平成18年の最初の探索で撮影。この廃駅は一目で私を虜にした。
エターナル・ターミナル、橋場。
小粒ながら、当サイトでも人気の高いコンテンツのひとつであり、実は私も前のレポートを公開後、新たな発見を求めて何度か再訪を繰りかえしてきた。
なかでも、転車台の発見こそは、その最大の目的であった。
転車台(ターンテーブル)とは、地上に設置される回転する円盤状の装置であり、ここに車両を乗せることで、その場にいながら進行方向を変更することが出来る。鉄道の蒸気機関車は、車輪を逆回転させて走行すると、本来の性能を発揮出来ない。そのため、終着駅など、運転の方向を頻繁に反転させる箇所には、転車台を設けることが多かった。
転車台こそは、蒸気機関車時代の終着駅におけるもっとも象徴的な存在といえ、橋場線の終点である橋場駅にも設置されていたと考えられるが、これまで構内配線図などは発見されておらず、その規模や位置も不明のままだった。
この図は、これまで想像されていた橋場駅の構内の配線である。
橋場駅は基本的には1番線と2番線の相対式ホームを持つ駅であるが、2番線の北側も路盤と同じ高さの広い空き地になっており、このまま島式ホームとして3番線を設けることが可能である(実際に敷かれていたかは不明)。また1番線ホームの終点側(大曲側)には、終点側に開口した頭端式のホームが存在し、貨物用ホームとして利用されていたと考えられている。
転車台は発見されていないが、ホームの終点側に広大な空き地が存在することから、そこにあったものと想像した。
そしてこれが、この構内配線における、実際の列車の取り回しの想像図(アニメーション)だ。
転車台がこの位置に存在していれば、1番線と2番線に敷設されたレールを用いて、無理無駄なく列車の進行方向を変えることが出来る。
(貨物ホームについては検討を省略した)
だが、3つのホームはほぼ完全な形で現存するにもかかわらず、“コンクリートに周囲を囲まれた円形の窪地”という、特徴的な遺構を残すはずの転車台については、想像された位置をいくら捜索しても、発見することが出来なかった。
さらに、現地の安栖(あずまい)集落での聞き取り調査において、「人力で動かした転車台が(図の位置に)あったが、いまは埋め戻されて跡形も無い」という証言が1件発生したことで、捜索を中止した。
橋場駅の転車台問題は、「現存せず」という判断で終了したかに思われたが、この膠着した状況に大きな進展が見られたのは、今年(平成23年)5月だ。
それは、実家が安栖集落にあるという安本氏から届いた次のようなメールである。
駅跡地も子供の頃は、まだ、草もそれほど覆い茂っておらず、夏場は、肝試しや、エアガンの撃ち合い等、よくやっておりましたので、懐かしく思います。
さて、橋場駅について、近所の老人方に聞いた話ですが、線路は、駅から更に現橋場小学校前付近まで延長されていたらしいです。その証である車両止め等は、数年前解体してしまいましたが、車庫として利用されていた跡があったようです。……@
また、回転台ですが、駅から「犬のいる家」方面へ進みますと、大きな池があるのですが、どうやら、それが回転台の跡のようです。……A
新情報は主に2つ!
レールは橋場駅のホームの終端よりさらに西まで延びており、その終点にも車止めが設置されていたが、数年前に解体されてしまったこと。
そしてもうひとつが、
転車台跡が、「犬のいる家」の傍に、大きな池となって現存している!!
この情報をもとに、11月5日の早朝、細田氏を伴って再調査を実施した。
果して念願の転車台は、どこに、どのような形で、その遺構を留めているのだろうか?!