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  [No.3454] 塩那道路 投稿者:emame   投稿日:2009/07/09(Thu) 08:36:55

 大変興味深く、読ませていただいております。
ところで、
     塩那2次計画は、どうなりまった?


  [No.3461] Re: 塩那道路 投稿者:ヨッキれん   投稿日:2009/07/09(Thu) 09:36:45

>  大変興味深く、読ませていただいております。
> ところで、
>      塩那2次計画は、どうなりまった?

進んでません…。

工事用道路のことですよね。

以前辿られた方の情報をいただき、大体の状況は把握しておりますが、それとて随分昔の情報ですから、現状はどうなっているか。

…もうしばらくお待ち下さい。


  [No.3462] Re: 塩那道路 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2009/07/10(Fri) 06:56:57

> >      塩那2次計画は、どうなりまった?
>
> 進んでません…。
>
> 工事用道路のことですよね。
>
> 以前辿られた方の情報をいただき、大体の状況は把握しておりますが、それとて随分昔の情報ですから、現状はどうなっているか。
>
> …もうしばらくお待ち下さい。

もしあちら方面に行かれるのでしたら、余裕があればで構いませんのでその先、板室から一軒茶屋への道路沿いのレポもいただけると嬉しいです
ミニレポにも満たないようなネタしか無いと思いますが、道路沿い(現道を走る車から見えるレベル)に改修前のうねうね道がたくさん残っているはずです

自分の世代は、ぎりぎり「**スカイライン」などといった道路が花形だった時代を記憶にとどめています
(自分にとって身近というと「戸隠バードライン」あたりでしょうか、今は土砂崩れで半身不随になっていますが)
山行的にはボツレベルでも、非常に郷愁というか往時を偲べる事と思います…
無理に…とは決して申しません、機会がございましたらよろしくお願い申し上げます


  [No.3467] 戸隠バードライン 投稿者:銅粉の湯   投稿日:2009/07/12(Sun) 02:21:50

戸隠バードラインの入り口部分は地すべりによって消滅しましたが、一部分当時の道が取り残された形で存在しています。
災害後はそこに至る道は無く、また行く必要も無い道なので恐らく現在でも打ち捨てられたままになっているはずなのですが・・・。
災害後数年してそこへ行った記憶があります。
災害後、その道を乗り物で通行したのは私一人だけなんじゃないでしょうか。
災害後の一時期、斜面をオートバイなどで降りることが出来ました。
もうかなり前の話なのですが。
(旧ルートを使い、オートバイや車などで戸隠側から長野市内に入った人間は私一人なんじゃないかと密かに思っています)
今はどうなっているのでしょうね。
近くの地附山には廃索道があり、この系の人には楽しめる場所です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%99%84%E5%B1%B1


  [No.3470] Re: 戸隠バードライン 投稿者:ヨッキれん   投稿日:2009/07/12(Sun) 15:38:01

これは知りませんでした。

かなり惹かれる情報ですね。
ぜひ探索候補リストに加えたいと思います。
いったらレポートさせていただきますので、お楽しみに。

情報ありがとうございました。


  [No.3593] Re: 戸隠バードライン 投稿者:のら猫   投稿日:2009/08/11(Tue) 12:41:58

> これは知りませんでした。

知らないけど、しっかりご覧になっていましたね(^^;
猿なぎ洞門 後編で社団法人斜面防災対策技術協会のDVDサンプルを紹介されていますよね
あのサンプルビデオの冒頭から約30秒が地附山土砂崩れの映像です
殆どがマスコミの待機していた湯谷団地内の映像ですが…
http://www.syamen-toyama.jp/news/news_03_b.html


  [No.3641] 善光寺白馬電鉄 投稿者:Shara   投稿日:2009/08/21(Fri) 01:47:45

もし戸隠バードラインを探索することがあるようでしたら、ついでに善光寺白馬電鉄の遺構の探索もいかがでしょうか?

