2007/2/21 13:30
限りなく自分の限界に近い地点から、撤退を開始。
来るときに通ったラインを忠実になぞり、一歩一歩慎重に戻った。
それは引き絞った弦から緩やかに力を抜いていく様なものであり、来るときはあれだけ恐ろしく感じた崖も、初めの数歩を乗り切ってからはもう、生還への喜ばしい道に思えた。
それだけ、緊張していたのであった。
そして、撤退の最初の一歩を踏み出しておおよそ10分後、私は樹林帯に入るために最初によじ登ったガレ場に戻った。(左の写真)
ここから、右へと降りていけばトリ氏や自分のリュックが待つ川原へ帰還できる。
だが、私はこのまま左へ登る事に決めた。
その先に待っているもの。
それは、たった一度往復しただけなのにもう馴染みを感じるようになっていた、「4期道」である。
私は、このガレ場斜面をこのままよじ登り、4期道へ向かうことにした。(リュックは帰りまで置き去りでも良かろう)
当然、その向こうに目指すのは「江戸道」だ。
最初、この計画はなかった。
前回の探索で4期道をほぼ歩き通したが、その結論として、4期道と江戸道(3期道)とをつなぐラインが無いことを確認していた。
故に、今回は最初から上からのアプローチを避け、初挑戦となる下からの接近を試みたのだった。
それに、もう私は十分に江戸道接近の困難。…いや、困難などと言う言葉ではヌルい!
江戸道接近に関わる「命の危険」と、それを本能的に私へ教えてくれる「恐怖」とを、存分に味わったのではなかったのか。
もう、絶対に来たくないと、さっきも思ったじゃないか!
それなのになぜ、喉元を過ぎたばかりで再び舞い戻ろうとするのか?!
その答えは、明確であった。
ついさっき、命の危険を間近に感じたから。
この場所の孕む危険と恐怖とを、正視したばかりだから。
この感覚、震えた実感。
それを、この身体が鮮明に憶えている、残っている。
だから良いのだ。
だから、今である必要があるのだ。
先ほどの挑戦は、自分にとってかなりの冒険であり、無茶であった。
それを、最低でももう一度行わねば、江戸道へ辿り着く可能性は、ほとんど無い。
うっかり、セイフティーエリアで仕切り直しなどしようものなら、きっと己が理性は再挑戦の足を鈍らせるに違いない。
駄目でも、クリアでも、 とにかく今日中に決着を付けてしまわねばならない。
私は、そう感じたのであった。
これは、拙速だったかもしれない。
しかし、私は自分自身の心境に素直に従った。
13:41
ガレ場を登ること10分足らず。
私は、忘れようにも忘れるはずのない道「4期道」へと、約1ヶ月ぶりに辿り着こうとしていた。
登ってくる途中、上がった息をおさめるついでに、ケータイのメールを打ってトリ氏へ進路の転換を連絡する事を忘れなかった。
しかし、「了解」との返信が一本来たっきり、メールも電話も繋がらない状態が、この後しばらく続くこととなった。(事情は後で知った)
果たして、トリ氏はどこから4期道へと登ってくるつもりなのであろうか。
私が登ってきたガレ場斜面も、登りうる有力な場所ではあった。
彼女の行く手に一抹の不安を覚えはしたが、前回の探索では帰路にて、この附近のもう少し下流にある斜面を下った経験があるので、おそらく今回はそこから登ることを思いつくだろう。
まあ、彼女は大方の人が想像する以上に意外とタフなので、今この時は、私は私の進路を得ることに専念しても良いだろう。
4期道へ到達。(写真は上流方向)
川原からは、だいたい70mくらいの高低差がある。
今さっきトリ氏を呼んだばかりなので、まだ来ているはずもなかった。
当然辺りには誰もおらず、また、この一ヶ月に我々の他の誰かが踏み込んできたような足跡も見付けなかった。(実際の所は分からない)
さあ、トリ氏を待つあいだ、時間がしばらく空きそうだぞ。
辺りに、前回は見逃していた何かとか、或いは私の興味を引くものがないか…
探してみた。
比較的近くには、前回のレポの最後に紹介した廃坑(レール付き)が口を開けているのだが、あそこは実は前回の探索で行けるところまで行っており(たいして深くない)、また行きたいとは思わなかった。
それに、あそこへ入ってしまえばトリ氏の姿が見えなくなるだけでなく、連絡をもらうことも出来なくなる。
とりあえず、私が登ってきたガレ場斜面を横断する4期道に立って、更にその斜面の上を見上げてみると・・・。
激しくオーバーハングした崖が、道へ覆い被さるように立ち上がっている。
その姿はひたすらに男性的であり、私の子供心を激しく揺さぶるものがあった。
もっとあそこへ近づいてみたい。
私は、疲労することも覚悟の上で、更にこの斜面をよじ登ってみたくなった。
試しに、おそるおそるといった感じで10mほど登ってみると、やはりここまで登ってきたのと同様、何とかなりそうである。
そうしてから見上げた景色の中央には、更に截然とそそり立つ岩山と、その中程にあらぬ暗がりが見えたのである。
あの陰は何だろう。
当然のように、私の中には前回見た光景が甦ってくる。
またしても、坑口なのか。
とりあえずあての無かった私の登攀に、明瞭な目的地が生まれた。
目指すは、約30m上方に見える “擬穴”(ギアナ)!
