「山さ行がねが」より、読者の皆さまへのお願い。
当サイトは長年にわたってグーグルアドセンスの広告収入をメインの活動費源としておりますが、近年の広告単価の大幅な減少により、レポート内に過剰に多くの広告が掲載される状況が慢性化しておりました。この点を反省し、2023年9月15日頃から広告の表示数を40%程度減らしました。
また、2023年12月中旬から、新たに公開するレポートについて、スマートフォンでも読みやすいデザインへと刷新しました。

当サイトは今後、アマゾンアソシエイトなど物販系アフィリエイトを収益の軸とする考えです。多くの読者様が日常的にAmazonなどのオンラインショッピングを利用されていると思いますが、その際に当サイトの 【リンク】 を経由して頂くことで、リンク先での購入代金の数%がサイトの収益となります。当サイトをご利用の読者様にはぜひ御協力いただきたく思います。さらに2024年には、私が探索で使用している各種のギアを紹介する物販コーナーも開設予定です。

道路レポート 北海道道987号豊似広尾線 カシュウンナイ〜ラッコベツ 第1回

所在地 北海道広尾町
探索日 2022.10.09
公開日 2024.05.08

《周辺地図(マピオン)》

北海道広尾郡広尾町(ひろおちょう)は、十勝総合振興局管内の南端に位置する人口約6000人が暮らす町である。
約600平方キロもある広大な町内は、日高山脈の深い無人の山岳から、十勝平野に連なる肥沃な酪農地帯を経て、太平洋へ流れ下るいくつもの河川に沿って、綺麗な西高東低の地形になっており、海岸に近いところを南北に貫く国道336号「黄金道路」が中心的な幹線道路になっているほか、北部の豊似地区で接続する国道236号は、日高山脈を越えて十勝地方と日高地方を結ぶ重要な物流路線となっている。

今回は、この広尾町内で完結する、途切れがちな1本の道道を紹介したい。




その名は、一般道道987号豊似広尾線。

4桁に迫る路線番号を持つこの路線は、ウィキペディアによると昭和55(1980)年3月31日の道道認定で、国道236号の豊似地区と国道336号の広尾地区を町西部の山あいを縫って結ぶ。日高山脈から太平洋へ流れ下るいくつもの渓流と、それらを分ける小山脈を連続して横断する、山がちな路線である。

この路線の総延長25345mに対して、実延長は22787mで、差分から重用延長20mを除外した2538mの未供用区間が存在する。
また、供用区間内に8788mの未舗装区間も計上されている。
これらの数字から窺えると思うが、本路線はいわゆる“険道”ならぬ“獰道”と揶揄される種類の道道である。

右図は路線全体の地図(スーパーマップルデジタル(SMD)24)だが、よく見ると、都道府県道を示す黄色い線が途中の2ヶ所で途切れているのが分かると思う。
一つはカシュウンナイから上野塚の間で、さらに上野塚からラッコベツの間も途切れていて、いずれも別の道で迂回は出来るようだが、未供用区間が近接して2つあることも、この路線の特徴だ。

また、途中に小さな青色の×印がいくつも見えるが、これは冬季閉鎖を示しており、本路線は起点と終点の周辺を除いた中間部の大半が冬季閉鎖される。
2023〜2024年の道道冬期通行止区間一覧表を見ても、本路線の冬季閉鎖区間が5つも記載されており、期間の長い区間は11月17日から5月17日まで実に6ヶ月間、1年の半分を閉ざされている。

今回の探索は、この路線にある2つの未供用区間を迂回路を駆使しながら走破することを目指した。
探索日は2022年10月9日。ちゃんと冬季閉鎖前に行ったので安心してくれ(?)。



そうそう、言い忘れてた。
今回の探索で解き明かしたい謎が一つあって、地図によって道道とされている区間が微妙に違っていることについて、正解を知りたいというものがあった。
上の図は、SMD24と地理院地図の比較だが、全体に地理院地図の方が道道の色で塗られている区間が多い(=未供用区間が短い)。
現地の実態を確かめることで、未供用区間の正確な位置を把握したいのである。(そういうことは普通は図面でやることだがな…笑)


それでは、張りきって行ってみよう!! let's DODO!