市街地部分の遺構は大分無くなってしまっているようですが、山間部には橋台やホーム跡、廃隧道などもあるようです。

こちらのサイトさんに1980年と2005年の探索レポートがありましたので参考にしてください。
http://park19.wakwak.com/~ks-page/index.htm


  [No.3474] Re: 戸隠バードライン 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2009/07/13(Mon) 07:08:29

追記:
今は浅川地籍から大きな道路が接続していますね
http://www.tabinet-jp.com/drive/map/d-kitashinano.pdf
こちら経由で路線バスも運行しています
火葬場から長野市側の区間が山行的には勝負ってことでしょうか
ただ、現役当時の痕跡の探索は非常に難しいと思います
(山全体が崩壊していますので、残骸があっても位置関係が全く狂っています)
麓の料金所など崩壊直後は大傾斜しながら残っていましたが、撤去されたという噂も聞いています


  [No.3475] Re: 戸隠バードライン 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2009/07/13(Mon) 06:59:54

> 戸隠バードラインの入り口部分は地すべりによって消滅しましたが、一部分当時の道が取り残された形で存在しています。

というか、かつてのロープウエイ駅付近から大峰城にかけてが崩落しましたが、それ以外は残っているはずです
地元TVサテライト局も一緒に流されて、大傾斜しながらも自家発電で数日送信を続けていましたが燃料切れとなり非常用電池も切れて最後は何が映っているかわからない状態でしたね
実家では善光寺平サテは距離が近すぎて山の陰になるので見ていなかったのですが、避難先がサテライト受信でしたので…

> 災害後はそこに至る道は無く、また行く必要も無い道なので恐らく現在でも打ち捨てられたままになっているはずなのですが・・・。

アプローチ方法としては往生寺から七曲り(警察署では有りませんよ)経由という、バードライン開通前の道を上がって行くとバードラインに接続します
地附山のスキー場やゴルフ場は廃墟(というか跡形あるのかな?)になりましたが、大峰城は観光用に車で入れますし、それよりも重要なのはその先(崩壊地側)に長野市の火葬場がありますのでそこまでは霊柩車や遺族の車が出入りできないと困りますからそれなりの整備がされています
自分も祖母の火葬の際に普通の乗用車で上記ルートで往復しています
(余談ですが火葬場が観光道路の途中にあるということで、長野市の霊柩車は金ぴか屋根などつけていない、ライトバンを黒塗りしてカーテンを取り付けただけの目立たない車を使っています…善光寺さんのお膝元ということで豪華なものを想像する人も多いようですが)

> 災害後、その道を乗り物で通行したのは私一人だけなんじゃないでしょうか。
> 災害後の一時期、斜面をオートバイなどで降りることが出来ました。
> もうかなり前の話なのですが。

乗り物…恐れ入りました
歩きなら、アリとは思いましたけど…ヨッキれんさんがのり移っていますか?(^^;

> 今はどうなっているのでしょうね。
自分も当地を離れて15年以上、もうすっかり様子がわかりません
Googleで見ると、地滑り跡まで道路の筋は見えますし、地附山山頂周辺の道も残っているみたいですね
山頂周辺は人工的に手が加わった様子も見えます
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E9%95%B7%E9%87%8E%E5%B8%82&i ..... h&z=17

> 近くの地附山には廃索道があり、この系の人には楽しめる場所です。
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%99%84%E5%B1%B1

ヨッキれんさんの相互リンク先に懐かしい写真があります
vision*Jさんの「失われたロープウェイ」
http://www.8beat.com/ropeway/zenkoji.htm
自分もこれに乗ってスキーの授業を受けに行った一人です
あれは昭和46年の暮れ、或いは昭和47年の1月か2月だったかもしれません

今、昭和43年と昭和49年国土地理院5万分の一「戸隠」を引っ張り出してみました
43年版(残念ながら色々書き込みがあります)には「ロープウェイ」と明記がありますが49年版には索道の記号があるだけで文字は消えていますね
あの当時のあの界隈の開発(バードラインを含め)は無理があったのでしょうね、地下水脈の変化など異常が色々ありましたので、何か起きるとは思っていましたが、あれだけの大災害になるとは思いませんでした
バードライン・団地造成前の深い沢や、そこに掛かる底抜け鉄橋(木製の踏み板が半分くらいなくなっていた)も今は深い土砂の下になってしまいました

懐かしい話題、ありがとうございます
ヨッキれんさんのレポも楽しみにしています


  [No.3477] Re: 戸隠バードライン 投稿者:なべぞう   投稿日:2009/07/13(Mon) 23:44:49

昨年4月に転勤で長野に来た者です。自宅からは地すべり跡、大峰山を
望むことができます。地すべり跡は山の一部がへこんだようになり、周
りと緑の色合いが違いますのですぐ分かります。昭和60年当時のニュ
ースは記憶にあり、市内からほど近いところとは聞いていましたがこれ
ほどとは思ってもいませんでした。

大峰城は4月から11月の間、チョウと自然の博物館として営業してい
たようですが現在は閉鎖されています。当地に来て索道のことを知り、
クルマで七曲から旧バードラインに入ってみましたが既に看板が塗りつ
ぶされていました。火葬場への道は問題ありませんが大峰城へ至る道は
チェーンがかかり、徒歩でしか入れませんでした。それでも幼稚園の遠
足で大峰山に登ったりしますので完全閉鎖ではないようです。

