道路レポート  
国道13号線旧線 主寝坂峠 最終回
2004.1.13



 廃止後50年を経た旧国道は、峠より先、完全な廃道であった。
それでも、部分的には林業用や、電線の管理用に利用されてきた形跡もある。
その旧道の全線を突破しようと言う試みは、非常な困難なものであった。

今回遂に、主寝坂旧道の決着。
勝利か、敗北か?!
衝撃の結末は、まもなく!


現道に…
2003.12.17 16:23


 一旦はまともな砂利道に戻ったように見えたが、それは偶然にそうなっていただけらしかった。
すぐに、道はまた元の枯れ草と雪に閉ざされてしまった。
脱出かと色めき立った後だけに、がっくしきた。
いい加減、森に夜が訪れつつある。
やばい。
もう、引き返せない。



 1kmほど手前から、ずっと現道に沿っていた。
そして、時折そのアスファルトと、、そこを高速で通過していくヘッドライトが見えていた。
その都度、ちょっとだけ励まされるような気がするのだ。
しかも、今回はいままでで一番近くに見えている気がする。
この距離なら、まるで暗幕のような森を突っ切って、強引に脱出することも、可能かもしれない。

最後の手段は、それだな…。
もう、時間が無い。
真剣に、緊急脱出を検討していた。



 突如前面の景色が開けた。
脱出なのか?!

残念ながら、それは恐怖の始まりであった。
とても旧道には似つかわしくない鋼鉄製の頑丈なフェンスが、整地され道の痕跡の失せた断崖の縁に設置されている。
その向こうは空中であり、ずっと向こうに及位の集落や、県境の山並みのシルエットが見える。

一瞬、何がおきたのか分からなかった。
だが、崖の下を見下ろしてみて全てを理解することになる。



 眼下には、遥か下に現道のアスファルト。
遠くには道路情報板の赤いネオンも見えている。
国道13号線の命を守るために拵えられた巨大コンクリートブロックと鉄筋による法面によって、旧道は寸断されていた。
ここまでは辛うじてかつて道だったと分かる姿だったが、更に上部へと続く法面とフェンスの隙間に辛うじて平地が残るばかりで、道はない。

この時期に来た幸運に、私は感激した。
もし、草木の枯れたる時期を逃せば、ここは完全に植生に沈むだろう。
ここからの数十メートルは、道はおろか、旧道でも廃道ですらなく、道路構造物の一部にすぎないのだから。



 背丈ほどもあるフェンスによって、私が通れるスペースは車一台よりも狭い。
これでは、将来に亘って、旧道の復活は望むべくもないな…。

私は、時期に恵まれここを突破することが出来た。
だが、峠を下れば下るほど状況が悪化するという、普通ではない状況に陥っていた。
なぜならば、旧道が、現道と合流しようと近づけば近づくほど、旧道のかつての道路敷きは、高度差のある現道によって開削されているのだ。

こんな状況に陥ると言うのなら、少し前の杉林を突破して脱出してしまえばよかった。

「完全攻略ならず」?!

そんなことは、もうどうでもいい(断言)。
私は、こんな自宅から遠く離れた山中で、夜をむかえるのか。

ああ、私の降りるべき里は、あんなにも遠い…。
これが傍に見えるなら、彼方はよほどの健脚か、山の距離感覚に慣れていないと言う証拠だ。



 再び旧道は独立して山中へ。

そして、そこに待ち受けていたのは、廃止後50年間、全く利用されていなかったのではないかと思われるような、未だ嘗てない、
極限廃道の姿であった。
地形と、木々の生え方から、そこが旧道なのだろうと「想像」は出来るが、
想像だけで突破できるほど、甘くはない。

ほんと、一目見たときに殺気立った。
ここに突入したら、もう、戻れないんじゃないかって。
もちろん、チャリごとだよ。





突破か、撤収か? 最終局面
16:30

 もはや完全に日の落ちた森。
笹と、枯れススキ、イバラ、そして雪。
道の姿を失った道。
旧国道などという、生易しいものではない。
風情?
哀愁??
んなものは、 ない。

ここにあるのは、何の情感もない、ただ、道が自然に還った姿だ。
私の心に去来するものは、怒りと、焦り。

頼む、早く、突破させてくれ。



 再び、現道が近づいた。
かなり近い。
30mくらいだ。
夕闇の中でも、さきほどと変わらず間欠的に車が往来している。
よもや、このような場所に、峠を越えてきた人間がいるなど、思いもしないだろうな。
そんな思考実験は、いつもなら楽しいのだが、今回ばかりはそれどころじゃない。
すぐそこに現道があることは、すぐに出られると言う意味ではないのだ。
現道と、いま私のいる場所との間には、30mの距離のほかに、高度差20mくらいと、まるで鉄条網のような雑木林、さらに、コンクリートの法面(高さは5mくらい)が立ちはだかっている。
足元も判然としない今、ヘッドランプの明かり一つでこの崖を下れば、無事ではすまないだろう。
あるいは、私だけなら可能だろうが、チャリを失うことは、山チャリの失敗を意味する。



 無理な脱出はあきらめ、辛うじてそれと分かる旧道を、ゆっくりでも確実に進むことにした。
地形を良く見て、道を失わないように。
道を外れれば、もうどうなるか分からない。
しかし、それが現実に危惧されるほど、旧道はもはや、判然としない存在となっていた。




 緊急事態発生!

足元から道が、消失!!

