道路レポート  
国道343号旧線 笹ノ田峠 その5
2004.10.4


 

 藪を縫っての廃道探険。
いよいよ峠に到達。

この地方特有の、広大な牧野が広がる高原風景。
爽快な舗装路が、いまは国道ではなくなった笹の田峠を越えていく。

かつて国道だった道。
それは、いまや町道にも見捨てられ、傍らに横たわっていた。



 第四区間 下り初め
2004.5.19 13:22


 峠から、いま来た方向を振り返る。

太平洋まではおおよそ20km。
北上高地の南端部である一帯は、視界の障壁となる大きな山もなく、なだらかな丘陵地帯が続いている。
この景色は、秋田県沿岸部に住む者にとっては、どこか懐かしい景色である。

この旧笹の田峠からは、黒森山の山腹にある牧場へ向かう九十九折りの舗装路が分岐している。
時間が許せば行ってみたかったが、もう正午をまわって久しく、日帰り必須の私には猶予は少ない。



 そして、結論から言うと、これが旧国道である。

おいしい?

そんなこと言っているのは、同業者だろ。

ヤバイだろ。
フツー。
この様子では、下りといっても楽は出来なそうな予感だ。

地図を良く確認しておかなければ、この分岐が旧道だとは、気が付けなかっただろう。
気持ちよく舗装路を直進してしまえば、そのままあれよあれよと峠を下って終わってしまうところであった。



 正直、地図だけでは確信を持てなかったのだが、これを旧国道と信じて進入した。
入り口にはタイヤバリアが設置されてはいたものの、個人でも容易に移動させられるようなものであり、幸いにして奥へと轍は伸びていた。
カラマツを主体とした明るい林を、微妙に登っていく。
まだ、峠ではないのか?
路面は良く締まっており、走りやすい。


 約500mほど進むと、またも分岐。
今度も完全なノーヒントである上に、地図にも記載されていない分岐だ。
こう言う時、私の場合は背筋に「じとっ」と嫌な汗をかく。
チャリや徒歩といった、“遅い手段”で探索している者特有の感覚なのかは分からないが、分岐点がとにかく恐いのである。
もちろん、地図に載っていたり、現地に案内板があったり、明瞭な分岐はよい。
しかし、このような場面での分岐は、まさに五感で総動員して一つの答えを早急に決定する必要がある。

どんなに辛い藪も、それが正しい道であるという確信があれば、耐えられるだろう。
しかし、もし間違った道だったとしたら…。

私には、そんな痛い思い出が無数にある。




私は、この分岐で、より廃れている方の“右”を選択した。


 分岐からさらに300mほど進むと、ゆったりとした切り通しが現れた。
この道幅、林道のそれではない。
どうやら、私の選択は正しかったようだ。
そして、高度的にはこの切り通しが最高所であった。
国道の峠としては、この切り通しこそが相応しかったと思える。
残念ながら、峠が行政界ではないので、特に標識などの痕跡はない。

轍の間には一杯のタンポポが花を付けてる。
この位の旧道が、走っていて一番楽しく、気持ちいい。



 松林を過ぎると、いよいよ下り坂が始まった。
始まったと思ったら、すぐに視界が開けた。
開放的なムードに喜びを感じはしない。
既に登りで見てきたとおり、廃道にとって日向と日陰であれば、日向の方が難しい状況になっていやすいのだ。
それ以上に、なにか嫌な予感があったのかも知れない。
なんとなく、私はこの景色の変化を歓迎できなかった。

先を知っているからこんなことを書いているのではなくて、マジで。




 突如前方に現れた草原は、峠のトンネルから脱したばかりの現国道による切り取りによるものであった。
足元にはひっくり返した台形のような深い窪地と、その中央に走る広いアスファルト。
写真に写る遠くの道は国道ではなく、国道から南に分岐して「アストロロマン大東」へ向かう道だ。
あの道の手前に、現国道が横切っているのだ。
なんとなく、その高度差の大きいことがお分かり頂けるだろう。

もう、言わなくともお分かりだろう。

私の嫌な予感は、再び現道によって旧道敷きが搾取されている懸念に他ならない。



 まだ、旧道の命脈は尽きてはなかった。
しかし、ここで確実に轍は弱まった。
間違いなく、先細りだ。
舗装された町道から分け入ることから僅か700m。
下りに転じてたった200m。

まだまだ麓は遠いのに、怪しすぎる展開。
地図曰く、この先1500mほど現道と並走した後、遂に合流しているようだが…。
あんまり近くに描かれているのも…怪しい。

とにかく、私に出来ることと言えば、この轍を追いかけることだけだ。



 再び林に入る。
松と杉の混合林だ。
植林地なのだろうが、手入れされている気配がない。
しかし、日陰故か轍の薄い路面も荒れてはいない。
路肩には斃れそうになりながらも、辛うじて踏ん張っているトラ縞のポールが一本。
ガードレール代わりの道路構造物なのだろうか…。

旧とはいえ、国道らしからぬ光景だ。
いまさらだが。


 寸 断 ?!
13:31

 50mほど下ったところで、眩しくて先が見えない。
どうやら、またも太陽の下へと脱出するようなのだが、轍がここで完全に消滅している。
それに、なにやら「いやーな感じ」の盛り土が、道を塞いでるのだ…。
盛り土自体は低く、容易に乗り越えられそうなのだが、恐いのはその先だ。
なぜ、盛り土が…・・。

最悪のシーンが頭をよぎる。

私は、ひとまずチャリを押して、その明るい場所へと進んでみた。






 ……。

道は…?