地附山の崩落跡は公園として整備されています。公園内には更なる地す
べり発生に備えたセンサーや地下水位を計測する機器が備え付けられて
います。旧バードライン跡は公園の最上部から外れたところに一部残っ
ている部分があります。グーグルの航空写真にもはっきりと写っていま
すね。
公園としての整備が行き届いていますので、現在は乗り物での通過は困
難と思います。七曲を上り旧バードラインに入ると火葬場との分岐で通
行止めとなっています。そのまま進んだとしても、公園に入る付近で進
路を見失うのではないでしょうか。また通過できたとしても公園内の車
両乗り入れは禁止されています。自転車なら大丈夫でしょうが、家族連
れが遊びにきたりしていますので時間帯によっては目立つでしょうね。

余談ですが昭和60年はこの地すべり以外に、スキーバスが犀川に転落
した事故や日航機の墜落があった年なのですね。


  [No.3478] Re: 戸隠バードライン 投稿者:いも。   《URL》   投稿日:2009/07/15(Wed) 12:57:50

昨年夏に戸隠バードラインの地附山公園付近を散策してきました。
地すべりを免れたS字カーブの一部は現在も残っており、一応公園外となっているようですが、公園とつながっているので簡単に入れます(普通にハイキング客も歩いていました)。
googleのマイマップに様子を簡単にまとめたのでもしよろしければご覧下さい。


  [No.3479] Re: 戸隠バードライン 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2009/07/15(Wed) 06:56:07

> 昨年4月に転勤で長野に来た者です

自分はバードライン完成の頃の生まれ、湯谷団地造成前からの住民でしたが、15年ほど前に長野を離れました
地滑り当時は関東地方在住で、帰省した直後、状況がわからないまま地滑りに巻き込まれました

> 足で大峰山に登ったりしますので完全閉鎖ではないようです。

地形図ではバードラインから分岐する車道しか書かれていませんが、登山道が別に大峰城の北側に出る道と駐車場の南側に出る道があるはずです
ただ南側の道は自分が遠足で歩いた昭和48年頃には既に廃道で若干上級者向けコースと言われた記憶があります

> います。旧バードライン跡は公園の最上部から外れたところに一部残っ

ヘアピンカーブというか、三角っぽく曲がっている部分ですよね、これは地滑り当時崩れなかった部分です
ここは歩いて見たいですね(^^;
バードライン自体、現役当時は歩行者は入れませんでしたから、廃道区間でなくとも「歩く」ということ自体に大変興味を持ってしまいます

> 行止めとなっています。そのまま進んだとしても、公園に入る付近で進
> 路を見失うのではないでしょうか。

このあたりまではネット上に幾つか歩いた方の記録が見当たります
植物に侵食されて、路線バスが走っていた当時の面影は失われていていささかショックでした
ロープウェイ関係の施設跡は、テレビ局の送信所めぐりをしている方のサイトで紹介されていますね
当時はもっと上のほうにあったのですが…このあたりまでは定期的に車も入るので歩きやすいようです

> 余談ですが昭和60年はこの地すべり以外に、スキーバスが犀川に転落
> した事故や日航機の墜落があった年なのですね。

この年はマスコミ関係者も事件事故のたびに「また長野か」と叫んでいたそうです
朝日新聞長野支局長など、4月に転勤してきてからこの調子だったので「支局長が事件事故を背負って来た」などと言われたとJL123関係の書籍で読んだ記憶があります

余談の余談ですが、日航機の犠牲者の中に湯谷団地に家を持っていた方が居ました
定住していたわけではないそうですが、ちょっとした別荘代わりに団地最上部に家を建てて、週末などに来ては夜景を楽しんだりしていたと聞いています
その家も地滑りで倒壊、その後始末をする間もなく事故にあわれたそうです…

あと10日ほどで、24年目の夏がやってきます
松寿荘の26名の犠牲者のご冥福を謹んでお祈り申し上げます


  [No.3483] Re: 戸隠バードライン 投稿者:vision*J   《URL》   投稿日:2009/07/16(Thu) 13:10:36
Re: 戸隠バードライン (画像サイズ: 320×240 87kB)

こんにちは、はじめて書き込ませて頂きます。

のら猫さん

> 大傾斜しながらも自家発電で数日送信を続けていましたが
すごすぎる・・・。

> 帰省した直後、状況がわからないまま地滑りに巻き込まれました
ご無事でなによりでした。

今、長野駅から最も近いスキー場は飯綱高原だと思いますが、
地府山は本当に駅からすぐなので、小規模とはいえスキー場と
本格的な普通索道があったと知った時は驚きました。

