早く家に帰りたい。
そんな気持ちから、阿仁町から一気に秋田市近郊にまで至る唯一無二の道「河北林道」に分け入った私であった。
比立内を発ったのが、午後の2時半過ぎ。
いよいよ峠の上りに差し掛かる頃には、もう3時をゆうにまわっていた。
時折現れる雲の切れ間の空は、もう夕暮れの色を帯び始めていた。
なんとしても日が落ちる前に、ここを突破せねば、無事ではすまないと思った。
<地図を表示する>
この河北林道は、全長30kmを越えるが、その間にあるのはたった一つの峠のみである。 今登っている阿仁側は、からまでの沢沿いアプローチ区間と、このから中森と呼ばれる稜線に乗る地点(だ)までの急登攀区間、更にその先、峠までの稜線区間という風に、景色や走行感から3つに分けることが出来ると思う。 この中でも、最もハードなのが、ここから始まる第二の区間だ。 標高約550mの稜線の端に乗るまで、約250mの高度差を、2km足らずで克服する。 地図を見ていただければお分かりのように、巨大な九十九折が、この区間の景観を支配している。 |
本当にここは堪える。 何度走っても、やはり、この勾配は、脚に来る。 それはそうと、この日はまだボーリング調査の作業車一台と、不動の滝でのカメラマンの車一台、計二台しか車に遭遇していない。 公には通行止めの道に入ってきているのだから、当たり前といえば当たり前だが、本当に、通行止めなのか?! ますます心配になってくる。 途中トラブルに巻き込まれでもしたら、確実に日が落ちてしまう。 |
終始ペースを乱さぬことを心がけた。 この道の長さは、十分承知している。 いくら焦って漕いでみても、たいして先には進めない。 あとで余計に疲れてしまうだけだ。 脚への負担の少ない軽めの変速で、時速5kmから7kmを維持した。 所々、この写真の場所のように、ガレた場所もあるが、慎重にルートを選び、出来るだけ足を付けさせられないように気をつけた。 ちょっとバランスを崩したりすることも、意外に疲れの元となるものだ。 今ひとつレポート的には盛り上がりが欲しいところだが、今日の河北林道は、私にとって家路なのだ。 帰り着くための最短の経路に過ぎない。 はやく、安全に、通り抜けることが肝要だ。 |
このコーナーを最後に、あとはもう、道は阿仁側を振り返ることは無い。 そして、この場所からは、これまで辿ってきた比立内川の流れや、遠く森吉山まで眺められる。 | |
相変わらず、低空をものすごい勢いで雲が流れている。 ここまで来たら、中森は近い。 |
勾配が最も厳しいのは、この辺りだ。 かつて、初めて河北林道を通り抜けたのは、1994年のキャンプサイクリング。やはり阿仁からの帰路であった。 真夏の暑い盛りであったし、10kg以上の荷物を背負っていたし、それに行程の最終日でもあったし、と、かなり最悪の状況。 際限なく続くと思われたこの上りで、滝のように流れる出る汗に、水筒内のドリンク残量が気になった。 それでも、最後の気力を振り絞るように、あるいはプライドがそうさせたか、決して自転車を降りようとはしなかった。 しかし100mも漕げればいいほうで、日陰を見つけてはその度に、長い休息を取った。 もう絶望的な、体力不足。疲労限界であった。 …何度ここを通うとも、この一度目の記憶は、色あせない。 辛すぎた。 |
この河北林道というのは、自然の宝庫だと思う。 林道の一歩外には、自然のままの森が広がっている。 手付かずの自然の中に、ただ一本、この道が伸びているのだ。 そして、道路構造物の少なさも、特筆もの。 次第に改良が進んでいるが、それでもまだまだ、自然に調和した道の景色は、ここならではのものだ。 この写真なども、好きな道風景だ。 木々の間に空が見えるようになると、稜線は近い。 上りもスパートがかかる。 | |
初めて目の前に現れた郡境の険しい壁。 写真に写る、雲に天辺の隠された山は、太平山系の最高峰白子森(標高1197m)である。 その左側緩やかな鞍部が見えるが、林道はそこを越えてゆく。 まだかなり距離があることが、お分かりいただけるだろう。 しかし、初めてここにたどり着いた1994年、私たちはもうそろそろ、峠が近いと考えていた。 その甘さが、惨事の幕開けだったのだ。 その話は、また、後で。 |
中森は、郡境となる主稜線から、長く桟橋のように北に突出した尾根の突端である。 林道は、入り口から約9kmの地点にて、この標高555mの中森の山頂付近を通っている。 ここで阿仁側の登りは、一つの区切りを迎えるのだ。 ちょうど広場になっており、休息地点である。 しかし、今日は休息している暇は無い。 これにより脚も体も、相当のダメージを蓄積させてしまうだろうが、既に時刻は午後4時! 明らかに日は傾いていた。峠はまだ近いようでいて遠い。 写真を数枚撮ると、さっさとここを発った。 | |
先を望む。 正面に見えているのは、郡境上にある1016mのピークで、林道はこの東側を掠めている。 まだ相当に遠い。 いよいよ、河北林道のハイライトだが、この先は次回に紹介したい。 ところで、この中森広場には、かつて1994年にはやや傾いた東屋が建っていた。 しかしちょうど一年後の翌年の夏には、既に倒壊していた。 今回も、その痕跡を探してみたが、まったく見つけられなかった。 その東屋が健在だった1994年のことだった、極暑に理性を失った私は、この先の道のりの長きを軽んじた。 稜線まで登ったから、先は楽だと思ったのだ。 私は、500ml入りの水筒の中身を、がぶ飲みした。 全部、飲んじまった。 そもそも、トリオ全員、この河北に500mlペット一本分しか持ち込んでない時点でアウトだが、私は更にアウトだった。 結局この先で、渇きが、私の命を脅かすのであった。 あとにも先にも、これは最悪の失敗談であった。 |
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