http://yamaiga.com/road/raiden2/ の公開中コメント一覧

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コメント
32,9112019-10-10 01:06:06/road/raiden2/main.html9
まずは朝から軽くウォーミングアップの探索開始ですね
32,9122019-10-10 12:32:31/road/raiden2/main.html10
鳴神トンネルは私が小学生の頃に開通したので旧道もモチロン通っていますが、側線も無いぐらいの狭い道だったんですね。
32,9132019-10-10 19:48:16/road/raiden2/main.html10
ワクワクしますね。先が楽しみです。あとは、よっきさん台風気を付けてくださいね。
32,9142019-10-10 20:01:31/road/raiden2/10
1997年夏、国道5号線野田追橋が洗掘による沈下で通行止めに。
町道を利用した迂回ルートが開かれたものの、野田追川の橋が重量制限で大型車通行不可。
当時、道南道は長万部以南が未開通。

結果、この雷電国道旧道が20日間ほど、道南と道央を結ぶ唯一の道路物流ルートになったことがありました。

レンタカーで走りましたが、対抗してくる大型トラックの連続は恐怖でしかなく、記憶がほとんどない。。。
32,9152019-10-10 23:46:13/road/raiden2/main.html10
Α Α 楽しみー
〜´ ̄ ̄(,,゜Д゜)
 U U ̄U U
32,9162019-10-11 03:10:32/road/raiden2/main.html10
鳴神トンネルの袋澗の跡が現役の港だったら旧道は封鎖されずに進入路として使われていたのでしょうね。
32,9172019-10-11 03:37:48/road/raiden2/main.html10
雷電トンネル探索の翌日に早くも次のトンネル探索へお疲れさまです。しかし最古のトンネルが昭和58年とはずいぶん更新が早い国道ですね。やはり防災上やむをえないのでしょうか。本州では考えられませんね。
32,9182019-10-11 11:43:23/road/raiden2/main.html10
Googleストリートビューで見る6月の雷電旧山道登口は、草木に覆われてその存在を確認するのは難しいですね。手前の歩道縁石の段差と歩道のアスファルトの若干の侵入のみがここに何かがある道標(あと両脇のポールと)。標石は全くみえません。大正期ころからは西側の川沿いの道路からアクセスしていたのでしょうね。
32,9232019-10-12 02:04:40/road/raiden2/main2.html9
敷島内トンネルは、確か片側交互通行にして拡張工事してました
32,9262019-10-12 10:26:10/road/raiden2/main2.html8
先日紹介されていたYouTubeのひた走る動画。
あれの2分40秒あたりで出てくる工事中のトンネルが敷島内トンネル西口じゃないでしょうか?
32,9272019-10-12 10:40:21/road/raiden2/main2.html10
敷島内トンネルは盤下げ工事を行って有効高を確保する事になったと報道されていましたが、いつの間にか方針が変わって片側交互通行を行いながら全面的に改築されたと記憶しています。
32,9332019-10-12 19:22:07/road/raiden2/main2.html10
北海道の旧隧道の徹底的な封鎖は主にヒグマ対策・・・北海道ならではの切実な理由があったんですネー💦
32,9342019-10-12 22:49:41/road/raiden2/main2.html10
好き(。・ω・。)ノ♡
32,9392019-10-13 11:58:31/road/raiden2/main2.html10
初めまして。大阪市の田中様より紹介いただき、興味深く拝見しました! 北海道岩内町の郷土館の者です。当館にある情報、資料をのちほど送付させていただきます。
32,9402019-10-13 19:32:17/road/raiden2/main2.html10
短いレポだが見どころは多い
32,9412019-10-13 19:51:50/road/raiden2/main2.html9
広告に戦闘機の雷電が出ている
>>ちなみに、ここから海岸伝いにビンノ岬トンネルの迂回を試みることは、行わなかった。
いや旧海岸道の痕跡がどこかに見えないかキョロキョロするくらいしたよね
32,9422019-10-13 21:29:56/road/raiden2/main2.html10
西口編をどう言って賞賛しようか思案している間に、こんな趣深い続編が来てたとは…。
道路だけではなく、道路を取り巻く周辺環境まで目を向けてくれるからこのサイトのレポは好きです。
32,9482019-10-15 03:09:15/road/raiden2/main3.html10
またヤバすぎる展開じゃないですか!
前面の旧旧道と奥の覆道の高低差が結構あるように思えるんですが。
32,9492019-10-15 14:44:53/road/raiden2/main3.html10
またまたおもしろくなってきましたね。ところで、「山行が」の本の続編を出すときにはぜひカラーでお願いします。少々高くても買います。
32,9512019-10-15 19:57:58/road/raiden2/main3.html9
あっちのほうが楽しそー
32,9532019-10-15 22:11:51/road/raiden2/main3.html10
この高低差・・・。途中にどんな勾配があるのかが気になる。
32,9552019-10-16 11:11:05/road/raiden2/main3.html10
見出しの「ビンノ岬東口 後」のリンクがNot Foundになってますね。