資料を調べている時に感じたんですが、バードラインは、いろいろ
と複雑な背景を持つ道路だったようですね。ヨッキれんさんの濃密
な調査に期待しています。

探索時に「いかにも」な風景を見かけたので貼っておきます。


  [No.3488] Re: 戸隠バードライン 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2009/07/17(Fri) 06:32:57

> > 大傾斜しながらも自家発電で数日送信を続けていましたが
> すごすぎる・・・。

SBC・NHKサテライトは、地滑り発生のその瞬間、SBCの管理者が整備中でした
一週間ほど前から傾斜が始まり、万一に備えて送受信設備のメンテナンスと非常用電池・自家発電装置の整備をしてこれで帰る…という瞬間に送電線が切れて停電・自家発起動
直ちに本社に無線連絡して車に戻ろうとしたのですが既に崩落が始まっていて無理、持ち込んだ測定器類や工具類をサテライト局舎内に残して(下世話な話ですが、測定器一台で数百万円なんて代物です)徒歩で退避するも落石激しく、大災害の発生を連絡、ラジオカーの出動を依頼してから崩落してきた蓋付の側溝の中にもぐりこんで体を守ったそうです
一時は「家族に宜しく伝えてくれ」とまで送信してくる状況でしたが、2km少々離れた本社から同僚が取材用のヘリにロープを積んで離陸、限界ぎりぎりの超低空飛行で捜索、「ヘリの爆音が聞こえるか」の問いに「落石の音が激しくて聞こえない」といった状況の中辛うじて発見、吊り上げて救助するといった一幕もありました
この技士の方はもう退職されてしまい、連絡先がわからないのが残念、崩落の瞬間までバードラインに居たわけで貴重な話が聞けそうなのですが…

> > 帰省した直後、状況がわからないまま地滑りに巻き込まれました
> ご無事でなによりでした。

バードラインが通行止めになっていることも知らなかったんですよ
頭の上が随分静かだなとは思いましたけど…
ただ、湯谷団地の一番奥の通りへ行ったらH鋼を打ち込んで石を詰めた蛇籠をならべてあったので「やっぱり無茶な造成したからなぁ」とは思いましたが…
前日にその蛇籠の間から茶色い水が湧き出していたのでヤバイなとは思いましたが、山全体が崩落するとは思いませんでした
これは専門家も予測できなかったようで、この蛇籠の近くには信州大学の土木関係のY教授もお住まいになっていました
(で、その家も全壊しました)

> 資料を調べている時に感じたんですが、バードラインは、いろいろ
> と複雑な背景を持つ道路だったようですね。ヨッキれんさんの濃密
> な調査に期待しています。

ヨッキれんさんのお気に入りの三島みっちー(笑)氏は一役人として色々やりましたけど、バードラインや湯谷団地は一人が暴走したのではなく、長野県という組織が「やっちゃった」訳で、これは後の裁判でも「やっちゃった」について認められていますね
道路を通すためには山を削るだけではなく(これだけならよほどのことをしない限り大規模崩落はまず生じません)、谷を埋めて地下水脈まで変わってしまったわけで、これが致命傷だったのではないかと思っています
発生直後、サテライトのあった付近の崩落箇所の断面を見たら、V字型に色の違う土砂が見えていたのが印象的でした

> 探索時に「いかにも」な風景を見かけたので貼っておきます。

現役当時のこの看板、なんとなく記憶にあります
幾つもありましたから、どれなのかは判りませんが…

今の感覚ではヘアピンカーブの続く山道なんでしょうけど、当時は快適な観光道路という印象でした
直線区間になると、よく白バイが隠れていたり、当時最新鋭の電波式ネズミ捕りをやっていたのも懐かしい記憶です


  [No.3489] Re: 塩那道路 投稿者:jimoty   投稿日:2009/07/16(Thu) 23:14:49
Re: 塩那道路 (画像サイズ: 800×450 101kB)

> もしあちら方面に行かれるのでしたら、余裕があればで構いませんのでその先、板室から一軒茶屋への道路沿いのレポもいただけると嬉しいです

本日仕事が休みだったので、全区間(3区間)歩いてみましたが歩けます。一部ですがどうぞ。こんな感じです。


  [No.3491] Re: 塩那道路 投稿者:のら猫   《URL》   投稿日:2009/07/17(Fri) 12:44:12

> 本日仕事が休みだったので、全区間(3区間)歩いてみましたが歩けます。一部ですがどうぞ。こんな感じです。

ほぉ、現道から見るとまともな道路に見えるのですけど、実際はこれですか
使われなくなると、こんな風になっちゃうんですね…
ありがとうございます!


