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> 閉鎖は今年3月だったとか。
うおー。
本当ですか。
吹上昭和隧道には行ったことがあったのですが、
時間の関係上、明治の方には行けなかったので、
今度行こうと思っていた矢先の、閉鎖…。
川越の安比奈線の件と言い、ちぃさんの仰る通り、
歴史的な価値をもっと考えて欲しかったですね。
ちょっと今軽くググってまいりますた。
ウィキと2〜3のオフロード系のホームページさんに閉鎖について
載ってました。
「心霊スポット」として違法侵入する族を、隧道の老朽化による
崩壊から守る為の措置のようです。北口は鉄板を溶接しての
閉鎖、ドアもなしとの事。南口はドアこそあるようですが、鍵を
3重に閉めた上で、その中には徒歩以外での進入を妨げる為の
ガードレールを設置してあるとかで、まず取り付く島もないようです。
閉鎖は今年3月だったとか。
とあるMixiコミュで
吹上明治隧道が板(鉄板?)によって
完全閉塞されたという話を聞きました。
心霊スポット云々とか老朽化とかで
色々弊害が出てきたのは判るけど
道としての歴史的価値をもうちょっと見出して欲しかったなぁ・・
毎月この時期になると更新されないのはぞっとしない。
もそもそと猛省を促す由。
吹上隧道のレポートを読んだのですが、初めて車を通したのは明治隧道だといわれているようです。
山行がのボリュームで数日おきに更新してるほうが異常です!無理をなさらずマイペースでがんばってください!!
でも未完のレポは完成させてほしいなぁ・・・w
「奥多摩工業氷川鉱山専用索道跡」とか「吹上隧道」とか、東京モノが読みたいです><
昭文社のスーバーマップルをみると、
白石峠はヨッキれんさんが探索した場所の東方1キロの地点になっているのですが、
県道88号線の峠も同様の名称の峠なのでしょうか?
> >学生の頃に抜け道としてよく利用したマイナーな道(現在廃道)
> どこですか?
このサイトで既出の三井・相模湖線 名手橋〜赤間区間です。
>学生の頃に抜け道としてよく利用したマイナーな道(現在廃道)
どこですか?
とどのつまり、近代とは何か、という問題ではないかと思うのですが、どうでしょうか。
『心』の「先生」は何故自殺したのでしょうか。
漱石は『現代日本の開化』で「皮相上滑りの開化であると云う事に帰着」と言っています。
100年弱で、のび太くんが泥はねくらって「ドラえもーーーん」と涙鼻水ベッチョベチョになりながら家に駆け込むこともほとんどなくなり、全国津々浦々にアスファルトテッカテカの立派な道路が行きわたりました。
逆を言えば、だからこそ廃道や酷道が成立するのでしょうが…。
でも、そのピッカピカの道を、あまりにも「上滑り」しすぎじゃあないでしょうか。
そーれがどうしーたー♪ とおっしゃるかもしれませんが、せっかく「山行が」にいらっしゃってるわけですから、そんなテッカテカの高規格道路を「上滑り」するようにではなく、よっきさんが激藪を行くように、もう少しゆっくり待たれてはいかがでしょうか。
そうすることが、「末人たち」からひとつ抜け出すきっかけになるかもしれませんし、「裏付けのある個性」(この言葉は自作です)にもつながるのではないかと思います。
出前迅速落書無用〜♪
はじめまして。いつも楽しく見させていただいています。
ところで、変なもの発見No.151の文章は
「あいさつは 元気のしんごう こんにちは」ではないでしょうか?
…違ったらすみません。(汗)
余談になりますが、今度是非茨城“険道”139号筑波山公園線にお越しください。
正月に通って死ぬかと思いました。
隧道もないですが、半端なく急です。
桜の写真ポイントを巡りつつ、ふと学生の頃に抜け道としてよく利
用したマイナーな道(現在廃道)に寄ってみたら、なんと人が居る
ではないですか!
「廃道マニア?ハイキング?」と思いつつ顔をチラ見したらどこかで
見たお顔…
あ゛!ヨッキれんさんだ!
いやぁ〜短いながらも楽しい談笑を有難うございました。
あの後、話しに出した二本の林道の確認をしてきました。
ヤビツ方面に抜ける方はやはり入り口が厳重に閉ざされてます
がチャリと人間は抜けられますね。(入り口左下に車を止められ
るスペースが若干あるし)
もう1本の“金持ちの土地”の脇の林道は峠と反対側の入り口
に軽自動車が通れる程度の車止めが設置してありました。
昔は無かったのに…
そして峠から脇にそれる林道はガッチリと柵がありますが、脇から
人とチャリは入れます。
看板などから察するに林業用の道のようです。
20年くらい前はゲートも無く、山を回り込んでからの景色が素晴ら
しく時々出かけていたのですが、グーグルアースなどで確認した所
昔よりもさらに奥へと伸びているようです。
ただ両方共、歴史的にはそれほど古くなくてわざわざ出向くほど
の価値はないと思われますが、私みたいにお手軽散策には
手ごろな場所かな?
帰りながらふと思い出したのが…いや、ちょっと下調べしてから
価値がありそうなら情報を献上いたします。
あのときの鹿の角がなにげに置いてあるのがいいですね。
そこに並ぶ本の中に「九州」の文字が気になりますが。
3月22日のTOPコメントに『清水峠シリーズは現在のところ「帰路編」と「群馬側」が未完ですが、そう遠くなく執筆の予定です。お待ち下さい。』
とありますが、この様子ではいつまでも更新はなさそうですね。
恒例の「執筆中未完レポ」の出来上がりですか?
つゐんかむさんからメールで「どんな資料を使っているのですか?」という問い合わせをいただきましたので、その答えとして本棚を撮影したので公開します。実は明日某新聞社さんの取材を受けると言うことで、今までかかって部屋の整理をしたおかげで、本棚が段ボールの山陰から現れてきました(笑)。
http://yamaiga.com/photo/siryo.jpg
なお、本棚に横置きしているので写真では見えませんが、イチオシはもちろん「廃道をゆく」と「廃道本」、そして「酷道をゆく」「同2」のシリーズです。同人誌だけどORJもよろしくね… といった感じです。
それと、私の所蔵品ではないですが、各県立図書館の蔵書検索にて「県名or地域名 + 土木史or道路史or交通史or峠or鉄道」で検索しまくると、ポロポロとお宝が出てきます。オススメです。
なお、本棚に納まりきらない古地形図などの地図資料や、皆様から戴いた貴重な資料、コピー資料などが、段ボール約5箱分ありますが、まとまりがないので割愛します。
皆様もお薦めの資料がございましたら教えてくださいね。
今度は間違いなさそうですね。 途中の三つ又路までは、地元のおっちゃんがよく軽虎で入るはづです。 しかし、 そこから先は車の回転スペースもないので、バイク/チャリ/徒歩です。 反対側の赤井畑にも同じガードレールのバリケードがあるはづです。 隧道を鑑賞するなら、そちらの方が近いです。
決してオススメ致しませんが、お気をつけて散策して下さい。
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改修もokなら一般国道7号五十川南隧道(明治25)なんてのもあるかなと。おそらく三島通庸絡みの道路では開鑿以降唯一同じ場所にある現役国道隧道かもしれません。
明治隧道が起源で同じ場所に在り続ける現役国道隧道は以外と多いんでしょうね。