[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.12297] 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:ジョージ   投稿日:2021/07/28(Wed) 02:07:42

長野電鉄河東線は千曲市の屋代駅から飯山市の木島駅までつないでいた鉄道です。1922年に開業し、2002年に信州中野駅から木島駅までが廃線。残る屋代駅から須坂駅までも屋代線という名称に変更されましたが2012年に廃線になりました。現在は一部が道路などに転用されていますが、線路の跡が確認できます。須坂駅から信州中野駅までは長野線の一部になり現役の路線です。

この河東線なのですが、Wikipediaの「長野電鉄河東線」の記事に未成区間が存在していたという記載があります。創業当時は新潟県の十日町までつなげる予定で1952年頃に飯山市関沢までの延伸計画があったようですが実現はしなかったようです。
またWikipediaの「長野電鉄」の記事によると関沢駅とつながる予定であったようです。ちなみに関沢駅は作られることはなかったようです。
前述のように河東線は全線が廃線となったので十日町までの区間は見ることはできない幻の区間となっています。

hhttps://maps.google.com/maps?q=36.851108,138.379812&t=k
hhttps://maps.google.co.jp/maps?ll=36.892761,138.406489&t=k
この木島駅(の跡地)と関沢の間がつながる予定だったようですが、具体的なルートや関沢駅の建設予定地がどこだったのかはわかりません。


  [No.12299] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2021/07/29(Thu) 07:57:55

全然回答になっていなくて申し訳ないですが、具体的ルートが検討されていたとは知りませんでしたのでちょこっと調べてみました。

1952年頃と言うと、自動車の普及に対抗すべく、複線区間延長や新型特急車両2000系導入など必死になっていた頃ですが…

創業当時の計画として手元の資料にはWikiと重複しますが(というか、ネタ元か?>『信州の鉄道物語』信濃毎日新聞社刊)
「大正4年に佐久鉄道(現:JR小海線)が”日本横断鉄道”構想として、太平洋岸-静岡-身延-甲府-中込-小諸-屋代-飯山-十日町-長岡-日本海岸を結ぶ鉄道建設を検討した」
「まず手始めに屋代-須坂間の免許申請が大正8年12月に免許申請した」
などとありますけど、具体的な話は見当たりませんでした。


  [No.12313] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:はじめ   投稿日:2021/08/03(Tue) 10:41:37

河東鉄道は長野電鉄より前にありました。神津藤平という人物を調べるとわかります。河東鉄道自体は、志賀高原までの観光需要(特にスキー)を主な目的として建設されました。志賀高原という名称を付けたのも神津藤平です。

長野県から新潟県は、千曲川(信濃川)を利用して船による物流が盛んでした。上越線が開業したとき、飯山の人たちは時代の変化を読み取り、当初反対していた鉄道建設に同意します。そこでできたのが飯山鉄道(現:飯山線)で、あの五島慶太が大きく関与しています。神津藤平と五島慶太は同じ長野県出身で、同じく政界から実業家に転身した人ということもあり、知らない筈はありません。戦時中の陸上輸送対策として、昭和17年頃に「鉄道軌道統制会」というものが設立されますが、この2人ともメンバーに入っています。

これは妄想ですが、つまり長野電鉄としては最終的に新潟県までの輸送を考えていたが、飯山鉄道があるのだから、そこと直通(もしくは吸収合併)しようと考えていた。しかし戦争の影響で飯山鉄道が国鉄に組み込まれてしまった。また戦後のモータリゼーションにより地元対象の鉄道輸送は需要が見込めないため、そのままとなった、といったところなのではないでしょうか。そして、当時の神津藤平と五島慶太の縁から、長野電鉄は今でも東急と関わりの深い関係なのかもしれません。


  [No.12323] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:あぶろだ   投稿日:2021/08/12(Thu) 20:40:09
Re: 長野電鉄河東線幻の区間 (画像サイズ: 3102×4860 1.2MB)

河東鉄道の当初の建設目的ですが... 観光需要もありますが、当時の製糸業(養蚕)も重要だったと思います。
明治期の河東(千曲川東岸)地域では、養蚕・製糸業が発展しました。石炭を使う製糸工場ができたりして、それは長野の山里にとってはいわば「産業革命」だったでしょう。製糸業が必要とする大量の物流のために鉄道の敷設が急務となりました。

さて最初のジョージさんの質問に戻りますが、河東線の木島から先の未成区間のルート図は... あります! 「長野電鉄百年探訪」という本(著者は今尾恵介氏)に載っていたので引用します。
なお湯田中の先にも未成区間があります(引用したページにある「渋安代」)。取り急ぎ。


  [No.12326] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:あぶろだ   投稿日:2021/08/16(Mon) 19:02:02

歴史的経緯を独断と偏見に基づきざっくり書かせてもらいますと... 大正期、河東鉄道は飯山鉄道と十日町(上越線に接続)までの延伸を事実上「争って」いました。最終的には飯山鉄道が信越電力(現東電)から発電設備の資材運搬を担うという形で資金援助を得て「勝利」しました。発電設備には、ちょうどヨッキさんのレポートにある中津川発電所や、西大滝、信濃川発電所などがあります(後2者の工事用軌道もあったそうです)。
しかしこれだけ発電所建設に貢献しているのに飯山線自体は電化されていないという。電気は東電さんが首都圏に送っちゃうからかな? なんて。
(注: ここで「争う」とか「勝つ」というのは実際には鉄道系省庁(現在は国土交通省)からの鉄道路線の許認可に関係がありますが、詳細は略)

「負け」た河東鉄道(長野電鉄河東線)は、戦後にせめて木島-関沢間を延伸しようと試みました。主に野沢温泉の観光需要が目的でしょう。しかしながら軌道予定地(前のレスに添付)の土地所有者(主に農家)の強い反発にあい、計画の時点で頓挫しました。

飯山線は、発電所の資材運搬からの延伸と国有化、その後赤字路線になっても近くを新幹線が通っても結局うまいこと生き延びている感じがします。
一方長野電鉄は、製糸業とか、鉱山とか(あの小串鉱山も)、果樹とか、観光とか、時代毎の輸送需要でそれぞれ一時期は活況を呈しましたが最終的にはすべて廃れてしまい、そのたびに体力を削ぎ取られていったような...


