鳥海高原へと至る一般県道312号線最大の難所が標高差300m以上を一気に上り詰める、横森から冬師に至る区間だ。
しかし、現県道はまだよい。
急な登りとはいえ、しっかりした2車線の舗装路であるから。
廃止された油田を縫うように走る旧道は、登りの最中に突如廃道化。
私を残したまま、道は霧の中に覆い隠されてしまった。
先の見えない叢に、急速に疲弊する精神力。
限界すれすれで、やっと開けた視界の先に、
…道など、なかった…。
この光景には、月並みな表現だが、我が目を疑った。 恐れていたことであるが、背丈ほどもある藪を漕いでいるうちに、正規のルートを外れ行き止まりに来てしまったのかと思った。 しかし、僅かに赦された視界の向こうに見えるのは、確かにこれまで同様叢と化してはいたが、道のようである。 ここは、路肩はおろか、道の全てが崩落し消失してしまったらしい。 いまだかつて、これほどの廃道で、これほど壊滅的な崩落に出会ったことはなかった。 どうすれば良い。 一心不乱に歩みを進めてきた我が足が、一歩も動かなくなった。 どうすれば、良い? | |
考えられる方法は二つ。 もと来た藪に引き返すか。 この崩落を攻略するかだ。 出来ることなら、もちろん攻略して先へと進みたい。 こんなときは、いつも愛車が邪魔に感じる。 身軽ならば、かつては道の脇の叢だっただろう崖際を、豊富な草木を足がかりに乗り越えることも出来るかもしれない。 しかし、これまでいくら叢とはいえ、それでもかつては道だった場所だけに、足元にはかすかな隙間があって、チャリを押して進むことも出来た。 だが、元々が道でもなんでもない場所は、見た目同じでも、その植生の密度が違う。 チャリなど、とても押して歩けそうにない。 弾き返されるだろうし、一歩間違えば、そのまま崖下に蹴落とされる恐れさえある。 怖すぎる。 | |
これまでの全ての経験を総動員して、この箇所の攻略の可能性を探った。 既に、この場所に達してから5分が経っていた。 ルートを何度も頭の中に計算した。 欠陥だらけの我が山チャリ計算機が、やっと答えをはじき出した。 ―結果、 前進は可能。 | |
あとは、行動あるのみだった。 崖際の叢に進路をとって、ウィリーするようにして前輪を持ち上げると叢に押し込んだ。 チャリの重みを利用して、50cmずつ、道を切り開いていった。 セオリーどおり、チャリは崖側に、自身を山側に。 崩落の延長は、20mほど。 その、最も深く抉られた場所に到達。 はじめは出来るだけ崖から離れた進路を取っていたが、この場所だけはどうしてもチャリが宙ぶらりんになった。 思い出されるのは、松ノ木の悪夢ばかり。 崖下に見えるのは、どこまでも緑ばかりの斜面、その端は白い世界に没している。 落ちれば戻って来れ無いだろう。 あくまでも冷静だった。 チャリを片手に抱えると、大またの一歩を踏み出し、最難所を 超えた。 | |
廃道すらもかわいく思える猛烈なブッシュ。 これこそが、元々道でない場所を切り開くと言う困難なのだと実感した。 最後の手段にして、禁断としたい業だ。 私は、何しに入山しているのかと、ふと笑いがこみ上げてきた。 これが、山チャリなのかと、自問自答。 ―答は、出なかった。 |
戦いに勝利し、その先の道へとたどり着いた。 そこには、僅かだが路面が顔を覗かせていて、私の労をねぎらってくれた。 愛車の下半身には、至るところに千切れた葉やツタが絡みつき、取り除かねばとても自走できなかった。 押して歩くにも車輪が回らぬほどであったから。 束の間の休息。 |
しかし数十m進むと、再び道は深いブッシュに呑み込まれた。 もう、いい加減に泣きたい。 この先どれほど続くか分からない廃道を突き進むのは、肉体的な疲労以上に精神的に参る。 万が一の先へ進めなくなったら、今まで切り抜けてきた難所を戻る羽目になるが、それはもう、遠い世界の出来事のように現実感がない…、正確には思考がそこを逃避したくなるほど、嫌な事態であった。 しかし、時に現実は残酷なのを知っている。 はたして、この叢に先に、私の未来はあるのか?! |
