廃線レポート 和賀仙人計画 その8
2004.6.15



 山行が史上最難の踏破計画、和賀計画発動。

現在、和賀軽便鉄道跡を追跡中。



蒸気機関との遭遇
2004.5.30 11:56


 歩き始めてから800mほど。
いよいよ斜面は急になり、崖に張り付くようにして木々が茂る森となる。
軌道敷きは、そんな中でもしっかりとその痕跡を留めている。
歩いていて、気持ちの良い道だ。


 崖の下を覗けば、そこには想像以上に高くなった崖と、V字峡の底辺を成す入浴剤色の和賀川の水面が見える。
途中に木々が繁茂しているせいで高さへの恐怖は緩和される。
しかし、足を踏み外せば結果は同じ事だ。


 所々は道が判然としない。
それは、土砂崩れで埋もれた場所に植生が回復してしまっている場合が多く、次いで、路肩もろとも軌道敷き全体が崩落してしまい原形を留めていない場合がある。
当然、踏破が難しいのは後者である。
我々は、場の即興で、がけと化した危険箇所を、「エックス・ゾーン」と呼び、互いの注意を喚起し合った。
なぜエックスゾーンなのかは、説明を求められても困るが、この先進むにつれエックスゾーンの叫びは、頻度を増していくことになる。




 大正末期までここにレールが敷かれ、鉱石や、鉱夫や鉱山街に住む人たちを輸送していた。
軌間は762mm(ナローゲージ)だったという、これは林鉄などでよく見かける規格である。
しかし、動力としては明治40年の開業当初は人力、その後、馬力を採用していたという。
いずれにしても、機械化されぬままに歴史から消えていった路線である。
黒沢尻(現在の北上市黒沢尻町)までの全長20.1kmを3時間以上掛けて運行していたという。

この路線の全体像については、以下のサイトが詳しい。
作成者の許可を得てリンクさせて頂いたので、ご覧頂きたい。
>>(外部リンク先)「和賀軽便鉄道


 軌道上に放置されたままのレール。
一度は取り外されたものが置き去りにされているようだ。
ここ以外にも、レール片は随所に見られた。



 一際酷く抉られたエックスゾーン(=以下、エックスゾーンとは、橋が落ちた場所や軌道跡が崩落していて崖と化している箇所とご理解頂きたい)の先の軌道上に、なにやら見たことがない金属と木材の合体したような物体が見えた。
我々が初めて遭遇する物体である予感がした。

何なんだ!あれは。
我先にと崖を突破し、その藪に埋もれた何かに接近する。
接近するほどに、その物体は、まさかまさかの、蒸気機関車に見えるのだ。

ま、まさか!


 12:10、
この物体が鎮座している場所は、崖に挟まれた狭い軌道上にあって、やや広くスペースが取られていた。
日当たりが良く、全体が藪と化している狭い平地にある、錆び付いて金属の物体は、我々が「機関車だ!」と誤解するのに充分な形状を有していた。
しかし、それは残念ながら機関車ではなかった。
この場所は、パタ氏の推理によると、簡易な発電所であるという。
これらの蒸気機関車のような機械は、発電機だというのだ。




 その全体像。
たしかに足回りを見ると車はなく、据え置きで使う何らかの機械であることが分かる。
金属のタンクを持つ、形状の異なる2基の機械が並んでいる。
崖側の機械には鉄のパイプが付いており、破壊されているものの、谷底へ向けて繋がっていたように見える。
おそらくは、水をくみ上げていた?
手前の機械には、ベルトが巻き付けられた大きな車輪があり、そのベルトの付近には金属製の配線や、ヒューズの痕跡が見られる。
明らかに、電気と関係した機械であろうと分かる。
次から、この機械の各部を拡大した写真を数枚見て頂こう。
以下の画像はクリックすると大きく表示される。
あなたなら、この機械を何であると考えるだろう?


左の写真から順に、手前側の機械の本体ロゴと、両輪のように見えるベルト。
手前の機械の緒元表。
奥の機械のシリアルナンバー。
手前の機械のヒューズ部、である。

また、付近にはトタンなどが散乱しており、かつてはここに屋根のある小屋が築かれていたものと思われた。


 また、金属の車軸と車輪も落ちていた。
これが、軌道を走っていたトロッコのものなのかは分からない。
そもそも、発電機ではないかと思われる物体は軌道上に置かれており、軌道が廃止された後に何らかの事業のために運び込まれたものかもしれない。
詳しい人物に良く見ていただきたいのだが、現地は容易に接近できない。
果たしてこれらの物体は、一体何に使用されていたのであろう。


 絵に描いたようなV字峡を成す和賀川。
軌道はこの急な斜面から逃れることは出来ず、最後までこんな場所に続いている。
それでも、先に比べればまだこの辺りはマシな方であった。
対岸の国道も、はたから見るとかなり際どい場所に作られている事が分かる。