  [No.12327] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:イシロ   投稿日:2021/08/19(Thu) 08:20:02

>しかしこれだけ発電所建設に貢献しているのに飯山線自体は電化されていないという。電気は東電さんが首都圏に送っちゃうからかな? なんて。
十河信二さんが総裁だった頃、国鉄部内に「動力近代化委員会」が置かれ、国鉄で用いる動力用エネルギについていろいろ試算したうえで、以後10年間ぐらいにとるべき(主に電化工事の)方針が立てられました。
結果曰く、
「原則として一日の列車回数が上下合計60回以上の区間は、投資コストからみても運転経費から見ても電化が有利、電化区間と直通する支線は電化したほうが良いが、その他はディーゼル運転」
とのことで、飯山線は”その他”扱いされただけ?なのかもしれません。
(斎藤雅男さんの著書”驀進”を参考)


  [No.12329] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:あぶろだ   投稿日:2021/08/21(Sat) 10:52:23

なるほど、端的に言えば「弱小路線」ということですかね。

話は変わりますが、信濃川発電所(JR東日本所有)の例の不正問題後、JRが地元との水利権の関係で飯山線をないがしろにできなくなったような話が見受けられ、そういえば飯山線ってやたら駅舎がリニューアルしていますが... 関係あったりして。発電所が地元に影響するなんて原発とかだけかと思っていましたが。


  [No.12330] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:はじめ   投稿日:2021/08/22(Sun) 17:16:56

> なるほど、端的に言えば「弱小路線」ということですかね。
>
> 話は変わりますが、信濃川発電所(JR東日本所有)の例の不正問題後、JRが地元との水利権の関係で飯山線をないがしろにできなくなったような話が見受けられ、そういえば飯山線ってやたら駅舎がリニューアルしていますが... 関係あったりして。発電所が地元に影響するなんて原発とかだけかと思っていましたが。

hhttps://www.youtube.com/watch?v=YqGLGIJOhfo
上記アドレス先の動画(9:45あたりから)にて、その経緯が簡単に紹介されています。


  [No.12334] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:あぶろだ   投稿日:2021/09/01(Wed) 09:08:36

どうも参考になります。鉄道趣味の人の意見は面白いですね。
しかしあらためて、100年位前は信濃川周辺の電源開発が熱かったのだなあ、と思います。今では不採算路線である飯山線が、当時それに巻き込まれる形(?)で長野の県境を越えて延伸していったのですから(本来そこまで延伸する予定はなかったようですし、そもそも長野-飯山の時点で厳しかった)。
今となっては工事関係者で賑わった街の面影もなく、工事軌道の跡地なども草生して自然に還り、飯山線も空気を運ぶしかない日々である一方、建設された発電所は現在も通常稼働を続けており、なんだかラピュタのようでもあります。
今の飯山線には、「どうした、それでも発電所の建設に何度も携わった一族の末裔か」などとうそぶいてみたり、ってジブリに引っ張られすぎ(厳密にはジブリじゃな


  [No.12343] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:ジョージ   投稿日:2021/09/25(Sat) 12:08:46

しばらく見ないうちに情報がこんなに・・・。
未成になったのにはそんな理由があったとは知りませんでした。未成区間のルートは田んぼや住宅地のようですね。
湯田中の先の未成区間は初めて知りました。貴重な情報ありがとうございます。


  [No.12344] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:やま   投稿日:2021/09/25(Sat) 19:07:57

延伸区間の終点は、飯山菜の花公園の下段を走っていたようです。
開通して現存していれば、絶好の撮影場所でしたね。

全体を見られる画像がなくて、これが参考でいい感じ
http://www.ishidaya.co.jp/blog/848

斜面にある菜の花の一番下を線路がとおり、
奥の橋の左側が終点予定地です。
ちなみに手前の橋はR117の現道です。


  [No.12399] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:路傍の石   投稿日:2021/12/25(Sat) 11:54:48

先日、何気なく今昔マップon the webさんの関東1928〜1945の木島平付近を見ていましたら、その先に集落(平塚、中村、戸那子)では見えなくなりますが、その先野沢温泉の手前、中尾というところまで、道床のような実線が続いているように見えるのですが。


  [No.12402] Re: 長野電鉄河東線幻の区間 投稿者:あぶろだ   投稿日:2022/01/04(Tue) 08:06:58

どうなんでしょうねえ。
私が長野電鉄関連の文献で見た限りでは、過去の免許申請の路線は関沢の先は千曲川沿いに北へ向かうもので、そこから少し逸れて野沢温泉の方に向かうものはなかったと思います。
あと、ちゃんと調べてませんが木島平と野沢温泉の間にはそれなりに高低差があるので、普通に鉄道を走らせられる感じなのかなというのも。ま、現行の路線も湯田中方面は結構急勾配なはずでこっちもなんとかなる?