http://yamaiga.com/road/miharayama/ の公開中コメント一覧

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コメント
24,5312016-12-29 01:16:28/road/miharayama/main.html10
なぜか離島のレポは山レポより興奮します。
少し前の若郷新島港線もドキドキ見させてもらったのでこの先の更新も楽しみにしてます。
24,5372016-12-29 13:52:57/road/miharayama/main.html10
>>そしてここが、旧「三原山ドライブウェイ」の入口である。
>>ちょうど目の前を、大島唯一のバス事業者である大島旅客自動車の路線バスが下ってきたが、
そこの画像
黄色いバスに掛かっている2枚の標識は「警笛区間終わり」だろ
東京で「警笛鳴らせ(区間)」は珍しい
一昔前まで五日市の小峰峠・秋川の七曲がり・青梅の奥の名前を忘れたが軍畑と小曽木を結ぶ峠道にあったが
いずれも整備されてしまい今残されているかどうか
24,5382016-12-29 15:20:06/road/miharayama/main.html10
おっ、始まった。
24,5442016-12-29 23:20:34/road/miharayama/main.html10
自動車専用の有料道路が無料化されても自専道のままのケースが多いように思うけど、まぁ山行が的には草木トンネルという強烈なものがあるからなあ…
24,5482016-12-30 20:26:50/road/miharayama/main.html10
1988年の8月(2NV→ボーイスカウト用語)と1989年の3月(このときもボーイスカウトの冒険)に大島港から上陸しました。
大島一周サイクリングもしたし、御神火茶屋まで登山(軍手で固まった溶岩を手掛にして)もしました。今になって大島の道路の話を聞けるなんて!また行ってみたいですね。
岡田港の元町と違った雰囲気も懐かしいです。
24,5542016-12-31 16:35:19/road/miharayama/main.html10
昔「八丈島のきょん!」というギャグがありましたが、実際にはキョンは大島に生息しているらしいですね。
どうやら島民の数より多いようなので遭遇する確率は低くないかも?
慣れればおいしいくさやの干物
24,5562017-01-01 05:54:49/road/miharayama/main2.html10
料金所の跡に感動ですね。
24,5572017-01-01 12:10:17/road/miharayama/main2.html10
あけましておめでとうございます。新年早々,濃い〜のを見せて戴きました。それにしても「通り抜けできません」て良い文言ですよね。その先が知りたくなります!!
24,5582017-01-01 16:14:32/road/miharayama/main2.html10
廃道の原因が噴火は興味深いです。
「序」から「前篇」へのリンクアドレスが違っています。
24,5602017-01-01 21:35:59/road/miharayama/main2.html10
デリニエータと標識の組み合わせ
和歌山県道にて
https://www.google.co.jp:443/maps/@34.2581644,135.165011,3a,66.8y,24.45h,90.83t/data=!3m4!1e1!3m2!1sgi6uCGCCOGmUhJ9RTC7UWg!2e0
24,5702017-01-03 21:14:26/road/miharayama/main3.html10
「バス停」、噴火時用のシェルターのようにも見えますね。コンクリートの厚さからしても。勘違いならすみません。
24,5712017-01-03 21:37:51/road/miharayama/main3.html10
焼けたガードレールの大きい画像見たいです
24,5742017-01-03 22:22:46/road/miharayama/main3.html10
北海道の有珠山へ来れば、もっとすごい(地元民意見)のが見れますよ。噴火によって分断された町道の方は遊歩道化されていますが、国道230号の方は完全に廃道となっているはずです。しかも、北側は巨大な池に阻まれ、南は砂防ダム工事によって地形が大きく変わっているので、核心部への接近はなかなか難しいかと。近くには道央道の旧インターチェンジも残っており、訪れ甲斐があるかと思います。
24,5772017-01-03 23:20:36/road/miharayama/main3.html10
当時茅ケ崎が職場で大きな音が職場に響いていました。海岸まで車で行きましたが、火山の火は見えませんでした。
24,5872017-01-05 10:35:25/road/miharayama/main3.html10
有珠山のジオパークの逆断層もなかなか凄かったですが、三原山も相当なもんです
24,5912017-01-06 09:43:53/road/miharayama/main4.html10
宇宙の真理には勝てないにゃ〜。
24,5922017-01-06 13:46:42/road/miharayama/main4.html10
最後の所良いですねぇ。

ところで途中に『マグマ』とありました

が、あれは『溶岩』では?