  どこへ?



 
 ゲヒーン!!

 私の地図では、確かに現道と旧道はニアミスしながらも共存しているのに…。

現実は、かくも無情なのか。

あるいは、元々はギリギリで旧道も存続していたのが、その後足元の現道の法面改良などで、現在のような状況になったのかも知れない。
いずれにしても、この状況は辛い。

私には、再び2輪の特権的行動をする必要があった。
この草の急斜面を降りてしまえば全てが終わる。
だが、まだ旧道はこの斜面に抉られながらも、先へと続いているはずなのだ。
諦めきれん!





 これが、旧道なのか。

またも、“情け”のような微妙な幅が、“段差”として旧道の高さにあった。
ここを通って先へ進めということなのか。

それでは、遠慮無く逝かせてもらう。

この先にも、全く期待は持てないが…。
どうせ、激藪だろうから…。
でも、行くしかない。



第四区間 木造国道 …かと思ったのに… 
13:33

 現道による切り取りの危機を一旦は脱した。
この区間、現道は桟橋と切り通しを直線的に繋げたバイパスとなっているが、旧道は山襞に素直に従う、勾配半分距離二倍の道形となっている。
勾配は緩いわけだが、それが幸いしたのか、砂利道はあまり洗削されることもなく、落ち葉や枯れ木の下にしっかりと残っている。
とりあえず、チャリに跨って進むことは出来た。
速度を出せば隠れていた倒木や瓦礫に躓くのは目に見えていたので、ブレーキからは手を離せない。
それにしても、陸前高田側にも増して、道路構造物がない。
まさしく、地形だけの存在だ。




 そうかと思ったら、通っている最中には存在に気が付けないほど草むらに一体化したコンクリート橋が架かっていた。
親柱も欄干も欠損している。
橋の名も、沢の名も、何も分からない。
余りにも不憫な廃橋である。
せめても、私が通りがかりにその存在に気がついたことで、慰めにはなるだろうか?

何年ぶりに人が通っているのかと思われる、荒れはてぶり。



 木造国道

路肩に立ち並ぶ枕木のような角材は、まさか、ガードレール代わりのつもりか?

…最高だよー。
思わず、にやける私であった。
今まで色々な旧国道に巡り会ったが、ガードレール代わりに木材を使っている国道はなかった。
流石に、木はないだろ、木は。

この木で、何をしたかったんだ。
こんなふざけた国道が、現役だった時代を、見たかった!

と、そう書いたあと、間違いを指摘して頂いた。
この笹の田峠の道が国道に昇格したのは、1975年のこと。
峠を貫く笹ノ田トンネルが開通した2年後だという。
つまりは、笹の田トンネルと同時に旧道となったこの“木造”区間が国道だった時代はないことになる。
笹の田峠の新道工事は大東町側に始まり、国道昇格を間に挟みつつ、一番最初に探索した“第一区間”の工事を最後に完工したものである。

お粗末様でした。



 路肩に続く角材。
その足元の瓦礫を観察してみると、微かにトラ縞の入った薄板もあった。
錆び付いた釘が、幾つも刺さっている。
実際の使用状況を見たわけでないので何とも言えないが、
おそらく、現在も残っている角材は支柱であり、落ちているトラ縞ペイントの薄板が、ガードレールの部分だったのだろう。

まったくもって、ふざけている。
木材ごときで路面を逸脱した鋼鉄体の落下を阻止しようとは。
怒っているのではない。
怒る謂われなどない。
むしろ、最高に楽しい。
愉快だ。






 禁断の花園へ突入?!



 おわー。

道が、花園に消えている。

花を愛でる心がないわけでもないが、進むにはチャリで蹂躙せねばならぬのだから情を感じる暇はない。

ミチミチと花園に轍を切り開いて進む。

すこし、気持ちがよい。






 花園を過ぎて、突然の崖。

忘れた頃に現道の切り取りはやって来た。
まるで質の悪い借金取りのようだ。

しかも、今度の切り取りは、さっきよりも容赦がない。
法面は垂直に限りなく近いコンクリ吹き付けであり、万一断念となった場合もエスケープルート・脱出路がない。
さっきの切り取りからは1km以上下っており、引き返しは堪忍して欲しい。

祈るような気持ちで、その崖の端を目で追う。
行けるのか?



 なんとも、微妙だ。
確かに、行けるには行ける。
またも、ギリギリのところで現道には“情”をかけてもらったのか。

もう、引っ込みが付かない私は、疑うことなくこれを進んだ。
チャリが邪魔だが、仕方がない。
チャリ無くしては、先へ進んでも仕方がないのだ。

考えてみれば、今走ってきた部分は、前後を斯様な切り取りに阻まれた、普通は誰の目にも留まらない“無人島”なのであった。
そんな場所を通って来れたのも、登ってくる最中に。こんな展開に対する免疫を得ていたおかげだと思う。
いつもなら、「現道に遮られ終了」としていたかもしれない。




 下り初めてから二度の現道切り取りに耐え、進むこと2500mにやや足らず。

道は、ここで二手に分かれた。

もう、試行錯誤している時間はない。

どっちが正解なのだろう。
気持ち的には、もう廃道にもお腹一杯になったので、現道にいち早く降りられそうな左を押したいが、もっと先まで旧道が存在しているのだとしたら、それは右だろう。

右も左も、一様に荒れており、見た目の手がかりはない。

あなたなら、どっち?!







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