 通り抜け出来そうだけど、ちょっと不穏な始まり


2022/10/09 12:50 《現在地》

国道236号を豊似から約4km浦河方向へ進んだ地点(広尾町字紋別)が、我らが道道豊似広尾線の起点だ。現場周辺は広大な牧草地帯で、見渡す限り続く直線の途中であるから、目印となる写真の青看を見逃せば容易く素通りしてしまうだろう。

青看があるだけ上等といえなくもないが、その内容は不穏だった。
道道987号の表示はあるが、肝心の行先の表示がない。
前説で述べたとおり、この道道には未供用区間があるので当然と思われるかも知れないが、その区間も迂回路が通じているように地図上には描かれている。
ちょっと不穏な始まりである。

いつも通り自転車に乗って、スタートだ。



道道の入口に、さっそく「通行止」の予告看板が設置されていた。
おそらくは冬季閉鎖を予告するための看板で、時期によって規制地点が変わるために、そこまでの距離と期間を任意に差し替えられるデザインになっている。……のだと思うが、各欄が全て空白の現状は、どういう意味なんだろうか。「通行止」ではないと解釈して良いのか、それとも無期限で「通行止」なのか…? 皆さんならどう思う?

……もう、自分で行って確かめろってことか……。
ストビューも、この道道の奥の方までは行ってないんだよな。(だから気になって探索しているというのもある)

入ってすぐのところに目立つヘキサがあって、路線番号だけでなく、一般道道豊似広尾線という路線名も明示されていた。こういう道道に対する律儀さは、北海道の特徴だよな。外見的に隠蔽された道道が少ない印象だ。道路ファン的には張り合いがあって大変宜しい。



これもまた入ってすぐの風景。
道はしっかりとした2車線道路で、北海道らしく防雪柵もある。
加えて、立派な電光掲示式の道路情報板も設置されていたが、表示は何もなかった。
どうやら通行自体は出来そうだ。さすがに規制があるなら表示するだろう。

この辺りの立派な設備を見るに、おそらくこの道道もゆくゆくは全線をちゃんと整備するつもりがある、ないし、あったのだろうな。
起点から最初の未供用区間がある上野塚までは約7kmの道のりで、途中集落はない。



起点から1kmの地点で、豊似川を渡る。
おそらくこの道道の橋の中で一番長い橋で、銘板によれば花春大橋(かしゅんおおはし)、平成5(1993)年9月竣工だそうだ。
橋の先は広尾町の字カシュウンナイであるから、このカタカナ地名に漢字を当てたのだろう。
竣工年からは、この道道が整備された時期も窺える。
なお、左岸のすぐ下流にある大岩の上に旧橋の橋台跡が見られたが、旧橋自体は橋脚も残っていなかった。



12:59 《現在地》

起点より1.4km地点に北海道道の標準デザインとも言える大型の両開き式交通規制ゲートが現れた。
本日は解放されているが、道道冬期通行止区間一覧表記載の広尾町字カシュウンナイ2線6番5にある花春1ゲートというのが、これだろう。
例年、11月中旬から5月中旬まで6ヶ月間は封鎖されているらしい。
ちょうどこの直前、前述の花春大橋を渡ってすぐの場所に牧場の事務所があるので、そこまでは冬季も交通が確保されるのだろう。



最初のゲート(解放)を通過しても道の整備状況に変化はなく、綺麗な2車線道路が続く。ただ、私の他に全然車が通っていない。もう既に封鎖区間に入っていると錯覚しそう。
周囲の風景は森が大半で、たまに牧草地が見える。
近くを流れるカシュンナイ川の谷に沿って緩やかに登っていく過程で、何度も同川とその支流を渡る。

写真の橋は、ペンケカシュンナイ川に架かる小野橋で、竣工年は昭和61(1986)年10月とあった。やはり下流側に旧橋の橋台が残っていた。



それからすぐに、今度はカシュンナイ川に架かる神社橋を渡る。竣工は昭和61(1987)年11月。ひらがなの読みを書いた銘板の「じんじやばし」が、人事がヤバそうで面白かった。
それからまた数百メートルで同川を万斉(まんさい)橋で渡った。竣工昭和63(1988)年12月。
3橋とも赤い欄干の全く同一デザインの橋で、竣工も順次であった。最初の花春大橋も含め、昭和末から平成初期にかけて、この道道の工事が盛んに行われていたようだ。



