走破レポート  河北林道 その2
2003.2.18



 早く家に帰りたい。
そんな気持ちから、阿仁町から一気に秋田市近郊にまで至る唯一無二の道「河北林道」に分け入った私であった。
比立内を発ったのが、午後の2時半過ぎ。
いよいよ峠の上りに差し掛かる頃には、もう3時をゆうにまわっていた。
時折現れる雲の切れ間の空は、もう夕暮れの色を帯び始めていた。

 なんとしても日が落ちる前に、ここを突破せねば、無事ではすまないと思った。

<地図を表示する>

 
急勾配
 この河北林道は、全長30kmを越えるが、その間にあるのはたった一つの峠のみである。
今登っている阿仁側は、からまでの沢沿いアプローチ区間と、このから中森と呼ばれる稜線に乗る地点(だ)までの急登攀区間、更にその先、峠までの稜線区間という風に、景色や走行感から3つに分けることが出来ると思う。
この中でも、最もハードなのが、ここから始まる第二の区間だ。

 標高約550mの稜線の端に乗るまで、約250mの高度差を、2km足らずで克服する。
地図を見ていただければお分かりのように、巨大な九十九折が、この区間の景観を支配している。
崖に張り付く道
 本当にここは堪える。
何度走っても、やはり、この勾配は、脚に来る。
 それはそうと、この日はまだボーリング調査の作業車一台と、不動の滝でのカメラマンの車一台、計二台しか車に遭遇していない。
公には通行止めの道に入ってきているのだから、当たり前といえば当たり前だが、本当に、通行止めなのか?!
ますます心配になってくる。
途中トラブルに巻き込まれでもしたら、確実に日が落ちてしまう。

 登る登る
 終始ペースを乱さぬことを心がけた。
この道の長さは、十分承知している。
いくら焦って漕いでみても、たいして先には進めない。
あとで余計に疲れてしまうだけだ。
脚への負担の少ない軽めの変速で、時速5kmから7kmを維持した。
所々、この写真の場所のように、ガレた場所もあるが、慎重にルートを選び、出来るだけ足を付けさせられないように気をつけた。
ちょっとバランスを崩したりすることも、意外に疲れの元となるものだ。

 今ひとつレポート的には盛り上がりが欲しいところだが、今日の河北林道は、私にとって家路なのだ。
帰り着くための最短の経路に過ぎない。
はやく、安全に、通り抜けることが肝要だ。

 
ヘアピンコーナー
 このコーナーを最後に、あとはもう、道は阿仁側を振り返ることは無い。
そして、この場所からは、これまで辿ってきた比立内川の流れや、遠く森吉山まで眺められる。
 相変わらず、低空をものすごい勢いで雲が流れている。
ここまで来たら、中森は近い。
なおも厳しく
 勾配が最も厳しいのは、この辺りだ。

 かつて、初めて河北林道を通り抜けたのは、1994年のキャンプサイクリング。やはり阿仁からの帰路であった。
真夏の暑い盛りであったし、10kg以上の荷物を背負っていたし、それに行程の最終日でもあったし、と、かなり最悪の状況。
際限なく続くと思われたこの上りで、滝のように流れる出る汗に、水筒内のドリンク残量が気になった。
それでも、最後の気力を振り絞るように、あるいはプライドがそうさせたか、決して自転車を降りようとはしなかった。
しかし100mも漕げればいいほうで、日陰を見つけてはその度に、長い休息を取った。
もう絶望的な、体力不足。疲労限界であった。

 …何度ここを通うとも、この一度目の記憶は、色あせない。
辛すぎた。
稜線が近い
 この河北林道というのは、自然の宝庫だと思う。
林道の一歩外には、自然のままの森が広がっている。
手付かずの自然の中に、ただ一本、この道が伸びているのだ。
そして、道路構造物の少なさも、特筆もの。
次第に改良が進んでいるが、それでもまだまだ、自然に調和した道の景色は、ここならではのものだ。
この写真なども、好きな道風景だ。

 木々の間に空が見えるようになると、稜線は近い。
上りもスパートがかかる。
 初めて目の前に現れた郡境の険しい壁。
写真に写る、雲に天辺の隠された山は、太平山系の最高峰白子森(標高1197m)である。
その左側緩やかな鞍部が見えるが、林道はそこを越えてゆく。
まだかなり距離があることが、お分かりいただけるだろう。

 しかし、初めてここにたどり着いた1994年、私たちはもうそろそろ、峠が近いと考えていた。
その甘さが、惨事の幕開けだったのだ。
その話は、また、後で。

中森 標高550m
15:58
 中森は、郡境となる主稜線から、長く桟橋のように北に突出した尾根の突端である。
林道は、入り口から約9kmの地点にて、この標高555mの中森の山頂付近を通っている。
ここで阿仁側の登りは、一つの区切りを迎えるのだ。
ちょうど広場になっており、休息地点である。
 しかし、今日は休息している暇は無い。
これにより脚も体も、相当のダメージを蓄積させてしまうだろうが、既に時刻は午後4時!
明らかに日は傾いていた。峠はまだ近いようでいて遠い。
写真を数枚撮ると、さっさとここを発った。
 先を望む。
正面に見えているのは、郡境上にある1016mのピークで、林道はこの東側を掠めている。
まだ相当に遠い。
いよいよ、河北林道のハイライトだが、この先は次回に紹介したい。


 ところで、この中森広場には、かつて1994年にはやや傾いた東屋が建っていた。
しかしちょうど一年後の翌年の夏には、既に倒壊していた。
今回も、その痕跡を探してみたが、まったく見つけられなかった。

 その東屋が健在だった1994年のことだった、極暑に理性を失った私は、この先の道のりの長きを軽んじた。
稜線まで登ったから、先は楽だと思ったのだ。
私は、500ml入りの水筒の中身を、がぶ飲みした。
全部、飲んじまった。
そもそも、トリオ全員、この河北に500mlペット一本分しか持ち込んでない時点でアウトだが、私は更にアウトだった。
結局この先で、渇きが、私の命を脅かすのであった。
あとにも先にも、これは最悪の失敗談であった。

つづく

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