15時40分。
本日の目的である真室川林鉄安楽城線三つの隧道攻略の、その二つめの隧道の坑口へ、ついにたどり着いた。
この隧道だけに絞って見ればえらいスピード発見であったが、既に廃隧道へ進入するには些か遅い時間である。
しかも、明らかに内部も無事では無さそうな、この坑口のご様子。
毎度お馴染みの、「覗き込む」坑口である。
装備を隧道用に変更する。
ちなみに、私の隧道装備とは…
1.長靴と軍手
2.ヘッドライトと、手持ちの懐中電灯
3.デジカメを首掛けにする
−以上である。
…肝心の物がない?
それって、もしかしてヘルメットのこと?
スミマセンです。皆様はちゃんとメットをかぶって入洞してくださいね。
私も、近いうちには何とかします。
覗き込む坑口の奥は、案の定著しい荒廃を見せている。
出口の明かりなどという物は、当然のように見えない。
とりあえず、地形的に懸念していた水没もなく、洞床に降りることが可能そうなので、湿った瓦礫の斜面を全身を使って降りる。
かび臭さがツンと来る淀んだ空気。
視界を遮る黒を凝縮したような闇。
内部は、素堀のままであり、左右には朽ちて崩れかけた支保工が並んでいる。
そこには、慣れた廃隧道の空間があった。
しかし、いくら慣れても、慣れ親しむと言うことはない。
背筋に冷たい定規を当てられたような不愉快な緊張感は、しかしある種の快楽も伴う。
平凡な日常からの脱却を最も象徴的に感じられるのが、私の場合こんな場所である。
坑口から10mほど進むと、隧道の様子が驚くほど一変した。
それまでの木の支保工に代わり、大量の錆びたレールが、まるで生物の肋骨のように露出している。
本来は内壁の形状に沿って馬蹄形に形成され、支保工の役目を果たしていた物と思うが、向かって右側の内壁の崩落が著しく、この土砂に押しつぶされるように、殆どのレールが醜く歪み、ただの障害物と化している。
私は、この光景を前に殺気を感じた。
無惨な崩落現場を多く見てきたが、その多くは…うまく言えないが“無機的”な姿に見えた。
だが、ここはもっと、生々しい。
私が最初、このレールに露出した肋骨をイメージしてしまったことに起因するのだろうが…。
この様子には、「崩落」という言葉よりも、『圧死』を連想した。
崩れ果てた瓦礫の上を歩き、さらに奥へ進む。
入洞から僅かこれほどの距離で、既に隧道は末期的な様相を呈している。
本隧道の記録に残る(←真室川歴史民族資料館の資料より)延長は、120m。
決して長い物ではないが、この様な有様では、無事に貫通できるとは期待出来なそうだ。
生きて帰るだけでも、よしとせねばなるまい。
肋骨ゾーンは長くはなく、20mほどで終わりを迎える。
その先に見えてきたのは…。
なんと、隧道である。
立派な、コンクリート製の隧道が見えてきた。
一瞬我が目を疑ったが、その可能性は薄々感じていた。
言うまでもなく、『山形の廃道』サイトによる、同線「一号隧道」の内部画像を見ていたからだ。
そう。
fuku氏が私たちに教えてくれた一号隧道の内部も、こんな二重構造というか、素堀隧道の奥にコンクリート隧道という構造を有していた。
この状況を初めて目撃したfuku氏の驚きは、想像するに余りある。
隧道を見慣れてきた者にとってこそ、これは驚きの光景なのだ。
…常識的には、構造的な脆弱性を持つ坑口部は優先的に補強されてしかるべきなのに…。
原因は不明だが、この真室川林鉄には、少なくとも二本の“特異隧道”が存在している!
コンクリート隧道部へ進入するには、敢えて迂回してきた肋骨を潜り抜ける以外にない。
崩落を続けてきた素堀部は、洞床こそ本来よりも高くなってしまっているものの、断面積という点ではコンクリート部よりも大分余裕がある。
いや、これは余裕などと表現するべきではない、構造上の失態なのであろうが。
しかし、事実として、この接合部が往来困難な難所であった。
錆びたレールは、軍手上からでも余り触りたくないし、まして頭が触れるなどと言うのは生理的に嫌だ。
ならば、メットをしろ! 以上!
自己完結につき 以上!!
なんと、背後の惨状が嘘のように、その奥は静まりかえっている。
大して奥までは見えないものの、数10mは直線の隧道が、まだ美しいコンクリートの内壁に守られて現存している。
突きだした廃レールと、その奥の景色は余りにもかけ離れている。
この景色を見たならば、「隧道なんて素堀のままでもいい」などと、施工費をケチった親方(誰だ?)だって、考え直すに違いない。
私自身、コンクリートの内壁が、これほど隧道の保護に絶大な効果があるとは、思っていなかった。
それだけに、このコンクリートが歪み、崩落するような隧道は、もう終わりなのだろう。
コンクリートは、それ自身が限界となる瞬間まで美しい仮面の下に、惨状を隠し続ける。
だが、私はこの現状を留める隧道に立ち入ることを断念した。
崩落部に比べ一段低くなった洞床が、深泉となっていたのだ。
これは、思わぬ“未崩落の”弊害である。
水深は、目測30cm以上60cm未満。
長靴を犠牲にすれば、立ち入れないことはないが、時間的猶予のなさと、単純に怖かったので、危険を冒すことはしなかった。
この奥に、約100mほど先だと思うが、出口が存在する可能性も捨てきれない。
直線の隧道でないとすれば、ここから明かりが見えないというのは、必ずしも閉塞を意味しないだろう。
反対側の坑口部を確認できていない以上、その答えはまだ分からない。
この点については、今後の探索の成果に期待したいと思う。
ただ、勘を述べていいのなら、きっと閉塞していると思う。
それも、人為的に。
根拠は…、「真室川林鉄の隧道の統計的に」だ。
隧道は、まだ続いている。
だが、その先は、
未だ明らかでない。
地底湖に水滴の弾ける音だけが、幾重にも反響していた。
崩れた隧道以上に、なにか、怖い気がした。
帰ろう。
振り返れば、外の明かりはすぐ近くだ。
おいてけー…
おいてけーー
ガキの頃、お袋がしてくれた怖い話「オイテケ堀」で、主人公を苦しめる叫びが、何となく私に聞こえた気がした。
霊感なんかじゃない、ただ、生理的にこの隧道は怖い。嫌だ。
絡みついてくるような廃レール達、覆い被さるような崩れた土砂、見上げねば届かない出口の明かり。
背後の、深い静かな地底湖。
焦ると、なかなか私の体は、このレールの隙間を抜けられなくて。
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