傘岩の案内標識の死体が何とも象徴的で哀しい。
変な封鎖位置は途中で落石対策の予算が尽きたのか、何やっても危ないものは危ないんだからもう止めということにでもなったのか。
(危険な名所は名所たりえないのがこのご時世……と、どれかのレポでヨッキさんも書いていたような)

しかしこの辺はどっちを向いても世界の果てだ。北海道恐るべし(畏るべし)。
32,9562019-10-16 14:34:11/road/raiden2/main3.html9
傘岩の絵葉書だけ見ると、うっかり良い観光地だと思ってしまいそう。。
32,9572019-10-16 18:06:56/road/raiden2/main3.html9
2009年8月の、RoadJapanの記事(https://ameblo.jp/roadjapan/entry-10312903241.html)を見るに、この年の上半期中くらいには整備されていたのではないかと思われます。
…まぁそれにしても、それから10年の間に一体何があって封鎖されてしまったのやら。
32,9592019-10-16 22:26:12/road/raiden2/main3.html8
60m手前まで遊歩道にして、最後の区間はまた別の予算を持ってきて広場にでもする予定だったんですかねぇ…。不思議だニャン。
32,9632019-10-17 18:54:53/road/raiden2/main3.html10
しかし寒々しい場所ですな。
いまだに漁業で栄えていたら、ワルニャンを出迎えるヨイニャン(?)の一匹もいたんでしょうに。
32,9672019-10-19 09:53:28/road/raiden2/main3.html8
1979年この旧道を単車で走っていた記憶があるけど、その後の海外旅行の経験で記憶がおぼろげになっていたものだが、この日本とは思えない断崖の凄さを思い出させました。
ただ、最果て旅情となると北米大陸は北上すればするほど日本よりスケールがでかいと想像するこの頃です。
この惑星の浸食の歴史は凄いですね。
32,9692019-10-19 18:37:53/road/raiden2/main3.html10
ひとり佇む傘岩の姿に、ますます世界の果て感が込み上げます。
雷電海岸…何と寂しい、荒々しい景色でしょう…。

ところで、
私も32949さんに激しく同意です!
『山行が』の本第3弾、絶対にカラーにしないと本当にもったいない。
私だったら値段が2倍でも買いますよ?よろしくお願いします。 (お)
32,9722019-10-20 21:50:59/road/raiden2/main3.html10
刀掛トンネル旧道の覆道、右側が大規模崩壊地に見えるのですが……中に中に覆道が埋まっていてトンネルのように通れるのか、圧壊され通れないのか、あるいは目の錯覚で実際には崩壊ではないのか、今後のレポで明らかになると思っています。
32,9742019-10-21 15:50:10/road/raiden2/main3.html10
遊歩道が傘岩の手前50mで終わっている理由ですが、やはり「来訪者の安全」かと思います。
傘岩まで行けるようにすると、名の由来の通りに傘岩の下に立って雨宿りの体で記念撮影する人が続出するのは容易に想定できます。
その最中に傘岩の根元がポッキリ折れて下にいた人が亡くなるという事態になれば、管理者(岩内町?)は責任を問われ、被害者への賠償となれば非常に重い負担となります。世論からも「観光資源とは言え、危険な岩に容易に近づける状態を放置したのは問題」と非難されることになります。
そういう面倒な事態を未然に防ぐために「行けるのは50m手前まで。そこから眺めるだけ」にしたのでしょう。旧道を半分にして頑丈な落石防止柵を遊歩道に設置したのも、さらに遊歩道自体が立入禁止になったのも、同じ理由からと考えられます。

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