再び長い藪を覚悟したが、その終焉は意外にあっけなく訪れた。 数m進むと、一段低い場所にガードレールが現れたではないか。 一瞬、他の道に出たのかとも思ったが、どうやら、路面上に積もった崩土の上を乗り越えただけらしい。 霧の中に孤立した、妙に新しいガードレールは異様であり、現実離れした景観を形成している。 しかし何はともあれ、これまでよりはだいぶマシな道となりそうで、心底ホッとした。 転げ落ちる落石のように、或いは草むらから飛び出してきたイノシシのように、私と愛車はそこへ脱出した。 | |
今来た道を振り返り、達成感に自己陶酔。 ヤッタよ。 また一つ、失われた道に、その轍を刻みつけたよ! 私の歓喜の絶叫は、誰の耳にも留まることもなく濃霧の山中に消散した。 | |
ここはどんな荒野かと思ったが、なんと“バリ3”! ケータイは使えるみたいです、まったく問題なく。 あ、待ち受け画面に突っ込みは無用ですよ。 | |
海抜の高まりと共にますます深くなる霧。 びしょ濡れの全身は、機能停止しそうなほど寒い。 ガードレールだけが目立つ幅の広い路面は薄く満遍なく草生し、いずれは叢の海に呑み込まれてしまうのだろう。 再び道が消えぬことを祈りつつ、先へと進む。 |
またも現れた大規模な路肩崩れ。 幸い元の道幅が広い分、今度は容易に通行できた。 しかし、基礎を宙に浮かせたままのガードレールが、ここが廃道であることを強烈にアピールしている。 一体、この新しそうなガードレールの設置にはどんな意味があったのだろうか? ゆくゆくは全線を改良する予定があるのだろうか。 一応は「新・奥の細道」と言う遊歩道に指定されている区間だけに、永久に不通というわけにも行かないと思うのだ。 だがしかし、遊歩道としては距離が長いし冗長な気もする。 改良しても人気が出ることは、なさそうだ…。 | |
崩落地の先は砂利もしっかりしており、何度か自動車の往来した形跡がある。 久々に方向を転換するような大きな右カーブが現れたかと思うと、そこは広場のようになっていた。 現在の車道終点は、この広場と言うことだろう。 谷側には見たところ遮る物は何もなく、麓を一望できる景観地なのかもしれない。 地図を確認すると、現道もすぐ傍まで迫っており、合流地点も近い。 しかし、霧はそれら全てを断絶し、私に小さな世界しか見せようとしない。 |
広場のあるカーブの先、再びまっすぐな登りを少し経て、進行方向に向けられた看板があった。 先へ進み、振り返ってみてみると、それは『工事中につき通り抜け出来ません』と言う案内であった。 通り抜けできないと言うのは正解だが、工事などされてはいなかった。 中途半端な改良振りは、工事中のまま放棄されているようにも思えるが。 いずれにしても、無期限に通り抜け不能な状況に変わりはなさそうだ。 | |
長かった登りは終わり、ここはもう仁賀保高原の一角である。 多数の池が複雑な地形を形成している上、高原と言うイメージに反して木々が生い茂り、地図なくしては道を誤るだろう。 旧道が現道に戻る部分は他の道も入り組んでおり、難解。 まあ、現道との間に距離はなく、適当に走っていても広い道に出さえすれば何とかなるとは思うが。 |
しばらくぶりに、現道(一般県道312号線)に戻った。 立派な2車線の舗装路も、寒々とした霧雨の中通る車もまばらで、寂しげ。 わたしはそれでも、心からホッとした。 芯から来る寒さは深刻になっていたが…。 ああ、ローソン。 …コンビニが欲しい、あったかいジュースが、飲みたいなー。 | |
標高473mと記された標識が長いスノーシェードの入り口にポツンとあった。 これをくぐれば、久々に集落があるはず。 その先は、謎多き最終区間が待ち受ける。 |
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