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  [No.2441] 杉山田暗渠支保工 投稿者:現場カントク   投稿日:2008/09/06(Sat) 16:12:13

木製支保工ですが、おそらく建設当時のものではないと思われます。
この箇所は盛土区間であることから、暗渠を構築する際は地山をくり抜くのではなく、すでに出来ている構造物を埋め戻しながら築堤していくことになります。よって、暗渠構造物はU字型枠を2重にしてそこにコンクリートを流し込んで製作し、それをひっくり返して設置した(現在のボックスカルバートも同様)と考えるのが適当かと考えます。
仮に、支保工を用いた矢板工法であれば暗渠の内壁に型枠の痕がありますが、写真にもそれが見られません。(この時代にスライドセントルがあったかは定かではありませんが・・・)また、この形の支保工では円形断面は打設出来ません。
では、支保工の正体はというと、もともと湿地帯であったとのことなので、後世の盛土の不当沈下による構造物への影響低減対策と思われます。


  [No.2444] Re: 杉山田暗渠支保工 投稿者:つきのわぐま   投稿日:2008/09/07(Sun) 08:56:27

確かに、この暗渠と支保工はどこか不自然な感じがしますね。暗渠の構造が現代チックなのも引っ掛かります。昭和初期は全国各地にローカル線が敷設された時期でもありますが、この手のタイプの暗渠は見たことがありません。昭和初期敷設のローカル線で見られる暗渠の構造はもっと古臭いです。出来れば、地元住民の声だけでなく、役場や地元名士の家に残っているであろう当時の資料や、(ご存命かどうかわかりませんが)工事関係者の声も拾って欲しいものです。今回のレポは暗渠や支保工の素性が曖昧なので、申し訳ありませんが無投票とさせて頂きました。


  [No.2445] Re: 杉山田暗渠支保工 投稿者:ヨッキれん   投稿日:2008/09/07(Sun) 09:38:41

現場カントクさん、つきのわぐまさん。

これは一本とられました。
専門的な目で見ると、そう言う素性が見えてきてしまうわけですか…。
深い… 深すぎる! (私の知識が浅すぎるだけか…)

うむぅ。残念ながら、当時のものではないのでしょうね。
となると、車道として利用を開始した段階(おそらく昭和40〜50年代)に補強用として新設した可能性が高そうですね。

とても勉強になりました。ありがとうございます!


  [No.2479] さらにダメ出しごめんなさい(^^; 投稿者:現役の大工です   投稿日:2008/09/17(Wed) 01:10:26

> うむぅ。残念ながら、当時のものではないのでしょうね。

70年前にしては色が鮮やかすぎると思います。もしかしたら40年〜50年代も外れかも。
色だとヒノキかヒバ系統だと思いますが、古くてここ10年〜20年くらいじゃないかと思います。
ちょうどそのくらいに建築された寺社仏閣の風雨日光の当たりにくい拝殿の軒裏とかの色に見えますので。

さすがに70年も経っていれば古寺の山門みたいに真っ黒で杢目が浮き出てくると思います。

まさか、誰かが毎年アレをカンナで削り直したり米糠で磨いたりは
してないとは思います・・・(笑。