一体、どこでどう誤ったのだろうか?!
わけが分からない。
とにかく、現状はこうだ。

足元に、今まであった平坦な地面がない。
深い笹の底にあるのは、斜度45%位の、左に落ち込んだ斜面である。
立っているだけでも不安定であり、しかも、その先がどうなっているのかは深い藪により見えない。

なぜ、こうなったのだ?
廃道を進むうち、路肩へと落ち込んでいると言うのか?
いや、それは絶対にありえない。
なぜならば、この斜面は遥か頭上まで続いているのが見える。
この斜面には、道など、ない。





 私は理解した。
いよいよ合流点が近いのだ。
あるいは、ここが合流点なのか。
とにかく、もう、旧道は存在しない。
この斜面は、旧道が現道へと近づく余り切り取られ、強固な法面の一部と化した姿なのだ。
そのことは、ほんの2時間前に、現道を上る私が目撃した法面の姿からほぼ断定できる。

現道は、20mほど直下に見える。
もう、終わりなのか?
これで、旧道は終わりなのか?
こんな、終わり方なのか?!

(写真は、斜面に斃れた愛車の姿。ぶら下げたビニール袋(食料袋)はもうボロボロだ…)



 フラッシュを焚いて照らしてみると、もうそこは自然のままの山肌のようにしか見えない。
しかし、足元から伝わってくる感触として、コンクリートのブロックが埋め込まれている。
間違いなく、人工的な斜面だ。
ここを、下へ降りずに水平を保って進めば、再び旧道が現れる可能性もある。
私には、その可能性を追求する以外に、手立てはないのだ。
引き返すと言うのは、もはや選択肢に無かったし、ここを直下降しても現道へ降りることが出来ないことは分かっていた。



 私の持てる全ての力を振り絞って、チャリを引っ張った。
もう、パンクしようが、チェーンが引きちぎれようが、フレームが砕かれようが、どうでもいい。
生きて、チャリと一緒に脱出できればいい。(先のような場合、“チャリは死んでいる”とも言うが)
とにかく私は、早くここを出たかった。
単身でも身動きの取れにくい斜面を、チャリと共に地面に身を倒し、腕の力でチャリを引く。
もう、持ち上げる気力も無いし、斜面が急で立ち上がることが出来ない。
密集した木々のおかげで滑って落ちる心配はなかったが、まるで呪われているかのように、チャリの各所に絡みつき、私を苛立たせるツタのような枝たちよ。
なんて憎たらしいんだ。


全く、面白さも何も無い。
主寝坂峠が悪いのではなく、道が無いことを認めず、強引に踏み込んできた私に、全責任があるのだ。
しかし、私は容赦なく八つ当たりした。
愛車に、罪無き植物たちに。



 いつ私の愚行が裁かれ、命を奪われるとも分からなかったが、私は幸運だった。

結果から言うと、私は再び旧道へと脱出した。
そこには、見慣れた枯れ草と雪の道が、たどたどしく闇の奥へと続いている。
どうやら、現道による侵食を逃れた部分へと脱出したらしい。

このとき、私は足を痛めていた。
余りにも無理な体勢で力を掛けた為か、右足に肉離れのような激痛が走った。
しかも、イバラやチャリのペダルに掻き毟られた脛は、ズボンの下で出血していた。
まだ、辛うじて歩くことが出来たが、もう一度同じような場面が来たら、万事休すだ。

命までも奪われるほど私も馬鹿ではないつもりだが、チャリを放棄して脱出する屈辱に甘んじることになるだろう…。




意外な終局
16:52

 己の吐く息も白いが、それだけではない、日没後急激に気温が変化したせいなのか、あるいは雪の前兆なのか、もうもうとした霧が急速に山中を包み込む。

汗も冷え切った体から、生気を奪い取るようだ。

もう、ヘッドライトの明かりだけでは、1m先しか視界は無い。
前方に、一点のオレンジの明かりが見えてきた。
あれは、なんだ?


 フラッシュを焚いて撮影しても、広い場所では全く無力だ。
真っ暗にしか写っていないように見えた写真だが、強引に明度を極限まで上げると、辛うじて雪の地面が浮かび上がった。

私が何を頼りにしてこの雪の道を下ったのか、良く覚えてはいない。
ただ、さっきから見えているオレンジの明かりは、何か頼りになるような気がしていた。
もう、それ以外に生への標は無いようだった。



 雪と枯れ草の道は、現道と一定の距離を置いたまま斜面に沿って、ゆっくりと下っている。
しかし、遂に終わりの時が来た。
しかも唐突に。

それは、私にとっては本当に嬉しい瞬間だった。
接近してきたオレンジの明かりは、現道に灯されたナトリウムライトであった。
そして、照らし出された道の姿には見覚えがある。

そして、どうやら旧道は、そこを目指して進んでいるようだ。





 どこをどう歩いたのかよく分からないままに、脱出の瞬間を迎える。

主寝坂旧国道。
ここに完遂せり。


私が降り立った場所は、の二枚目の写真の場所であった。
上りながら私が「怪しい雪の線」と感じたものは、実はまぎれも無い旧道の姿であったのだ。
また、3枚目の写真に写る巨大な法面や、その手前の杉林なども、旧道からもそれぞれ確認された場所だ。

ああ。
主寝坂峠よ。
忘れられない峠道になってしまった。

私に怒りと、焦りと、命の危険と、ほどほどの達成感を与えてくれたが、
チャリは故障しました…。





 今回のレポートをご覧頂ければ誰も行かないと思うので不要だろうが、一応旧道の地図を最後に上げておこう。


今回は、本当に疲れた。
ちなみにこれは、チャリでの突破を成し遂げたと言うのだろうか??

ただ、チャリと言う荷物を運んだだけのような気も…。








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