どこぞの単なる駅舎&車両保存だけの取り組みより、よほどマシだよなあ。最古級、デハニ50形が運転できる…一畑電車http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110724-OYT1T00047.htmでも安全云々でイロイロと規制がありそうだけど、どうなんでしょう?
その単なる駅舎&車両保存が、どれだけ尊い努力の上になされていることか。ある意味では放置された「廃」の姿を楽しむ廃道趣味とも、方向性が少し違うようで実は相通じるものがあると思います。自分で運転できないからと切り捨てるのは考え物です。営業線を走らせるわけではないので安全面は問題ありません。
優劣なんてないと思うんですが。僕も鉄道の廃線探索からここを知って明治の道路に思いをはせたり廃道の現状と歴史を楽しませてもらってますが、僕と同じ鉄道愛好家さんちのなかに鉄道は特別、なんでもクロスシート、ヘッドマーク、鉄道写真なんて正直本人の主観以外の何者でもないキーワードを尊んで、公共交通としての鉄道の本来の目的は何で過去の歴史がどうで、どうして現状があるのか、残すべき過去の遺産を引き継ぐのかという観点をお忘れの方が多いので、悲しいですね。一つ一つの保存行為はどれも立派なものだと思いますよ。
どーも。とある群馬県民です。私としては、動態保存もいいですが、山奥とかでひっそりと残っているのもまたよいのかと思います。群馬県にはかの有名な横軽間の碓氷峠がありますが、あそこはトロッコは走るわ遊歩道化するわでねぇ・・悪いわけじゃないんですけど、なんかしっくりこないのです。せっかくEF63とかが動態保存されていても文化むらのアトラクションのひとつになってしまってはつまんないなあと。動態保存するならぜひ当時のままの状態をいつまでも保ってほしいものです。
優劣っていうか、人を継続的に集める魅力が無ければ、大抵保存状態や活動自体が又廃になってしまうでしょう?それも所業無常といとをかしく眺めるのも乙かも知れませんが。