軌道わざわざ剥がすとは思えないので、1回も使っていないでしょうね。
6,2022011-02-03 23:02:23/rail/kubo/main.html6
ここが複線開業する日は来るのでしょうか…
6,2042011-02-04 02:45:03/rail/kubo/main.html10
見るからに往時の鉄建公団の手によるトンネルですね。未成となっている理由ですが、このトンネルが竣工した昭和55年というのは未成線ファンにはグサリと感じる年です。S55年12月の国鉄再建法により当時鉄建公団が建設中だった国鉄新線はほぼ一律建設ストップに追い込まれました。ここの複線化工事ももしかしたらその余波で建設ストップになったのかもしれませんね。
6,2052011-02-04 12:26:29/rail/kubo/main.html7
タイトルが嘘をついているな・・。
6,2102011-02-04 23:21:01/rail/kubo/main.html9
30年間も、一度も遣われずに放置とは・・もったいないですねえ
6,2122011-02-05 00:42:02/rail/kubo/main.html10
もし実際に使用した事があったとしたら、レールや架線はおろか道床まで撤去しますかね。
私も未使用説に一票入れたいところです。
6,2162011-02-05 15:40:53/rail/kubo/main.html10
 先日某掲示板でこのトンネルが話題になった際、別件と勘違いされた方のリンクでこのサイトを知った者です。当時この記事はまだありませんでしたが、今回とうとう取り上げられたということで、大変興味深く拝読しました。
 『鉄道廃線を歩く<8>』の記載についてですが、これは1駅南の区間(御宿-勝浦間)の複線化の経緯との混同によるものではないでしょうか。そちらでは昭和のうちに殆どの範囲で新線が供用開始されていたらしく、複線化までは御サイトで紹介されている現在の伊東線や奥羽本線の一部区間のように、新線のみでの単線運行がされていました。うちは母の実家が鴨川にあり、自家用車を持っていないため年に 2、3回の帰省の手段は外房線に頼らざるを得ませんでしたが、当時特急わかしお号の車窓に見える草生した旧線跡や古びたトンネルは、幼心に『となりのトトロ』に登場する秘密のトンネルを思わせて非常に冒険心をそそるものでした。その後、最も勝浦寄りのトンネルの2本目が開通し、そこに旧線を&#32363;ぐ格好で複線化が完成したと記憶していますが、鉄道しか利用しない者にはこの新久保トンネルもそれらの旧トンネルと同様に古びてみえます。公開コメントで指摘されている部分的な平場も時期によっては列車内から確認できるため、それと併せてこの2区間を一連のものと解釈している人がいても不思議はないと感じます。
 平成元年生れのため、昭和55年頃の実状が分からないのが悔やまれます。長々と駄文を失礼致しました。
6,2312011-02-07 12:43:44/rail/kubo/main.html10
御宿が田舎なもので、当時年に10回以上は該当区間を利用していました。久保トンネルの工事の様子をずっと見ていましたが、結局、久保トンネルはずっと旧トンネルを使用しています。
勝浦までの複線化事業として、線増分として新久保トンネルや御宿・勝浦間の諸トンネルが完成しました。夷隅川橋梁も複線規格でかけ替え。その後、御宿・勝浦間は新線に切替され、ました。しかし、国鉄末期の諸問題により工事凍結。御宿・勝浦間の旧線、新久保トンネル、夷隅川橋梁の路盤半分は放置。その後、地元市町村や寄付で複線化の費用を半分以上負担するという条件で、必要最低限の軌道強化と複線化をした経緯があったハズです。地元からの情報で、具体的な情報の出所はないのですが・・(地元の広報の古いのがあればわかるのですが)
当時、長者町・御宿間は複線用路盤もなく、複線化の対象にするには費用面で断念したと思いますが、なぜ新久保トンネルだけを使用せず、旧久保トンネルを使い続けているのかは残念ながらわかりません。
6,3362011-02-20 01:05:23/rail/kubo/main.html10
おお!
6,4672011-03-06 13:00:05/rail/kubo/main.html9
この記事は興味深かったです。私は昔、外房線沿線に住んでいて祖父母の家が波花にあったこともあり波花駅から鴨川にかけての見慣れた景色に使われないトンネルが複数存在していることを知っていました。
最初は「土気〜永田」の間にしか存在しなかった複線が延長されるものだと思っていたのですが。
1970年代〜80年代から真新しいトンネルだけが完成して長らく手つかずで放置されて、しまいには快速の運転区間短縮。特急の停車駅変更。本数の減便。など利益最優先のJR東日本はいすみ市に複線化するには乗客を3000人?増やせと要求したらしいですし。このトンネルが使用されることはないでしょうねぇ。
鎌取〜蘇我など電化されてから線路改良された区間では新しい路盤が完成するとその都度線路を付け替えて運転。上り下りが別の線路を走る時期もありましたが波花〜御宿のトンネルは使っていなかったと思います。
7,1212011-05-19 03:17:08/rail/kubo/main.html9
初めまして。 
私の地元にもこんなトンネルが有ったのを初めて知りました。 
近く、眺めに行ってみますね(^^
7,4522011-07-02 19:41:36/rail/kubo/main.html8
(´Д`)ノ
7,9392011-08-26 03:19:14/rail/kubo/main.html10
いすみ市(旧大原町)出身。外房線のこのトンネルのこと、全く気づきませんでした。ありがとう。
8,6272011-11-08 14:30:34/rail/kubo/main.html10
しかし、70年代に作られたトンネルは、どこも必ずと言ってもいいほどスラブ軌道&ロングレールですね。
手入れのしやすさもあるでしょうが、ローカル線なんかだと、それまでジョイント音に身を委ねて気分良かったのが、トンネルに入った途端、ゴーーー〜〜〜〜〜・・・・・ という音だけになり、なんとも味気なくなりつまらない。
わたらせ渓谷鉄道の、草木ダム建設による付け替え後の長大トンネルも、スラブ&ロング。
トンネル内だけ別世界。
まだ首都圏の地下鉄乗ってる方が、旅の気分を感じ取る事ができます(笑)