日原川に接する部分では小粒の土のような礫が多かったガレ斜面も、ここまで登ってくると、もっと大きな岩塊が目立つ。
滑りやすいこともなく、比較的歩きやすい。
もっとも、この高低差は当然のことながら、足の疲労を誘う。
今頃、トリ氏も何処かの空の下(笑)、同じような苦しみに喘いでいるのだろう。 ハァハァ。
登りながら、自然と見上げる行く手には、三方の空をまんべんなく覆う天蓋のような岩盤。
地形図曰く、この正面の高い岩山でさえ山頂などでは全くなく、本当の山頂はまだまだずっと先、標高1400mを超える位置にある。(この辺の標高は450mくらい)
東京の山深さには、秋田人の私も驚く。
この斜面を登る限り、かなりのハイピッチで高度を稼ぐことになる。
ふと振り返ってみたらば、これまで一度も視野に入ったことのない景色が、惜しげもなく広がっていた。
思わず身体を近くの大きな岩に寄せ、この素晴らしい景色を堪能する。
これまで、この日原周辺を数度に分けて歩いて、その最高所は4期道から少しだけ登った「前レポ最後の坑道」であったが、当然のことながら、この場所はその記録を大きく塗り替えている。
今まで、決して見えることがなかった、採石場の背後の山並みや、これまでの想像を超えた地形の改変が一望された。
この景色から想像される失われた稜線の姿は、衝撃的であった。
本当に山がまるまる切開されている。
右の画像は二段階に変化する。
マウスのカーソルを合わせると、一段階目の変化。さらに、その状態でクリックすると二段階目の変化となる。
このように変化する画像の見分け方は、画像の周囲の枠が「赤の二重」である場合だ。
足元はこんな感じ。
まだ、4期道が下に見えている。
しかし、そこにトリ氏が辿り着いた様子はない。
登るのに苦労しているのだろうか。
なんの連絡もないのが、心配である。
私の方はと言えば、もう間もなく、目指す陰に近づく。
13:48
天を突く。
なんだかこんな表現も陳腐になっちゃってるけど、でも、ほんと天を突いてますから。
その表面の独特の造形が目を惹く。
まるで、髑髏のような…。
それは、対岸の採石場へと鋭く睨みを効かせているようでもあるし、開発によって失われた片割れを哀しんでいるようにも見える。
さて、穴まで来た。
下から見たときには、この穴がひょっとしたらガレ場斜面の上端なのだろうかと思ったりもしたが、全くそういうことはなかった。
レールなどが見えていることもないし、それどころか、人工的なものは何も見えない。
アハ ……もしかして… 自然の穴?
この穴は、自然に出来た洞穴だったようだ。
辺りには、何一つ人工的なものはなく、人が訪れた気配もない。
開口部から、一番深い場所でも5mほどで、自然に床と天井が接している。
だが、もしかしたらこの凹みは、かつての鍾乳洞が埋もれたものであるかもしれない。
何となく、内側の岩盤はなめらかであり、鍾乳石のような雰囲気を見せるものもある。
或いは、現在河床から100mも高いこの場所だが、何百万年も前には水面に洗われていたのかもしれない。
どちらにしても、とんでもない大昔からこの場所にあったというような顔をした、穴だった。
さて、目的は達した。
4期道から上に来て15分あまりを経過している。
そろそろ、トリ氏が登ってくる頃かも知れない。
更に上に行ってみたいという気持ちもしたが、しかしそれはまたとんでもない冒険になってしまうような気もしたし、ともかく、余り体力を浪費するのもヤバイのでやめておいた。
私が、この斜面の遙か上にも、採石場らしい段々に削られた崖を見付けたのは、帰宅後、撮ってきた写真をよく見た時だった。
どうやら、まだこの更に上にも採石場が存在するようだ。
それはもう、雲上の作業場といった感じなのではないか。
地上から、まともに車が上れるような道は絶対にない場所であり… 果たしてそれは現実の光景なのか…。
これを書いている現時点では、まだ私は行っていない。
14:00
私は4期道へと、ガラガラと岩を落としながら足早に戻った。
だが、そこにはまだトリ氏の姿はない。
メール、電話、
どちらも通じない。
呼び出しはするのだが、出ない。
… アワ
14:05
さらに5分を経過。
依然、連絡付かず。
アワワワ… ま、まさか。
途中の斜面で滑落、悶絶している姿が脳裏に浮かぶ。
独りにしたのは、まずかったか…。
もう5分経ったら、探しに降りてみよう……。
14:07
自分が危険なのとはまた違う、何とも言えぬ嫌な時間がぬったりと過ぎていく。
凄くいい天気だし、迷うことは考えられない。
やはり、何処かで滑落、悶絶しているのか…
よく考えたら、今までも彼女はよく滑り落ちていたな……。
私は視界の中に白い何かが小さく動くのを見付けた。
キタッッ トリ氏だ!!
登ってきた。
どうやら、その足ドリは確かだ。
無事そうだ。
しかし、よくもまあここを登ってきたな。
正直、ここから来るとは思わなかった。
彼女の背後を見て欲しい。 なんだこれは(笑)
私はただ、この場所が日当たりがよくて、待つのに居心地が良かったから張っていただけで…(←オイ!自分)…、
まさか、このどう見ても手掛かりの少ない、しかもいかにも滑りやすそうな土の斜面を70m近くもよじ登ってくるとは…。
…見る目がないというか健脚というか…。
・・・元気だねぇ。
・・・。
登る場所を間違えたことには途中で気付いたらしいが、途中から戻るのが面倒くさいからそのまま来たそうだ…。
しかし、トリ氏は間もなくピヨリから復活。
小休止を入れてのち、午後2時15分には因縁の「江戸道」目ざし再出発となった。
まずは、江戸道の上を平行する4期道を、下流へ向かって進む。これは前回と同じ。
しかし、今回はそのどこかからか崖下に降りて、江戸道へのアプローチを図ることになる。
果たして、我々はこの絶崖に活路を見いだせるか。
江戸道への挑戦は、いよいよ最終的な局面を迎える!
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