  [No.3463] Re: 塩那道路 投稿者:emame   投稿日:2009/07/10(Fri) 01:10:54

> >  大変興味深く、読ませていただいております。
> > ところで、
> >      塩那2次計画は、どうなりまった?
>
> 進んでません…。
>
> 工事用道路のことですよね。
>
> 以前辿られた方の情報をいただき、大体の状況は把握しておりますが、それとて随分昔の情報ですから、現状はどうなっているか。
>
> …もうしばらくお待ち下さい。

 了解しました。


  [No.3465] Re: 塩那道路 投稿者:大和岩魚   投稿日:2009/07/10(Fri) 21:25:25

ちょうど一年前の今頃チャリで塩那道路走ってきました。
今年も行こうか考え中です。

一年前の情報でよかったら参考にどうぞ…
・板室側の舗装路はヨッキさんのレポより1kmくらい伸びてましたが、幅は途中から1車線分で元の路盤より3mくらい高めでした。
・工事用道路は入り口こそ分かるものの藪が凄いです。素人には道がどこか辿る自信は無いです(^^;)雪どけの頃か晩秋ならあるいは…
・道は崩れかかってる所もありますが平日は工事車両入っているようで寸断は無いです。
・例のカメラは健在です。

あと夏は小さいアブ?がすっごいたくさんいます。刺されはしないですがかなり鬱陶しいです。
要望があれば横川側見てきますよ(行けたらですが)


  [No.3496] Re: 塩那道路 投稿者:S   投稿日:2009/07/19(Sun) 15:18:37

板室のr266に旧道らしき橋と、名前しかわからない鷹の巣隧道がああるそうです。


  [No.3498] Re: 塩那道路 投稿者:jimoty   投稿日:2009/07/19(Sun) 21:58:33
Re: 塩那道路 (画像サイズ: 450×800 125kB)

> 板室のr266に旧道らしき橋と、名前しかわからない鷹の巣隧道がああるそうです。
「鷹の巣隧道」です。どうぞ。見ての通り電線?通っています。
ちなみに橋なんですが「かごいわはし・昭和38年12月竣功」と
「しろがねはし・昭和39年12月竣功」となっています。
要望あれば画像投稿します。
私が学生の頃(25,6年前かな?)にはオートバイで何も気にせず通行してました。歳を重ね廃道になってから歩くと新鮮です。


  [No.3505] Re: 塩那道路 投稿者:S   投稿日:2009/07/21(Tue) 16:47:07

> > 板室のr266に旧道らしき橋と、名前しかわからない鷹の巣隧道がああるそうです。
> 「鷹の巣隧道」です。どうぞ。見ての通り電線?通っています。
> ちなみに橋なんですが「かごいわはし・昭和38年12月竣功」と
> 「しろがねはし・昭和39年12月竣功」となっています。
> 要望あれば画像投稿します。
> 私が学生の頃(25,6年前かな?)にはオートバイで何も気にせず通行してました。歳を重ね廃道になってから歩くと新鮮です。
2つも橋あったんですか!!
今度機会があれば行きたいなぁ…と思っているのですが…行けそうにありません…。


  [No.3503] Re: 塩那道路 投稿者:書生しげ   《URL》   投稿日:2009/07/20(Mon) 16:15:00
Re: 塩那道路 (画像サイズ: 240×320 33kB)
撮影データ ( Exif情報表示)
撮影カメラH11T

今日、国道121号山王峠旧道を辿り、その後で塩原側の塩那道路を辿って来ました。

最初のゲートで写真の看板が下がっていました。
維持工事…。
何とも意味深な言葉です。

次のゲート(40km先通行止の看板)の直前に、明らかに現役のプレハブ小屋とトラックが停まっていました。
ゲートが開いていて、平日は何らかの工事が行われている様子です。

いつかは全線走破を…と決意して引き返しました。


  [No.3620] Re: 塩那道路 投稿者:廃likedo   投稿日:2009/08/16(Sun) 10:47:30
Re: 塩那道路 (画像サイズ: 800×600 125kB)

先日(8/15)塩那行ってきました。
天空街道付近です。崩れた部分の補修ですかね・・・
今回は都合により板室・天空・板室でしたので走破してません。
さて、路面状況ですが、部分的にかなりガレています。盆前連日の雨の影響もあるのでしょう。
超天気で暑かった・・・でも景色最高!!