13:11 《現在地》

起点から3.3kmを平和に前進してきたのだが、ここで唐突に道幅が狭くなった。万斉橋から600mくらい進んだところである。
北海道道ではあまり見られない1車線ギリギリの道幅となり、舗装はされているものの、轍と轍の間の道路中央に草が少し生えているような状況で、非常に交通量が少ないことが改めて浮き彫りになった。
ここまで頑張った整備が力尽きたらしい。おそらく昭和55年に道道として認定された当初は、全線がこのような狭路だったのだろう。



狭くなってから間もなく、三度カシュンナイ川を渡る橋が現れた。起点から約3.6kmの地点である。
なぜか左岸側の親柱は2本とも失われていたが、右岸は残っており、そこにあった2枚の銘板に、「かしゆん新橋」「昭和34年11月竣功」と記されていた。
道道の認定以前から、道自体はこの辺りまで通じていた模様で、ここまでの架橋地点のいくつかで目にした橋台跡も、これと同年代の橋であったように思う。
しかも、これも「花春新橋」を名乗っているくらいだから、2代目の橋っぽい。案外古くからカシュンナイ川沿いの道があったようだ。



道は引き続き緩やかな勾配で広い谷を進んでいく。
鬱蒼とした雑木林がときおり晴れると、開拓地跡のような明るい笹原が現れることがあった。
地形は穏やかなのに人里が全く見当らないのは、北海道ではよくあることだが、やはり心細い気持ちになる。

そして、起点から約4.2kmの地点で、道幅は変わらぬまま遂に舗装がなくなった。
この路線に約8.8kmあるとされる未舗装区間の始まりだ。
ちなみにストビューが入っているのは、このちょっと先までである。



13:22 《現在地》

起点から約4.4km進んで来た。
始まりはフル装備だった道道も、今ではもう裸同然の有様だ。もはやただの林道と見た目の区別は付かない状態。
しかし、この先間もなく地図上で道が二手に分れる地点だなというところで、にわかに道道が主張をはじめる。

“主張その1”
反対方向を向いたヘキサがあった。
道道認定当時に設置されたものっぽい雰囲気がある。うまく説明はできないが、古そうなヘキサである。しかも、路傍の森に半ば埋れかけていた。

“主張その2”
案内標識がある!!
分岐が近いので設置されているのだろうが、正直この整備状態ではあまり期待していなかったから、これは嬉しい発見である。
が、この案内標識、ちょっと異常な状態だった……。



どこ向いてるんだ?!

まるで、道の左側の森の中に道があって、そこに向けて案内しているかのような姿だが、後述する標識の内容と照らしても、支柱ごと90度右に回転してしまっているようである。
そのようなことが自然……例えば風の力で起るのだろうか。決して低い標識ではないので、大型車の通行の妨げになるから回転させたとかではないだろう。 謎。
毎晩勝手にこの標識がぐるぐる回っていたらホラーだな。



肝心の案内の内容は、「↑ 花春内林道  ← 上野塚4km」とあって、設置の向きさえ正しければ現地にちゃんと即していた。
道道は間もなく左折して上野塚へ向かう。上野塚には、道道の1箇所目の未供用区間があり、地図読みでここから2.5kmくらい進むと未供用区間が始まるが、ちゃんと迂回路が機能しているようで、上野塚までの距離が4kmと表示されていることに安堵した。
左折から始まる最初の峠越えは、通り抜け出来そうである。

では分岐へ。



え?

ゲート閉まってね?




通行止じゃねーか!

冬季閉鎖だけじゃなくて、通年通行止じゃねーか!!!

いや、まあ、【入口にあった看板】がね、教えてくれていたんだろうけれどもさ……。
じゃあ、【電光掲示板】にも表示しようよ。節電しないでさ…。

くっそ……。


内心、おいしい展開にワクワク(^_^)



この道道、もうお亡くなりになっているのでは…。

未供用区間じゃないはずだぞ。 ここはまだ……。

(ワクワクもいいけど、大丈夫か……? 通り抜け出来る?)






お読みいただきありがとうございます。
当サイトは、皆様からの情報提供、資料提供をお待ちしております。 →情報・資料提供窓口

このレポートの最終回ないし最新回の
「この位置」に、レポートへのご感想などのコメントを入力出来る欄を用意しています。
あなたの評価、感想、体験談などを、ぜひ教えてください。



【トップページに戻る】