ところで、外房線と言えば、是非ともヨッキれんさんに行って見てほしいのが、土気〜大網間の旧線。
Googleマップ見ますと、自分が歩いた04年2月の頃の、付近の造成の影響も無いようなので、現在も同じような状況でしょう。
例の宮脇俊三氏の、「鉄道廃線跡を歩く掘廚70ページにも載ってますが、深い方の切り通し(土気側)は、今話した付近の造成の影響で埋め立てられてしまい、残念な事になってますが、浅い方の切り通し(大網側)は、未だ現役時代の路盤が残り、非電化時代の名残を十分感じさせるものがあります。

是非とも!
9,6632012-05-03 18:03:05/rail/kubo/main.html10
皆さんが言っているように、新久保トンネルは未使用です。
私の記憶では架線は架設しませんでしたが、レールは敷設されたと思っています。
当時の工事はレポートの最初のほうに撮った跨線橋からの写真より
御宿よりの踏切から工事車両が出入りしてました。
車窓からしか見てませんが、浪花側は工事現場は確認できませんでした。
新久保トンネルを使用しない理由としては、
やはり工事費が多額になるので出来なかったのではないでしょうか?
いすみ側はレポートにある様に路盤が出来てません。
また、御宿側も平らなように見えますが跨線橋の下でも1m以上路盤が高いのです。
トンネル直近で付け替えればカーブがきつくなるので無理でしょう。

鉄道廃線跡を歩<8>の記述ですが、
勝浦ー御宿間の、勝浦から1つ目のトンネルの間違いだと思われます。
この区間はトンネル完成後、橋梁等を含めすべて新線のみの単線で運転されました。
旧線はすべて廃止です。
のちに地元の要請で複線化が行われましたが、
勝浦から1番目と2番目のトンネルの間で旧線と新線が交差している為
旧線の復活だけでは複線化できません。
ここからは推測ですが、勝浦から1番目の旧トンネルを改修し、
勝浦から1番目のトンネルだけ旧トンネルの運転に戻すことにすれば
工事にも支障が無いと思われます。
工事終了までは新トンネルは「休止中」になります。

新久保トンネルの将来ですが、
久保トンネルの経年劣化の補修費と新線切り替えの費用との兼ね合いで、
切り替えの方が安いと判断されれば日の目を見るかと思います。
9,9392012-06-12 15:35:52/rail/kubo/main.html10
新久保トンネルは一回も使われてません
また竣工当初はトンネル入り口が良く見えましたがトンネルができただけでそれからは全く手付かず
電車は現在のトンネル一筋に使ってます
入り口付近を補強したくらいです
10,0182012-06-21 20:00:26/rail/kubo/main.html8
せっかく作ったのにもったいない。
外房線は特急も行き交ってるし、末端ももっと普通列車を増発してもそれだけの需要がありそうな気がします。
復活できれば地元にとってもありがたいことだと思います。
10,5382012-09-01 15:02:24/rail/kubo/main.html10
床にあった丸い風呂椅子みたいなものは多分、新幹線等のレールを固定するための物だと思われます。新幹線のレールを見ると、殆どのレールではブロックのように繋がっていると思います。年代的にみても、未成トンネルでしょうね。
このトンネルのカーブは他の一般的な隧道と比べて緩かったのでは?だとすれば新幹線のの可能性が極めて高いでしょう。
13,2652013-07-21 16:19:54/rail/kubo/main.html8
新トンネルは未使用と思います

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