確かマグマは地表に出ると溶岩になるらし

いので。






24,5932017-01-06 14:12:00/road/miharayama/main4.html10
道路からの噴火と言うと、2000年の有珠山噴火も道路上でしたね(しかも国道)
現在も、噴火当時そのままで観光地化しています(10年ほど前修学旅行で見学)
24,5962017-01-07 00:29:14/road/miharayama/main4.html10
小学生の頃伊豆大島に住んでいました。
遠足で割れ目噴火口も歩いたので,
記事を読んでいてとても懐かしく思います。

また,当時学校で島の歴史を学ぶ際に戦前から島で暮らし,かつて小学校の先生をしていた方から噴火の時の話を聞いたことがあります。
その中に御神火茶屋から最後に避難したパトカーの話がありました。
そのパトカーは上から全員が避難したことを確認した後急いで避難したそうですが,近くで大きな音がして後ろを確認すると,アスファルトが割れて大きな穴があいておりもう少し避難が遅かったら割れ目に落ちていたかもしれなかったそうです。(ドライブウェイを避難時に走った?)
もしかしたら色々脚色されているかもしれませんが…(他にも消防車で溶岩流を遅くしたなんて話を島の何処かで聞いた覚えがあります…)今から思うととても貴重な授業だったなあと思います。(他にも戦争時の話等々色々話を聞きましたが,忘れてしまったことがとても悔やまれます。)
24,6002017-01-07 08:04:50/road/miharayama/main4.html10
こんなショボい都道があったのなら、たとえ噴火が起こってなくても大島は探索対象になったのではと思ってしまった。
24,6302017-01-10 23:21:30/road/miharayama/main4.html10
現住民です 噴火時は居ませんでしたので大変面白く読まさせてもらいました 裏砂漠にもいかれてさすがです 海のふるさと村はいかれましたか? 自転車では大変だったでしょうがトンネルや橋もあります 
24,6432017-01-11 23:10:06/road/miharayama/main4.html10
高校の先輩が噴火の折に御神火茶屋にいました。その時の記録を見ますと、B火口噴火時まで観光客も御神火茶屋に入ることができ、茶屋も営業していたようです(割れ目噴火はそれだけ唐突だったということでしょうか)。避難は「最後の救助のジープ」で「火山灰の降りそそぐ登山道路を全速力で駆け降り」「料金所で下ろされた」、「車が大きくバウンドした。すでに道路に大きく亀裂が入り始めていたのだ」。その後ジープは「行ける所まで引き返し」残っている人がいないか確認に向かったそうですので、この記述を読む限りでは火口Cが避難中に開き始めていたものの、避難に使われたのはドライブウェイだったということになります。
24,6592017-01-15 02:53:13/road/miharayama/main4.html10
三原山の噴火ですが昔テレビ番組「九死に一生」か何かでどなたかがドライブウェイ上の噴火の直前に通過したと言っていた部分があった記憶があります。ですので直前までドライブウェイは閉鎖されていなかったのではないでしょうか?
24,6812017-01-18 00:25:19/road/miharayama/main4.html10
三原山噴火時にはまだ産まれてなかったので大島に行ったとき割れ目火口の名前を不思議に感じながら素通りしてしまいました
こんなことがあったとは知りませんでした
24,7102017-01-23 17:46:46/road/miharayama/main4.html10
噴火で埋もれてしまった道路は世界でもここだけでは。
遺構が保存されると良いですね。
25,0412017-02-23 14:08:56/road/miharayama/main4.html10
昭和46年元町港より三原山ドライブ道終点までバスで上りました。ご掲載の道路写真にも見覚えがあり懐かしく拝読いたしました。
当時は船も港も旅館も満員御礼 良き時代でした。今後もご活躍期待しています。
25,9332017-06-27 00:16:53/road/miharayama/main4.html10
現地のレポートもいつもなが面白かったのですが、今回は歴史解説編が読み応えがあり非常に楽しく読ませていただきました。
26,7192017-09-21 21:31:51/road/miharayama/main4.html10
三原山ドライブウェイの報告ですが、噴火口付近での路面の痕跡は埋まっていて見つからなかったとのことですが、C5火口の内側には旧ドライブウェイの路盤の断面が露出しているそうです。 もし可能ならば追加調査を期待しています。
26,8912017-10-15 01:42:50/road/miharayama/main4.html10
解説編をより興味深く拝見させていただきまして、三原山ドライブウェイの封鎖時期については確かに気になるところです。
動画サイトなどに残る当日の報道番組を見ると、唯一はっきりと言及されてるのは18:00頃に東京大学地震研究所附属伊豆大島火山観測所長(渡辺秀文氏?)が発表したコメントにある「(B火口の)北西方向の延長にある有料道路にも一部ヒビが入っている」程度でしょうか。
この時点ですでにC火口は噴火しており、何時何分頃に確認された事象なのか特定できないのが残念であります。
30,6432018-12-14 23:30:49/road/miharayama/main4.html10
この国は災害復旧だけは迅速

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