我々はこの景色を前に、10分程度休憩した。
とにかく、足元に神経をすり減らす道なので、精神的に疲れていた。
 


和賀仙人鉱山跡
11:26

 再び軌道跡に茂った藪を掻き分けて進むと間もなく、藪の向こうにど派手な色の崖が見えてきた。
いよいよ、最大の難所ではないかと推定されていた場所が、接近していた。
現国道からもその凄まじい露頭はよく見える。
その様子からは、山の上から谷底までの100m以上の高低差を持つ断崖であろうと思われた。
その場所がなんなのかは、以前から知っていた。

和賀仙人鉱山の跡地である。
いよいよ、本軌道が建設された由来である鉱山の一つに遭遇する。


 藪から出たら、そこにはもう軌道敷きはなかった。
30mほど頭上に広がる赤茶けた露頭と、その脇の谷筋から、同じ色の砂や瓦礫が辺り一帯に流れ出しており、軌道敷きの僅かな平地を完全に埋めていた。
さらに、下部は植生が回復しており、痩せ気味の藪となっている。

このまま浅い藪を辿って、この露頭を突破できるとしたら、恐れていたほどには苦労せずに済むかも知れない。
当初、対岸の国道から見える景色の余りの険しさに、この場所だけは谷底の和賀川まで一度降りて迂回する必要があるだろうと踏んでいたのだ。
それをしなくて済むとしたら、大変に助かる。



 しかし、現実はそう甘くはなかった。
初めのうちは藪の斜面であったが、進むにつれ、藪から荒れ地へ、そして、ついには草の生えぬ死地となった。
さらに、軌道敷きは一向にその姿を見せず、瓦礫の斜面によって完全に均されてしまったようだ。
見た目、松の木峠の再来と思われた。
せめての救いは、今度はお荷物のチャリがないということ。
単身突破に専念すればよいのだ。

しかし、この露頭。
ただ突破してしまうには惜しいと思えるほどの、特異な景観を晒している。


 私は敢えて、他の二人よりも上寄りに進路を取った。
少しでも近くで、その豪快な露頭を見たかったからだ。
斜度45度を超える急な瓦礫の斜面を、直線的に登る。
振り返れば、その高度感は恐怖を感じさせるほど。
この灰色の瓦礫は、露頭の色と明らかに異なる。
自然の地形とは思えないので、上流にある仙人鉄鉱などで排出されたズリ捨て場なのではなかろうか。
付近には他に、鉱山にありがちなズリ山などが見あたらず、ここをズリ捨て場と考えなければ不自然である。



 オーバーハングしている赤い露頭。
これこそが、日本有数の赤鉄鉱の産地だった和賀仙人鉱山の露天掘りの跡だ。
鉱脈が露出しているちと思われる、まるで火山のような真っ赤な崖が随所に見られる。
また、足元には太陽を反射する透明な石が見られる。
石英だ。
ここでは稀に、紫色を帯びた石英、紫水晶が発見されることがあるという。
たしかに、良く探せばそんなものもあるのではないかと思われるほど、鉱石っぽい石が散乱している。



 ここでの露天掘りは昭和中頃まで続けられていたらしい。
軌道が廃止された後も続けられていたと思われるので、先ほど見た簡易発電所らしき装置類は、本鉱山に付随するものであるかも知れない。
しかし、軌道が既に廃止されていたなら、どのようにして鉱石を運び出していたのであろうか。

落石と滑落の恐怖さえ麻痺させてしまうような、圧倒的迫力の露頭に、しばし我を忘れて見入ってしまった。



 かなり下の方に人が見えるが、くじ氏の姿だ。
彼が歩いている辺りが、丁度軌道があった高さだが、完全に斜面と消えている。
私は、下方を歩く二人に落石の洗礼を見舞わぬよう注意しながら、無論自分の滑落に最大の注意も払いつつ、一歩一歩、彼らと同じ方向を目指した。

開放的な気持ちにさせる、何ともワイルドな崖である。
不思議と、恐怖は感じなかった。


 幅100m近い露頭と、その下流に広がる巨大なズリ斜面も、間もなくその果てだ。
私も、いい加減高度を下ろさなければ、その崖の終端は歩けるスペースなど無い。
しかし、上ってくるときに比べ、不安定な崖を下る方が何倍も神経を使った。

なんとか崖を下り、仲間と合流することが出来た。



 しかし、露頭が終わりを迎えたとき、我々には安堵する暇さえ与えられなかった。
むしろ、そこに本当の困難が始まったことを、理解した。
見た瞬間、3人は思った。
これは、どうしようもないのではないかと。
やはり、相手が悪かったのだと。

最凶最悪の大絶壁に、失われた軌道跡を求める我々の戦いは、ますますエスカレートしていく。
その行く手に我々が見るものは何か。
ダムまであと1200m余り。

何かが起きる、和賀仙人軽便鉄道。







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